第五章 転生者
紺の学生服に身を包みコートを羽織り、放課後の夕暮れに商店街を歩く眼鏡をかけたショートカットの少女。
「おかしい。なんで学園シリーズが書店にないのだろう」
友達にすすめられたライトノベルを探しているのだが、近隣の書店にはなく、落胆していた。
その友達に入手先を聞こうとスマートフォンを取り出すも日付が目に入り、ためらう。
今日はクリスマスである。
その友達もボーイフレンドとキャッキャッウフフとしているだろう。
というか下校の時点でそうだったのでなっているのは確定である。
本音を言えば電話をかけてリア充爆発しろと言いたいがこの二人は腐向けしそうな困難に立ち向かいながらなので祝福してやりたい気持ちもある。
「はは、クリスマスに一人で僕はなにをしているんだろ」
嘆きながらバス停の前に着く。
これから正月が終わるまで自宅の神社の巫女をやるためあまり買い物も出れないとはいえ、クリスマスの二人連れが多い中、こうしてライトノベル求めて街中をさ迷うのはこう、ものがあった。
「はぁ、しかたない。帰ってネットで頼むか」
少女が帰宅を心に決めたその時、少女の目の前に灰のハイエースの車が止まった。
ドアが開き、黒の目出し帽を被った男が二人、少女に手を伸ばしてきた。
「あ」
察すると同時に少女は車の中に引き摺り込まれ、布を口に押し当てられ意識を失った。
次に目覚めると少女は白い空間にいた。
「やぁ目覚めたね。俺は神ごくほぉ!?」
突如背後に現れた金髪のイケメンに身体を捻りながらの拳の一撃を放った。
少女からしたら声が聞こえただけなのだが、半回転とはいえ、遠心力のかかった一撃を食らった自称神の男は倒れ込み、悶えていた。
「鼻が、鼻がぁぁぁぁぁ!」
「僕はなんでこんなことにいるのかな?神様」
「いやー。拉致られて殺されるなんて不憫だなーって思ってね」
「復活はやっ」
既に完治した自称神曰く、アキラの遺体は死体愛好者に売却され、バラされているらしい。
「という訳で君は異世界に転生させてあげよう。君の好きな不死能力と雷属性をあげるよ!」
「え、問答無用!?」
「嬢ちゃん?」
「うぇ?」
馬車の荷台で男に話しかけられ目が覚めたアキラ。
「唸っていたが変な夢でもみたか?」
「あぁ、昔の夢をね。」
途中で目が覚めたのは良かった、とアキラは思った。
この世界に来る前の事を夢見たのは久々であった。
(忌々しい駄目神め。余計な能力を)
その後、ハァハァと息をあらげながら迫ってくる変態そのものの神にドン引きしている隙に転生させられたのだ。
しかも赤ん坊として。
お陰で人生をやり直し、しかも不死能力のせいで死ぬ目にあっても復活するので化け物扱いされていた事もあった。
夢に出てきた駄目神をフルボッコにして魔王を倒せば不死能力は解除されることがわかったのだが。
「そうだ嬢ちゃん、皆で話し合ったんだが、嬢ちゃんに謝礼金を渡すことになってな」
「え、何故?」
「何故って嬢ちゃんを拾ってからの三日間は久々に安全で、なにより楽しかったからなー。他のも喜んで出したぜ。」
困惑するアキラに男は楽しそうに語った。
この一団は荷車を引く馬車が三台、馬を操る男が三人、そして今アキラと話している男を含めて有事に備えての護衛が二人の五人だった。
道中の食事も干し肉を焼いた物で、それを見るに見かねたアキラが炊事を行っていた。干し肉や野草、茸を使った鍋を披露したり、遭遇した魔物を仕留め、捌いたりしていた。
また魔物に襲われた際も加勢していた。
「いやまぁ、魔物の皮とか買い取ってくれると言うから率先して狩りをしてただけだし」
「しかし俺と相方だけじゃ危険な時もあったんだ。ワイバーンとか俺らじゃ無理だ。この辺りにいない連中も多かったし、何より飯が旨かった!」
どうやらアキラの料理は彼等の胃袋をしっかり掴んだようだ。
「何より今までのことからすると君は金が必要なのだろう?なら貰ってくれ」
「う、うん。」
確かに元仲間に奪われ無一文だったのでアキラとしても非常に助かるので頷くことにした。
「じゃあこれを受け取ってくれ。」
男が差し出した小さな皮の袋を受け取るアキラ。
「今までの君が売った素材の代金も入っているからね」
「へぇ」
そう聞いてアキラはすぐに中身を確認すると金貨が10枚入っていた。
銅貨、銀貨、金貨の順で価値が上がるのだが、その中で一番高い金貨、物価や価値観の違いはあるが、金貨一枚貰うのは一万円ほどの衝撃に当たるだろう。
少なくとも想定していた額を遥かに上回る。
「ふぁ!?」
「謝礼金は一人一枚、残りは君の売上だ。」
思わずアキラは固まった。
とある村。
酪農を主体とした農村で、そこそこの大きさの村であった。
