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緑の地獄と生きた生首

    ○


 午前九時、起きてリビングへ行くと、テレビが海外の映画を映していた。ホテルで貸し出しているらしいDVDプレイヤーが繋がれていて、その上にはレンタルビデオショップの貸出袋が乗っていた。

「起きたわね、蟹原くん」

 海老川さんは煙草を咥えながらノートパソコンで作業中。映画の方は熱心に見ているわけじゃなさそうだった。

「恐れ入ったわよ、天織黄昏には。彼女、犯罪者として天才ね」

「まだ捕まってないんですか?」

「捕まってない。それどころか新たな脳姦殺人をおこなったのよ。まぁ座りなさい」

 海老川さんは昂奮はしてるようだったけれど、疲労もあってか、口ぶりは少しぐったりとしていた。僕が向かいに座ると、一度伸びをしてから話し始めた。

「今朝七時頃よ、彼女は火津路町内の公衆電話から火津路警察署に電話を掛けてきたの。新しくひとり殺したことと、その被害者の氏名だけを一方的に告げてすぐ切った。教えられた男性について急いで調べ、彼が住んでいるマンションの一室に行くと、確かに死んでいた。死亡推定時刻は今朝の六時前後。両手両足をビニール紐で縛られて、脳天にはその部屋にあったらしいプラスドライバーで穴を穿たれ、そこに自身の精液を注がれていた」

「環から外れた……独立した殺人ということですか」

「ええ。この住所は縞崎達夫のアパートからそう遠くない――つまり天織は、また援交みたいな交渉を持ち掛けたのか無理矢理に押し入ったのか、この部屋に身を潜めていたってわけね。被害者――根本ねもとひろしが彼女の知り合いだったのかは調査中だけど、二十九歳独身の広告代理店勤務……おそらく無関係の人間でしょう」

「でも天織黄昏は隠れ家を放棄して、また外に出たんですよね。いつまでも其処にいるわけにはいかないですし、それ自体は不自然じゃありませんけど……どうしてわざわざ通報なんかしたんです?」

「そこなのよね。おかしい点は他にもある。ここに至ればもう必要ないのに、律儀に脳姦殺人の形式を守っている点……これはいいかも知れないけど、死体の傍らに奇妙なメッセージが残されていたのよ。コピー用紙に天織の筆跡で『グリーン・インフェルノ』という文字。さらにコピー用紙の上には、棒アイスの棒が一本乗せられていた」

「わけが分かりませんね」

「調べてみたところ、『グリーン・インフェルノ』とは映画の名前だと分かったわ。割と新しい作品で、監督はイーライ・ロス。ほら、テレビに映ってるのがそれよ。さっきレンタルビデオ店に行って借りてきたの」

 そう云われたんでチラと見ると、主人公らしい女性が大学で講義を受けているシーンだった。

「……どんな内容なんですか?」

「まだ始まったばかりだけど、食人族を扱ったホラー映画らしいわ。これからジャングルに行くのよ。そこで原住民たちに捕まって食べられるってわけ。……ええ、一体どんな意味があって天織がこのタイトルを書き残したのか、それはサッパリね。そのうえ、棒アイスの棒。これは被害者の部屋の冷蔵庫にあったものを天織が食べたみたいなんだけど、メッセージに添えるように置かれていたんだから……あるいは『グリーン・インフェルノ』と棒アイスのセットで、何かの暗号を成しているのか……」

「棒の方は〈おもし〉じゃないですかね」

「文鎮代わりに置いただけってこと? うーん……風に飛ばされる心配もないのに、そんなことするかしら?」

「さぁ。分かりません」と首を傾げつつも、僕は天織が残したメッセージの意味に思い至っていた。

 間違いない。天織は、僕に助けを求めているんだ。

 憶えてるかい? 彼女が以前、〈食人族〉というフレーズを僕の名前と結び付けて口にしていたこと――『あんたの蟹原刹って名前は良いね』『響きがカニバリズムみたいじゃん。『食人族』とか好き?』――だから〈食人族〉を扱っているという映画『グリーン・インフェルノ』は、僕の名前を表しているんだな。僕にしか分からないメッセージ。そして棒アイスは、二人でレンタルビデオショップへ向かう道中に立ち寄った駄菓子屋にて、彼女が買って食べていたものだ。これも、世界中で僕と彼女の二人しか知らない出来事。

 つまり……彼女はあの駄菓子屋にいるんだろうか? 僕に呼び掛けているということは『グリーン・インフェルノ』だけで充分に示されてるんだから、棒アイスの方が示すのは場所……彼女は僕を、あの駄菓子屋に呼んでいる?

