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第71話 腕のない剣士・千刃羽翅


「……何もしなくて良かったの?」


 彼女の見つめる先には泰然と見つめ返す男がいる。むせかえるような血の匂いの中、我関せずと相対した敵にだけ注意を向ける。


「知らんな。勝手についてきた者たちだ。己の行動には自分で責任を取るのが筋というモノだろう」


 潰れひしゃげて焼き尽きたキャンプ地で、物言わぬ骸と化した人間たちが恨めし気な視線を上に向けていた。夜明け団の襲撃、遠距離から圧倒的な火力で叩きつぶされた人類軍の跡――その残骸の上に2人は立つ。


「仲間じゃないの? そいつら」

「仲間ではないな」


 にべもない。男にとっては何ら関心のわかぬ者であったのだろう。むしろ邪魔者が減ってすっきりした、という風情。血の匂いには辟易している様子はあるものの。


「そう。血も涙もないのね」

「貴様に言われたくはないな、【夜明け団】の魔人よ。どれだけの街を見捨てた? いかほどの人間を見殺しにした?」


「0だと思うわ。だって、助けられなかったのだもの。確かに局所的な視点で見れば助けられた命もあったかもしれない。けれど、結局はこれが最も失われる命が少ない。いいえ、違うわね。滅びを回避するには私たちの方法論以外にないのよ。少なくとも、救済を実現できる組織は【翡翠の夜明け団】ただ一つ。人類軍のお粗末さは言うまでもなく、そして王都は外に関心を向けないから考える必要はないわね」

「そうか。そう思うのなら、お前にとってはそうなのだろう。お前達以外の意見は違いそうだがな」


「……気に入らないわね。なら、あなたは何がしたいの? ここで戦うことで何の意味があるのか私にはわからない。いえ、私たちは人類生存のために必要なものを守るために戦っているけど――あなたはそれを壊して、ドラゴンを生き残らせることに何の意味を見出すと言う?」

「は――下らんな。人類生存? なるほど確かに御大層なお題目。女子供が好みそうな甘い言葉だ。甘すぎて舌が腐る」


「それはあなたたちの知能が低いからでしょう。私たちに無知の責任を押し付けないでくれるかしら。人間には知恵があるけど、使わないのはあなたたちの勝手じゃない」

「ふん、もとより貴様のような人間が他人の事情を考慮するものかよ。まあ、いい――死合おうか魔人」


「魔人じゃないわ。第0世代改造人間、ルナ・チルドレンの【月光の戦斧姫】カレン・レヴェナンスよ。愚かな害虫は駆除させてもらう」

千刃羽翅(せんばはねはね)。ただの人間だ」


 と、言うものの動かない。カレンも始めは様子見だ。相手の能力が何かわからない。しかし見るだけで分かることはある。はず、なのだが――。


(刀? 刀を差している。重心から見て飾りではない。ブラフではないとしたら”使う”のか)


 そう――”腕もないのに”。千刃はぼろのコートを纏っている。砂漠を超えるには重装備が必要だ。腕など出していたらすぐに日焼けで焼けただれる。

 が、彼にはその心配もいらないだろう。袖はだらんと垂れ下がってしぼんでいる。中身が入っていないことは明白だった。中々しっかりしたつくりの年季を感じさせるコートで一見では分かりにくいが、対峙すれば見て取れる。


(”あいつ”と同じ武器か。とはいえ、安物の大量生産品に過ぎない。私の斧、『ルーンエッジ』には敵わない)


 ”五人”はルナのことを先生とは呼ばない。さんざん虐められて憎たらしくも思っているが、彼女のおかげで今の地位にあるのも事実。曰く言い難い感情があるのだ。とはいえ。


「何もしないでは変わらない!」


 彼女が一歩を踏み出す。

 これ以上観察してもわかることはない。ならば、攻撃する。そこはもう夜明け団の職業病のようなものだった。”行動しなければ何も変わらない”という人生観だ。じっと待ち続けた方が有利なのはわかるが、希望を待って乞食のごとく恵みを待つ気はない。


「……」


 千刃は消え入りそうな細い息を吐いた。彼の目が細くなる。集中は対峙したときより(なま)ってはいない。

 完全に戦闘の心得がある人間のそれである。むしろ一対一の決闘に慣れているような騎士とかその類の人間だった。少なくとも、ここで骸を晒しているただのテロリストとは”もの”が違う。


「……っく!」


 彼女が弾かれるように後ろに下がると袖がぱっくりと裂ける。反撃された。強い――夜明け団の大幹部に与えられたアーティファクトを切り裂くなど、その時点で世界最強クラスの力があることを示す。……それも大量生産の脆く鈍い刀で成すなど、どれだけの技量が必要とされるのか。


(強い。でも、まあ……あいつが相手だったら無策で突進した時点で腕の一本も取られてた。強力だけど、強すぎはしないわね)


 斧をぶんと振り回す。あからさまな隙で、攻撃されるかとも思ったがそれもない。次々と敵の情報を集めて解析する、それがルナに教えられた戦い方。


(腕は無事。積極的に攻めても来ない――居合か)


 カレンはルナが使ったのを喰らったことがある。足を動かさずに移動するというアホみたいなことをやらかされて追い詰められた。なんで足を動かさずに高速移動ができるんだ、あいつは。


(居合。腕なしでどうやって振ったのかはわからない。けれどそこは重要でもない。重要なのは間合いだな。攻撃圏内に入れば、その時点で持ってかれる。けれど、さすがに武器まで斬れはしない――だから生きてる)


