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第61話 跡地調査 side:ルナ


 姫宮凛々須の街が消失してから三日。夜明け団は調査隊を派遣していた。

 そして、ルナはその調査に強引に割り込んだ。あまりこういう権力の使い方はしない人間だが、災厄をはるかに超える凶悪な魔物の誕生の可能性がある以上――特に不審には疑われない。

 ましてや、”犯人は現場に戻る”などむしろ妄想の域にあると言っていい。ルナが犯人と看破されることはありえない。


「なるほど。絶壁だね――地面を削るでもなく、消失してる」


 10台ほどのトラックが並び、研究者たちが機材を運び出して設置作業を行っている。

 ルナはそこから離れて絶壁を覗き込んでいる。本格的な調査にはまだまだかかりそうだ。……到着したばかりだから当然だが。


「すごいですね、これ。【災厄】、まさかこれほどのことを起こせるのですか? だとするなら、人類は遊ばれていたと」


 横にはルート。なぜだが彼はルナについていきたがる。

 今回も、生徒の中から5人ほど連れて行こうと思って募集したら、当然のような顔をして手を挙げた。もちろん、アリスとアルカナは聞くまでもなく共に――しかし、居心地の悪そうな顔をしている。


「さてね、それをこれから調査するんだ。【災厄】がここに居たことは魔力反応から裏が取れてる。けれど、そこから去っていった反応はない」


 トントン、とステップを踏む。崩れそうな気配も、下に空洞もない。普通だ――そこらの道と何ら変わりがない。ただ一つ、目の前に街一つ分の大穴が開いていることを除いて。


「ええ……と。それは――自爆、ということですか」

「どうだろうね、その可能性もあり得る。けれど、だとしたら、そこに魔石が浮かんでなければおかしいのだけどね」


 適当に空を指さす。魔石とは、魔物を構成する魔力が倒されたことで、一度霧散し再集合してできた物質だ。自爆でも他殺でも何でも、倒されたらそうなる。

 にもかかわらず、それがないのならどこかに隠れているとの発想がまず浮かぶ。まあ、『ワールドブレイカー』能力で完全消滅させたらそんなものは出てこなくて当然だがそれを知る者はいない。


「あ、そうか。なら、誰かが倒して魔石を持って行ったってのは」

「それが本当ならいいんだけどね。白露街の彼女と同等の力を持つ者が他にもいるとしたら、人類にとってそれ以上心強いことはないだろう」


「て、先生が言うことは、それはないんですね」

「あまり見抜かないでほしいな。生徒にからかわれる先生なんて、威厳がない」


「威厳がなくても畏怖はあるじゃないですか」

「……ふむ。言われてみれば。では、こわーい先生らしく生意気な生徒をここから蹴り落して実験してみようか」


「……ひィ!」

「冗談だよ。そら」


 ポケットから鉄球を取り出して落とす。カツン、とかすかな音が聞こえた。


「……およそ10㎞か。深すぎるな」

「深すぎる? というか、今音がしたんですか……したんですね。で、なにが深すぎると言うのです? というか、なんで深さがわかるんですか」


「深さは単に重力加速度の問題。音が聞こえるまでの時間を測れば分かる。二次方程式から求められる簡単な式さ。で、深いと言うのは――君も、前回僕と来た時に資料を読んでいたはずだけどね」

「ええ……と」


「地下に存在する魔方陣。およそ500mの深度に渡る三次元に描かれた古代魔術がそこにはあったはず。何があるかわからない、と書いてあった」


 そして、ここの深さは10km。……深すぎる。我ながらやり過ぎた。いくらなんでも、これは削りすぎだ。


「あ。そう言えば、そんなことも。でも、ただのガラクタだって話じゃ……」

「それはそうだろうという予測だよ。効果を確かめられたわけじゃない。〈大方起動できもしないだろう〉との見解に過ぎない」


「いやぁ。でも、そんな低い可能性なんて考慮するだけ無駄じゃ……」

「こういう調査活動なら低い可能性を考えるのも必要だよ。まあ、僕のところで幹部になりたければ覚えておくといい――戦士には不要の考え方だがね」


「ああ……えと」


 頬をかく。目をそらす。


「ま、頑張ればどの道に進もうとも栄光が待っているさ。より取り見取りだ。推薦状は僕が――いや、実務的にはルビィかサファイアが、だが用意しておく。別に、他の道を見つけたならそちらでもいいしね」


 この子たちの進路はまだ決まってない。というか、そもそも夜明け団はそこまでしっかりとした規律のある組織でもない。上の方はともかく、下の方はかなり好き勝手やっている。