「天織黄昏が残したものは、他にはないんですか?」

 ……ああ、後から思えば、これは失言だったな。訊かなくたって海老川さんは説明しただろうし。

「腕時計のことがあるわ。被害者がつけてた腕時計なんだけど、割られて止まっていたのよ。変でしょう? 天織と被害者が格闘した形跡はなく、その殺害方法も腕時計が割れるようなものじゃない。指していた時刻は六時十九分。死亡推定時刻の範囲内ではあるんだけど、どうして腕時計を割る必要があったのか……これもメッセージの一部なのかも知れないわね。時計をつけていた左手は、例のコピー用紙が置かれていた真隣に位置していたようだし……だからいちおう、『グリーン・インフェルノ』本編の六分十九秒、六十九分なんかに注目してみようかと思ってるわ」

「なるほど。あとは棒アイスの登場するシーンがあるかどうかですね」

 と口では云いながら、これによって天織のメッセージは完全に理解できた。『グリーン・インフェルノ』が僕の名前、棒アイスがあの駄菓子屋、腕時計が時刻を示しているんだ。あの駄菓子屋に彼女がずっと潜んでいるなんてわけはないからね、示された時刻とはすなわち合流時刻の指定だよ。

 僕が探偵の弟子をやっていて一般には公開されていない情報も知り得る立場にあるというのは、彼女も知っている。だから新たな殺人をおこなって警察に知らせ、そこにメッセージを仕込んだ。僕にしか分からないメッセージを、しかも脳姦殺人という強烈な殺し方によって適度に印象を薄めつつ……。なんて利口なんだろう。まったく、舌を巻かされるね。

 そして僕は、何だかワクワクするような気持ちを覚えていた。うん、駄菓子屋へ赴くことは、既に決めていた。彼女に対し感じていた引け目――僕が関わっても迷惑を掛けてしまうだけだというそれは、彼女の方から頼ってくれたということで解消されていたんだ。

「天織黄昏についてはそんなところね」

 海老川さんは小さく嘆息した。

「それよりも――これだけで充分すぎるくらいなのに、それよりもね――もっと不思議なことが昨晩起きていたのよ。見て頂戴」

 ノートパソコンの画面がこちらに向けられた。個人によって撮影された動画だろう。夜の住宅街らしい場所で、民家の屋根を映している。

「分かる? 屋根の上を移動しているもの……人間の生首が二つよ。生首が二つ、生きて動いてるの」

 暗くてよく見えないけれど、たしかにそのような影が二つ、ゆっくりと動いていた。

 動画は十秒足らずで終わって、海老川さんが今度は画面上に拡大画像を何枚か並べる。彩度や明度も調整されているものの、やはりハッキリとは見えない。しかし人間の生首だということは分かった。それが男と女だということも。

「今日の午前二時半にSNS上でアップされ、今朝には広く拡散されてニュースにもなってるわ。場所は火津路町内の住宅地。そしてこの二つの生首は、先日殺害された高校生カップルだと云われてる――連続首切り殺人の六人目と七人目の被害者ね。彼らと同じ高校に通ってる生徒が同じくSNS上でそう発言したのが、この動画と共に拡散されているのよ。場所が判明したのもそのため――此処、その学校のすぐ傍なの。私達も通ったけど、憶えてる?」

「それは憶えてませんけど……こんなの信じる人がいるんですか?」

「どうでしょうね。信じる信じないは別で、みんな面白半分で拡散するのよ。でもこの動画、つくり物っぽくは見えないわ。大勢が検証してるけど、少なくとも生首は本物じゃないかと云われてる。つまり、これを撮影してアップしたのは他ならぬ、連続首切り殺人の犯人だってね」

