異世界での俺のいつもの一日
「大月影!」
失った盆栽に向けて手を伸ばしたところで夢が終わる。あれから三年森においてきた大月影は絶対大木になっているだろう。盆栽界期待の星だったのに、絶対もう鉢に収まる器ではなくなっている大木になっているだろう。大なんて付けなければよかった。
窓の外に目をやるともう日の出近く、もう起きなければならない時間だ。俺(盆栽)の一日は早い、城の主バニス卿の目覚める前に身だしなみを整えておく必要があるからだ。そのため朝6時前(この世界も24時間表記である)には起きる必要がある。
午前7時前、身だしなみを整えた俺は門番のドラゴンに朝の挨拶をして、バニス卿の寝室へと入る。そこには昨晩ベッドにダイブしたままのバニス卿がうー、うー、と唸り声を上げながらもぞもぞと動いている。
『仕事したくない…、起きたくない…、休みたい…』
何を言っているのかは正確には聞き取れないがニュアンスはなんとなくわかる言葉を彼女は今日も並び立てている。
『ゴロウマル…、フキナガシ…、フキナガシのポーズ、して…』
意識の半分はここに置いていないバニス卿の命に従い俺は椅子の上に立ちフキナガシのポーズをとった。
どうにかこうにかといった様子で上半身だけを起こしたバニス卿はうーとかあとか言いながら、ぼんやりと視点の合わぬ目で俺を見つめては夢の中へ、見つめては夢の中へを繰り返す。
それを10分くらい繰り返した後、金の瞳を曇らせながら、のそりと立ち上がりぺたぺたと俺の身体を触ってあとに昨日の夜のハスキーボイスが嘘のような、絶望を噛み締める低い声で
『お前がいなくなったら妾死ぬから…』
そう呟いてぶかぶかでやたら深いスリットの入った深い赤色のドレスに着替え始めた。着替え終えたバニス卿は銀の髪をストレートに梳かす。今日も昨日と変わらないバニス卿のようだ。
俺は部屋を出て、ドラゴンに昨日と変わらないバニス卿であるサイン、拳を固めグーポーズを見せた。ドラゴンもホッとした様子である。役目を終えた俺は寝室を後にした。
午前10時、どうやら今日は城でお偉い方と会合があるらしく、参加を命じられる。もちろん盆栽として…。
応接室の一番目立つ、本来高そうな壺とかが置かれるであろうポジションに無言の俺である。だが、これでもまだマシな方だ。この間大規模な会合があった時なんて巨大な大理石のテーブルの上にブーメランパンツの俺である。
もう本当に常軌を逸しているといって過言ではないが信じられないことにこれがなにかと好評なのだ。今だってリアルタイムで、
『これが噂のゴロウマルか。美しい。これほどだったとは…』
知らない青い顔をした髭のオジサン、多分バニス卿くらい偉い人が会合も始めず、俺のことを見つめっぱなしである。
『特にこの鮮やかな緑がなんとも』
言葉はわからないが褒められていることとお世辞じゃないことはニュアンスと表情でわかる。俺も盆栽仲間に自慢の一品を見せられたとき絶対このオジサンと同じ顔していた自信がある。
『流石ビーンツ卿、そこに目をつけられますか』
青い肌の美少女はドヤ顔で得意げに鼻を鳴らしていた。盆栽仲間が自慢のこの一品を見せるときと同じ表情である。
午後2時、同じ場所で次は別の相手と会合である。その相手は割りとよく見る顔で肩口まで届く薄紫の髪に、美しい均整のとれたプロポーション、釣りあがった瞳が印象的な青い肌の美少女でよくバニス卿にメルと言われている少女である。いつものやり取りを見るに多分ポジション的にはバニス卿と同格っぽい感じである。彼女もどこかの城を任されたりしているのかもしれない。
『ゴロウマル。いつみても最高に良いわねこれ。ちんくしゃなアンタには本当もったいないわね。言い値を出すから譲りなさいよ。アンタが欲しいって言っていたグリーンダイヤ、あれもつけるから』
『絶対嫌じゃ。お主に渡すくらいなら抱えたまま爆死する。あの世まで持っていく』
静かにそして若干重い空気の中、その空気が行き詰るたびに無言で二人はこちらへやってきてはこちらを見て一言、二言会話をして席に戻る。言葉はわからないが多分緩衝材として俺はいつも使われている気がする。
午後7時、食事会である。料理が所狭しと並べられた丸いテーブルが何十個も並び、様々な種族が大広間で立食パーティーを楽しむ中、その中央には一番の人だかりが出来ていただが、そのテーブルには料理が並んでいない。あるのは俺ただ一人である。完全に獣系の種族はあんまり興味がないみたいだが、二本足で立って喋る系は大抵料理よりもこちらに釘付けになる。こちらと言う名のブーメランパンツ一丁の俺に!
『ほうこれが』
『美しい』
『深い品を感じる』
種族も顔も違うがわかる。こいつらの顔は俺が盆栽友達に自慢の…ry
午後9時、
『びゃぁ~、ほんろ、おんしは美しい、美しいのぉ!』
そろそろいつも通り発言が聞き取れなくなってきた。その後、聞き取り不能ないつもの可愛らしい唸り声を上げた後、倒れるようにベッドへ倒れこんだ。やっと今日もこれで熟睡モードである。
俺はいつも通り、毛布をかけて部屋から退室する。
「オツカレサマデス」
いつものドラゴンに挨拶してようやくこれで今日の仕事も終わりである。
何この人生!
