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第74話 難聴系主人公() side:太陽善良


 すべてを切り刻み砂と化す風が通り過ぎ、砂嵐が巻き起こる。その中で叫んでしまう。夜明け団の魔人、その一人を倒せたのだと思って。

 王国を支配する秘密組織、その一角を崩すことができたと夢想する――。


「――やったか!?」


 その問いに答える声がする。それはひどく幼い声だった。戦場に場違いながらも堂々としてよく響く声。緊張感のない声。透き通るような高すぎる声。


「やってないよ」


 現れたのは幼い少女だった。傲慢な笑みを貼りつけて、見下すように眼下を眺める。

 むかつくガキだ、そう思う。それは、ついぞ見たこともない豪華な服を着ているからかもしれない。どれだけの金があれば、あんな服を着れるのだと思う。


「……あなた、ですか」

「下がって。あげたそれ……壊れてるか。ま、いいや――下がってて」


「了解です」


 倒したはずのあいつが一目散に逃げていく。

 なんか偉そうにこっちを見てくるガキのせいで追えない。というか、まさか魔人に偉そうな態度を取るとは思わなかった。

 ……もしかして、地位の高い奴のガキなのか。やけに偉ぶってるかと思ったが。


「あの子、あんなに素直だったかな。それはそれとして見間違えたかな」


 そのガキはこくりと首をかしげる。

 これ以上なく美しい、人形のようなこども。偉そうなこども。むかつくが、ガキはガキだ。敵じゃない。

 あんな小さい子を相手にする気は、とてもじゃないが起きない。


「あんた、何者だ? いや、帰った方がいいぞ。危ないからな」

「ん? 僕の名前はルナだよ。それにしても、無名と言うのは今更な話。けれど、見た感じでは他の四人と横並びだと思ったんだけど」


 中々よくわからないことを言い出す。……事情通な顔をしたい年ごろか?


「ルナ。ええと、嬢ちゃん。ここは危ないから、帰った方がいいぞ」


 俺はできるだけ優しそうな顔をしながら、頬はひくついてたかもしれないが、とりあえず怖がらせないように声をかける。紳士だからな、俺は。


「おやおや、この僕にそんなことを言うとは。3年ぶりくらいかな? 女の子として見られたのは。いや、こどもとしてはよく見られるんだけど、まさかそれで心配されるとは。懐かしい感覚だね」


 だが、こいつはどこ吹く風――というか、馬鹿にした目でこっちを見やがる。


「いやいや。あんたはどこからどう見たって女の子だろ。ここは危ないから――」

「善良、待って。この子、何かがおかしい」


 薫子のやつが止める。いや、心配しなくてもガキに手を上げやしねえよ。


「ふむ? どうやら君たちは危機意識というモノが退化しているらしい。戦おうとするものも知らないとは。いや、君たちほどの無知が存在するとは衝撃な事実だよ、これが」


 ……イラッ。


「は――。あまり、他人の神経を逆なですることは口にしちゃだめだぜ、嬢ちゃん。世の中にゃ物騒な奴らもいるからな」

「その子、砂がついてない!」


 区々が指さしている。おいおい、いつもは大人しいのになんだ。砂がついてないって、あんな高そうな服に汚れがついたらそりゃ大変だろうが。


「それ、何かおかしいのか?」

「ここは砂漠よ、なのに砂がついてないなんて……!」


「まあ、この砂漠に似つかわしくない格好であることは確かだけどさ」


 返す返すも似合わない。いや、この子自身には似合っている。人形のようにかわいらしく美しい少女と、ふりふりのドレス以上に華美な服装はこれ以上なく似つかわしい。

 けれど、それだけに砂漠なんかには来てはいけないだろう。


「ルナ。……そいつ、ルナ。離れて! そいつ、ルナ・アーカイブス――」

「そうだよ、僕がルナだ。君たちが目指していた砦の主。そして、君たちの旅路を終わらせるもの。【翡翠の夜明け団】の、大幹部にして最大戦力の一つ。君たちが言う分には【魔王】だったか」


