第70話 漣葉蓮々の最強能力 side:漣葉蓮々
「――っち」
舌打ちが聞こえます。
敵……夜明け団の魔人――杖を掲げ、馬鹿げた威力で、そして馬鹿げた速度で、さらには一つの魔法を維持しながらもさらなる魔法を使ってくるというトンデモです。
そんな恐ろしいトンチキを相手にしながら、漣葉蓮々は健闘します。
「っわああああ!」
必死で逃げます。奴の後ろから夜明け団が築いた砦からの砲火が迫りくるのですが、それは全て魔法によって作られた竜巻に吸い込まれました。
……助かりました? そんな都合のいい話あるわけがないのです。あいつは竜巻でそれをグルングルン回してぶつけてきます。
「しつこいね――雑魚が! さっさと潰れてしまえ」
漣葉蓮々は息をつく暇もなく、”未来の”弾幕の切れ間に飛び込みます。そして、わずかな時の後”見た”通りにわずかな隙間をすり抜けてごろごろ転がっていく。
「っなんで! なんで――」
こんな強い奴が! なんて泣き声は出せません。見えた。真横から竜巻、さらに火の玉が来る。私は未来の光景が見えるから。
「てこずらせてくれるね。焼死と感電死、どちらがいい? それともバラバラ死体が憧れかしら――【ファイアボール】」
飛んで避けると火の玉が髪を焦がしました。
漣葉蓮々、私は目が見えない。包帯で目を隠しているその奥はどろりと腐った瞳が虚ろな光を映します。これが”代償”。
人の身には過ぎた力を宿したことで肉体そのものが変異しました。
「……っそこ!」
自分が銃を撃つ光景が見えました。その通りに銃を撃つと、吸い込まれるように竜巻の守護をすり抜けて、敵の腹に当たります。
そう、漣葉に現在の光景は見えません。代わりに未来の光景が見えます。それが私の能力――未来視。
「が……は!」
呻く。どうやら、効果があるらしいです。
敵は豪奢なドレスを纏っている――ただの村人でしかなかった漣葉には見たこともない贅沢な品。しかし、その実はもっと”とんでもない”。
国家予算規模の資金をもって作成されたアーティファクトなのだ。世界を支配する【翡翠の夜明け団】、あるところにはお金があるものだと思います。
「ち――小娘。そんな豆鉄砲で……ッ!」
実際のところ、夜明け団は銃を軽視している。それは”魔物に効果が薄いから”、それだけの理由で。
上級と呼ばれるものには大抵のそれは牽制になればよい方で、そして牽制になるほどの強力な銃を扱えるならその腕力で剣をふるった方がよほど効く。ゆえに侮る。
そんなもの、と――自分は使わないからなどという理由で重視しない。戦場の花形ではない。
だが、やはり銃は扱いやすいのだ。引き金を引けばまっすぐ飛ぶ。そんな取り回しの良さが魅力である。だから【災厄】にも通じる銃を開発するなどという狂気があった。湯水のように消費してもなお足りぬ資金、そしてできあがったのは人間には使えぬ銃だった。
だが、それは上級の魔物でも何十発も撃ち込めば倒せてしまうような代物となった。……それだけの特別製の弾丸を作るならアーティファクト作れよ、と言う話だが――とにもかくにも、そんな経緯で化け物じみた銃が作られた。
【災厄】どころかドラゴンにもかすり傷一つつけられないていどの銃が完成した。
「よっし!」
ガッツポーズです。なぜ手に入れられたか? それは未来視がその未知を予見しました。それに従ってこれを手に入れたのです。まあ、つまりは窃盗なのです。
「……へぇ」
ぞくり、と背筋が震えます。敵の雰囲気が変わりました。怒った、とは違いますね。もっとナニカ……おそろしいような。
「な。なにを――」
手に持った銃の感触を確かめます。さっき、確かに通じました。なら、脆いところに何発か撃ってアーティファクトを破壊すれば勝てる。うん、王国を覆う闇……【翡翠の夜明け団】の魔人にも、この銃ならダメージが通ります。”勝てます”。
「雑兵を逃がした。いえ、先に進ませたその手腕。そして、多少おっかなびっくりではあるけれど――私と戦えるほどの実力を認めましょう」
彼女はふわりと降りてきます。笑顔です。さっきまではムスッとして不機嫌でした。魔法で浮いていた、その優位を捨てたのです?