「じゃあ、犯人を特定できるんじゃないですか」

「いいえ。このアカウント、海外のサーバーをいくつも経由して特定を避けてるの。この動画をアップするためだけにつくられたみたいで、高校生カップルと同校の生徒のアカウントに同じ動画を送りまくっていたところを見ても、いまの展開を目論んでたと分かるわけ。現在は停止されてるけど、動画は世界中の人々に保存されて次々にアップされてるから、もう対処は不可能ね。ちなみにそのアカウント、〈夜の夢〉って名前を使っていたわ」

「夜の夢、ですか」

 阿弥陀たちだ。なんともまた馬鹿馬鹿しい……これも本格ミステリ式犯罪が支配する世界を創るための宣伝活動ってわけかね?

 ……でも僕は、いつもと違って一笑には付せないものを感じていた。ああ、僕がどんな人間か知る者にとっては、変に聞こえるだろう。しかし――首切り殺人だけでは何も引っ掛かりなんて覚えなかったのに――生きた生首、〈首将〉……ぞわぞわと、僕の中で何かが騒ぎ始めたのがこのときだった。

「季節的に『真夏の夜の夢』ってことかしらね。私は〈夜の夢〉と聞くと江戸川乱歩の名言を思い出すけど……知ってる? 〈うつし世はゆめ、夜の夢こそまこと〉。生きた生首っていうのも、どことなく少年探偵団シリーズっぽいじゃない。この動画なんて、いかにも冒頭部で何とか少年が目撃しそうな光景だわ。まぁ冗談はともかく――私もこれを撮影してアップしたのは犯人あるいは犯人の一味だと思うわね。こんな手の込んだ悪戯、他にする人がいないわよ」

「それはそうでしょうね」

「はぁ……この犯人が愉快犯だってことはもう疑いようもないけど、私が推理している黒幕的集団……単なる愉快犯じゃあ、その闇の深さと釣り合わないって感もあるのよねぇ。この犯人あるいは協力者は、鑑識課から生首を持ち出すことができた。それに各方面とパイプを築いてる私からしても、ところどころで微妙に不自然な気配を感じるわ。肝心なところで、核心に迫りきれない。巧妙に隠蔽されてるような……陰で巨大なものが動いているような……この生きた生首騒動のせいもあって、不気味に思えてきちゃったわよ」

 さしもの海老川さんも、混迷を極めるいまの状況にはだいぶ参っているらしかった。本来、謎が増えれば増えるほど嬉しそうになるような人なのに。

「あまり無理しなくたっていいと思いますよ、僕は。海老川さんには義務や責任はないんですから」

「そうね……。でも蟹原くん、私には野心と矜持きょうじがあるの。義務や責任より、強いものよ」

 そう云ってなぜか、儚げに微笑んだ。僕にはそう見えた。



 六時十九分というのは今日の午後のそれでいいだろうと思われた。翌日の朝となると、天織はメッセージを発してから丸一日もどこかに潜んでいなければならなくなる。さて、じゃあどうやって海老川さんに怪しまれずひとりで外出しようかというのが課題だったんだけれど、これは簡単に解決されたよ。

「ごめん蟹原くん。私は明日の夜まで戻らないと思う。糸口を掴んだの。それには一度、ちょっと遠くまで行かないといけなくてね。お金は自由に使って頂戴。何かあったら遠慮せず電話して。ちゃんとご飯食べるのよ? あと外出する際は気を付けること。いまや火津路町は連続殺人鬼だけじゃなくて生首まで徘徊してるんだから」

 そう云って、昼過ぎには出て行ったんだ。このタイミングで町を離れて、何処に行くんだろうか? いつの間にか掴んでいたらしい糸口ってやつについても、お喋りな彼女にしては珍しく、詳細を明かさなかった――と云うか、その余裕がないみたいだったね。また見当違いな思い付きに突き動かされてるんじゃないかな……以前と比べて彼女にいくらか親近感を抱いていた僕なんで、ちょっと心配になった。

 だが好都合。これで気兼ねなく、天織に会いに行ける。

 僕は五時半頃になるとホテルを出た。タクシーに乗って、途中で少し寄り道してからくだんの駄菓子屋の近くまで運転してもらい、其処で待っていてもらうよう頼んで駄菓子屋へ向かった。指定の時刻間際くらいに着いたと思う。

