第64話 市街戦 side:ルナ
ふむ。なにやら最近はワーカーホリックと言われなくなった気がする。とはいえ、まあ――上から振られたお仕事もあるわけで。
「ルナ殿。お忙しいところ、わざわざご足労いただき感謝いたします」
慇懃無礼、まったく心がこもっていない敬語である。彼は機械化兵製造プロジェクトの研究主任だ。白衣の下はだらしない体型が見える。見せかけ、などではなく本当に戦闘能力がない。
夜明け団とて戦闘要員しかいないわけではない。というか、割合で言えば戦闘員は少ない部類に入る。バックアップも居れば、研究者もいるのだ。
「僕はあまりこういうのは好みではないのだけどね」
モニターを見る。計二十機の機体状況が映されている。そして、機体各部のデータと脳に接続されたチップから送られる搭乗者の生体データが並んでいる。……脳髄だけになって搭載された被検体たちだ。
「何を言います。あなたがお育てになっている第三世代――なるほど、強力です。まさにプロジェクト・ヘヴンズゲートの中核を担う存在となるべき者たち。あなたの教育効果は素晴らしいとしか言いようがありません」
「褒めてくれるのかな? けれど、言いたいことは他にありそうだね」
「しかし、あなたの手は広くはない。汎用となる戦力は別に用意する必要があります。そもそも、兵士となる手足に能力差は要らない。一人一人、能力が異なる兵士など扱いにくいにもほどがあります。例えば、あなたのような第0世代を通常の指揮官に扱わせることなど不可能に近い」
第0世代。何かが狂って馬鹿げた能力を発揮するに至った改造人間。代表格と言えば、かの|【殺戮者】〈ジェノサイド〉だろう。
――いや、あれはさすがに化け物過ぎるか。
ルナの育てた異名持ちの五人も及ばずとはいえ、”それ”にあたる。それと、そう認識されることが多いがルナは第0世代でないし、人間でもない――訂正は、したことがないが。
「……確かにね。僕が育てているのは最低でも士官候補、一般兵の教育はそもそも考えてないし、僕の方式を適用するのは無理がある」
それに、一般兵の方はどうにも志願の数自体が少ないようだし――とは口に出さない。言ったところでどうしようもないし、彼に至ってはただの研究者でお門違いもいいところだ。
「ゆえに――機械化兵が必要なのです」
大仰に、悦に浸ったように言葉を連ねる。
どうせ、自身の成果をお披露目したいだけなのだろうがよ――核となる脳髄摘出、機械への接続は完全なるブラックボックス……幹部たるルナでさえ担当ではないという理由で何も知らない、夜明け団が秘密組織である闇。
”外部研究員”の彼は、その秘奥のさわりすらも知らないはずが、その応用を任された。脳髄を摘出する術は知らずとも、脳殻を機械につなげることはできる。
「身体の一部を変えるのではなく、脳髄を摘出して機械兵器に搭載して? それは、人間を丸ごと改造して人型兵器に作り替えるのとは訳が違う。不可逆で、もはやヒトには戻れない。そのことを分かってる?」
ただ、被検体を工場に出して、帰ってきた”それ”を作ったロボットに接続する。
いくら魔法の世界とは言え、脳髄にポーションをかけても意味がない――それを、論理的にどう思うのか。まあ、彼としては夜明け団が勝手にやっていることに過ぎないのだろうが。
「ええ。我々には力が必要なのです。魔物の数が加速度的に増えている昨今、数を圧殺する圧倒的な質が求められている。一方、やはり数も必要なのですよ。世界を守るためには――あなた方のような例外は少なすぎる」
きっと、彼には憐憫も罪の意識もないのだろう。夜明け団が勝手にやっているだけだ。そして、己は雇われているだけだ。
「僕としては、僕はともかくあの子たちはただのエリートだと思っているよ。”特別”じゃない。ただ、少しだけ責任感が強くて、ほんのちょっと現実を見つめる勇気があるだけの――ただの人。もしくはヒトであった者」
「そのような人間は少ないのですよ」
「だからと言って、これはさすがに――いや、これ以上は僕の言うことでもないね。望んでそうなったのなら、その選択を僕は寿ごう」
「準備は済ませてあります。あなたはただ、見ていてくれればそれでいいのですよ」
