第六章 とある魔王の召喚術
「今日はアントを召喚しようと思うのだ。」
「何故だ?」
アキラが旅立ってから数日後、魔樹に囲まれた地底湖の脇で焼いた魚を食べながらレストと魔王は話していた。
「ダンジョンにするなら魔物が潜み、繁殖する場所が必要だ。アントの巣穴なら小部屋も多く作るだろうからな。という訳でコア」
『あ、すみません。全く聞いてませんでした。』
呼ばれたコアはスライムたちに囲まれていたからか、魔王に聞き返していた。
「アントの召喚だ。雄と雌の番で頼む。」
『かしこまりました。』
コアが輝くとその光は2つの点として収束し、またまばゆい光となって広がった。
その光が収まると二匹の1mほどの蟻がそこにいた。
「よしよし、コアよ。よくやった。」
『ありがとうございます。召喚の際にこのアントには互いを愛する思考を与えましたのですぐに繁殖をするでしょう』
コアを褒める魔王だが、様子を眺めていたレストは恐ろしいものをみたように顔を青ざめていた。
いくら低レベルの魔物相手とはいえど、さらっと思考制御を行ったコア。
自分や魔王にもそれができるとすれば、この思考も既に・・・
(ここで破壊すべきだろうか)
例え魔王に仇成すとなっても、後に生まれる我が子のために
レストはそう思いながら拳を握った。
『ま、召喚した存在にしか使えませんがね。召喚の際にそういう風に造り上げるだけなので』
レストはそれが聞こえると、ひとまずはコアのその言葉を信用することにした。
魔王は召喚されたアントに指示を飛ばす。
アントたちは頷くと壁へ向かい穴を掘り出した。
ストーンスライムたちも、それを手伝いにいく。
「さて、あとは地上の開拓もしたいな。レスト、少し護衛を頼みたいのだが」
「む、かまわぬよ」
魔王はコアを拾い上げ、レストを引き連れて地上に向かった。
「我はここに魔族の村を作るべきと思うのだ。人型である魔族もいずれは我が傘下に増えるだろう。だが、彼らとて日に当たらない生活は嫌だろう。」
「まぁそうだな。特殊な者を除けばそうなるな」
レストの賛同に魔王は頷く。
吸血鬼のような日の光を嫌がる種族もいるが、大半は日の下を好む連中が多い魔族。その点は人と大差はないようだ。
「ぶっちゃけ我が外で暮らしたいのもあるが、アキラとてそれがいいだろうしな。いい立地を探したいのだよ。」
「ふむ。」
魔王とレストは滝壺を中心に探索をした。
途中地底湖から外に移住したのか、スライムたちを見掛けることが多かった。
他にも依然は見掛けなかった植物系の魔物と遭遇した。
歩く切り株や笑うリンゴを実らせる木等である。
「あんなのいたか?」
『どうやらレストさんの発する魔力に引き付けられて集まっているようですね。あ、ご子息様は関係ないですよ。大して影響力ないですから。はい』
「・・・」
落ち込み腰を下ろす魔王。
「魔力にひかれて魔物が集まり、その魔物が発する魔力にさらに引かれる。そう考えるとダンジョンというのは凄まじいな」
レストが関心していると、樹が寄ってきた。
目と口のような横の切れ目のある大樹である。
「ほお、こんなところでご子息様とドラゴンに逢えるとはな。膨大な魔力を目指してみたらいやはや」
「誰だ貴様、人面樹のようだが」
「人面樹か!1000年生きた魔樹の成れの果て!そもそも魔樹は100年で寿命が尽きるからな!」
「『知ってる』」
意気揚々と解説を始める魔王に突っ込むレストとコア。
魔王は再びしょんぼりとして意気消沈していた。
「でだが、我輩も仲間にして頂きたいのだ。」
「あーうん、いいんじゃないかな」
やさぐれながら許可を出す魔王。
人面樹は嬉しそうに頷く。
「で、お主はなにが出来るのだ?」
「ふむ。我輩の葉は魔力の塊でな。『ぶっちゃけ長生きしてるだけで魔力が高いという点を除けば単なる歩行可能な樹ですよね。』あ、はい」
「つまりいるだけしか用途ないのだなこいつ」
『しばらくこの辺りを徘徊してなさいな』
「ひどくないか!?」
その後、人面樹と別れた二人と1つは森の中を徘徊していた。
今度はアントの夫婦に遭遇した。
「む。アントか。これはわざわざ召喚しなくてもよかったのではないか」
『いえ、あれは召喚したアントですね。』
「では命令無視しているのではないか!?」
レストとコアの会話に怯えた様子のアントの雄は頷きながら近づいてきた。
「コノコ、クイーンニナル。ダカラゴハンヒツヨウ」
「しゃべった!?」
口を聞いたアントに驚くレスト
そして魔王は
「きゃあああ!しゃべったぁぁぁ!」
『うるさい』
「黙れ」
「はい」
二人に怒られ黙った。
『元より拘束力のある召喚ではありませんからね。そういう類いのものは人間のほうが得意ですし。さそれよりもクイーンになるのでしたら非常に助かりますし』
「ふむ」
魔王もクイーンについては歓迎である。
クイーンとはその魔物の中でも強く繁殖能力が強い個体である。
女王蜂や女王蟻のような、母であり主である存在である。
元々の種族と同一の種族なのでクイーンという名もいわば称号のようなものに過ぎないのだが、クイーンと呼ばれる個体は姿形、大きさ、そしてなにより戦闘能力が圧倒的に高い。
つまりクイーンの出現は一個体の強化と、繁殖力の増強が行える一石二鳥なのだ。
「いいだろう。しっかり励めよ」
アントの夫婦は一度頷き会釈すると慌てて立ち去った。
