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清原勢三郎の追想  作者: さき太
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終章

 愛しい妻へ

 手紙のその出だしを見て、沙衣(しょうい)は不思議な気分がした。勢三郎(せいざぶろう)は好きだとか愛してるだとかそういう言葉を口にする人ではなかった。それなのに彼からの手紙の出だしが愛しい妻へだなんて。でも、そこに書かれた几帳面な筆跡は確かに自分のよく知っている勢三郎のもので、そのギャップに沙衣はなんだかおかしくなった。

 「どうした?」

 今の夫である忠次(ただつぐ)にそう問われ、沙衣は笑った。

 「いや、余りにも勢三郎らしくないなと思って。」

 そう言って目を細める沙衣を見て、忠次はそっと彼女の身体を引き寄せた。

 沙衣は隆生(たかなり)から渡された手紙を言われた通り忠次と一緒に開けていた。いったいここになにが書かれているのだろう。期待のような不安のような、知りたいと思う気持ちと、知りたくないと思う気持ちが混在して沙衣はなかなか先に目を進めることができなかった。

 「俺が読んであげようか?」

 忠次に優しく頭を撫でながらそう言われ、沙衣は頼むと言っていた。

 「愛しい妻へ。君がこれを読んでいるということは俺は君と共にそこに行くことができなかったのだろう。君は今ちゃんと笑っているだろうか。また閉じ籠もってしまっていないだろうか。また死にたがってなどはいないだろうか。君はとても繊細で弱い人だから、心配でしかたがない。本当はそんな君の傍にいて支えたいと思うのに、俺にはそれができなくて申し訳ない。君に辛い思いをさせて本当に申し訳ない。・・・」

 手紙を読む忠次の声がだんだん勢三郎の声に聞こえてきて、沙衣は忠次の胸に身体を預け目を閉じた。

 俺は君に謝らなければいけないことがある。俺はずっと君に自分を偽っていた。俺の本当の名は(くれ)喜三郎(きさぶろう)という。清原勢三郎(きよはらせいざぶろう)とは世を忍ぶために与えられた仮の姿だった。君の知る俺の全てはでたらめだが、俺が本当に君を愛していたと、君といられて幸せだったとそのことだけは信じてもらいたい。本当に俺は君を愛していた。そして俺はずっと君の幸せを願っていると、それだけは信じて欲しい。もし聞いてもらえるのなら、君を偽っていた言い訳をさせてもらえるだろうか。呉家は遠い昔は多くの術師を出してきた家系だったが、俺が生まれる頃には人より少し霊力を強くもって生まれる者が多いというだけの平凡な家系になっていた。術師になる者もいなければ術師と関係のない職を生業としている者しかいないような家系になっていた。しかし、かつて名を馳せた術師の家系ということで在る組織に目をつけられてしまった。呉一族はある実験の被験者として選ばれ、そして、俺を残して滅びてしまった。不幸にも実験に成功し生き残ってしまった俺は捕らえられ、身体に呪印を刻まれて、一族を滅ぼした奴らの従順な飼い犬にされた。そして、家出をしてのたれ死んだある家の放蕩息子、清原勢三郎の名と籍を与えられた。

 そうして手紙には勢三郎の懺悔にも似た半生が綴られていた。それを聞きながら、沙衣は遠い昔に想いを馳せていた。あぁあの時勢三郎はこういう気持ちだったのか、こんなことを考えていたのか。こんなものを抱えていたのか。そんなことを考えながら、沙衣はなんとも言えない気持ちになった。好きだと、愛していると伝えたいのに口に出すことができなかったという彼の想いを受け取って、自分にそれを信じて欲しいという彼の想いをひしひしと感じて、沙衣は大丈夫ちゃんと解ってたと心の中で呟いた。言葉にしてくれなくたって、いつだって感じていた。ちゃんとあなたの愛をわたしは感じていた。幸せだった。本当に、わたしもあなたといられて幸せだった。

 「・・・君に伝えたいことがある。君の本当の名は正蔵沙衣(まさくらしょうい)。君は君が自分の片割れだと言っていた医者をしていた人、その人だ。知っていたのにずっと伝えなくてすまなかった。奴らの飼い犬のままの俺には、大切な人を亡くした君の悲しみを受け止めて君に寄り添う自信がなかった。だから、そこに一緒に行くことができたら伝えようと思っていた。君にちゃんと伝えて、君がちゃんと大切な人を亡くした悲しみに向き合えるように、君を傍で支えたかった。」

 その言葉を聞いて沙衣は思わず身体を起こして忠次を見た。

 「勢三郎は私が沙依(さより)でないと知っていたのか。」

 思わず漏れたその呟きに、忠次が微笑んだ。

 「だから言っただろ?俺もこの人も君のうわべに騙されて君を好きになった訳じゃないって。」

 そう言われ、促されるまま忠次が読み上げた続きに視線を落とし、沙衣は胸がいっぱいになった。

 俺が愛したのは君がなろうとしていた青木沙依(あおきさより)という人ではなく、間違いなく君自身だった。俺は君を愛していた。俺に幸せを与えてくれてありがとう。君のこれからの人生が幸せであるように願っている。俺は傍にいられなくても、どうかずっと君には笑っていて欲しい。

 「沙衣。」

 名前を呼ばれ顔を上げると忠次に口づけされた。

 「愛してる。彼の分までこれからもずっと俺が君を大切にする。」

 そう言われ、顔が熱くなるのを感じて沙衣は俯いて小さくうんと頷いた。

 「ちょっと前まで俺はこの人に酷く嫉妬していたのにな。それで君と仲違いしてしまったくらいなのに。これを読んだ今は不思議とそんな感情が湧いてこない。それどころかこれを書いたのが自分自身な気がしてくるくらい手に取るように彼の想いが解る。この時の情景が目に浮かぶような気さえしてくる。」

 そう言って忠次は、ずっと夢を見てたんだと呟いた。

 「前にも話しただろ。君と出会う前からずっと、俺は夢で君を見ていた。夢の中でずっと君の心配ばかりしていた。君のことが心配で心配で、早く君の傍に行きたくてしかたがなかった。出会う前からずっと君に会いたかった。君に笑って欲しかった。君の傍にいて、君にこうして寄り添いたかった。なんだかその夢が彼が俺に見せてたものに感じてきてな。凄く不思議な気分だ。」

 感慨深そうにそう言う忠次に沙衣は微笑んだ。

 「わたし、あなたと出会った頃、人間の魂も転生するのなら、あなたは勢三郎の魂をもってるんじゃないかなって思ったことがあった。そうだったら良いなって。あの頃は気が付いていなかったが、その頃にはもうわたしは忠次に恋していたんだな。」

 そう言って沙衣は忠次の頬にそっと手を添えた。

 「勢三郎が連れ出してくれた世界を、あなたが広げてくれた。わたしが何も見ないように固く閉じていた目を、あなたがそっと開けてくれた。わたしが解ろうとしていなかったことをあなたが諭して教えてくれた。あなたのおかげで今のわたしの世界は光に溢れている。わたしは本当に幸せだ。ありがとう、忠次。愛してる。」

 そう言って沙衣は忠次にそっと口づけをした。そうして二人はお互いに笑い合い。自分達の今の幸せを噛みしめ合った。


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