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えむあんどえむず  作者: 帝
3/7

マラッカ海峡通過

「浦賀水道を通過しました。推進器、水密、その他各所に問題ありません」


 ミカから報告が上がる。チェック内容に関してはマリスもモニター上で確認している。


「進路、深度、速度そのまま。横須賀沖十キロに達した時点で回頭。進路マラッカ。ダウン五で深度百、速力百。予定深度に達したら水平航行に移行して巡航。ただし、海中や海上の状況によっては進路、速度、深度の変更を許可する」


「了解。回頭ポイントに到達したら報告します」


 東京湾内からソナーやレーダーに察知されること無く海中を航行したアトラトルは回頭ポイントに到達する。


「回頭ポイントに到達しました。進路マラッカに向けて回頭後、予定速度と深度へ」


「オッケー。やって」


 艦首を南に向けたアトラトルが五度の潜行角度で速力を上げると、水流や水圧の抵抗があるとは思えない程の、乗員がはっきりと認識できる加速Gを感じながら、あっさりと指示された百ノットに達する。


 これは艦後部の超電導電磁推進器と、超セラミック・カーボンコンポジットの船殻を、可動部、開口部以外はすっぽりと覆っているポリマーによる造波抵抗の低減による効果である。


 フレミングの法則による電磁推進器は新開発の、摂氏三十度まで安定した超電導状態を維持出来る新素材で構成され、高速航行による水中騒音を考慮しなければ、百二十ノットまで出すことが実証可能だ。しかし超電導でも電磁推進器はダッシュ力が弱いので、出港時や緊急加速時にはポンプジェットを併用する。


 ポリマー被覆にも繊維状にされた超電導素材が混入してあり、水の抵抗で発生する引っ張り、千切りに対しての強度を上げると共に、素材の特性でレーダー波を乱反射させ、隠密性を高めるのにも役立っている。ただし、百ノットを超えると現在の性能では水切り音を抑えきれなくなる。


 艦内の生活用や推進器を駆動する電力は、基本的にはバッテーリーで賄われ、これも新開発の繊維状蓄電素材が使用されている。

 電極を付けなければ通電しない性質のこの素材を、機関部と推進器区画は言うに及ばす、繊維状という特性を活かして艦内の隙間という隙間に押し込んである。


 しかし、いくら超電導により高効率でも、長期航海では蓄電容量以上に使用される電力のために発電機関があるのだが、従来の潜水艦に搭載されている、ディーゼルでも原子力でもスターリングでも無い、インフィニット・ジェネレーターとマリスが呼ぶ機関は、原理は不明だがその名の通り永久機関だという……。


 索敵に関しては、通常は高性能のパッシブのレーダーとソナーのみを使用している。通常の物と、入出港の際に衝突を避けるために、人間の不聴覚領域の音波を利用するアクティブソナーも搭載されているが、これは聴音主は騙せても計器上は検出される恐れがあるので、あまり使用される事はない。

 この索敵機器と、どこから手に入れたのか最新の水中地形、海流図に、慣性航法装置と海面付近まで浮上した際にGPSで位置確認をしながら、海中に没したままの航海を可能にしている。



「予定深度に到達しました。水平航行に移ります」


 下降感、加速感が消えると同時に、少しだけブリッジ内にあった緊張感も消えた。絶対の安全性を持っているとは思っていても処女航海である。


「よっし。マラッカ到達まで総員配置を解除。各自、休憩も食事も自由にしてちょうだい」


 マイクボタンから指を離して通達を終えたマリスは、


「ミカ、暫く操艦と艦内外のモニターは任せるわね」


「了解しました」


 ミカの返事を聞くと、自らも立ち上がって艦後部の区画に向かった。



「ふんふふ~ん♪」


 食堂区画の奥にある調理室で、マリスがご機嫌な様子で料理をしている。真姫は艦長室で睡眠を取ったが、出港以来、不眠不休の筈なのに、見た目には疲れた様子は感じられない。


 食料庫には長期に渡って補給がで出来ない場合を考えて、大量の缶詰や、フリーズドライやレトルトの食品がストックしてある。


 冷凍、冷蔵庫にも食材が大量に収めてあって、乗員各自が好きな時に食事が出来るようになっているが、状況に余裕がある時には、ちゃんとした料理を定期的に出すようにする。


 これは単調な航海中に食事という楽しみを見出すのと、自衛隊の金曜日のカレーのように、外界から隔絶された水中航行による時間の感覚の喪失を補うためでもある。


 土鍋で炊いた白粥に浅蜊と海苔の佃煮、大根おろしを添えただし巻き卵、葛餡をかけた温奴に焼いた甘塩の鮭といった朝食が並ぶ。


「いただきます……」


 真姫が粥を茶碗によそって食べ始めようとすると、


「おお、うまそう」


「あー、腹減った」


 口々に言いながら、乗組員が食堂に集まってきた。

 マリスと真姫以外の乗員は潜水艦のエキスパート、などということは無く、マリスと関わりのある大学生、大学院生である。


 艦長のマリスと真姫、ブリッジ要員の鈴木と山田、機関及び推進器担当の小田、艦内施設及び物資管理担当の女性の松本、計六名が乗組員の全てである。潜水艦には必須の聴音及びレーダー、索敵担当はAIであるミカが行うので居ない。

 通常の艦船、潜水艦からは考えられない乗員数だが、AIミカの管理、制御能力により、極端な話、アトラトルはマリス一人でも操艦可能である。ただし乗員数の不足により、突発的なトラブルが発生した場合のリカバリー能力は、ほぼ皆無になる……。



 艦内のチェックに余念のない、マリスを始めとする乗員達とミカ、時折マリスを相手に仮想対局を続けていた真姫を乗せたアトラトルは、途中で特にトラブルも無く、何度か電波を受信するために浅深度まで浮上した以外は、ほぼ深度と速度を保ったまま、出港から約十二時間後、マラッカ海峡の入り口に到達した。



 コバンザメのように商船の真下に張り付くような形で、商船の船底とセイルをこすりつけそうな相対深度と速度を保ったまま、アトラトルはマラッカ海峡に侵入する。


 近づき過ぎると、接触したりスクリューに巻き込まれたりしてしまうが、この辺りは水深が浅いので、あまり深く潜航すると着底してしまう。

 世界的な航海の難所なので仕方がないとは言え、じれったいほどの低速な上に海上には巡視船、陸上にはレーダー基地を始めとする哨戒施設という状況が、真姫以外の総員配置の艦内に緊張感を漲らせる。電磁推進が磁気検知器に捉えられないように、現在は推力を絞ったポンプジェットによる推進をしている。



 無事にマラッカ海峡を通過したアトラトルはアンダマン海を抜け、ベンガル湾に入ると深度を下げて速度を上げた。

 約十時間後、スリランカ沖を通過してアラビア海に入ったアトラトルは、漂流物に偽装した曳航アレイに取り付けられたファイバースコープで、海上の安全を確認すると、艦体に付着した夜光虫によって視認されるのを避けるため、日没直前のパキスタンの沖合百キロに浮上した。

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