第65話 強襲 side:ルナ
僕は暴走する機械化兵の肩に飛び乗り、頭に当たる部分を撫でる。機械化兵の身長はおよそ2m、まあ僕から見れば見上げても頭が見えるかと言った感じだ。
その威容はでかいの一言に尽きる。
「落ち着いて、βー3。大丈夫、大丈夫だ」
大丈夫、という言葉を繰り返す。この状態の人間に論理は通じない。もっとも、パニック症状を起こした人間への対処法という論理を使って相手するわけだが。
「ほら、おちついて。一度、降りてみようか。ほら、問題ないさ。君の足はちゃんと地面につく」
振り回され、銃も乱射しているが――まあ、僕には関係のない話。装甲がひしゃげない程度に力を込めて掴まっている。
「ああ、大丈夫さ。うん、うん――」
そのようなやり取りで時間をかけて沈静化すると。
〈アーカイブス様、敵が……!〉
通信機にいきなり来る。
〈どうした。状況報告!〉
〈……敵襲です! 人類軍が攻めてきました〉
〈な――なぜ、このタイミングで……?〉
意味が分からない。有効なのは出鼻をくじくか、トラブル処理に向かう瞬間。間違っても、トラブル処理が佳境に入ったところではない。
一瞬頭が混乱する。このタイミングで襲撃に入る牽強付会をいくつか思いつくが、馬鹿馬鹿しい。それをやるくらいなら見えた瞬間ぶっぱなした方がよほどいい。
不気味だが、一方で何も考えてないだけと言う感触もある。
〈アーカイブス様、ご指示を――うおっ!?〉
頭に乗っている機械化兵の装甲を叩くことがする。あまりまごまごともしていられない。僕にも当たっているが、アーティファクトは鎧以上に頑丈だ。
心配するとしたら、僕よりも彼で、そして彼よりもトラックだ。もともとの護衛は心許ないし、トラックの防弾処理もいつ重火器で突破されるかわからない。
〈撤退する!〉
すぐに判断を下す。とにかく迅速に、だ。それが正解かどうかではなく、それを正解にする。なに、結果良ければ全て良しとはよく言うことだ。
〈りょ――了解〉
〈研究員どもは密集させたトラックの中で攻撃をしのいでおけ。Θ分隊……〉
一瞬、言葉が止まる。βー3の不具合の原因はなんとなくだが分かる。しかし、この指示は――いや、迷っている暇はない。
それに、どうせ相手は人類軍。狂気のテロリスト、もしくは野盗集団だ。一般市民ではないから、殺す方の心理的な負担は軽いはず。
〈場所は貴様らが一番近い。急行してトラックを襲っている人類軍を排除しろ!〉
βー3の感じた痛みは幻肢痛というものだろう。失った手足が痛みだすというモノ。全身を失った彼らには、どこがそうなろうともおかしくない。
原因としては、脳には手足を動かす回路が残っているのに実際には存在しないというギャップから来るものらしい。それにしてもストレスは見逃せない発生要因だろう。
そう、考えを巡らせていると。
「――ぬ!」
砲弾が浴びせかけられた。問題なく無事だ――ただの砲弾では機械化兵の装甲すら突破できない。まして、僕のアーティファクトには。
とはいえ、これは街の”中”からの攻撃だった。戦術上はともかく、戦略上は非常にマズい事態と言える。
「街に入り込んでたか。よい趣味だね……!」
舌打ち。魔物にでも食われてしまえば楽なのに……などと思うが、人類軍の魔物を回避する術は間違いなく夜明け団よりはるかに上であった。
魔物に狙われにくい場所で次々と僕らに銃を浴びせかけてくる。とはいえ、こちらは飛べる。うるさいだけの花火など無視してしまう。
〈わああああ!〉
などと言った狂乱の声が入ってくる。研究者どもの情けない悲鳴が背後のBGMだ。だが、背後の銃撃音に紛れて爆発音が聞こえてくる。これは――まずいか。
向こうではトラックが破壊される。そしてこちらも間に合わない。
「βー1、下だ!」
怒鳴る。が、遅かった。強力な火砲術式が機械化兵の一人を襲う。さすがに生徒のようにノータイムで反応とはいかないか。
〈被害報告! やられたところだけでいい!〉
報告が返ってくる。が、どうにも無駄な情報が入って遅い。訓練済みならすべての状況報告ができたが、高望みか。
火砲術式による攻撃は機械化兵の5体を小破させた。何発も貰うと沈むね。いや、二発でも当たり所が悪ければどこかがもげる。もしくは誘爆、爆散の可能性すらある。
あまり機械化兵の残骸を調べられたくはない。そして、コアユニットだけは持ってかれるわけには絶対に行かない。
「少しまずい――かな」
どこからか漏れていた? と考えるが、まあ漏れていて当たり前だ。この街と交渉したのは街の人間が知ってるし、トラックをでかでかと置いておいて隠れられるはずもない。別に、僕が担当していた案件でもないし。
「まあ、トラックは魔物を相手にすることも考えてある防弾仕様。そう簡単に破壊できるとも思えない――けど、ケロリとしていられる研究者は少数派だろうね」
なにせ、銃火器が近くの壁を叩きまくっている。いくら頑丈だと知っていても心穏やかではいられない。シェルショックになるかもしれない。火薬の音を異常に恐れるようになる、戦争において発症する精神病の一つだ。
「――ッ!?」
空に爆炎の赤い花が咲く。あれだけの火力――誘爆したか。方角は?
