第67話 戦争前夜 side:ルナ
そして、時は二年後に移る。
プロジェクト『ヘヴンズゲート』の準備は佳境に入った。計画は問題なく進行している。……そのために、他の色々な部分にしわ寄せがきているが――しかし、ドラゴンの脅威を取り除けさえすれば、後はたやすい。
それさえ成功させてしまえば、と皆が信じていた。ゆえに、それを成功させることだけがすべてになっていた。
「決行は一週間後だ。そう、プロジェクト決行は秒読みの段階に入った――」
集めた五人を見渡す。
特命を出して予定より早く集めた。あれから多くの改造人間を育てた。しかし、結果として第0世代は生まれなかった。
強力な能力者――絶対者と言えるほどの者はほとんど確保できていない。”そう”言えるのは五人だけ。……ルナが育てた最初の五人だ。
「ルナ・チルドレン。その走り。すべては君たちから始まった。実を言うと君たちは、あまり僕が育てた気がしないのだけれど、まあ役に立ったろ? 僕のやり方は」
と、言うと五人は殺気を向けてくる。うん、ろくにモノを教えず半殺しにして考えさせる教育は正解だった。
第0世代はそもそもが一人一人全く異なる。能力が違う、などというものではなく根本から。ゆえに、自分で能力の運用を考える必要があるのだが――人間と言うのは必要に迫られなければサボるから、僕が強制的に状況を作ってあげた。
第0世代なら、死ななきゃ安い。すぐにポーションで治せる。
「君たちは【翡翠の夜明け団】――その最強戦力と言っても過言はない」
もっとも、僕や殺戮者には劣るけどね。”異常”でも”例外”でも”部外者”でもない彼らは、最高戦力ではあるけども外れてはいない。
「特に【鉄拳】、アハト。君は【災厄】を撃退したと聞いている」
そう、それは僕でさえも驚きだった。
相手の体力が尽きるまで耐えきる、のではなくダメージを与えて撤退させる。それは快挙に他ならない。
あの白露街の彼女は【殺戮者】以上の例外であり人間の枠から外れた”異能者”なのだ。あの【加速】の能力は制限状態の僕じゃどうやっても追いつけない。
「……倒せてはいない」
「素晴らしい戦果だったじゃないか。『ヘヴンズゲート』の守り手には十二分だ。大した奴だよ、君は。それに、【月鏡の魔法姫】、【月下の猟兵】も相対してなお生き延びた。ふふ、君たちは僕の誇りだよ。素晴らしい成長を遂げたものだ」
そう、この子たちは成長した。僕の手から離れた後も、戦い続けることで想いを尖らせた。強力な意思を貫き通し、殻を破り続けている。
それを成長と呼ぶかどうかは知らないけれど、少なくとも強くなったのは間違いない。
「あなたがそう褒めることは珍しいですね」
「嫌な予感がします」
かわいい生徒たちにそんなことを言われて、僕は苦笑してしまう。
「そう言わないでよ。訓練期間が終わった後は普通に褒めてたでしょ? それに、褒めておだてて嵌めようともしたこともない」
「ええ。あなたには命令権がありますから」
嵌めたことがなくても強制しただろうが、という心の声が聞こえる。うん、無駄だとわかってもそういうことを言ってくるなんて――かわいい子たちだね?
「やだな。本当に嫌なら断ってもいいよ? その分資材が減って、人の犠牲も出るだけだから」
「ルナ・アーカイブス。俺たちに御託は不要。任務があるならさっさと言え。断らせてくれるほどお前は甘くないだろう」
「そんなことはないさ――今回は、本当に断ってもいい。君たちには戦争をしてもらう」
ここまで言わなきゃ信用してくれないのは悲しい。原因は三晩に渡って殺し続けたアレかな? でも、死地は越えてもらわないとだし、死に方も覚えておかないと回復できない。”完全に死ぬ”それだけを避ければ第0世代は戦えるのだから。
「「……」」
そして、その文字通りに死ぬような訓練を越えた彼らでさえ、人を殺すということの意味は大きい。さすがに押し黙る。戦争――人間の命を奪う殺し合い。したことのない”それ”。
そこは【虐殺者】の、団内の力関係からも切り離されたあの二人の領分だった。
「人と人の、血で血を洗う凄惨な殺し合いだ。それが嫌ならばここで言え。人を殺せないならば、この戦争には足手まといなのだから。ここで待機しておくといい――僕の私物なら勝手に使ってもいいから遊んでいろよ」
「……まさか」
恐れを知らぬ彼が一歩、踏み出す。
