第69話 羽濤棟塔の瞬殺
それは、天を覆い尽くすほどの砲火から始まった。
時刻は早朝。彼ら人類軍が「ああ、夜中の襲撃はなかった。よし、攻めるのはこちらの番だ」と――そう思った折の襲撃だった。
なぜ徒党を組んでここに来たかと言えば、夜明け団が大きな動きを見せたからその中心点に攻め込むのだ。世界を支配する【翡翠の夜明け団】、その邪悪なる目論見を打破するために集まった。
彼らが立つ”ここ”は敵の領域。最終決戦を前にして、警戒はし過ぎることはないから油断はなかったはずだった。
だが、それでは疲れてしまうのだ。ずっと警戒し続けることなど人間にできはしない。そもそもこの砂漠まで来るのに何日かけたか。
そして、夜中……明日には城に着く。襲撃をかけようと、そう思っていたのだ。ゆえ、近くにある砦に恐怖を抱かない道理はない。
目を凝らせば見えてしまう、そんな距離であったのだから。
そんなわけでぶつぶつおしゃべりしながら、集中力を切らしながら時折怖いなと砦に注意を向けていた。
集中力を切らさない、などと言う芸当ができるのはそれこそ団の中でも指揮官クラスに限られる。一般兵、それも少し前までは銃を持ってすらいなかった人間にとっては無理難題である。
そう、人類軍に練度など期待するべくもない。少なくとも、この場にいる者にその手の心得はない。
――ゆえ、砲火にさらされてパニクった。
それは、もう酷い有様である。ぽかんと口を開けてそれを見て、近くの仲間が肉塊に変えられるのを見て「え? 何が起こったの」と視線が宙にさまよう。
幸いにも、弾幕は地上に降り注ぐ頃にはばらけていて不運な者が四肢のどこかを失ったりで、死者はそれほど出ていない。
生き残った大多数である彼らはどこかに置いておいた銃を探すどころか、ばたばたと尻もちついて後ずさりしようとする。そんなものは誤差だ――逃げるなら走らないといけないし、反撃には武器が必要だ。
ここで彼らの生命は終わる。砲火にさらされ、みっともなく泣きじゃくりながら炎に飲まれ弾丸に打ち砕かれるのだ。
「ッこんの、てめ――」
だが、一人。仲間を守ろうとする者がいる。
そいつは少々、身体が欠けていた。片目は閉じられて、どこかすかすかとしたような空洞だ。そして、両の手指はその全てが半ばから欠けている。
その欠けた指から魔力の塊を撃ち出し、砲撃術式を真っ向から叩き落とした。ガトリングのような力、シンプルがゆえに強い異能。
「――羽濤さん!」
「おう、お前も無事だったか。無事だったもんを集めい! 反撃すんぞ――」
「え! いや、でも――」
「あの悪名高き翡翠の夜明け団が素直におどれらを逃がしてくれるわけがあるかい。すぐにお代わりが来るど」
「あ。は、はい! お前ら、集まれ――武器を」
「いんや、待てい」
「は――」
「また来たど!」
先に倍する火薬が注がれる。
いや、それは少し違う。拠点へ攻撃されたときは人は三々五々散らばっていた。そりゃ、全員集めて雑魚寝など誰もしたくないから。
だが今度は反撃の手はずを整えるためか脱出するため集まっていたところ、そこに集中的に火力を叩き込まれた。撃たれる側の体感的にはその密度は2倍、3倍にも達する。
「うわあああ!」
「ひ!」
「ぎゃああああ!」
次々に倒れていく。密集したことで逆に仲間が邪魔になって逃げられない。無限かに思えるほどの砲弾が今まさに叩き込まれている。
「ぐ――おどれぇ」
リーダー羽濤棟塔は強化人間である。偶然魔力だまりに突っ込んで、生き残ってしまった”元”人間。その強力な能力を見込まれてリーダーになった。
そして、人格的にも口は汚くても一角の人物であるのだろう。仲間を守り、導く……並大抵のことではない。彼は逃げるためではなく、守るために戦っている。
「ぎゃっ!」
「ぐわ――」
それでも仲間は倒れる。訓練を受けていないだと? そんなものよりも大きな問題がある。それに比べれば個々の能力が劣ることなど箸にもかからない。
武器はともかく、防具のアーティファクト持ちなど、それこそ夜明け団ルナ直下の幹部あたりしか持ってないのだから考慮するだけ無駄である。この弾幕の対抗手段などない、
「がはっ――あ、くそ。くそ、くそ、くそが」
「なんでだよ、なんでこんな――」
実のところ叩き込まれる火砲はそう強力なものではない。
時期的にプロジェクト『ヘヴンズゲート』の大詰めだからこそルナは話し合いを放棄して殲滅を選んだ。そして今更砦を移動させることもできない。
だから本戦に支障が出ない分だけの貧弱な火力で対処しているというわけだ。そんなもので、この地獄絵図になっている。
「くそ。こんな場所で。……村に帰りたい――」
