第68話 対人恐怖 side:ルナ
僕は湯船に身をつからせる。疲れが取れていくような気がする。……まあ、本質的には終末少女は疲労しないが。
いつもは二人が一緒に入ってくるが、今日はやめさせた。今日だけは一人で入りたい気分だった。
「……全ては僕の思惑通り――なんて、言えればよかったんだけど」
そんなわけがない。
計画は【翡翠の夜明け団】が総力を挙げて進行させている。実際のところ、僕は旗頭、わかりやすい最強としての象徴に過ぎない。
それと、必要となる3要素、ヒト・モノ・研究のうちヒトを担当した。計画を成すための研究とそれに必要なモノは他が用意したのだ。
僕が用意したのは”ドラゴン殺し”。人類の天敵すら屠る強力な能力者を育て上げた。
「とはいえ、ねえ――」
僕が育てたのはドラゴン殺し……人間を殺すモノではない。あの五人をそれに使うとなれば――それは、用途外の使用だ。
不具合を起こす可能性は十分にあるし、そもそも”負ける”かもしれない。不安要素がある。
「人間と人間の殺し合い――やるせないね。この期に及んでもまだ【人類軍】の行動は僕らの想像を超えている」
ちゃぽ、とお湯をすくう。ぱちゃぱちゃと水と叩いてみる。……どんな意味もない。ただの一人遊び。そこに何も意味はなく、意義もない。
「けど、意味のないことを奴らは続けている。ただの一般市民から強奪を続けることに意義はある? 団に反抗することがどういう利益を生む? わからない、な」
これが憎悪であったらまだわかる。
自然に生まれた人造人間――それは魔力だまりに侵された人間が生き残って能力を得た者だ。まだしも団の改造行為であればともかく、これは致死の業病に体を侵されてなお”生き残ってしまった”人間だ。
その業病が癒えたわけでは決してない。生けとし生けるものに恨みを向けても不思議はない。……魔物と同じように。
そもそも存在としては”人を素材とした魔物”とさえ言えてしまうのだから。これは終末少女の目で見なければわからないことだが、事実ではある。
「それだと、人類軍が従う理由がないんだよねえ」
手詰まりだ。魔物モドキに従う人間がいるなど考えられない。敵の思想が理解できない。明日は出たとこ勝負の戦争に……殺し合いになってしまうだろう。
さらには、今更部下たちにしてあげられることだってなかった。一人に至っては建物の中に入るのを嫌がるから野宿する始末だ。まあ、自由意思は尊重するけども――もう少ししてあげることがあれば、と思う。
「……はぁぁ」
湯船に沈み込む。
僕は特に呼吸をする必要もないし、別に水の中で目を開けたからってしみたりもしない。自分の身体を見る。
……膨らみかけの胸。赤いぽっちが見える。けれど、特にどうとも思わない。最初のころは少しどぎまぎもしたけれど、流石に慣れた。自分の身体に興奮する変態でもないし。
「ねえ、アリス。アルカナも。君たちはこんな、僕のことでも――」
先は言えない。そもそも、この言葉ですら水の中でぶくぶく言っているだけ。聞かせたくない。ルナは意地っ張りだから。
「だいすきだよ、ルナ様」
声が聞こえて。
「……ごぼっ!?」
驚いて息を呑む。……と同時に大量のお湯を飲み込んでしまう。わがままを言って専用の浴室をこしらえたが――さすがにそれでも湯船のお湯なんて飲みたくはない。
繰り返すが、変態ではないんだ。アリスとアルカナが浸かっている湯ですら、飲んだことはない。
「げほっ。けほけほけほ――ぺ」
口の中に入ったお湯を吐き捨てる。胃に入ったものは、まあいいか。
「え? アリス……」
そっちを向いて、固まった。目を奪われた。息を忘れるほどに綺麗だった。……それこそ、何度見ても。この子の裸なんていっぱい見てる。
それでもこの感動は変わらない。
「……ルナ様? どうしたの」
不思議な顔をしたアリスは体を一切隠そうともしない。他人に裸を見せることはダメだと何度言っても、僕はその例外らしい。どういう理解をしたものやら。
「――」
なんて、思ってみたところで――僕がアリスの幼い裸身に夢中なのは隠しようがない。言葉も出ないほどに。……だから、いっしょに入りたくはなかった。