〈α分隊! 被害状況は〉
〈くそっ! αー4がやられた。ぶっ殺してやる〉
〈落ち着け、最優先指令は撤退だ。交戦は許可しない!〉
〈くそくそくそ! やってやらあ!〉
〈待て、αー1。ち――〉
交戦音からすると、他の奴らも攻撃を始めたようだ。
「……敵指揮官の位置さえわかれば」
それなら交戦もありだ。今も探ってはいるのだが、見つからない。もしかすると魔人ではないのかもしれない。強い奴が一番とはどこでも通じる論理だが、この敵部隊の指揮官が強い奴とは限らないのだ。
〈Θ分隊、状況!〉
〈……っは! はい。現在、簡易指令室の上空に到着。交戦を開始しま――うわっ!〉
怒声が聞こえる。というか、そもそも今は30ほどの携帯を一斉に通信させているような状態。終末少女でなかったら何が何だか分からないだろう。研究者たちの悲鳴もうるさいし。
〈報告!〉
怒鳴った。これでは、何が何やらわからない。
〈は――Θー1がやられました。奴ら、木や土手に身を隠してやがる〉
〈状況を停止。Θー2,3はΘー1の直掩。護衛しつつ敵の大火力を警戒! Θー4,5は敵のいる方向に撃ち続けろ、当てなくていい!〉
〈ですが――〉
〈Θー1、そして指令室の護衛を最優先だ!〉
怒鳴りながらとりあえずの指示は出し終わった。次は状況の詳細を確認する。
〈研究員、Θー1の被害は〉
〈へ? ええっ――〉
〈これは、アーカイブス様からの直通……?〉
研究員たちは混乱しているのか多数の声が混ざり。とりあえず頭の中から名前をあさって、適当に名指しする。
〈志賀研究員、貴様が代表してΘー1の被害状況を報告しろ〉
〈ふぁっ!? ええ。あ――〉
後には言い訳するように専門用語が飛び出て、よくわからない。僕はこの研究に参加していたわけじゃない。
〈志賀研究員、簡潔に答えろ〉
〈ええ――と〉
まとめたところ、どうやら左腕がもげて、さらには飛ぶのも不可能らしい。大したやられっぷりだが、幸いにもコアユニットは無事のようだ。
これなら最悪ではない。とりあえず、まだどうにかなる事態だ。
〈Θー2はもげた左腕を爆破〉
これでこちらはいい。向こうを見ると、まだ爆炎が上がっている。α分隊はまだ交戦を続けている。
〈β分隊はこのまま指揮所を守れ。僕は、α分隊の奴らを説教してくる〉
彼の肩から降り――というか、落ちて屋根の上に着地。トントンと屋根を伝ってそちらに行く。燃えて崩れかけた家が、僕が踏んだ衝撃で壊れて崩れるがそんなことはどうでもよろしい。
無言で真ん前の奴、αー1を蹴り飛ばす。呆然と見つめてくる機械化兵らに対して啖呵を切る。
〈α分隊、撤退だ。落ちたαー4はα―2が運べ、以上〉
答えは聞かない。さらに屋根を跳んで――街を囲う塀を飛び越える。一瞬、呆然と立ち尽くした彼らはすぐについてくる。速度は比べ物にならないにせよ、飛べるならば問題ない。
すでにβ、γ分隊は到着している。血気盛んにも銃を撃ちまくっているようだ。とにかく、撤退の第一段階は終了した。全員一つ所に集めたからには、あとはケツをまくって逃げるだけだ。
〈さて、もうこの街に用はない。撤退する!〉
だが、それに反論する怒鳴り声がイヤホンから流れてくる。
〈貴様、私の機械化兵をもって撤退するとはどういう了見だ!? 私の最高傑作は人類軍なんぞに負けはしない〉
後ろですごい音が聞こえる。どうやら拘束を力技で脱出したらしい。……研究員なんかに拘束を任せた僕が間抜けだった。
というか、僕ならば足の腱の一つか二つは斬っておいた。
〈議論をする気はない。撤退だ〉
〈は――お笑い草だ、臆病風に吹かれたか。なぜ逃げる!?〉
指示を出し、機械化兵それぞれにトラックなどを持ち上げさせる。今の状況で、彼の言葉に従う者はいない。実績と言うのは素晴らしいね。ルナと言う名は今や【夜明け団】の立て看板だ。
〈さあ、脱出だ。方角は――向こう〉
魔物が襲い来る先を示す。
〈魔物の群れを飛び越えて、その先だ。素敵だろう?〉
そして、襲い来る人類軍、哀れにも救済を待ち望む人々を置いて、向こうへ。全てを置き去りにして、脱出する。




