95. 暴走国王
馬車から入口に向けて道をつくるように騎士団が並ぶと、馬車の扉が開きリアムが降りて来た。
リアムも人気があるのか女子生徒から黄色い声があがる。
リアムはニコニコ笑顔で手を振った後、扉に向かって低頭した。
その後、ルーファスではなく降りてきたのは元帥。
女子生徒の更なる悲鳴と、男子生徒の歓声があがる。
元帥も軽く手を振ると、リアムの対面に立ち低頭した。
元帥が低頭する相手はこの国に一人しかいない。
その事を察した生徒達は一瞬で静まる。
漆黒の軍服を纏ったルーファスが馬車から現れても生徒達は黙ったままだ。
リアムや元帥の時とは違う反応にディアーナは心配になるが、ルーファスが軽く手を挙げただけでドッと湧くような歓声があがり胸を撫で下ろした。
「重い男ですが、陛下は国民から尊敬されるご立派な国王ですわよ」
ディアーナがハラハラしている事に気付いたクロエが、ディアーナの背中に手を置いて教えてくれた。
「ですが、こんな突然の来訪は叱ってやるべきですわね」
お兄様も甘い、とクロエは溜息をつく。
「ルー…陛下は何をしにいらしたのかしら?」
「ディアーナは鈍感だってお兄様から聞いてましたけど、本当に分かりませんの?…恐らく、目的は愛しい姫のお迎えですわ」
最後の方はディアーナの耳元まで顔を寄せて、囁くように言う。
ディアーナはキョトンとした後、驚いてクロエを見つめた。
"愛しい姫"とは誰の事だろうか、ディアーナ自身の事を言われているのか、王妃候補の事なのか分からない。
「鈍感過ぎるのも問題ですわよ。ディアーナを迎えに来たに決まっているでしょう」
溜息をつきながら告げ、クロエはディアーナの耳を軽く引っ張った。
クロエとのやり取りをしている間に、ルーファス一行は学園内に入ったらしく姿が見えなくなっていた。
「ディアーナ!クロエ!陛下が視察にいらっしゃったわ」
焦った様子でシャーロットが教室に飛び込んでくる。
クロエは「全部見てましたわ」と肩をすくめた。
「行事でも無いのに陛下が来校されるのは初めてですから、皆驚いていますわね。間違ってもこの教室には来ないで欲しいものですわ」
残念ながらクロエの願いは叶わなかった。
「卒業してから教室まで来るのは初めてだから懐かしいな」
感慨深そうにルーファスが言った。
Sクラスにやって来た国王一行は、教壇から教室内を見渡している。
教室内には全員揃っており、滅多に対面する事の無いクルドヴルムの国王を興奮冷めやらぬ様子で見つめている。ランド先生は突然の事に動揺を隠せていないようだ。
「陛下!」
クロエが手を挙げて立ち上がった。
「此度は何用があっての事でございましょうか」
要約すると「何しに来た」だ。
国王に向かってそんな事を言えるのは王妃候補筆頭かつレスホール公爵令嬢クロエだけだ。
クロエの意図を察したルーファスは口元に笑みを浮かべる。
「久しいな、レスホール公爵令嬢。ここは王家直轄の学園だ。私が訪問するのに用事が無くてはいけないのか?」
「まあ!ご卒業後は行事以外に視察される事が無かった陛下が!その変化は…花の妖精でございますか?」
クロエの台詞に元帥が笑いを堪えるように口元を押さえ、リアムは妹の態度に溜息をついた後、チラリとシャーロットへ視線を送った。
クロエはバサリと縦ロールをかきあげると、優雅に微笑む。
「ああそうだな。美しい花を見に来たのだよ」
そう言ってルーファスは柔らかく微笑むと、生徒だけで無く、ランド先生と同行していたリーバー学園長も固まった。流石のクロエも唖然としている。
教室の空気に堪らず元帥が声を出して笑い出した。
「ははっ、氷の陛下が素で微笑む姿は滅多に見られないから驚くのは仕方ないな。花の妖精は氷も溶かすようだ」
「閣下、煽りすぎです」
リアムが短く指摘すると「分かった、分かった」とリアムに向けて軽く手をあげる。
ディアーナはクロエや元帥が言っている"花の妖精"が自分である事に気付いておらず、またルーファスの視線の先がクロエだったので、クロエの「ディアーナを迎えに来た」という言葉を忘れて、不思議と痛む胸を押さえていた。
クロエはリアムの言葉で我に返り、ルーファスを睨むように見つめた。
「陛下。花を手折るのがご自分だけだと油断なさいませんように」
「その通りだ。私の花の妖精は、人を魅了して止まないからな」
生徒達はルーファスとクロエが何を言っているのか分からずポカンと眺めている。
ルーファスの視線と言葉だけを取れば"花の妖精"はクロエで、ルーファスはクロエに会いに来たようにも聞こえる。
ルーファスの幼馴染でもあり、王妃候補筆頭のクロエならばその可能性もあると納得する生徒が多い中、首を傾げた生徒が四人。
「…妖精?」
席が近い四人は皆同じく考えるようにすると、互いに顔を見合わせ、バッとディアーナに視線を送った。
ディアーナは胸を押さえるようにして俯いているので視線に気付いていない。
四人が一斉にディアーナを見つめた事に違和感を覚えたのは生徒達の中でも優秀な執行部員。
執行部員達は訝しげな様子でディアーナと四人の生徒を見比べた。
「まさか…」
執行部の一人が教壇に立つルーファスを見た。
それを察したルーファスは口元を柔らかく緩める。
そうして壇を降りるとゆっくりディアーナの元へ歩みはじめた。
ここでようやく、全員がルーファスとクロエの言葉の意味を理解する。
「まるでロマンス小説のよう」と薔薇色に頬を染める女生徒も居れば、「色無しに?」とルーファスの行動が理解出来ず困惑した様子の生徒もいた。
教室内の騒めく音を気にせず、ルーファスはディアーナの机の横に立つと、トンと机の上に手を置いた。
「迎えに来たよ。ディアーナ」
頭上から降るルーファスの柔らかな声に、ディアーナは驚いて顔をあげた。
「…っ、ル…陛下?!」
ルーファスの行動を全く見ていなかったディアーナは生徒達がこちらを見ている事、ルーファスが優しい顔で微笑んでいる状況が分からず、困惑しながらランド先生と立ったままのクロエに視線を送った。
「陛下。ディアーナが困っていますわ。夕礼が終わるまでお待ち頂けませんこと?そしてお兄様!」
クロエがルーファスに向かってピシャリと告げると、今度はリアムを睨みつけた。
「デレデレとシャーロットばかり見つめていないで、そこの陛下を退室させて下さいな!」
暴言ともとれるクロエの発言に教室中が固まるが、ルーファスは小さく笑うと「公爵令嬢の言う通りだ」と言った。
「最上級学年の最も優秀なSクラスに在籍している諸君の誇りと、それに見合う振舞いを期待している」
そう言ったルーファスは教室中の生徒達を一人一人見つめるようにして微笑んだ後、ディアーナの頬を撫でてから「馬車で待ってる」と言い残し教室を去っていった。