 駄菓子屋の店内で、天織は店主の老婆と雑談していた。背格好で彼女と分かったものの、なるほど、男装をしていたよ。服のサイズがやや大きめではあったが、不自然ではなかった。もともと少年っぽい顔立ちだし、それに髪を短く切っていたんだ。僕よりも短かった。

 声を掛けると、天織は老婆に別れを告げ、男物のサングラスを掛けてから店外に出てきた。これはもう日没後だからいささか変だったけどね。

「ありがと、来てくれて。あんたなら読み取ってくれると信じてた」

「もしかして今日はずっと此処にいたのかい?」

 この問いは、うん、先程の老婆との様子がちょっと話していただけという感じとは異なったからだった。

「そうだよ。良いお婆さんでさ、奥の座敷に上げてもらってたんだ。事件については、最近物騒ねぇくらいの認識だったし。いつもなら六時に閉まるのを、友達が来るからって云って今まで開けてもらってた」

「その格好は……」

「今朝殺した奴の服だよ――うえっ。変装に使えるようにチビな男を狙ったんだ。あと、自分が貧乳で助かったね。ひひ……髪まで切ってさ。笑っていいよ」

 スマートなもんだ。犯罪者として天才、という海老川さんの評を思い出したな。

「あんたのそのスーツケースは? 随分でかいけど、旅行帰りじゃないよね?」

「ああ、これは……」

 その通り、僕は大きなスーツケースを持ってきていた。途中で寄り道したというのは、デパートでこれを買っていたんだ。

「天織、君は僕にしばらく匿って欲しいと云うんだろう?」

「うん。ごめんね、迷惑なのは分かってるんだけど――あんたしか頼れなかった。きっと上手くやるから……助けて欲しい」

「いいよ。このスーツケースはそのために持ってきた」

 スーツケースを開けて、中から同じくデパートで買った酸素ボンベをひとつ取る。

「実は僕も家出中の身でね、前に話した探偵が借りてるホテルの部屋に、一緒に泊まらせてもらってるんだ。とりあえずは其処に行こう。大丈夫。探偵は明日まで帰って来ないって云うし、ベッドルームが僕のプライベートルームになってて、覗かれる心配もない。近くにタクシーを待たせてあるから――窮屈だとは思うけど――このスーツケースの中に入ってくれるかい? 呼吸はこの酸素ボンベで」

 天織は少しの間、なぜか呆気に取られているみたいだった。

 それから「いひっ……ひひひ……」と忍び笑いして、酸素ボンベを受け取ってくれた。

「あんた――やっぱり最高。嬉しいな。信じて正解だったよ、刹先輩」

 彼女に名前を呼ばれるのははじめてだった。しかも〈先輩〉とはね……。そして彼女は背負っていたリュックを身体の前に回すと丸まってスーツケースに入り、僕が蓋を閉めるとき、投げキッスのジェスチャーをした。

「あたしのことも、黄昏って下の名前で呼んで。じゃ、また後で」

 本当に嬉しそうだったよ。僕も悪い気はしなかった。



 部屋に着いてスーツケースを開けると、天織――いや、ここからは黄昏と呼ぼう――黄昏は「痛たた……」と腰を押さえながら出てきた。呼吸も荒かったし、三十分ばかり、だいぶ苦しい思いをさせてしまったようだ。それから部屋を見回して、窓から夜景を覗いて「わぁ」と感嘆した。