街道に沿った村であるため、宿場も兼ねておりなかなか発展しているようで、宿、露店、酒場等が揃っている。
商人たちは仲間と合流するため、固まったままのアキラを残して去っていった。
「・・・はっ!とりあえず酒場で情報を集めようか」
アキラはようやく動き出して歩き出した。
酒場へと入ると途端に蒸せかえるほどの匂いに顔を歪めながら目につく人物がいた。
(ああ、いるなぁ)
独特な雰囲気を出している数人の人物。
同じ境遇だからこそわかる雰囲気、というべきだろうか冒険者や傭兵の一団の中に転生者がいる。
口調や雰囲気等もあるが、彼等は大概転生の際に何らかの力を与えられるようで、とても強い。
故に傭兵業や狩人となり、大金を稼ぎ、良い装備を揃えている。
アキラの視界にも赤いコートの男やら金色の鎧を着込んだ男、さらには青い鎧の女が見えた。
他が古びたり、壊れかけの装備の中で異質なように見える。
アキラは彼等を一瞥し、カウンターへと向かった。
「どうも。彼等は?」
「いらっしゃい。あれかい?最近居座っている転生者の傭兵団だよ。国家連合からの招集で大陸奥地に生息する『龍種』討伐に向かうんだとよ。」
「馬鹿じゃないの」
「俺もそう思う。」
バーテンダーと話をするアキラは思わず彼等に同情した。
『龍種』はドラゴンや竜とは違い、災害そのものが魔物化したような存在である。進んで関わる存在ではなく、ましてや討伐にすること自体が常識外れである。
その力は魔王と同等とまで言われ、一部は神龍と呼ばれ信仰の対象にすらなっている。アキラもその内の一体と交戦したが二桁は死んだ。
よくみればその傭兵団のメンバーは皆顔色が暗い。
まさに死地にいく気分なのだろう。
「で、嬢ちゃんはなにしにきたんだい?とりあえずミルクでいいかな。」
「理解があって助かるよ。酒が入ると殺したくなるでね。」
「・・・聞かなかったことにするよ」
アキラがカウンターの椅子に座るとバーテンダーはアキラにミルクを提供した。
「ギルドに登録したいんだけど、ないの?」
「あぁ、それならうちで出来るぞ。ちょっと待ってな」
バーテンダーはそういうと丸い水晶を取り出した。
「しかしこんなところでやるとは異邦人か転生者かい?戸籍狙いかい?」
「ま、そうだね。」
ギルドに登録することでこの世界での身分となる戸籍が入手が可能となる。
なければ一部の公共機関が利用できなかったり奴隷扱いされるので作っておいて損はない。
生まれ変わりの転生者はこの世界の者として生まれるため元々の戸籍があるが、肉体を再構築された転生者や召喚されたり世界を渡ってきた異邦人には当然ながらそんなものはない。
神によりやって来た転生者は知識がある場合もあるが異邦人に関しては召喚の際に服従させられたり、騙されたりしていることもある。
戸籍が、というよりギルドに登録することで冒険者もしくは傭兵という身分が得られるので、国家権力に捕まっても身分の保証は出来るのだ。
アキラの場合、勇者という身分こそあるが、これは自分が死んだことになっている以上使うことは出来ない。
新たに身分を用意することが無難だった。
この世界は常に不平等だから
「あ」
「あ」
アキラが水晶を触ると即座に砕けた。
「やっぱり駄目か。来たばかりの転生者ならギリギリ強さを測れるんだがな」
予想してたのか、バーテンダーは大して驚いてなかったが、壊した当人であるアキラあからさまに動揺していた。
初めて来た訳でもなく、以前登録していたので知っていたのだが、この水晶は触れたものの強さを光として放出する、豆電球みたいな代物だが、希少な鉱石のため高いのだ。
アキラは最低価格でも金貨50枚は越えていたと覚えていた。
とてもじゃないが、今弁償できる代物ではない。
その様子に気付いたバーテンダーは声をあげて笑った。
「ははは!壊したからといっても弁償させることはないから安心してくれ。むしろアクアシティのギルドへの紹介状を用意しないとな」
そう言われアキラはほっとすると同時に聞き覚えのない名前に首をかしげた。
「アクアシティ?」
「あぁ、不死の勇者がこの大陸の海岸線を解放してから作り始めた都市でな。まだ作りかけだが漁港や軍港もあるし、あの青の国らしく魚介類が有名だね。うちが下請けになってるギルドもそこにあるから登録するならいってもらわなきゃならん」
「ここから海のほうか、遠いなー」
思わず嘆くアキラ、魔王たちのこともあるし、これ以上離れるのは不安である。
難色を示していると背後から足音が近づいてきた。
「店主!俺の見立て通り、この村も発展してきたな。いつもの、くれよ」
足音の正体である男はアキラの隣に座る。
アキラはミルクを飲みながらバーテンダーの対応を見ていた。
「マスター殿、ちょうどよかった。いつものというとスピリタスのストレートジョッキだったね」