「私の名はスペルヴィア・シュラフト。あなたたちが魔王と呼び畏れるルナ・アーカイブスの弟子、ルナ・チルドレンにして【月鏡の魔法姫】の異名を冠す者。人類の夜明けを導くため、テロリストを駆除します」
”見られた”。優位を捨てたんじゃない、そんなものは意味がないとみなしたのです。敵の力を、私の力を認めて本気で対峙する気です。
視界がなくても殺気は感じます。愚か者の処断、ではなく決闘に意識をシフトした。
「わ――私だって。私にもしなくちゃいけないことがあるんです。みんなで笑うって、そう決めたんです。ちゃんとみんなで生き残ろうって。だから、悪の秘密結社を倒すんです!」
撃ちました。衝撃が手に伝わります。痛い、なんて感覚はとうに失われているけれど。もうほとんど感覚もない。私には、この手がなぜ動いているかもわからないのです。
「愚かな――」
見えました。雷光が走る。周囲が焼け焦げる。周囲のあらゆるものを吹き飛ばすつもりです、この女。
「読まれるなら、それ以上の攻撃範囲で仕留めるまで。【サンダーボルト】」
逃げ場がない。とっさに伏せるけれど、意味はないです。電撃が体を焼く。ほとんど失った嗅覚が自分の身体が焼け焦げるにおいを教えてくれます。
「が……は……!」
痺れる。痛い。感覚なんて失ったと思っていたのに、こんなにも辛いのです。……でも! 立てないほどじゃない。戦えなくなるほどじゃない。見ます。
「……わああ!」
二発、撃った。杖を弾き、目を抉って。……逸れた。なにかの防御。魔法を使ったようすなんて、なかった。のに。です。
あれがアーティファクト? まさか、布のない死角にまで防御が及んでるなんて思わない。杖も、しっかりと握りなおしました。
「残念ね。私たちは団からアーティファクトが与えられている。攻撃も防御も、あなたたちとは次元が違う。まさか動けるなんて予想外だったけど、意味もないわね。とどめよ、【ファイアボール】」
火の玉。だと思う、きっと。見えない、けれど。腕が動かないのです。さっきの二連発が利いてます。もともと、これは人の手で撃てる銃ではないから。
「ああ――あ!」
口も利けない。衝撃が体をズタボロにしてしまったよう。でも、あきらめないのです。ぜったい、ぜったいにあきらめてなんかやるもんかです。
「あ! ………………。」
衝撃は不思議と感じませんでした。風で優しく持ち上げられた、ような。そして、衝撃。地面に叩きつけられた。どうやら火の玉を喰らって焦がされながら宙にぶっ飛ばされた、ようで。あの衝撃は着地したときのものでしょう。
「まだ生きてるのね。でも、あちらはもう終わりそうね」
後ろを見て言う。そっちは。そっちの方向は。
「……! …………。……!」
声が出せない。体が動かない。うごけ。うごいて。でないと――
「心配、かしら? なら、こんなことしなければいいのに。理解できないわね。あなたの戦術は理解できる。先制攻撃を喰らった後の立て直しは実に見事。仲間を伏せさせて被害を最小限に抑え、ばらばらに散らせて突撃させた。距離が近ければ、もしくは馬でもあれば砦にたどり着けてたかしら? 私もそれ以上の作戦はちょっと思いつかないわね。けれど、無理よ」
言うな。……そのさきは、いわないで。
「だって、戦力が足りない。たどり着いたところで何? 砦は砦。そんなに侵入しやすい構造をしているわけがない。扉を開けてくれる内通者がいるなら強行突破はする必要ないわね。足を止められたなら、要塞に備えられた火器で掃討されてしまうだけよ。まあ、今回は機械化兵がやってくれたみたいだけど」
なにか暗いものが心を侵食します。暑さも寒さももう感じないのに、腹の奥あたりが冷たくなってきます。みんな、死んだ?