 は? いや、こんな小さな子が敵なわけが……


「な――あッ!」

 

 その子が斬撃を繰り出す。俺じゃねえ、区々の奴を狙って。あの魔人と同じ狙い――させるかよ! その子の刀の前に躍り出て剣を盾にする。……めちゃくちゃな衝撃を感じた。この威力は逃げてった奴以上か。


「やはり、ね。ブラフ? それとも、成長? 僕が”見た”以上の戦力がある……!」


 うるせえよ。わけわかんねえことばっか言ってんじゃねえ。そいつは下を駆け抜けて、他の奴を狙う。


「また……! 俺の仲間を狙うなァ!」


 とりあえず、剣を裏返して殴って気絶させてやる。と思ったがかわされた。なんつう身のこなしだ、このガキ。


「気が入ってないね。僕相手だとやりづらい? それとも――」


「善良、下がって。【サイクロン・ブラスター】」

「おい、そこまでしなくても――」


 東湖の最大魔術――危なくねえか、そいつは。というか、そんなものはガキに使うようなもんじゃねえだろう。


「こんな粗い魔法でどうにかなると? 月読流……【鎌鼬】」


 魔力そのものを切り裂いて嵐を霧散させやがった。ただの一刀で――こいつ、強いぞ!?


「でも、私たちが五人でなら!」

「倒せない敵じゃない!」


 薫子、煤……本気なのかよ、お前ら。本気で、あのガキを倒そうと? あんな、小さいのに。


「いや、それはない」


 ガキは見もしない。完全に無視して俺の方に。さっきまであいつらを狙ってたと思ったのに!


「な――ッ!? こいつ、つよ……」


 手加減して、なんて思ったがその前に俺の首がはねられる。全力でやりあって、五分と五分。なんなんだよ、こいつ。


「なるほど、これは厄介だ――ね!」


 そいつのひらひらの服。かわいらしい服。ルナはそのひらひらの一枚に手を入れた、その瞬間ぎらりと光るものが4つ握られている。ナイフ、暗器か。

 どうやらあの可愛らしい服の下には武器が眠っているらしい。


「うわっ。あぶな――」


 なんとか叩き落した。こいつ、油断も隙もねえな!


「月読流……【鎌鼬】」


 ……あ。こいつ、俺が叩き落してる隙に技を。剣、戻せねえ……っつ。飛ぶ斬撃に胸を切り裂かれた。痛ェ。奮発して買った防御魔術を刻んだ服ごと裂かれた。区々に頼んで治癒してもらう。


「ふむ。もしかして、あれかな? 先の攻撃を防げたというのはそういうことになる」

「……お前、何を言ってんだ?」


 意味が分かんねえ。


「性格かな? あれだな、君は女を侍らす割にはわりとシャイらしい。それとも、面倒事を嫌っているだけかな。期待やらあれこれとか、されても困るんだよね。君だって、できたとしてもしないだろ。民衆のための政治とか、さ」

「いや。あー、ええと。あんた、あたまいいのか?」


 政治なんて俺は知らんし、このガキも知ってるわけがないだろう。だいたい、そういうもんは皆で決めるもんだろう? 個人が好き勝手しちゃいけねえ。だから、好き勝手やってる【夜明け団】を止めるんだ。


「頭が悪い方が得と言うこともある。君が分かっているようにね」

「なんか、だんだん腹立ってきたような」


 俺を馬鹿って言ってんのか。


「もう少し試してみようか。お前、気に入らないし」


 その幼女は、なぜか周囲を気にするようなそぶりを見せて。


「我が槍を見せてやろう、『F(ファルス)M(マイソロジー) ロンギヌスランス・テスタメント』。君はどうやら厄介なようだ、こいつを使わせてもらう」


 神々しい槍がルナの手の中に現れる。その圧倒的な聖なる輝きは、正しきモノすら焼き尽くす究極の光。ルナの体躯には似つかわしくほどに巨大なそれ。つか、なんだこれ見たことがねえ。


「……なんか、ヤバイ――」


 人が握っていいものなのかすらわからない。それの放つ魔力は、太陽にも似ている――まさに砂漠の太陽だ。じりじりと焦がして、ふいといなくなった後には冷たい静寂が残るだけ。


「善良! なんとか、そいつ抑えて……!」


 煤が叫ぶ。詠唱開始。なあ、おい本当にこんなガキと戦わなきゃいけねえのか?