「良いホテルじゃん此処。『ホーム・アローン2』みたい。季節は真逆だけど」

「うん。此処だったら、まさか君が潜伏してるとは誰も思わないだろう」

「そうだねぇ。はっ――今も町中を無駄に駆けずり回ってんだろうなぁ、無能共」

 ご機嫌そうに嘲笑い、カーテンを下ろす黄昏。彼女は自分で肩を揉みながら、ソファーにどさっと倒れ込んだ。

「あー疲れた……」

「腹が空いてるなら、ルームサービスで何か取るかい?」

「ん、いいの? 探偵の人が後で伝票見て怪しむんじゃない?」

「注文するのはひとり分だよ。僕はもともと小食だから、うん、少しだけ分けてはもらうけど、それでいい?」

「もちろんもちろん。悪いね、何から何まで……痛み入ります、刹先輩。こんなにリスペクトフルな気持ちは生まれてはじめてだ」

「云われるほど大した働きはしてないよ」

 かえってこちらが申し訳ない気分になったな……。感謝ってやつはあまり口に出さない方がいいと思うよ、僕は。

 黄昏が選んだステーキディナーを注文。届くまでしばらく掛かることを教えると、彼女は「ところで、」と切り出した。ちなみにドアチェーンは掛けているから、たとえ海老川さんが不意に帰ってきても大丈夫だ。

「どうしてバレたの? 昨日のニュースじゃ通報者がいたとしか報道されてなかった。縞崎があたしの目的を察してて玄関開ける前に通報入れてたってわけじゃないよね――はっ――あの無能には無理なことだ。実ははじめ刹先輩をちょっと疑いもしたんだけど……でも、それはないなって。大体、あたしが縞崎ん家にいるタイミングで縞崎ん家に警察が来るって、どういうわけよ?」

「そうか。報道陣にはその辺の経緯は濁したんだな。色んな意味でデリケートな話だから」

 僕は湯葉千奈津のことを話してやった。黄昏は苦虫を噛み潰したような表情に変わった。

「あの気弱そうな女か。うえっ――糞シット。レイプされてまんざらでもなかったってわけ? クローゼットに隠れてたとか『ブルー・ベルベット』かよ。あたしがフランク・ブース役?」

「でも縞崎の殺害は叶ったんだから。こうして当面の安全も確保できたんだし、良かったんじゃないか。『縞崎を殺せば、その時点で成功』って前に云ってただろう?」

「あー……そうだけど、想定外のケースで予定を狂わされるってのは腹が立つよ。逃亡準備が丸ごとパーなんてさぁ……」

 黄昏は彼女のぺしゃんこのリュックから、紺色に塗られた手製の手榴弾を取り出した。ピンはキャラクターストラップになってて、顔を白く塗った口裂け男が揺れていた。

「ひとつだけ、これが名残りだね……」

 何で持ち歩いてるんだ。

「あ、ひとつ云っておきたいけど、あたしはヒース・レジャーのジョーカーが好きなだけで『ダークナイト』自体は大嫌いだから。あたしの前でクリストファー・ノーランの話をしたら死ぬぜ」

「映画かい? 心配無用だよ、僕はまともに観たことのある本数なんて片手の指で足りる――いや、今朝の『グリーン・インフェルノ』がはじめてだったくらいだ」

「ん、あれ観たの?」

「まぁそれも流し見だったが……探偵が事件の参考に借りてきたんだよ。もう返しちゃったけどね」

「へぇ、そっかー! あれはねぇ、最後のエンドクレジット中の挿入には不満があるんだけど、それを除けば本当に最高なんだ。デブが死ぬとこがピークかな。何が良いって、ああいう善人ヅラした高慢な学生共が――」

 好きな映画の話で、黄昏はまた元気になった。やれやれ。

 その後、ステーキディナーを平らげるとすぐ彼女はウトウトし始めた。

「眠くなっちゃった。昨日は全然眠らなかったんだ……」

 今後のことについて話す必要はあったが、海老川さんが帰るのは明日の夜だと云うし、事件の盛り上がりによってひとりで出て行くことも多くなっていたから、別に急がなくてもいいだろう。今日のところは。

 後からシャワーを浴びた僕がベッドルームに行くと、既に黄昏は寝息を立てていた。ベッドが二つあって良かったな。入り口のドアチェーンを外した代わり、ベッドルームの方ではスーツケースにクッションを重ねてドアノブと床との間に噛ませ、僕もまた掛布団を被った。

 しかしこの日は、遅くまで寝付けなかった。冴えたくないのに、頭が冴える。暗闇の中で、肥大する想像。気掛かりは〈生きた生首〉のことだった。切断された首がなおも生き続けるなんてことはあるんだろうか、と僕は真面目に検討していたんだ……。

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