「砂漠でなんて、死にたくないよぅ」
だが、火薬をケチられて絶望には程遠い火力だったとしても、人間には打つ手がない。嘆く以外にできることなどない。
そう、ここは砂漠。夜明け団は決戦の地に砂漠を選び、そこに砦を建てた。ドラゴン相手に障害物があっても、砕かれて瓦礫が散弾銃のごとく味方に降り注ぐだけ。むしろ何かあっては害悪となるから、何もないここを決戦の地に選んだ。
「……イタイ。足が……街に帰りたい」
「母ちゃん……」
運悪く火砲にやられて四肢を吹っ飛ばされた人間たちが呻いている。
砂漠では障害物がない。ゆえ、砲火から身を隠す場所がない。まともな防御力もないから、ただ逃げ惑うしかない。人は、ただの銃でも撃たれれば死ぬ。
急所に当たらずとも、動けなくなる。動けなくなれば、死あるのみだ。この人里離れた砂漠では。
「てめぇら、諦めんじゃねえ! 誓っただろうがよ、巨悪を倒して俺らの街を良くして見せると――」
彼だけが必死に迫る弾を撃ち落としている。
羽濤棟塔、彼は強化人間としても強力な部類に入る。強化人間と言うのは魔力に侵されてなお、生き残ったもの。だが魔力に侵されるのはもともと致死の業病である。
運よくそのまま死ねる者もいれば、運悪く生き残って苦しみ続ける者もいる。何の因果か、”そう”なってなお動き回るものが力を得てしまう。
その強力さは汚染箇所に比例して大きくなる、と言えば納得できるだろう。
彼の能力はシンプルに腐って落ちた両手の5指から魔力の弾丸を出すこと。銃と同じ、などと舐めてはいけない。この世界ではしょせんは銃など、と言われるように威力が低い。というか、銃の強みは貫通力にしかないため、魔物には意味がない。突き抜けてそれでおしまいだから倒せない。
彼のは違う。強力な破壊能力だ。貫通ではなく、広範囲に面制圧できる火力を持つ。
それこそ人間が抱えられる程度の銃が相手であれば、一方的に叩き落して蹂躙することが可能。それが強化人間であるということ。
「生きると、誓ったじゃねえか――」
強化人間はこの程度の火砲では死なない。傷つかない。わざと自分の弾幕を薄くして、仲間に降り注ぐ砲火の一つでも多く撃ち落とすけれど、それは一つも通さないなんて夢のまた夢で。
時とともに一人、また一人と倒れ、そしてさらなる銃火によって八つ裂きにされる。
「無駄な努力、ご苦労様」
いきなり声が聞こえた。知らない声。仲間のものではありえない声。羽濤の首にナイフが添えられる。
「ッ!? 敵か――」
気づいた時にはもう遅い。砲火を抜けて近づいてきたこの男に頸動脈をかき切られる。とても同じ人間とは思えないどす黒い血がしぶく。
それは汚染の後遺症だった。
「て……めぇ」
切られた場所を押さえて呻く。信じられない、という気分だった。正々堂々とか、誇りとか――そう言った諸々を馬鹿にされた気分だった。
「ふむ。やはり死にづらいな。しかし、不用意な反撃をもらう攻撃よりも、このまま様子を見ることを選択させてもらおう。貴様らテロリストが貴重なポーションを持ってるとも思えないからな」
暗殺じみた攻撃をしたこの男は【月下の猟兵】という異名を持つクーゲル・イェーガーだ。まあ、戦術を解説するなら簡単だろう。外道である。
まず仲間ごと的にして制圧射撃を行い注意を引き付けた。守る……ただそれだけに意識を取られた敵など無防備の一言だ。近づいて急所を攻撃すれば一撃で終わる。
敵の生命力が強くてすぐには死ななかったが、それも時間の問題だ。わざわざとどめを刺そうとして隙を見せる必要もない。万一ポーションで回復するのなら、それはその行為に気を取られるということ、次の攻撃を叩き込むまでだった。
「ぐぐ……うう――」
沈む。彼は強力と言ったが、それでも例外となれるほどの執念や特級と言えるほどの汚染もない。あくまで、普通の強化人間から見たら強い程度なのだ。
「許さねえ。よくも、仲間たちを――」
伸ばした手は力尽きて落ちる。
彼は友を大事にし、己に誇りを持つ”良い人”だった。目的のため、人としての心も体も捨て去る夜明け団とは違う。
ゆえ……おもしろいこともなく、このまま死を迎える。
「死んだ、か」
動かなくなった彼に【月下の猟兵】はダメ押しと言わんばかりに魔術を打ち込んでバラバラ死体を作り上げる。そして、上を見ると砲火は止んでいた。
「……ち」
音が聞こえる。機械化兵が飛ぶ音。負傷でうめくもの、恐怖で心を打ち砕かれてずるずると身体を引きづるだけになった敵だった者たちを無視して帰る。
……後始末は、あのいけ好かない要塞もどきに任せればいい。敵は殺すだけだ。だが、愚か者の処分は奴らに譲ってやればいい。