「のろい。従者か、人形め」

「だまれ!」

 

 ぶつかり合う。……痛ェ! なんだこりゃ、触れてるだけで光が――あいつの槍とつばぜりあってる俺の剣、まるで燃やされてるみてえな。


「説明できないこともない。だが、あの子……イディオティックが負けたというのは、もう少しこう――」

「いい加減にしやがれェ!」


 気合一閃。どうだ、見やがれガキ。跳ね返してやったぜ、ばぁか。


「完成した。一気に叩き込むわ! はああっ!」


 その掛け声で、一斉に飛び退いた。あいつ、見てもいやしない。大丈夫か、と思いかけて――あいつは敵だと思いなおす。極大魔法が小さな体に当たる。


「が――ハッ!?」


 その体は葉っぱの様に吹き飛ばされる。赤い血が飛ぶ。痛痛しい。夜明け団ってのは、あんなガキまで。


「……やっちまった、かな」


 憂鬱だ。もしかしたら、またあんなガキと戦う羽目になるかもしれねえ。


「しね」


 そう、声が聞こえて。ぐしゃ、だか――めきゃ、だかの音を立てて周囲一帯が異常な力場に押しつぶされた。


「……さっさと起きたらどう?」


 声が響く。気配はガキ含めて三つ。……増援、か。


「そうだよ。馬鹿だねえ、君は。ここは奴らの領域だからとか。こんな小さな子が戦っていたら心配されるはずだとか考えるからそうなる」

「……は?」


「君の能力が分かったよ。ああ、お前のそれは最悪だ。見るもおぞましい。僕はお前のそれを認めない」

「なんだと――」


「だから殺す。殺してあげる。気に入らないから。そんなものは見たくないから」


 先とは打って変わった眼。冷め切っていて、しかし妙に熱い。これ、これは――


「てめ……」

「アリス、アルカナ――やるよ」


 二人の少女。一人は幼女と言った年齢だが――が加わったことで一気にルナの側に戦況は傾いて。いや、そう。あの目。どこかで。


「ち」


 舌打ち。紙一重で回避する。蛇の首が生えた虎のぬいぐるみのかみつきをよけ、血の様な赤い液体が自在に姿を変えて超高速回転して切断するのをぎりぎりで避けてかすり傷にとどめる。


「……おお!」


 ああ、理解したさ。お前らには分かり合う気がない。そうだ、あの目。[たしか、世話になったおっさんがガキを殺されたとき、あんな目をしていたような。]→見下す目だ。

 貴族どもが俺たちを見る目。ゴミでも見るかのような。強力な能力者に守られて、魔物に子供を食わせて遊んでいた、あの男と同じ。


「――あ」


 弾く。全力の一撃だ。あの獲物を手から飛ばせるまでには強くない。だけど、一瞬。わずかな一瞬に過ぎずとも、隙ができた。

 幼女は呆けたような眼をしている。そういえば、俺らが貴族の城に乗り込んでいった時のあの男も似たような顔をした。


「……ルナちゃん!」

 