いつもは覚悟してから入るけれど、今回はそれをしていなかった。不意打ちだった。
「……ルナ様。ルナ様?」
かわいらしい桜色が隠れてしまった。代わりに、不安そうな小さい瞳が僕を覗く。視界いっぱいに広がる顔に思考が停止する。また、見惚れそうになる。
「あ、ごめんね。アリス。ちょっとぼうっとしてた」
「だいじょうぶ?」
「問題ないよ。うん、何も問題はない。秤の上にチップは出そろった。もうベッドはない。あとは結果を見る――それだけ。人の執念を見せてもらおう」
「……ルナ様、たのしい?」
「楽しい? 僕が楽しそうに見えるのかな」
「みえない。だから、しんぱい。ルナ様はやりたいことをすればいい。アリスはルナ様のしたいこと、ぜんぶさせてあげるよ」
「したいこと、ね――」
何だろう? 人類を救うのは僕の役目じゃない。けれど、滅ぼすのはもっと違う。僕は終末少女、滅んだ世界の掃除人。この世界は”まだ”滅んでない――
「ルナ様、ほしいもの、ない? なんでもあげるよ。どんなものだって。だって、”はこぶね”ならなんでもつくれる。てまは、かかるけど。ルナ様のためなら、どんなことだってするよ。ルナ様はアリスのこと、すきにしていいんだよ」
すごいことを言ってくれる。けれど、本気だろう。完全に本気で、真面目だ。どんなことだって――
「そんな、もの――」
目をそらす。この世界の住民なんて本質的には、僕となんら関係がない。目の前で死のうと、それはテレビの向こうの現実でしかない。
終末少女である僕と彼らでは、同族ですらない。欲しいもの、なんて。それこそ目の前の……
「……ふふ」
アリスは僕の手を両手で抱えて目の前に。心臓の音が聞こえてしまいそうなほどに近くで。妖艶な笑みを浮かべて――
「いいよ」
そう言って胸に押し付けた。
「……な。え? ええ――」
混乱して、動けなくて。でも手はその小さくて柔らかな感触をしっかりと感じ取る。
「ルナ様、すきだったでしょ? それに、さっきもみてたもんね――」
アリスに操られる手はぐりぐりとアリス自身に押し付けられる。恥ずかしげもなく……いや、頬を染めてる。照れている。お風呂の熱じゃない熱気で顔を染めて。
「アリス?」
「えへ。うれしそう。いいよ、すきなだけして。アリスはルナ様のものだから」
本当に嬉しそうに。まるで恋人にするような笑顔で。
「そっか。ありがとうね、アリス」
僕はほほえんで。うん、もういいや。どうせ、アルカナにはもうしてる。……ひとりだけ、というのはかわいそうだろう。
きっと、この子はまともな人間性というモノは持てないだろうね。主人、または恋人に全てを捧げる人間なんて破たんしてる。たとえ一生を誓った恋人でも、死に別れたら別の人生がある。
「うん、ルナ様。……して?」
けれど、この子は違う。
永遠に生きる終末少女。そして、心臓の位置は同じ場所にある。図書館、そこを破壊されたら僕らは死ぬ。壊れるときは、おそらくは一緒なのだろう。
観念して力を抜いた。思えば、僕は最初から彼女に心を奪われていた。すべてを受け入れる気で抵抗しない。
「ん……ちゅ……くちゅ――」
キスをする。唇を割って舌を入れる。簡単にできた。もっと葛藤するかと思ったけど。僕の自制心はどうやら僕が思ったほど信用できるものでもなさそうだ。もういいや……アリスの唾液、あまい。
「んむ……ん――ふぁ。」
アリスはされるがまま。くちびるはふわふわと柔らかい。緊張で硬くなってない――全部、受け入れようと……
「アリス……アリスぅ……」
僕はむさぼるように求める。なんて甘美な。……うん、でも、これは犯罪の味。だって、アリスはやっと二桁に届きそうな程度の外見。終末少女である以上、外見は外見に過ぎないけど。けれど、アリスは”そういう”知識を持ってない。
「ルナ様。もっと……」
初めて知った味にとりこになったように何度も何度も同じものを求める。
「ね、アリス。アリスは僕のこと、どう思ってる?」
