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第66話 夜明け団会談 side:ルナ


 ルナは自身の城の奥深く、厳重に守られている部屋の前に立つ。


「……ふふ」


 よくもまあ、ここまで厳重に傍聴対策をしたものだと思う。

 制限状態の僕ではどうやっても見通せない。そして、術式を遮断する結界がある以上は忍び込まないとどうしようもない。

 ちなみに僕は設計も製作にも関わっていない。希望を出した後は全て他の人に手配してもらったが、中々の出来だ。


 扉を開けて入ると、中は真っ暗だ。もっとも、その程度で見えなくなるわけもない。あらかじめ決められた席に座る。

 アリスとアルカナも、ちょこんとルナの横の席に着く。そして、明かりが灯る。


〈集まっているようだな〉


 上の方、棺――四角い黒い箱のようなものから声が聞こえてくる。そして、それぞれにナンバーがふられている。Oの1から5まで。つまり、彼らが【翡翠の夜明け団】を統括する最高指導者というわけだ。


〈では、ルナ・アーカイブス。機械化兵についての貴様の意見を聞こう〉


 もちろん、報告なんてものは書面で済ませている。

 ここに居る全員は最高指導者に感化されて合理主義に完全に染まり切った筋金入りの理性主義者たちである。……ルナは元より合理主義だ、ここに来てからさらに特化された感はあるが。

 ゆえ、予習なんてやっているのは当然のことで、だから単純に意見を聞いているわけでもない。書面に記したそれは皆が知っている。


「僕の懸念は安定性だよ。機械の方は僕は専門ではないけれど、人間の脳はそんなに信頼できるものではないと思うね」


 行うのは議論だ。

 意見を交わすには顔を合わせる必要がある。それが通信でもいい、とは合理主義者の戯言だが。そう、”通信”。

 この会合は本当の意味で顔を合わせているわけではない。そもそも最高指導者のO5に至っては棺の映像だ。顔も晒していない。


「実験は良好な結果を得た。それに、宇津宮研究員もペナルティを与えたうえで同じ地位に戻した。彼の頭脳は貴重だ。そう心配することもないと思うがね。それとも、処分に不服があるのか」


 O5ではない者は普通に顔を晒している。初老の男だ。だが、その精悍な顔にはエネルギッシュな野望が満ち溢れている。


「そう言えば、君が責任者だったね。そもそも人材が不足してるんじゃない? 研究者を外部から引っ張ってくるなんて。しかも、被験者を脅して手に入れてる。人が集まっていない、と推測する根拠には十分だと思うよ。しかも、ねえ――僕は脅されて仕方なく手を挙げたような人材に対して機械化なんて、まともに成功するとは思えないのだけど。アレに適合するのは相応に強固な意志を持った人間だけだと、僕は思うよ」

「問題ない。暗示と麻薬の専門家を部署に配置した。お前の不安はそれで解消されるだろう。そもそも、人間の脳などそう複雑かね。あれは電気信号で動く複雑怪奇極まりない機械だ。が、薬を打った時の反応など似たようなものだろう。平時はともかく、戦闘時に限れば抽象化は十分に可能だ」


「まさかまさか。そんなことを言われると、僕は更に不安になってしまうね。実験ならともかく、そんなのを実戦に投入するつもりかな? 薬漬けになった人間もどきを。僕としてはそんなのより兵器を信用するね。飛び跳ねる要塞? 動かない要塞にしとけよ、そんなもの」

「問題ないとデータが示している! 貴様に懸念があるというならば、理論的に行うがいい。私には、貴様の反論は感情論にしか聞こえん。それとも、臆したか――ルナ・アーカイブス」


「は! 非人道的な手段も、合意があれば非難はしないさ。でもね、哀れな被害者を無理やり悲惨な戦争に突っ込んで、それで胸を張る気はないね。そして、理論的に言えというなら言ってやろう。継続的でもないデータなど信用できないと言っている。たかが何回かの実験データが何? 使うのは実戦、2度3度で壊れる兵士など使えたものではないね!」


