9. ディアーナは先王にあう
先王ティターニアの居城。
それは決して大きくはない、だが隅々まで手の込んだ宮殿であった。
ディアーナは前触れの無い訪問を詫びると、対応に出た執事に取り次ぎを願った。
応接室に通されソファーに座っていたディアーナだったが、人の足音が聞こえたので立ち上がると、扉に向かって真っ直ぐに立った。
ガチャリと重厚感のある扉が開かれると、扉の前に現れた女性に向かい、敬愛を込めたカーテシーを行う。
「ディアーナ」
「前触れもなく大変申し訳ございません。先王陛下」
そう言って顔をあげたディアーナを、先王は慈愛を込めた表情で見つめていた。
「大きくなりましたね、ディアーナ。会えて嬉しいわ」
アナスタシア以外の家族から向けられた優しい言葉に、ふいに胸があつくなり目が潤んでしまう。
祖母はそれに気付くと、ディアーナに目線を合わせるように膝を折る。
ディアーナは慌てて止めようとするが、気にせず祖母はディアーナの両頬を両手でそっと包みこんだ。
ディアーナを見つめる双眸は限りなく優しい。
「よくひとりで此処まで来られましたね」
祖母から発せられた優しい声音に、ついに耐えられなくなったディアーナの涙腺が崩壊し、ポロポロ涙が溢れ落ちた。
祖母は頬に当てていた手をディアーナの背中に回すと優しく撫でてやる。
「おばあ様!!」
そう叫ぶと、ディアーナは小さな手で祖母にしがみついた。
ディアーナが泣き止むまで、祖母はずっと背中を撫でてくれていた。
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「美味しい…」
ディアーナは祖母が淹れてくれた紅茶の味に目を瞬かせた。
その様子を隣で見ていた祖母は嬉しそうに微笑む。
今、ディアーナは祖母から言われ変装を解いている。
他の人に見られてはいけないとディアーナは固辞したが、ここには信頼できる人以外居ないからと押し切られてしまった。
「ありがとうディアーナ。ああ、それにしてもディアーナの髪はとても素敵ね。わたくしの大好きな色よ」
ディアーナの白銀色の髪を撫でながらうっとりと囁く。
ディアーナは視線を落とすと、否定するように首を振った。
「でも王色ではありません。王家の色を持たないわたくしは出来損ないです」
『出来損ない』という言葉に祖母は反応する。
僅かに眉間を顰めると、全てを察したようで溜息をついた。
そうしてディアーナの小さな両手を包み込むと、祖母は頭を下げた。
「許してなんて言えないわ…。まだ幼い貴女を傷付ける事を言った愚息を育てきれなかった責任はわたくしにあります。本当にごめんなさい」
ディアーナを包む両手が僅かに震えている。
「いいえ」と、ディアーナは首を振った。
祖母であるティターニアが、ディアーナについて息子夫婦に対し何度も忠告していたのを知っている。
賢王と呼ばれた母に対する劣等感もあり、やがて国王は祖母を遠ざけるようになった事も全て。
ディアーナは敬愛の気持ちを込め、祖母の手の甲へ唇を落とす。
「わたくしはおばあ様が大好きです」