「……むぅ」

「ま、今はいいさ。名目上の護衛など、仕事はあってないようなものだし好きに悩むと良い」


 他の人間のところに行く。ごちゃごちゃとトラックから配線を伸ばした機械がぽつぽつと並んでいる。そこで、何人かの研究者がモニターをいじっている。


「どうかな? 何かデータはとれた?」

「は、ルナ様。なんというか――ここは異常です。としか」


「だから調査隊を派遣した。どう異常?」

「何もありません」


「……? たしかに、何もないというのは目に見えるけど」

「空気も、魔力も何もありません。完全な空白です。なぜこんな空間が存在できるのか、全くもって意味が分かりません」


「待て、さっき僕が鉄球を投げた。それは?」

「調べてみます。……確認できません。本当に投げたのですか? いえ、この深度でしたら確認できなくてもおかしくはないのですか」


「投げた。おかしいね、落ちる音は聞こえたんだけど。もう一度調べなおしてくれる?」

「やはり、確認できませんね。多少のノイズくらいならば、ない方がおかしいのですが――それもありません。……根本から、法則が異なる場所なのでは?」


「と、言うと?」

「そもそも、空気が存在しないのはおかしいのです。できるだけ早く準備して向かいましたが、ここまで三日かかりました。ならば、その間に空気は流入しているはずです。で、なければ空気の侵入を防ぐ何かがあるはず――なのですが」


「鉄球はそれを通り抜けた。そして消えたというわけだ。……鉄球なら別にいい。そこまで不思議はない。けれど、空気は別。気体なら穴があれば流れ込む。この断崖がどこかの異空間につながっていたとしたら、周りの空気を吸入しているはず。……それにしては風なんて吹いていない」

「……やはり、おかしいです。なぜ、このような空間が――」


「魔力。……魔力はどうなってる? 詳しく調査して」

「調査しても何もないと思いますが――やはり、何もありませんね。本当に、何もありません。反応が返ってこないんです。こんな反応、まるで何もかも消してしまう呪いのような……」


「もっと精度の高い機材を用意しないといけないかもね。街の消失直前、そして消失時の魔力はどうだったかな。ヒントがあるとすればそこが最も怪しい」

「あ、はい。記録映像をモニターに映します」


 まずは膨大な魔力が溢れ出す。これはこの街の人間がしでかした失敗だ。特に大したものもできず、ただ無駄に魔力を浪費した。錬金術と言うのも恥ずかしいほどの出来のそれが災いを呼び寄せた。

 そして、【災厄】。こいつらは襲撃の事前に魔術を使う。馬鹿げた密度の魔力が放出され、組みあがっていくのが魔力反応から知れる。浪費とは違う、純粋な殺意に裏打ちされた殺すためだけの術式だ。


 組みあがり、構成されていく。地獄の釜が開かれるの今か今かと――途中で、すっぱりと何もかもが消える。街を調べてみても何一つ反応がない。遠方からの魔力調査は精度が甘いが、それでも完全に消えるというのはありえない。


「そして、人を派遣したら”これ”ができていたのを見つけた、か」

「ええ。まったく、訳が分かりませんよ、こんなもの。ルナ様、あなたは以前にこの街にいらしたそうですが、何か変わったこととかありませんでしたか」


「……さて、特に思い当たる節はないんだよねえ。資料では魔法陣があると書いてあったけれど」

「それはただの悪戯でしょう? 私も拝見しましたが、あれは魔術式の体をなしていませんでした」


「しかし、それ以外に思い当たる節もないけどね」


 首をふる。お手上げ、という顔だ。……ああ、白々しいな――僕が犯人のくせに。とはいえ、ばれてもいいことなんて一つもない。


「新しい敵、ですか」


 不安そうな顔。【夜明け団】として真っ先に考える可能性はこれだろう。ルナとしても、自分がやったというのはともかく、新しい敵ではないというのは知らせてやりたいのだが。


「良くない癖だね。秘密組織なんかやってると、誰も彼もが敵に見えてくる。災厄を滅ぼしてくれた神様かもよ?」

「だとすると、魔石が残っていないとおかしいです。本当に、なぜ――」


「どうなんだろう、ね――僕は他を見ているよ。データ収集頑張ってね」


 そして、適当に見回っていると――敵が来た。



 そいつらの前に立ち塞がる。


「さてさて、どなたかな。ここは立ち入り禁止だよ。危ないからね。入るなら、僕らが危険度を調査してからにしてくれないと。毒ガスが発生している可能性もあるんでね」


 二人組を見つめて言う。年寄りと若者――魔人ではない。が。


「君たちは下がって」


 僕は銃を抱える3人2チームの護衛に言う。アレは、こいつらには無理だ。改造人間でもない、最新式の銃を抱えただけの人間では。こういう人間も実は数多く所属している。夜明け団とて改造人間だけで運営しているわけでもないのだから。


「――貴様が、【翡翠の夜明け団】(エメラルド・ドゥーン)を統率するルナ・アーカイブス……魔王か」


 老人が口を開いた。憎しみに染まった目を向けて。


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