「あぁ、大でな!」
「ぶほっ!?」
思わず吹き出すアキラ。
アルコール度数95ほどの割ることが前提の蒸留酒である。
消毒液扱いだったり、火炎瓶の材料だったり、少なくともストレートで飲むものではない。
ましてやジョッキ等正気の沙汰ではない。
「ふっ、少女よ。俺は毒が効きにくくてな。こいつを飲んでやっとほろ酔い加減なんだよ。なのにアクアシティのバーじゃ置いてないんだよなぁ!ここまで来るしかないんだよね!」
バーテンダーからジョッキを受け取りながら男は嬉しそうに語った。
アキラは男を眺めて思った。
イケメンだなぁと
整った顔立ちに短く切り揃えられた黒髪、そこそこ高い品質の皮の鎧、軽い装備をしている。
「ふーあーゆー?」
思わずアキラが呟くと男の顔から笑みが消えた。
「英語?ということは君は転生者か」
「あ、やべ」
思わず口を押さえるアキラ。
だがもう遅かった。
「そうそう、マスター、その嬢ちゃんがな。測定用の水晶を壊した『金の卵』ちゃんだぜ。で嬢ちゃん、この人はアクアシティでギルドマスターをやってる『瞬帝』のクロノさんだ。」
「ほう」
紹介を聞き、かつクロノに見つめられアキラは冷や汗が止まらなくなった。
『帝』の肩書きを持つのは国際連合の機関の一員、それも各国の代表と同等、王に次ぐ権力を持ち合わせている。
帝の一人一人が戦略兵器並みの脅威だったり、帝同士で戦うと終末戦争になりかねない、余波で大陸が沈みかねないとかで各国が話し合い、国の戦力としては認めないことになったのだ。
とはいえそんなレベルで強いのは初めて認定された初代たちだけであり、その初代も「人間関係面倒」とか「普通の女の子に戻ります」とか「飽きた」等の理由で雷帝を除き引退し、次の代が引き継いでいる。
発足から10年ほどだが既に五代目になる帝もいる。
大概は代を重ねるごとに弱くなる傾向があり、唯一初代のままの雷帝が帝の中で一番強いことになる。
まぁその雷帝はアキラなのだが。
瞬帝はアキラが勇者を兼任し魔王討伐に向かう頃にはなかった肩書きだが、直接会ったことはなくとも帝相手では自分のことに気付く可能性がある。
まだ、人間側に自分のことがバレるのは不味い。
そんな思考をするアキラを他所にクロノはバーテンダーと話を進める。
「少し話がしたい、個室を使いたいんだがいいかな」
「なら奥の事務室を使って貰っていいが、いいのか?酒飲みに来たんだろ。」
「これからするのは仕事の話だしね。それに知っているだろう。俺は面倒が嫌いなんだ。」
それを聞いた途端、アキラは思った。
(あ、こいつは同志か)
と。
アキラは先導するクロノに続きカウンターの向こう側の事務室へ通された。
そこは事務用の机がひとつある、小さな個室だった。
「さて、転生者ちゃん。君はとても面倒な時に来たもんだね」
「どゆこと?」
クロノはアキラが入ると扉を締め鍵をかけながら話した。
「この世界は勇者と魔王が死んで人間同士で戦争が始まる寸前なんだ。」
クロノ曰くいくつかの国でそのような気配があるらしい。数日前に国連であった会議もほぼ、意見が割れ罵倒が飛び交いながらの閉会になったそうだ。
帝たちもそれぞれ各国へ味方するつもりらしい。
「でだ。俺は他の国や帝に利用されかねない転生者や異邦人を探し出して保護したいんだ。あの水晶を砕いたのなら君も相当な強さを持つのだろう。同志になってこの世界を革命させないか?」
ヘドが出る優しさだな、そうアキラは思った。
だがそれと同時に彼があの場にいたら、よかったかもしれないとも思った。
「それは、アンタが世界を裏切ることになっても?」
「この世界にある国の半分は腐っている。奴隷商も存在するし、無駄に高い納税もある。俺はそんなのが許せないんだ。そんな連中滅べばいい。」
それを聞いたアキラは笑みを浮かべた。
こいつは、使えると。
そこまでわかっている人間ならこちら側につかせても問題はない。
むしろ帝を仲間に出来れば情報を得るどころか操作すら可能である。
「いいね。君、いいよ。」
アキラはそう言いながらアスラが化けている仮面を外した。
そしてその素顔を見ると同時にクロノは土下座した。
足を合わせ、額を床に擦り付ける。
非常に低い土下座だ。
「申し訳ございませんでした勇者様、いえ雷帝様ぁぁぁ!」
「ふぇ?」
その様子に困惑するアキラ
「な、なんだよ。どうしたんだよ」
「お命だけはご容赦ください!」
「まて!どうしてそうなった!?」
クロノが落ち着くまで一時間かかった。
そして行動の理由は、他の帝から雷帝は鬼畜外道で怒らせたら急所突き待ったなし、逆らうな、上手に出るな、土下座しろと聞いていたかららしい。
それを聞いたアキラは言った奴をいつかシめると決めた。