異世界で盆栽と合体した俺がブーメランパンツ一つを纏い、ひたすら幼女の前で盆栽っぽいポーズをとる話
異世界、異世界について別に一家言もちとかではないのだが、詳しくないなりに言わせて貰えば普通は剣と魔法のファンタジーとかのはずである。魔王を倒すとか世界を救うとかそういう物語が展開するはずである。
だがここに来てから早、三年。どうやら俺の場合は違ったようだ。
大きな大きな西洋風の城の中、その最深部で、今日も似つかわしくない声色が響く。
『ゴロウマル!わかっておろう、早う服を脱ぐのじゃ』
ピンクのバスローブを着込んだ、人で言えば10歳くらいの体躯をした青い肌の幼女が俺に服を脱ぐように命じた。
俺は屈辱に耐えながら、いつものことだと自分に言い聞かせ、仕方なく服を脱ぎ、ぴったりした黒いパンツ一枚の格好となる。
そんな俺をにまにまと黒目の真ん中に光る金色の瞳で眺めている青い肌の幼女は、湯上りに、毎日必ず飲んでいるワイングラスに入った深い緑色の液体を一気に飲み干して、フーと大きな息をついた。その瞬間幼女の青い顔に一気に紅色が刺す。いつもの光景だ。そしてこのあとは決まって、いつもせがむような口調で彼女は俺に命ずるのだ。
『ゴロウマル!シャカン!今日はまずシャカンのポーズを頼む!』
俺は身体をくねらせ盆栽っぽいポーズを決めた。
『キャァァァァァ!!!!!』
その瞬間、幼女から黄色い歓声が上がる。
ブーメランパンツ一つを纏い、青い肌の幼女の前でひたすら盆栽っぽいポーズを決める。それがこの異世界での俺の役割だ!
『あぁ、仕事が終わった後のこの時間が何よりの至福じゃの~』
少女は今日も青い肌の赤ら顔でうっとりと俺を見つめていた。俺は知っている。盆栽を仕事終わりに見つめているときの俺はあんな顔をしていたと!
『今日もたまらなく美しいのぉ』
アルコール臭い息を吐きながら、幼女は俺の全身を舐めまわすかのように近くで見たかと思いきや、少し遠くから全体のバランスを見ては納得したように頷いてまた酒を飲んだ。
本当に俺は異世界で何をしているのだろう。
『ゴロウマルぅ!チョッカン!チョッカンのポーズを頼むぅ!』
幼女の呂律が徐々に回らなくなってきている。今日もそろそろ終わりが近い。俺はスパートをかけるようにビシリと真っ直ぐ的なポーズを決めた。
『びゃぁ~、ほんろ、おんしは美しい、美しいのぉ!』
そろそろ発音が聞き取れなくなってきた。この世界の言葉が部分的な単語しかわからない俺にはただでさえわからない言葉が更にわからなくなる。
何を言っているかわからない幼女は千鳥足で俺に近づいたあと、肩のラインをさわさわと撫で回した挙句、なにやら聞き取り不能な可愛らしい唸り声を上げた後、倒れるようにベッドへ倒れこんだ。多分もう今日はこれで熟睡モードである。
俺はそんなこの城で多分一番偉い人、バニスと呼ばれる偉い娘さんにいつも通り、毛布をかけて部屋から退室する。ようやくこれで今日の仕事も終わりである。
今日はまだ機嫌がいいバニス卿で本当に良かった。機嫌悪いときのあの幼女は本当に恐ろしいからな。
部屋を出ると警護のドラゴンが気さくに低く小さな唸り声を上げて俺に手を上げた。
『オツカレサマデス』
喋れる俺は声に出して挨拶を返す。本当に簡単な単語だけはいくつかこの三年間で覚えることが出来たのだ。
くたくたになった俺は広い城内を歩き、どうにか自分の部屋へたどり着くとなだれ込むように窓際においてあるカップに入った小さな苗木を手に取った。
「今日も疲れたよ。56代千輪丸」
それはこの城の近くで引き抜いてきたツゲに似た小さな丸い葉をつける苗木である。今の俺の唯一の心の癒しといっても良い。
俺は千輪丸に話しかけながらボトルのまま酒を煽った。
「なぁ、千輪丸。どう思うよ、この生活」
理不尽を一度口に出すと歯止めが掛からなくなった。俺は思いのまま、千輪丸に愚痴をこぼし始めた。
「なんで俺、異世界でお気に入りの盆栽『五郎丸』と合体した挙句、城に軟禁してきた幼女の前で毎日盆栽っぽいポーズをとらなきゃいけないんだよぉぉぉぉぉ!!!!しかもブーメランパンツ一つで!毎日、毎日見られに見られて!俺だって五郎丸みたいわ!見て癒されたいわ!でも鏡見てもよくわからん化け物が映るだけだから全然癒されないわ! 」
ひとしきり叫び酒を煽るとほぅという大きなため息が出て一気に酒が回り、幾分気持ちが落ち着いた。だがそれでもグチを続けずにはいられない。不意に目をやった鏡にはいつも通り褐色のごつごつした肌に緑色の葉っぱを纏った見ていても全然癒されない雑魚モンスターが映っている。
「あー、家に帰りたい。良い盆栽を愛でたい。愛でられる側じゃなくてただ愛でる側に戻りたい。おっとすまない56代千輪丸に魅力がないというわけじゃなくてだな。完成した美しさを愛でたいということで…、大丈夫お前だって俺がこのまま育てていけば一流の盆栽になるさ!」
こうして今日も俺の異世界での不毛な一日は盆栽の苗木に話しかけながら過ぎていく。今日もせめてベロンベロンになるまで呑もう。日本にいる今は離れてしまったステキな盆栽の夢を見て枕を濡らさないように。
本当、どうしてこんなことになってしまったんだろうな。
そう思いながら眠ると少し昔の夢を見た。