〈そこまでだ〉


「……ッ! まあ、あなた方の決定に逆らう気はないがねO5。で、どう裁可を下すと?」


 夜明け団においてO5の決定は絶対。僕もそこは認めている。

 逆らうことはできないし、する気もない。それが【夜明け団】の決定と言うからには、それが人類の運命なのだろう。

 とはいえ、今回の決定は少し強引に過ぎる気もする。伝家の宝刀は抜かないからこそ意味がある――こんな強行採決は僕は経験していない。


〈機械化兵を量産する〉


 決まりだ。……なにか、必死だな。量産する必要があったように思える。判断が、すでに決まっていたような。まあ、これは心のうちにとどめておくべきか。そもそも脳摘出など、僕は始めから疑問を持っていた。

 はじめから団に脳髄を摘出して生かしておく技術がある方がおかしかったのだ。このために開発したとすれば費用対効果(コストパフォーマンス)が悪すぎる。まさか、脳髄摘出技術はすでにあったのを流用して? そして、さらに発展させる必要がある――とは、僕の考え過ぎかな。


「了解だ。ならば、プロジェクト『ヘヴンズゲート』の戦力に数えておこう……動く砲台くらいには使えるだろうさ」


 そう言って話を流す。続けていいことはないだろう。陰謀――僕を消そうだなんて、戦力と権力の両面から言ってあり得ないが、変に突っ込むのは考慮しておこう。お前は知り過ぎた、だなんて冗談じゃない。



 そして、いくつかの議論がなされていると――


〈諸君、早急に対応すべき事態が起きた。人類軍がクレムリン基地に進軍している〉


 ……クレムリン基地? ああ、僕の担当からは外れるが重要な生産拠点であり兵士の鍛錬所がある場所か。規模の大きい基地だが、行ったことはない。

 とはいえ知っていることから察するに……滅ぼされると少々まずいか。


「提案。他基地からも高速鳥を出して爆撃」


 僕としてはこれが一番いいと思う。金はかかるが、まあ大規模反抗作戦の演習とでも思えばいいだろう。 

 どうせ、爆撃の先にいるものなど見なければ見えない。罪悪感――というものは目の前で人を殺すからそうなる。上の命令でボタンを押すだけならば、人は壊れないだろう。

 これが人的資源を浪費しない最善策だ。もっとも物資は湯水のごとく使い潰す羽目になるだろうが。


「反対だ。機械化兵を出して狩れば良いだろう。爆撃など――ここで使えば『ヘヴンズゲート』のための武器貯蔵計画に遅れが出る」

「機械化兵こそ、ここで全滅させるわけにはいかないんじゃないかな? 君の想定通りに麻薬で暴走させて後遺症が残らなかったとしても、それでも人間どもは半数以上落とすと思うよ。人類軍を甘く見るなよ。あいつらは僕らの理解できない論理で動く狂人だが、物事の理非をわからぬ魔物ではないよ」


「そこまでの武器を奴らが――」

「持っている、とデータにはあったよ。紛失リストに名を連ねていたのを見てなかったのかな。それが人類軍の手に渡っていないと思うような楽観はどうかと思うな。それに、僕が売った武器の中にはそういうのもある」


「……そこまでの武器を奴らが手にするだと。さすがに、それはないのではないか? そんな、人類軍がそこまでのネットワークを築けるとも思えん。手回しが良すぎはしないか。単なる妄想に聞こえる」

「――はっ」


 鼻で笑う。


〈想定は最悪を予想するべきだ。しかし、それだけに拘泥してはならない〉


 そこに鶴の一声が下された。


「そういうことだ。まあ、敵が弱かったら撤収すればいいだけの話だろう。一切合切を吹き飛ばせば、本当に何でもどうでもいい。敵戦力なんて関係ない。携帯可能な対航空戦力なんて、うちにすら存在しないんだぜ――奴らは豆鉄砲でも飛ばすしかないのさ」

「ルナ・アーカイブス。その作戦は物資の無駄が多すぎる。クレムリン基地にも戦士はいる。彼らを無視するのもどうかと思うぞ」


「戦士ったって、彼らは人間を殺すための兵隊じゃないだろう? それとも、僕の知らないところで教育理論が変更されたとかいう事実でもあるのかな」

「貴様が一部改訂したものが今も使われている。知っての通りのままだ。確かに魔物との交戦を主眼に置いたものだが、人間と戦えないわけじゃないだろう」


「あれは心構えというモノが抜けてる。撃つのが魔物じゃなくて人間なら、どうなるかわからないと思うがね。半数が使い物にならなくなったとしても不思議はないと僕は考えているよ。そして、最悪もう堕ちていることも考えられると、僕は思っている」