『しかしクイーンですか、大方レストさんや人面樹の魔力にあてられたのが要因なのでしょうが、こういう事もあるのですね』
コアの呟きにレストが興味を示した。
「珍しいのか?」
『はい。クイーンへの変貌は相当な濃さの吹きだまりに叩き込む等しなければなりませんからね。本来なら群れで1つの個体を長い時間かけて育て上げなければなりませんし。これはイレギュラーな事項ですよ。』
「ふむ。」
コアの言葉に魔王は再び考え始めていた。
アスラを含むスライム達、人面樹を含む植物系の魔物、アントたち、そしてレストとこれから産まれる子たち。
ダンジョンの戦力としては上々である。
ダンジョンとして、であるが。
「ふーむ。魔族を得たいところだな。贅沢は言わんからゴブリンやオークでも転がってないだろうか」
どう考えても文化的な部分が足りない。
このままでは丸焼き程度の料理しか作れないのだ。
食うには困らないが満足は出来ない。
「あぁ、香辛料たっぷりのステーキとか魚とか食べたいなぁ」
「いっとくが私とて素材がなければ作れないぞ。」
『いやドラゴン族の料理ってかなりおおざっぱですよ。』
「あー!アキラと共に行きたかった!人間の料理ってすごいらしいではないかー!」
声をあげて嘆く魔王。
一方その頃のアキラは・・・
とある宿の一室、サイコロ状に小さく細かく切られたサイコロステーキを、元のアクアスライムの姿になり机の上に乗るアスラにフォークで与えているアキラがいた。
「あぁ、これこれ、こういうのが欲しがったんだよ!」
「スライムに餌付け・・・」
クロノは壁に背を預けて座りながらその様子を眺めていた。
「なに、落ち度でも?」
「いや、本来ならあり得ない光景だし」
狩るべき対象の魔物と食を共にしていることがクロノには不思議でならなかった。
「本当に人類の敵になったのか。貴女ほどの人が・・・」
「アキラでいいよ。クロノ君。僕は僕を裏切った人間を許すつもりはない。絶望には絶望で返すのみだからね。なんなら止めてみるかい?」
「無理だ。勝てるイメージすらわかねぇよ・・・」
青ざめながら首を横に振るクロノ
目の前にいるのはいわば人類最強の女性である。
しかも死なないのだから勝てるはずがない。
「何故?君とて帝なんだから強いのだろう。」
「そうでもない。俺が帝に認定されたのは自在に『転移』出来るからだ。」
クロノ曰く、それなりに制限や危険があるものの、知っている場所に自在にいくことが出来るらしい。
クロノはそれを以て護衛や輸送の依頼をこなしていたのだが、頼んだ次の瞬間には目的地につくので他の冒険者や馬車や舟等の移動手段に関わる職の人間から仕事を奪うことになっていた。無論関所や関税すらも無意味となる。
結果、このままでは経済的ダメージや職を失った難民が増えるということで、クロノを帝に認定し、クロノに依頼させることを禁止させたのだ。
つまりクロノは経済を破綻しかねない存在として認知されたのだ。
利用された挙げ句の腫れ物扱い、クロノが革命を起こそうとするのもアキラは納得した。
それに帝にしたのも正解だろう。
なにせクロノがその気になれば転移を使い、重要区画への侵入も、暗殺も自由自在なのだ。
なにかあれば真っ先に疑われるのはクロノ、そしてクロノが所属する国なのだ。
なにせ侵入の痕跡もなくダイレクトにそこにいけるのだから。
「で、君自身は弱いの?」
「いやある程度の魔法が使えるし、身体能力も高いほうだから並の冒険者よりは強いつもりだ。ただ、帝としては末席だし、他の連中には叶わないかな」
己の弱さに嘆き、ため息をつくクロノ
この世界の水準としては決して弱い方ではないのだが。
「それだけ強いなら十分でしょ。一度こっちの拠点に案内しよう。おめでとう、君を同志として認めるよ。」
「ありがとう。」
アキラは手を差し伸べ、クロノはその手を握り、返した。
「まずは君を拠点に転移できるようにしてからだけど、君には人間の情報を集めてもらいたい。転移を使えば短い時間でも会いに来てもらえるからね。」
「スパイだな、任せろ」
「いいやパシりだよ?」
笑顔を浮かべていたクロノであったが、最後の一言
で思わず口元がひくついていた
「複数の種類からなるブレンドされた香辛料、これに肉を馴染ませるために漬け込んでいる。よって脂の甘味が見事に調和している!肉の固さから良質ではないと分かるものの、筋を刻み、最も柔らかくなる加減で焼き、最初から切られていることで食べやすさまで配慮しているとは!これは作った人の真心と努力が詰まった料理だよ!」
肉を食べきったアスラが怒濤の勢いで感想の述べ始めた。
「ぷっ、あははっ!」
吹き出し、笑ってしまったアキラ。
クロノに至っては驚きのあまり、固まっていた。
「はぁ、ではクロノ。君は地方の視察でもなんでもいい。適当に理由を作ってきなよ。それが済み次第出発するよ」
「分かった。とはいえ数日空けるならいくつか仕事を終わらせなきゃならないし、明朝またくるよ」
笑いが収まり一息ついたアキラの言葉にクロノは頷くとスッと消えるように姿を消した。
恐らくは転移を使い、帰ったのだろう。
「徹夜する気かな?」
クロノの発言にそう思い、固まっていたです苦笑しながらアスラを撫でるアキラ。
次の日の朝、予想通り本徹夜して目の下にクマを蓄えたクロノが現れたのを見たアキラはまた苦笑していた。