「まあ、それもそうだね。僕は関わっていないことだし――お手並みを拝見させてもらうよ」
後ろに下がる。うん、本当に――気が乗らない。脳だけになった機械化兵。強力な力を得られたかと言えば……改造人間としては第一世代にも及ばないだろう。それだけのために、ヒトガタすらも捨て。
「では、私は機体の最終チェックに回ります。どうぞごくつろぎください」
そう言って出ていった。こんなトラックを何台も集めてでっちあげた指令室ではくつろぐも何もないものだが。しかし、出歩くのもよくない。
「複雑な気分」
つぶやく。そして、モニター越しに街を見る。そこは、これから滅ぶ街だ。
僕たちは交渉を蹴られたからこそ、ここに来た。救ってあげよう、なんて甘言には惑わされなかった街だ。彼らは自分たちの力だけで魔物の災厄から逃れられると思っているらしい。
しかし一方、【夜明け団】は魔物に喰われて滅ぶだけと判断した。ゆえに実験場として選ばれた。
大筋はこうだ。
僕たちは街に入ることを許されなかったが、魔物の暴走を察知し近くまで来た。しかし、交渉を蹴られたからには手助けもできない。
であるがゆえ、外から見ていたのだが……街から火の手が上がるのを見て、駆け付けざるを得なかった。
という手筈になっている。秘密組織で大々的に広報もしないが、建前は必要だろう。身内の間だけだとしても。
もちろん、実際には魔物どもの暴走の予兆はずいぶんと前から捉えられていて、完全に計画として進められているから、手筈はただの建前だ。実際は新兵器の市街地戦への投入実験でしかない。炎上する街で機械化兵の運用を試したいのだ。
僕としては……救うなら救え、そう思う。死地に希望の光を見せておいて、実際はそんなこともない。悪質なマッチポンプともいえる。
もちろん、魔物の発生はコントロールできない。発生した街で作戦を発動しただけだ。それでも。
「アルカナ、どう思う?」
「む――大量に沸く魔物の処理には使えるのではないか? まだ、わしには弱い中での強弱など判断がつかんが……まあ、見てきた中で言うなら、雑魚を相手にするならこの武装で十分だとは思うが」
「あは。そうだね――ま、十分かな。分業するにはやりやすいかも、ね」
やはり、そういう回答。この子たちは人の命、尊厳などは歯牙にもかけない。まあ、それは僕もそうだと思われていることだろうけど。
「まあ、いいさ。やることが変わるわけじゃない」
「……ルナちゃん?」
アルカナが僕の顔を見る。違ったかな? と、不安げだ。大丈夫だよ、と頭をなでると気持ちよさそうに笑みを見せてくれる。うん、君たちはそういうことを考える必要もない。
「ルナ様、ひのてがあがった」
アリスが言う。
この子も人なんかどうでもいいと思っているだろう。無邪気なこどものように――自分には関係ないと。今の言も、ただ横やりを挟む口実が欲しかっただけ。
自分も撫でて、ということだろう。手招きしてこちらに引き寄せる。
「そうだね。まあ、見ておこうか。貴重な戦力には違いない。そして、プロジェクト『ヘヴンズゲート』においては防衛戦力として申し分ない。……スペックを発揮できればの話だけどね」
「実際はどうかは、これから見て確かめるというわけじゃな?」
「そ。でも、懸念事項は技術的なことだけでもないけどね――」
アルカナは疑問符を浮かべる。アリスはそもそも理解しようとすらしていない。まあ、研究者たちも”それ”を理解しているかどうか。この世界ではトラウマの研究などろくに進んでいまい。
人間の機械化、それはただ接続しただけで終わるほど単純なものではないだろう。
「さて」
全機発進の掛け声とともに、機械化兵達が発進していく。それは魔術による飛行だ。魔術と機械のハイブリッド、盛大に魔力反応をまき散らしながら上昇する。
〈α分隊は門の前で防衛。β、γ分隊は東側を爆撃、Θ分隊は西側の魔物を駆除せよ〉
研究主任殿は通信しながら僕のいるトラックに入ってくる。
「どうです? 我が精兵たちは。彼らの力、存分にお見せしましょう」
「で、研究員殿。どういう戦力の割り当てで?」
「ふふ。まずは門を守護し、魔物を侵入させないことで防衛戦力としての優位を示しましょう。またβ、γ分隊はその火力を存分に見せつけてくれましょう。そしてΘ分隊は、まあ上が市街戦を行えと言うものですから」