「あ。お――おま、え……おまえ、は」
力が湧き出る。そして、見えた。あいつの焦る顔。
「死ぃ……ね!」
銃を撃ちました。あいつは杖を盾にします、弾丸が硬いものに当たる硬質な音。それは、もう”見た”。
「はっハ――――」
”見る”。敵が、腹を押さえてうずくまる姿。ばね仕掛けのように四肢を沈ませた獣の体勢で飛び掛かり、膝を叩き込んでやった。
「が……は!」
敵の苦悶の声が聞こえる。転がり、うずくまって杖を支えに立ち上がる敵の姿が実現した。私の見た未来の姿の通りに。
ああ、なんて脆い。手足の修復すらできず、内臓なんて無駄な有機物があるせいで痛みで手が震えている。
「あは。アハハハハハハ――」
嗤う。ああ、なにかとてもおかしい。私の腕はこんなに力強かったっけ? ああ、あと――腕って黒いものだったかな。
「く――化け物め。この期に及んで『堕天』を起こす……こんなときに都合の良い奇跡を。でも、私も負けるわけにはいかないのよ! 【サンダーボルト】ッ!」
それも見えている。銃は口にくわえている。手と足でしっかり砂の台地を掴み、跳躍。抱き着くようにして、範囲から逃れた。
「……ッ!」
だが、それでも衝撃から逃れらない。こいつ――自分ごと広範囲を焼き払いやがった!
「この段に至っては、無傷で勝利できるとも思ってない。そして、あなたの能力は目に関係がありそうですね」
総毛だつ。背筋に悪寒が走る。この未来は見えてない。電撃の衝撃で身体がしびれている。けれど、同時に電撃を喰らったこの女はアーティファクトの力で威力を減衰している。
手が伸びる。繊手のような手が、鋼すらも引き裂く剛力をもって。
「ッが――」
ぐちゅり、いやぐちゃり。ぐちょりかもしれない。腐った泥に指を入れたような、そんな音。敵に目を抉られて、かき混ぜられる音。
「……ッい――」
むしろ、心胆が冷えたのは敵の方だったかもしれないのです。腐臭があふれ出しました。硬い目を抉る覚悟はあったかもしれないです。けれど、そこは腐った腐肉の塊で。
「私が見ていたのは、”これ”」
0距離。対抗して、なのかただ防御の薄いところを狙っただけか私にも分からないです。とにかく敵の目に突きつけた銃を撃ち放ちます。
目を抉られたところで、そこはすでに腐っている。ダメージなんてありません。
「――ガ! あっギィィィ。く……そがァ」
さすがに大きなダメージを与えたようです。
弾丸は脳にまで達せずとも、その目はもう二度と使えまい。スペルヴィアは後ろに大きく飛びのきます。
そこは魔術の距離でしょうが、これまでの戦いで長距離では当てられないことは証明されています。
漣葉は深呼吸する。この段に至って、彼女の能力は――彼女を最大限に利用する術を学習した。これまでは彼女が曲りなりに、素人がおっかなびっくり使うように、あるいはただのその場しのぎで使用していた。けれど、今は違う。
未来視――能力の方が漣葉を利用している。もちろん、能力そのものに意思はないから何をするかは彼女が決める。けれど、過程に至ってはこれはもう完全に能力が彼女を支配している。万に一つ、億に一つの勝ち筋を導き出すために漣葉を動かす。
「ヒャッハ――――ア!」
縦横無尽、獣のように四足歩行でなぎ倒し、引き倒し、その爪で引き裂く。
「【ファイ……ガハッ。【サン……ガッ。【ウィン……ギャッ!」
スペルヴィアは魔術を使おうとして、そのすべてを妨害される。いや、妨害する等という思考はもはや漣葉にはない。あだ、未来視が導く未来のままに。
「ギャハ。ギャハハ。ヒィーハーァ――」
狂った笑み。漣葉はもう思考していない。ただ未来視が見せる未来を実現するだけの知能のないケダモノだ。
指一本動かせないはずの己がなぜ動けるのかなど考えることもない。漣葉は二回もサンダーボルトを受けた。広範囲殲滅魔術で威力が低い――それはあるかもしれない。
けれど、漣葉は防具を着ていない。着れなかった。くそ重い鉄の鎧を着て砂漠を行軍するなど、盲目の少女にできることではなかったのだ。
二度も直撃にさらされてもなお動いているのは、それが100に1つの未来だから。未来視は無数の未来から自分にとっての都合のよい未来を選び出し実現させる。死にかけの身体が動いた、という未来を強引に実現させる。負債を未来に投げ、奇跡を安売りする。