「【鉄拳】アハト、君はそうだろうね。恐怖をどこかに置き忘れて来たような君ならば。けれど、人間は後ろを向くことのできる生き物だ。それは覚えておいた方がいい、君が人間でなくなろうとも。……他は」
「問題はありません。所詮はケダモノ……狩るに慈悲などない」
所在なさげに鏡を弄る彼女。言外に参加を表明していた。それとも、団からの命令を断りはしないということか。
「【月鏡の魔法姫】スペルヴィア・シュラフト、君は他人を侮るところがある。まあ、僕や殺戮者が恐怖というモノを教えたからどうにかなっているけど。その慢心は足を掬うよ」
「……ふん。狩る獲物が獣から人間になったというだけだ。今までと何も変わりはない――何も」
目を伏せる彼。それは、自分に言い聞かせるように。静かに一歩を踏み出した。
「【月下の猟兵】クーゲル・イェーガー、君は確かに一人で何でもできるのだろうね。……けど、それは裏を返せば一人でなければ何もできないということでもある」
「私は、倒せます。敵ならば。倒せというならば――人間でも」
彼女は膝を折り、頭を垂れる。最上位の礼……裏を返せば責任はすべて上にある。と、いう正しい理解のもとに。
「【月光の戦斧姫】カレン・レヴェナンス、そうだよ、君は命令によって殺す。それでいい。何も考える必要はない――任務の中で思考を怠るのは自殺行為だが、哲学に想いを馳せるのは自殺志願者だ」
「殺さなければ、ならないと?」
帽子を目深にかぶる。……それは表情を隠すため。――己からも。彼はただ佇み、命令に背を向けはしない。
「【月灯の昼行燈】イディオティック・ラーフ、迷うのは仕方ないことだ。けれど、実行に移すときは迷いは不要。為すべきことを為せ」
ば、と手を広げる。参加の意思は聞いた。ならば、人殺しであろうと命令するのみ。
「戦争を始めよう。プロジェクト『ヘヴンズゲート』は一週間後に開始される。しかし人類軍は4日で”そこ”に到達するだろう。無抵抗を更地に変えるには1日で十分だ、もはや話し合いの余地はない。計画実行のため、5つの集団から成る人類軍を皆殺す」
ぱちん、と手を鳴らしてマップを表示する。赤い点々の集団が5つ、夜明け団が築きあげた要塞の周囲に集まっている。
「そう、一人残さず殺戮し尽くす。ただの一人の生き残りすらも許さず、全ての命を刈り取るのだ。一切合切を塵に返せ――以上、質問は?」
指示するのはルナ。凶悪な笑みを浮かべた――けど、それはあまりにも残虐性を強調している。表情を作っていることが容易に知れる。
「……作戦は?」
「まず砲撃によって敵戦力を食い潰す。さらに爆撃――機械化兵による残党の掃討を行う。お前たちの任務は方面軍それぞれにいる魔人を殺すことだ。『フェンリル』を使わせるな。『エインヘリアル』になどさせるな。……潰せ」
「皆殺しにこだわる理由は?」
「取り逃がして自爆でもされてドラゴンを引き寄せられてはコトだ。まだ魔物どもに動きを悟られるわけにはいかない」
「……なぜ、機械化兵を?」
「気に入らない?」
興味なさげに顔をそむけたのが二人。後の三人は苦い顔。やはり、アレはあまり受け入れられていない。……たとえ夜明け団の魔人であろうとも、あの兵器には思うところもあるらしい。いや、魔人だからこそしれないが。
「ま、本音を言えば僕も好きではないけどね。あれは『ヘヴンズゲート』が終わればお役御免だろうし――お蔵入りほどかわいそうなこともない。きっちり使いつぶしてあげないと。ただ、ヘヴンズゲートで使うのは不安だから」
そこで言葉を切って。うん、これはとても言いにくい。機械化兵――彼らはそうなるために多大な犠牲を払った。
人を捨て、人界との関わりを捨てて。その果てが、あの程度とは哀れなもの。
「ああ、うん。実のところ僕もそう期待していないんだ。爆撃で終わらせるつもりだよ。機械化兵は後詰めと言うよりも、ただの予備さ。なにかあれば君らも知ってるあいつを、ルートを使うよ」
納得した雰囲気が返ってきた。まあ、機械化兵に戦力を期待していないのは僕も同じ。そして、ルートは僕の副官としてよくうろついている。彼らとも顔を合わせたことはある、信用しているのは機械化兵よりもルートの方だろう。
「質問は終わりかな。さあ、戦争を始めよう」
ああ、実のところルナは気づいていないのだ。先ほど自慢げに語った生徒五人の弱点。それは一つのことに特化しすぎた裏返しでもあるが、ルナにも当てはまる欠点だということを。
そういうところは立派に引き継いでしまったのだ。