「なるほど。まあ、戦力の割り当てというより、実験装置の組み立て手順だけど、その観点から見れば間違ってはいないね」
勝手に戦え、とは無茶苦茶だが、まあ彼らも適当に装備の試験を行ってくれるだろう。特に街を救うこともせず、ただ戦場に首を突っ込んで暴れまわるだけなら指揮もいらない。
モニターは大部分が機械化兵の生体情報で占められている。わずかに町の様子が映し出されているが、ひどいものだ。我先に逃げ出そうとして暴動を起こす人間。空き巣を企てて魔物に引き裂かれる人間。発狂して火をつけまくる放火魔――まるで地獄だね。
「――今のところは、順調か」
「当然ですよ。機械化兵は不調などとは無縁なのです」
すごい調子こいてるね。……まあ、他のところでも試験はやっているから自信のほどもわかる。これは実地訓練、研究所での予備実験は腐るほどやっているだろう。
とはいえ――それは、試験場でのこと。敵の抵抗、という意味ではないのとそう変わらないけれど。
〈……うあ〉
通信機に響いた声。機械化兵はほとんど声を発しなかった、そういう教育を受けているのかもしれない。ともかく、異常事態だ。
〈どうしたβ-3。お前のデータには異常は感知されていない〉
顔をしかめた彼が通信機に張り付く。
〈あぐ……ああ……ぐ――〉
〈なんだ? おい、どうしたのかと聞いている〉
〈い――痛い〉
〈痛い? 貴様の神経バイパスは痛覚のシグナルを発してはいない。外装に傷もない。もう一度確認しろ、β-3。痛みのシグナルは発生していない〉
〈あぐ! ああああああ、腕が――腕が痛い!〉
〈なんだと!? 馬鹿なことを言うな。神経バイパスは貴様の脳になにも伝えていない! 痛みなど感じるはずがない!〉
〈いた。いた――ああああ、痛いィィ!〉
〈黙れ! そんなものは妄想だ。私の機械化兵は完全なのだ。設計ミスなどあるものか! そんな妄言を吐こうとも意味はない。貴様の手足など、すでにこの世のどこにもないわ!〉
「……おい」
そう、声をかけても彼は止まらない。βー3の苦しむ声はどんどん大きくなる。そして、他のβ分隊の興奮度も上がる。……混乱している。
〈ええい、何を馬鹿げたことを。いい加減にせんか! 貴様に手などない。よく見てみろ――貴様のそれは鉄だ。そして、腕など二度と戻らん。鉄は痛みなど感じることはない。泣き言を言うな!!〉
〈ああ! ひィィ――〉
〈くそが! 避難民の程度などたかが知れていると思ってはいたが――これほどとはな! 甘ったれた餓鬼め! 貴様の家族がどうなってもいいと!?〉
〈あぎ! ぎ――あああああああ!〉
腕を振り回し、ついには四方八方に銃弾をばらまき始める。哀れな被害者だけではない、味方にもあたる。ついでに、不運な魔物も肉塊に変える。
〈な――!? なんてグズめ! 私の作品を貴様のようなカスが貶めるか! この愚鈍な劣等が! 貴様など、私の一存でどうにでも――〉
「黙れ」
僕は彼の首筋に刀を突きつける。
「現時刻で宇津宮研究員の権限をはく奪。僕が指揮を執る」
「な――貴様、何の権限があって……!」
「夜明け団の一員として今の発言は見逃せない。参加は自由意志によるものでなければならない。こんな、機械化兵にするようなものでは特にね。人質を取って強制参加など、団の結束に致命的なほころびを入れかねない致命的な判断ミスだ」
「だが、貴様はこの研究の関係者ですらないのだぞ。何も知らない貴様に何が分かるという!?」
「戦術のことはわかるさ。どうしてもというなら、7=4として命じる。1=10、拘束を受け入れろ。沙汰は後でしかるべき場所が判断する」
秘密結社としての階位。実質的には7=4が最高位だが、O5は9=2、最高位を超える肉体を持たない『魔術師』として団を統括している。ちなみに1=10は下から二番目である。これは言ってしまえば、本社での役員としての地位である。
そして、僕の名前は有名だ。こいつも人望のあるタイプではなかったらしい。取り押さえられて拘束される。ここの指揮系統を掌握し、通信機に向かう。
〈β分隊は待機。流れ弾に気を付けろ、不調の調査は僕が向かう。そして他は作戦の継続せよ〉
とにかく、僕はこの事態を収拾するだけだ。