少しづつ迫って、壁際に。アリスの手を探って、握りしめる。もうアリスに逃げ場はない。逃げやしないだろうけど、それでも興奮する要素にはなる。唇を放して、ほんの3mmほどのところで見つめあう。
「ルナ様。すき。だから、ね? もっと――」
アリスは、僕の求める答えを返してくれる。けれど、きっとこれは何でも言うことを聞くお人形じゃなくて、もっと違う。
「うん。いいよ――」
次は小鳥がさえずるような軽いキスを――何度も。
「ふふ……くす」
ぎゅう、と抱きしめる。暖かい。……お風呂とは違う。あれはただ温度が高いだけ。けど、これはきっと何かが違う。心地がいい。
「ルナ様……」
抱きしめ返す力。なぜか、とても嬉しくなった。
「アリスは何が欲しい?」
「……アリス? アリスはなにもいらないよ。ルナ様がしてほしいことだけ、おしえてほしいな」
「アリスは僕のしてほしいことをしてくれるんでしょ? 僕はアリスがしてほしいこと、したいな」
「……じゃあ、いっしょにいて? アリスは、ルナ様がいてくれれば、それでいいから」
「そう。うん、そうだね。アルカナもそうだったもんね」
ぎゅ、とアリスの力が強くなった。それに、ぐりぐりと体をこすりつけるような。
「……しっと? ふふ、大丈夫だよ。アリスのこと、僕は大好きだから――アルカナも、だけど」
そう言って、キスをする。まあ――最低男のやることだが。二股かけてキスで黙らせるなんて。でも――。
「ん……あむ……んん……」
アリスは差し込まれる舌の感触に夢中になる。
この場合、アリスはダメ男に惹かれるちょっと頭の弱い子だろう。しかもそいつは少女だ。控えめに言ってもアブノーマル、としか言いようがない。大体アリスはルナ以外に価値を認めていない。この世界のことはルナの遊び場として尊重しているだけで、必要無くなったとたんに壊すだけ。人間のことも、ただのおもちゃ以上では決してない。ルナが遊んでいるお人形といった認識だ。
けれど、ルナは違う。前世が邪魔をして、人間をただのおもちゃとは考えられない。救うほどでもないが、見捨てられもしないのだ。そこに、法則すら越えた暴力、人智を越えた魔女を目にして、ちっぽけなはずの人間に恐怖した。
今のルナが立っていられるのはアルカナに依存していたからだ。そして、今――アリスにも。”振舞いたいように振舞う”それはチートとも呼べる終末少女の基本的な仕様。
声が震えるというのは、わざとそうするよう設定したのだ。カリスマとは自信が生み出すもの。そして、その自信は内面など関係なくただ振る舞いによって発揮するもの。そう理論を打ち立ててその通りに行動してきた。
その甲斐あって、今や夜明け団の大幹部なんてものをやっている。2年間、やり遂げていた。
けれど、本物のルナは――ルナ”だった”人物はただの引きこもりだ。知識ばかりの頭でっかち。理論を構築したとて、人前でその通りにふるまうことなんてできない。そんな、とてもちっぽけで弱い人間。そして強力な力があっても、心に鎧は作れない。
ルナは壊れかけだ。そう、例えば――アルカナかアリスが「嫌い」と、ただ一言そう言っただけで心が砕け散る。片方だけならもう片方に寄りかかって立っているように見せかけることはできても、行動は雄弁だ。あまりにも寄りかかるその姿勢に夜明け団の人間が従うことはない。ご機嫌取りなど、お呼びではないのだ。
ゆえ、この場合――溺れているのは全てを捧げるアリス、そしてアルカナに見えて。けれど、コントロールしているのはこちらの二人だ。ルナのやりたいようにやらせてあげている、と言うだけの。
言ってしまったら引っ込みがつかない。そんな、ルナの性格。この場合、本当に幸福だったのは二人はその関係に納得しているということだろう。実際は休戦協定に近いものとはいえ。それでも――二人で、ルナの心を独占しようと。
ルナは何度も何度も口づけし、舌でアリスの口の中を蹂躙する。全てを味わっていないと安心できない、と言うように。女の色香におぼれたように。そして、アリスは笑みを浮かべる。待ち望んでいた展開。やっとここまでできた、という黒くて、淫秘な……ルナには見せない顔だった。