「ヒャハ。ヒャハ。ヒャハハ――」
狂ったように笑いながら、死角を縫ってリミッターの外れた膂力でもって敵をバラバラにせんと力を込める。
けれど、スペルヴィアは夜明け団の至宝、アーティファクトを賜っている。その埒外の防御性能が五体がバラバラにされているはずの攻撃をどうにか持ちこたえさせていた。
「ギヒ――」
だが、それも何度も何度も最も脆い箇所に攻撃を受けては、ただの爪や膝、肘の攻撃であろうともほつれてくる。攻撃がその肉体にまで達し、赤い血が飛び散る。
アーティファクトが壊れかけていた。
「【サン……【サン……【サン……【サン……ッ【サンダーボルト】!」
何度も何度も諦めずに詠唱して、ボロ雑巾のようになりながらもそれが遂にかなう。苛烈な電撃が己とその周辺ごと薙ぎ払う。未来視が漣葉に見せた未来の通りに。
「ヒヒャ」
嗤う。その虚ろな眼下からどす黒く腐臭のする血の涙を流しながら。嘲り笑う。”全くダメージを負わずに”。
「……ッ!?」
驚愕した。スペルヴィアには何が起こったかわからない。漣葉が動き回ったことによって舞い上がった砂が、魔術の詠唱が完成したその一瞬だけ”偶然にも”切れ目のないカーテンとなって漣葉に電撃を届かせなかったことなど夢想することもできない。
舞った砂がカーテンになるなんてどんな確立だ。わずかな隙間があるだけで電撃は侵入してくるというのに。サイコロ千個を振ってそのすべてが1を出すよりも珍しいに違いない。けれど、その未来は”ありうる”。ならば、実現してしまう。漣葉蓮々の未来視は――!
「……!」
もはや人間の言葉すら忘れたのかニィと笑う。そして、銃を突きつける。
「ガ……グ……ぐぐぐ――」
スペルヴィアには逃れることもできない。自分ごと撃った極大規模でのサンダーボルトが効いている。
「終わりです」
引き金を引きました。
正確に片目を抉った場所へ二発目の銃弾を叩き込みました。アーティファクトの防御性能が最も弱まっているところ。頭が弾けて、バシャリと赤い血が花のように広がり後から黄色い脳髄や灰色の脳の破片が飛び散って。
「勝った。あの夜明け団に勝った。勝ちましたよ、みんな――」
死んでいった仲間に想いを馳せていたら、喉元を掴まれました。
「ガ――え? なに。ぐっ……ッ!」
スペルヴィアはビデオを逆回しするかのように再生していきます。まさか、”魔人”……復活すら成し遂げると? 不条理な!
「まさか、ねえ。殺されるとは――ね!」
ぎりぎりと首を絞められます。もがこうとして、腕が動きません。
「……! …………ッ!」
声も出せないです。何が。
「過負荷。強化人間の身でそれだけ能力を使いまくって、堕天まで起こし、それでもなお人間の意識が戻るなんて運がいいわね」
ぼとり、と私の腕が落ちました。落ちたそれは何やらぼそぼそとして、なんか黒いです。人間の腕って落ちるものでしたっけ。
「まあ、もっとも今更戻ったところですべてが遅いわね。もはや――」
なんか生えてきた黒い腕が勝手に動きます。尖った形状のそれが奴ののどを突き刺そうとして。そう、それはどこか上級魔物……人のカタチを取るほどに強力な魔物とそっくりで。
「すべてが遅い。そう言いましたよ? 光さえも飲み込む因果の果て、特異点をご存じですか? 見せてあげましょう。全て飲み込め【ブラックホール】」
小さな黒い穴が開きました。それが私の胸に浮かんでいます。ぎゅるぎゅると回転して、回転しているのは私?
「まあ、これは単なる極限に圧縮された魔力の崩壊現象を利用した近似値でしかありませんが――」
逃れようと、攻撃しようと体が暴れて真っ黒な血が流れます。べきべきと、いたるところが再生しては変形して。
「それでも、あなたを飲み込むには十分すぎる」
圧縮されて、潰された。
この化け物銃はもちろん夜明け団が作った作品です。人造人間の技術は最近のもので、他にも多くのことが研究されていました。
長年研究されたものの結局、結果が出せなくてお蔵入りしていたのを盗まれたのです。
ルナは一切関わっていない、別の部署の研究成果です。対【災厄】なんて研究するような機関は夜明け団だけなので、当然出所も団でした。