 カレンは斧を後ろ手に構える。まさか、斧で居合いをやらかそうというわけでもないだろうが。


「刀なんて使うのは不運ね。私たちにとってそんなものは劣化複製(レプリカ)にしか見えないのよ」

「そうか、ならばお前を殺した後でオリジナルも殺すとしよう」


「――それは無理ね。あなたはここで死ぬもの」


 踏み込む。何も持たない手を前に出して、五指を開いて。


「面妖な真似を……!」


 千刀は待ち構える。それしかない。居合いとは本来そう言うものだ。両腕のない姿で威風堂々と敵を見据える。


「おお……ッ!」


 カレンは間合いを安々と突破する。だが、そこは死の領域。一瞬で息絶える千刀の支配領域。


「……ッ!」


 呼吸。極限の集中――しゃべることなどない。


「」


 息を呑むほどの一瞬、那由他の彼方にそれは終わった。


「勝った、わ」


 カレンは上下に分かれた手をしっかりと握りこむ。血が噴き出る。二の腕まで切り裂いた刀を筋肉を収縮させて、そこで止めたのだ。敵の刀を自らの腕に埋めて固定する。

 もはや敵は反撃も逃げることもできない。カレンは逆手に握った斧を振り下ろした。


「――は。面白いな、魔人。あの交差の一瞬、先に集中力が切れたのは俺の方だったか」

「負けたらさっさと死んでほしいのだけど」


 一文字に切り裂かれた胸から黒く濁った血がどくどくと出る。固定された刀を手放してバックステップし、かろうじて生き残った。

 明らかに死に体にもかかわらず、彼の戦意は衰えない。むしろ張り付けたような笑みを浮かべている。


「は。こんな面白いもの、途中で投げ出されてたまるか」

「私は楽しくないわ」


「そう言わずに付き合え――何を言おうが付き合わせるが」

「バトルマニアめ。そう言えば、見たことがあるわね。目的と手段が逆転した人間――好き勝手やるだけやって負債は周囲に押し付ける。一刻も早く終わらせるべき人間。あなたの勝手に、他人を巻き込まないでほしいものね」


 千刃はどこからともかく二本の刀を取り出す。一本を担ぎ、もう一本はだらりと下げている。

 この段に至ってようやく見えた。うす暗い(もや)のようなものが腕の形を作っている。腕のない剣士のからくりは、どうやらそういうこと。


(魔力の腕、か。あの居合の威力はこれか。いや、技術も相当)


 油断はできない。……あまり特異な能力でもないと分かったとはいえ。


「さあ、殺り合おうぜお嬢ちゃん。満足させてくれよ」


 刀を取り出す手品の種は簡単だ。ルナと同じく刀を体内にしまっている、それだけ。彼ほどの魔力があれば造作もない。そして、際限もない。

 これでも魔力に汚染された人間だ。100か200か――少なくとも大量生産のそれと言うからには、数が切れるのを期待するのは甘い。


「黙りなさい、さっさと死ねよ異物」


 けれど、種を暴かれたマジシャンの末路は悲惨なもの。カレンは冷たく彼を見つめ、決意を固める。”殺す”、躊躇もなく、そして遠慮もなく。

 今度の踏み込みは同時だった。一瞬で互いの殺戮領域に達し、目にもとまらぬ疾風の勢いで剣撃が交わる。


「ヒヒ。ハッハ――!」


 何がおかしいのか千刃が笑う。

 もしかしたら己の窮地こそが面白いのかもしれない。刀と斧、どちらが硬いか聞かれて斧と答えるのは一般的な感性だろう。そして、刀が大量生産品であれば余計に。

 持っている刀が無限であろうがなかろうが、強い武器を持ってる方が有利なのは言うまでもなく。


「……しぶとい!」


 キン! キン! キィン! と、刀が折れる音がする。そのたびに新しいのを取り出すが、その隙を突かれて男には深い傷跡が幾筋も刻まれていく。


「楽しもうぜ、”ここ”こそが楽園(ぱらいぞ)だ。力を振るう者にとっては、全力の戦いこそが最高の娯楽に他ならねえ!」

「娯楽? そんなものに命をかけられてたまるものか。使命と大義にこそ、命を使う意義があるのよ!」


 刀は何度もカレンを叩く。けれど、斬れてはいない。全ては夜明け団の誇るアーティファクトのおかげである。

 極限の集中がなければ、あれほどの威力は叩き出せない。それだけの集中を保つなど人間には不可能だ。そもそも彼らは重病人に他ならない、脳髄さえ魔力に侵されている。


「は――馬鹿が。シャカリキになっても世界は救えねえ。どうせ人類は救われねえ。ならば、”ここ”で楽しむのが吉ってもんなのさァ。なあ、お嬢ちゃんよぉ!」

「違うわね。人類を救うのは我々、【翡翠の夜明け団】(エメラルド・ドゥーン)よ。害獣は殺す。敵を殺し尽せば、後は安寧が残るわ」


 ずたぼろになってもなお、千刃は刀を振るう。だが、それにも限界は来る。腕は魔力の塊でいくらでも再生できても、それを動かす胴体は不死身ではない。そして、ただの人間であった彼は強力なポーションなど持っているはずがない。

 どれだけ抵抗しようとももはや千刃に勝機はない。血や肉とともに失われる体力。刀を一度振る間に、5回は傷が刻まれていく。


「ひひ。そううまく行くかね、世界はあんたが思ってるよりずっと醜悪だよ。お嬢ちゃん」

「ならば、それを綺麗にするだけの話よ」


 土台がなければ生やすものもない。その原則に従って切り刻んで――最後に残った頭を斧を逆刃にして文字通りに叩き潰した。



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