「根拠は? 彼らには銃があって、魔物との交戦経験もある。ならば、人類軍相手でも戦えるはずだ。あんな訓練もろくに受けていない暴徒などにやられるものか」


「どれだけ救いがたくても人間さ。ここに居る人間には、まあこれは僕含めてだけど――わからないかもしれないが、人殺しはけっこうなストレスだよ? 今、有名になってるあの五人はともかく、他の生徒は少し気にしていた。例え相手が襲い来る敵でもね」

「……貴様の言っていることは誇大妄想のように思える。相手は人間と言えど――敵だぞ? それを」


「想像の上なら大したことはないかもね。けれど、実際に手にかけるとなったら別なのさ」


 議論は平行線をたどる。

 そもそもルナとて”それ”を本当に理解しているわけではない。ただ前世の心理学の知識を使っているだけ――心がこもらないから相手も納得しない。

 ルナ本人は人を殺してもなんとも思わない。少なくとも、それが敵ならば。敵でないならば――それは、今もルナの心に棘として突き刺さっている。

 そのあいまいさは夜明け団の妄信する実直から外れる。説得できない。


 土台、ここに居る者たちに他人の気持ちを分かれとは無理な話。秘密結社の幹部、そしてボス。組織というのは自身に似た者を引き寄せるだけでなく、所属した者を染め上げる。

 【翡翠の夜明け団】という、人民一般からは外れた感性がここではまかり通る。人命を顧みない組織の頂点は、やはりヒト一人一人に頓着しない。しようもない。


 金か人か。どちらかを犠牲にするかという議論は、被害予想の段階で様々な仮説がかわされ――まだ、何も決まらない。




〈――揃っているのだな〉


 突然の通信の割り込みだった。


「へえ、君か。ヴァイス・クロイツ――殺戮者(ジェノサイド)。今は緊急事態について会議中なのだけども」


 一度、僕に傷を与えた存在。魔物と戦う【夜明け団】が、魔物以外の敵と戦うための……グリューエン・レーベと合わせてたった二人で全てを担当する特級の例外。

 部下を率いることなく、組織を率いるでもなく僕らと同じ位置に立つ者。よって、この会議への参加権も有する。参加したことはなかったはずだが。


〈その緊急事態とやらの会議をする必要はない〉

「へえ、どうしてかな?」


〈クレムリン基地を襲った暴動だろう。始末した〉


 さも当然、という声だった。朝礼を終えた、と定例の報告をするような。しかし、それは――


「……とてつもない数だったはずだけど」

〈あれらには信念がない。ハリボテなど何人いようと同じだ〉


 ハリボテだろうと数万規模なら、僕らが緊急会議を開く事態なんだけど。


「そう。まあ、君はあれだ。僕も認める例外にして第0世代。奇跡の具現。オリジナル。今もなお、君を目標として多くの改造人間が生み出されている。それを考えれば、まあさもありなんと言ったところか」

〈御託はいい。俺は仕事を果たした。貴様らも仕事をすることだ。通信を終了する〉


「切った、か。さて、一つ問題が片付いたところで悪いけれど、また一つ大きいのを投下させてもらおうか」

「何の問題があると? そもそも、先に言え」


 にらまれる。まあ仕方ない。


「さっきは喉元に引っかかってたんだよね。今は舌の奥くらいにある」

「……なんだ?」


「ああ、先の襲撃じゃない。関係があるのは、機械化兵の問題かな? そもそも宇津宮研究員の不正にさかのぼる」

「御託はいい、と彼が言っていなかったかな。ルナ・アーカイブス、お前はどうにももったいぶるところがある」


「あはは、ごめんよ。これも僕の性格でね、直す気はないんだ。話を続けよう。なぜ奴は不正をする必要があったと思う? 人格の問題、いやいやそれで片付けるべきじゃない。もっと根が深い問題――兵が足りない、ということじゃないかな」