 切羽詰まった声とともにあのガキは突き飛ばされて、女が身代わりに剣を受けた。肉をえぐる気色の悪い感覚がする。それが美人のものであれば、なおさら。


「アルカナ? アルカナ、ねえ。かばうことなんて、なかったのに」


 そう言って、ルナはアルカナをゆする。今までの顔が嘘だったかのように。お姉ちゃんを心配するただの子供のように。

 さすがに気分が悪い光景だ。だが、こいつらはこういう光景をいくつも生み出してきた。そう、善良は思っている。


「はは、心配するでないよ。自分なら、気にも留めないくせに――」


 女が立ち上がる。ひょうひょうとした笑みを浮かべている。……効いてない。いや、治しただけか? 少なくとも、あの感触はまだ手に残ってる。


「殺してやる」


 ルナが変わった顔を見せた。憎しみに染まった顔。およそ幼女はしてはいけない醜い顔。


「ああ。ああ、もういいよ。理解した。お前の能力、そして限界」

「みんな、来て」


 つぶやいた。そして、絶望が降りてくる。


「僕たちの、12人の前に何ができる?」


 ルナ含め12人。滅茶苦茶な魔力が溢れている。魔力の扱いが得意じゃない? そうかもしれねえ。だが、あのガキと同クラスとなればそんなもの覚えずとも。


「絶望しろ。終わりを受け入れろ。そして、死ね」


 12対5、絶望的かもしれない。だから諦めろ? 3人にもてこずってたんだから、12人には勝てるわけがない?


「あはははははは!」


 ルナは狂った笑いを響かせながら、11人を完全に制御する。言葉を出さずとも通じ合っている? そんな、馬鹿な。そんなの、俺たちにだってできないのに。仲間の絆、奴らの方が上とでもいうのか。あんな、人類の敵が。


「お……」


 恐怖。それに抗おうとして、雄たけびを。


「しね」


 にんぎょう……ドラゴン? 至るところにおかしなものをつけた紫色が、その布でできた口を開く。剣の一振りで切り裂いてやった。


「……アガ」


 その瞬間、寒気がした。かゆい。猛烈にかきむしりたくなる衝動が起きて、袖をめくるとぶつぶつと紫色のいぼができていて。


「あは。よくやったね、ティターニア。さ、ケテル」


 人形を持った子が満面の笑みを浮かべていて。

 げぼ、と内臓ごと大量の血を吐いた。さらにもう一人、羽根のついた天使の様な微笑みを浮かべた女性と目が合って、”かきまわされた”。

 ぐちゃぐちゃになった中身と皮と骨がミキサーにかけられて、信じられないような激痛が神経を焼き切った。


「……」


 仲間の方を見て、きっと瞳から何かが流れた。それは血か腐汁で、きれいなものではないかもしれないけれど。

 声も出せずに、そう――拷問じみた殺戮を受けている。1対2が4つに1対3が1つ、ルナは上から見下ろしている。絶望的な状況。けれど俺たちはそんな時でも、いつも一緒に戦ってきた。でも、今は、仲間が……すごく遠い。


「負けるかァ!」


 ああ、負けない。諦めない。それしか、俺にはできることはないから。せめて諦めないことを誓った。だから、ポケットの回復薬を口に放る。そして、もう一度剣をとる。

 一方で、ルナは上空で高らかに笑い続けている。


「やれ」


 羽根付きの女が白い光を放って。俺はそれごと切り捨てる。けれど、また吐き気が。気分が悪くなって、シマウマの頭を持つへびの人形にしめつけられて全身砕かれた。

 ああ、それでも諦めない。俺も、仲間も。別々の方法で拷問、惨殺されてもなお。むしろ、生きる気力を奪うための作業のような。

 13人の悪魔どもは嬉々として続けている。


 そして――


「やめてくれ……」


 俺は”諦めた”。ああ、無理だ。何度も何度も凄惨な仲間の死に方を見て。いや、厳密にはまだ死んではいなかった。

 けれどあんな惨いことをされて。自分ならともかく、仲間にそうされて耐えられる人間がどれだけいる?


「もう、やめてくれ」


 彼女たちは死んだ。死なせてくれた。たとえ、砂漠に散らばる無数の肉塊のどれが誰だかわからなくても、もうあいつらは苦しまなくていい。


「諦めたね?」


 崩れ落ちる善良の頭をルナが握りつぶした。



たぶん彼の能力は予想できないと思います。

ちなみに、ルナの言葉に違和感を感じたのなら正解です。

明日ルナサイドの話を投稿します。


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