本当に何!俺今日も朝から晩まで裸でポージング決めていただけなんだけど!しかもこの三年間ほとんど休みなくこんな感じの一日なんだけど!ブラックどころの騒ぎじゃないんだけど!完全にまだ東南アジア出張のほうがマシだったんだけど!
もう五郎丸と合体してなかったら絶対心折れて潔くこの世界から他界していたわ!ワンチャン元の世界に帰れることに全て賭けていたわ!
もう嫌だ。まだ鏡見たら五郎丸が映る生活なら希望を見出せるのに、映るのはよくわからん化け物だけだよ!本当あの青い肌のあいつらバカなんじゃねぇの!美的感覚壊れているんじゃねぇの!
あー、もう本当今日も疲れた。早く部屋に戻ろう、早く部屋に戻れば今の俺の唯一の癒し千輪丸が待ってくれている。そう考えると足取りも軽く、軽くならなかった。どころか大分重くなった。
嘘だろ、さっき寝たばっかりじゃないか!こういうレアケースなんて滅多にないだろ!
俺は願いを込めて後ろを振り向くドラゴンがこっちを見ながら恐怖に脅えた表情でチョキマークを作っていた。顔からしてそれはいいことがあったブイサインでは決してなかった。完全にバニス卿がツインテールにしてますって合図だった。
『駄目だよぉ、ゴロウマルちゃん』
幼い少女の声に不釣合いな甘ったるさを感じる言葉であった。ゆらりと部屋から姿を現したのは、ピンクのふわふわしたドレスに身を包み、髪をツインテールに結った先ほど寝たはずのバニス卿である。
見た目は可愛い。可愛いがまずい、これは機嫌の悪いバニス卿である。俺は踵を返し、部屋に走り出そうとした瞬間、
『ゴロウマルちゃん、これは私の愛の重さだよぉ』
俺は強い力に上から押さえつけられて顔からべしゃりと床に突っ伏した。
『私はねぇ、こんなに、こんなにゴロウマルちゃんが大好きなのぉ♪』
選択を誤るな。何のためにカタコトながらも言葉を覚えたと思っている!言え、言うんだ!やたら重い口を動かして日本では犯罪になるかもしれないその一言を!
『ジブン、バニス、ダイスキ』
『だよね、だよね♪でもね、もっともっとゴロウマルちゃんには私を好きでいて欲しいの!全部全部私を好きでいて欲しいの。だからね』
何を言っているかはわからないが俺は3年の付き合いで知っている。その口調は俺に絶対意地悪したいときのやつだ!つまり俺の死に物狂いの一言は意味がなく、ってことはやはり…。俺は不味い予感に渾身の力を込めて頭を上げる。悲しいかな、そこには予想通りの悪夢が広がっていた。べたりと笑うツインテ幼女の両手の中に俺の愛する盆栽、千輪丸が抱えられているという悪夢が!
『だから、こんなのいらない♪』
「せ、千輪丸!」
俺の声にツインテ幼女はサディスティックな笑みを浮かべた。何度も見たその顔に俺は今まで一度も成功しなかった懇願を今度こそはと全身全霊で叫ぶ。
「や、やめてくれバニス卿!俺はそいつと約束したんだ!必ず一人前の盆栽にしてやるって!そいつだけがそいつだけが俺の唯一の癒しなんだ!頼む、見逃してくれ!」
俺の必死の懇願にツインテの幼女はうんうんと頷きながら鉢から千輪丸を取り出した。根っこについた砂が大理石の白い床を汚す。バニス卿は俺の目を見ながら満足気な笑みを浮かべて言った。
『いや♪』
その瞬間、千輪丸はバニス卿の手の上で上から下に潰れるようにひしゃげた。
「千輪丸!第56代千輪丸ぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
第56代千厘丸は他の55鉢と同じく俺の目の前で逝ってしまった。
くそ、いつまで続くんだ大体、週一で千輪丸を見送らなければならないというこの悪夢は。俺はもう一生盆栽を愛でることは出来ないのか?俺の目に熱いものが込み上げる。
『泣かないで、泣かないでゴロウマルちゃん』
バニス卿は突っ伏して泣く俺の顔に、自分の小さな顔を近づけて溢れた俺の涙を小さな舌でからめとるように舐めとった後、満たされた笑顔で俺の顔を優しく撫で上げた。
『大丈夫、大丈夫♪あの子を愛していた分だけ私をもっともっと愛すればいいだけなんだから♪さぁ、いつも通り私が眠たくなるまでは抱き枕になってね♪今日は久しぶりだから話したいことが一杯あるの♪とっても一杯♪』
引きずられるようにして妖しく笑うバニス卿の部屋へ再び連れ戻される。
絶望し、真っ暗になっている頭で考える。あー、本当になんなんだこの世界は?何が何だかさっぱりわからない。わかることといえば、今までの経験から今宵の夜は絶対長いということくらいだ。