「確かにそれは問題ではある。が、それは報告書に書いてある。現状を打破する術でも思いついたか?」


「まさか。僕は、その問題が――僕たちが考えているよりも、もっと深刻な大問題じゃないかと思い始めたんだ。そう、それを理解できなければ結局は何も成し得ないんじゃないか、と思うほどの」

「深刻――それは、プロジェクト『ヘヴンズゲート』失敗にまで関わってくるというつもりかね?」


「確かにそれは最重要事項だ。僕が担当する夜明け団の悲願にして現在における最終目的。しかし、だからこそ僕は気づけなかった。確かにそれは大規模作戦だが――”内向き”だ」

「内向き、ね。全てを夜明け団の内部で完結していると言いたのか? ……では、逆に外向きと。つまりは我々が人類軍や国と関わる方策に問題があると言いたいのだな」


「あるじゃないか。だって、僕らが立てた予定通りに進んでいない」

「それは、ある程度仕方ない。それとも、成功しているからと言って調子に乗っているのかね。『ヘヴンズゲート』の最高責任者だからといって、無遠慮に他のプロジェクトに口を出していいわけもあるまい」


「いやいや、僕のプロジェクトがうまく行っているのは性質が違うから、だたそれだけの理由と言ったろう。あれは夜明け団内部で完結しているし、しわ寄せは他に行ってるから見かけ上完璧に進んでいるんだ」

「では、何が問題だと? もったいぶるな、と何度言えばいいのだ」


「うまく行っていないことに決まってるじゃないか。スケジュールは遅延まみれ、そもそも人類軍なんてものができることは予想すらできなかった。ここに居る全員、度肝を抜かれたはずだ。なぜ、あんなものができる?」

「それは――人類が我々が考えるよりも愚かだったということだろう」


「それだ。人類は我々が考えるよりも愚か――それはどれくらい? わかるはずがない。あいつらは言うならば野盗。始めは魔物と戦うために与えた武器だった。それを利用して他の村や町を襲って勢力を拡大する? 馬鹿な、そんな非合理な。よほどうまくやらなきゃ、どこかで襲う街につくよりも先に食糧が尽きる。だいたい人間を相手にすると言っても相手だって武器を持っている、無抵抗じゃない。自分たちだけが無事に済む保障なんてどこにもない。そうするくらいなら、我々に表面上従い補給を確保するのが最善だとサルでもわかる。この段階で反抗を翻すなんて青天の霹靂、誰が予想しえた?」

「誰も予想できなかった、それは認めよう。で、お前はそれを責めたいのか?」


「まさか、失敗はペナルティを与えることこそあれど、それで終わり。責任を蒸し返すことはしないとの団の流儀に従うさ。けどね、だからと言ってそれを改善しない理由にはならないだろう」

「……では、どういう?」


「ここにそれが分かる人間がいれば話は簡単」


 ぐるりと見渡す。だが無言だ。団の幹部ともなれば恥ずかしいから言わない、なんてことはありえない。ただ、ノーアイデアだから黙らざるを得ないだけ。

 誰も、人間のことについて分かっていない。


「けれど、わからない。もちろん、僕もそれがなぜかは全くもってわからないんだ。ならば、理解するためにその働きをする部署を作るしかないだろう」

「その責務を果たしている人間はいるぞ」


「はっは。いいじゃないか、ならばそこに人と予算を突っ込むだけだ。プロジェクト『ヘヴンズゲート』は確かに究極の回答だが、それだけで人類を守れると思っちゃいけない。人間の性質を研究しなければならない、人類を生かすために。人類を誤解したままでは、後がないぞ」


 そうして、話はまとまった。けれど、ここに居る人間は自信過剰で気づいていない。金と人、それを投入しなければ何も始まらないが――だからと言って、やれば成功するわけでもないことを。

 結局、夜明け団は秘密組織だ。だからこそできることもあるが、できないことだって当然ある。そして悲しいことに必要と必然は別だ。それはもう……人類の目を覚まさせてくれる誰かを待つほかない。


 戦う者にはわからない。傷ついた心で血を流しながら敵と、理不尽と戦い続ける彼らだから理解できない。……傷つき、疲れ果てた心は癒されなくてはならないと。必要なのは心の通らない論理ではなく救済。それは、きっと、彼らから失われたものであるのだ。


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