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第72話 病毒と腐敗の王・形成静清


「……仲間を助けなくてよかったのか?」


 しかし、言葉とは裏腹にどうでもよさそうな顔をしている。アハトは何かに興味を持つような顔をしていない。武器も持っていないのは、互いに同じだとして。


「仲間? (オレ)の役にも立たんカスどもだ、馬鹿馬鹿しい。頭を垂れ謝罪するがいい、ゴミクズ。目くらましにもならん塵と(オレ)を同じ目線で語るなど、天に唾吐くがごとき不敬である。天下の道理だ、わきまえろ」


 その男は傲岸な言葉を吐く。しかし、そいつはその言動以前に――たとえ引きちぎれて焼かれた、哀れな(むくろ)達に比べてすら、”同じ人間”だとは思えない。

 そう、その男の有様は悲惨の一言に尽きる。一瞬とてソレを見たくなくなるはずだ。……腐っている。二目とみられぬほど変形している。


「……」


 だが、彼は黙り込むのみだ。その醜すぎる姿に対して、思うことなど何もないように。アハトという【鉄拳】、感情を亡くした武器は何物にも心を動かさない。


「見たな? 知ったな? この(オレ)の姿を――ならば死ね。天井の神を下界の人間がその目にすることはない。わかるか、目が潰れるのだ。その分不相応の報いにな」


 言っていることが支離滅裂で矛盾している。

 とはいえ、こいつとまともな意思疎通ができるなどと思う人間もいないだろう。魔力に体を侵されるというのは、普通ならば死を意味する。だが、この男はその死から這い上がってきた。腐敗する死体よりもなお(むご)たらしく、名状しがたい姿となって。


「……」


 アハトはただ見据える、敵を。そして、対峙する敵は己しかわからぬ理論と理屈をもって激高する。


「クズめ、ゴミめ、ムシケラが。この(オレ)の慈悲をすがろうとするばかりか、邪魔までするか。疾く首を斬り果てるがいい。それが貴様に許された唯一の懺悔と知るがいい」

「……」


 やはり、何も言わずだ。


「おのれ! 貴様らに合わせて人類の言語を使ってやっているというのに――言葉も解さんサルめが。この俺の時間を無駄にするなど、どれだけの資源の無駄かわかっているのか」

「……話は終わりか? ならば死ね」


 拳を振るった。ただそれだけで、大地が割れる。空が砕ける。埒外の攻撃力――それをルナに認められて5人の中で横並びではなく、上にいる。

 唯一その二つ名に月を冠さない【鉄拳】アハト、それは彼からはルナの片りんを見出すことができないから。


「吠えたな? やはり犬と言うものは吠えなければ可愛げがないな。ああ、その小さい牙でこのおれに歯向かおうと。かわいいな、遊んでやろう。わざわざ貴様らの成果を献上させてやろうとここまで来たのだ、歓迎してもらわなくてはな――」


 ぐちゃぐちゃと脈動する病毒と腐敗。その有様は何とも冒涜的で、どこか哀れさを誘う。常人が見たら発狂するか、そうでなくとも瘴気に脳を焼かれてしまうことになる。


「……」


 先ほど口をきいたのは勘違いとでも主張するように無言で、無造作に拳を振るう。ずん、と砂漠に穴が開く。紫色に濡れた肉塊が震える。


「は――魔力を固め砲弾に、そして拳を砲台と代えて叩きつける。単純だな、ただ単に肉体が強く、魔力も強いからそれに準じて威力も上げるだけ。技術もくそもない、ガキの遊びだな」


 嘲る。敵はそれのみに頼りを置いて、誇りとすら思っている。信仰の域にあるほどに。だから汚すのだ。くだらない悪口を言って嫌な思いをさせるのが最高に甘美であるから。


「……」


 それでも無言。ここまで来ると感情が欠落しているようにしか思えない。殴って散った肉塊、そんなものはすべて潰せばいいとばかりに端から殴り潰す。


「『死縛宮(しばくきゅう)幽玄病毒孵卵ゆうげんびょうどくふらん(のろ)イ』――腐り、死ね」


 世界が紫色に染まった。それはそれとしてアハトは肉塊を殴りつけ、異変を察する。己の拳が腐っていた。

 ――そういうわけで更に殴る。身体の内側に異変を感じた。致死レベルの病が植え付けられた。だが、それでも殴るのみ。


「……」


 常人なら痛みで発狂している。病と言うのは苦しいものだ。それが致死レベルのものであったら、文字通りに死ぬほど苦しい。

 そして、直接触れた拳い至っては惨いの人悪露。肉など、もはや液状化して骨となってしまった。


「死ね。死ぬがいい。屍を晒せ。ああ、(オレ)には我慢ならんのだ。なぜ貴様らは生きている? (オレ)がこんな姿になり果てたというのに。それはあんまりな話だろう。天下に君臨するべきこの(オレ)が、なぜこのような惨めな姿にならねばならんのだ」


 誇っているのか。嘆いているのか。その自身を神と称するほどの肥大化した自尊心。もしかしたら、すでに己の境遇に耐えきれなくて壊れてしまったのかもしれない。


「……」


 そんな――人間の姿すら失った哀れな敵に対して、彼は何もコメントしない。


「死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――壊れろ。憎いぞ、貴様らが憎い。ああ、生命は輝いて見えるな。だから、その輝きを全て消し去ってやると誓った。消してやる、この輝きを――世界樹から!」


 そして、”それ”は魔物の感性であるのだった。汚染され果てている。その証拠に、知るはずのないことまで知っている。世界の外側、”世界樹”は人間には知ることができないもので。

 その神聖にして絶対なるものを汚して、侵す――それこそが使命。


「……」


 殴って、殴って、殴って殴って殴って殴って――けれど、病毒と腐敗の王は削れた分だけその身を増やす。増殖だ。もはや毒スライムである。


「……」


 そして、殴って無事で済まないのは一方的にアハトの方だ。肉は液状化して腕は骸骨になって、どれだけの病毒を抱えたのか体は紫色で頭は浮腫で膨れ上がっている。


「こうなっては哀れだな、魔人。貴様の拳は俺には通用せず、ただ己が身を削る自殺行為を延々と続ける羽目になるとは。ああ、頭が悪いとはなんとも因果なことだな?」


 そして――アハトは病毒と腐敗に呪い殺されて、復活した。


「なっ……ッ!」


 ぶよぶよと蠢いていた肉塊が驚愕でストップする。ありえない、そんな思いで。ポーションにも等級というものがある。

 別にそれを見たことがあるわけではないが、自分の毒は最上級ですら打ち消せぬと思っていたから。そして、それは正しい。死の手前まで迫った病毒を消すことなど、この世界のそれ()にできるはずがなかったから。


「……」


 それでも――そんな事実を知ろうと知らずとも、アハトは変わらない。ただ拳を打ち込み、その分だけ病毒に侵される。

 ルナに渡されたそれで己を癒しながら。もっとも、彼女が見たら口を尖らせてこう言うが。「もっと早く使え」。


「何が――」


 意味が分からない。表情のないおぞましい肉塊でも、そう思ったことが見て取れる。どれだけの衝撃だったのか。天地がひっくり返ったような、という例えがふさわしい。


「……」


 何発も、何発も。死んで、いや――死の一瞬前に回復する。死を免れるものなど存在しない。それは、ルナですら。

 だから、その一瞬だけ前に復活する。不感症ですら死を願うような拷問の中、アハトは行く。


「……」


 殴って、死んで。殴って、死んで。意味が分からない。


「お前は――なぜ?」

「……」


「何回死ねば死ぬのだ――?」

「8回だ」


 答えた。


「は?」


 そういう間にも6回目の死を迎える。


「……」


 答えはない。さっきのが間違いであったように。


「貴様は……いや、待て」


 7回目。けれど、変化が訪れる。冒涜的なスライムはその身を回復させない。増殖限界、とでも言えばいいのか。ぴちぴちと蠢く肉塊が震えて、潰れて溶ける。だが――先のセリフ、少し考えればわかる。つまり、アハトの持ってるポーションは7個しかないのだ。もうない。


「……」


 それを見ても、アハトは何も言わず。機械のように殴って、殴って、ただ殴るだけ。己の身がどうなろうと気にしない。想像を絶するおぞましいほどの苦痛すら歯牙にかけず。ただ、愚直に”殴って壊す”。


「待て、俺を殴れば貴様も死ぬぞ!? やめろ、俺は死にたくない。やめ――」


 悼ましい毒スライムの口とも知れぬ部分が震えて命乞いをする。それは人を狂気に突き落とすようなおぞましい光景。対峙する二人は、とても人間と呼べた姿ではなかった。


「悪いが、俺はこれしか知らん」


 殴った。しかし、これはどう見ても――同士討ちにしか見えない有様だった。




――ポーションの設定――

 効果の高いものはレベルが高い人でないと副作用で酷いことになります。例えば10話らへんとかです。ルナが無理やり軍人様に飲ませて末期がんにさせました。ただし、レベルは魔物を倒せば上がるという簡単な仕組みでもありませんが。

 そして高価です。大商人とか、国家と関わりがあるような組織しか強力なポーションは所持していません。ただし、普通人だとちょっと指の端っことかが抉れてるくらいの傷を治すのが関の山。四肢切断とか死に至る病とかだと無理ゲーです。普通に科学的な医療を受けましょう。

 ちなみに目玉が飛び出るような高級ポーションは夜明け団が持っているかというと、この組織は国家とずぶずぶなのでたくさん持っています。戦争中だと軍はお金をいっぱい使えます。相手は魔物ですが。


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