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第60話 完全なる敗北 side:ルナ


 ルナは眼下を見下ろす。高度4万m――そこはドラゴンの領域よりもはるかに上、人間では感知すら場できない高空、成層圏である。

 そこにルナは神として佇んだ。


「……なにか、やったね」


 ”そこ”に視線を向ける。

 ……凛々須が微笑みかける。ただの人間の彼女が感知しうるはずがない。そもそも目線が合っていないし見当違いの方に微笑みかけている。

 これはただ、そろそろ覗く頃だろうと思って虚空に向かって微笑んでいるのだ。そんな魔術の実在も知らずに。


「……ッ! 相も変わらず、化け物じみた――む」


 強力な魔力の発生源に何かある。というか、つい先ほどまであの魔女がいたな、これは。何かの魔術儀式を行っていたらしい。その建物を精査していく。


「これは……おどろいた。中々のお手間いりの錬成陣、まさかここで錬金術を見るとはね。団が技術提供したとは聞いていないから、独学か。黄金錬成(アルスマグナ)――なるほど、”黄金”を作ろうとしていたのか。錬金の窮極系であるそれを、ここの人間は不老不死と解釈したらしいね」


 でも、と口の端で呟く。

 馬鹿げた魔力の放出を確認してみれば、これは単なる余剰か。ある程度は仕方ないとはいえ、フラスコにバケツで水を注ぐような愚行だ。無駄が多すぎる。

 不老不死どころか――あれではポーション代わりすら怪しいほどに質が悪い。湯水のように使う”だけ”では。


「……この魔力に引き寄せられるのは【災厄】か。流石にここまでの魔力ならばドラゴンではなく、アレが来る。――後から考えてみれば、あの魔女の手管は強引だったな。こういうわけか」


 現場には死体が一つ。そして呆然とする兵。凛々須が殺したのだろう。

 そして、彼女のやることを人間が止められるはずもなく。心が砕かれなかっただけでも、幸運に思うべきなのだろう。

 後始末を僕にさせようと言う腹積もりだ。あの【災厄】を撃退しろとのことだろうさ。


「君は僕に勝ったよ。もはや人間とは呼べないその知力、本当に恐れ入ったよ。ああ、”僕”じゃ敵わない。完全敗北と認めよう」


 ルナは自身では気づいていないが、恐怖を感じると饒舌になる。


「ああ、そうさ。本当に君という奴は、とんでもないね。僕の理解を越えている。君にかかれば人間なんて、愚かに過ぎてどうしてそんなことをするのかわからないほどに非効率で不合理だろう。どこまでも知識を蓄えることができるコンピューターのような性質を持つ終末少女さえ、知識があっても活用はできない愚図と侮るだろうね」


「ま、そいつは本当のことさ。ああ、なんて厄介な奴。魔女どころか、もはや上位存在と言ってもいい。――でも、〈神性〉じゃない。君ならば、追い詰められた人間が滅茶苦茶をすることは知っているだろう。そして、人間ならどの程度ができるかも」


「けれど、君は神じゃないんだ。神ならぬ君は『終末少女』を知らない。それは世界樹の管理側の存在。世界をあるべき姿に調整する世界の調停者。しょせん僕らはゴミ掃除係だけどね。けれど、神様の滅茶苦茶、やぶれかぶれはすごいよ。人間のそれと比較しちゃいけない」


「古来、神様とは勝手なもので、俗物だよ。神話を紐解けば浮気、浮気、浮気に重ねて殺されるのが怖くて子供を殺し、それでも予言は果たされる最高神のなんと多いことか。爪が甘いんだよね、馬鹿じゃないのと言いたくなる。けど、他人の――他神のかな、僕もそう言えないね」


「……まるごと、こわせばいい。それだけしか思いつかないなんて」


 ぶるり、と体を震わせる。


「この街に住む無辜の民。罪がない、なんてものの実在は僕としては疑わしいことこの上ないけど、慣用句としては合っているだろう。僕には、君たちに復讐する正当性を持っていない。ただ、そこに居合わせただけ。都合が悪い、ただそれだけの理由で僕は――」


 声が震える。それでも声に出す。


「君たちを殺す」


 自分に言い聞かせるように。


「僕の欲望ゆえに。ただあの子たちと一緒に居たいから。ただそれだけの理由で、縁も所縁(ゆかり)もない人間の命を奪う。ああ、勝手だね。悪人だ。見捨てるでもなく、犠牲として使いつぶすわけでもない。己に責はなく、邪悪な悪意すらもなく、遠い世界のとばっちり。無意味なんだよ、君たちの死は」


「けど、それでも言う。死ね、と。魂も、後に(のこ)すものも何もなく――ただ消えろ。僕の能力はそういうモノだ。全てを消去し、後には空白すらありえない完全なる虚無にして終焉」


 ば、と手を広げて四方、四つの書を出現させる。その一つでさえ、人の世には――滅んでいない世界にはあってはならないモノ。災厄ですら雑魚と言ってのける、終末少女としての意味合いの最上級。


「ああ、【災厄】が来たか。不運だね、【堕天せしモノ】アスタロト。魔術を扱う君は、国を焼き尽くす力でさえ防げるのであろうがよ――終末少女の力の前には塵紙も同じ」


 ルナの力が励起する。


「……やるよ」


 誰に言うでもなく、つぶやいた。


「地に暗闇を、天に空白をもたらす(ヨルムンガンド)。世界を深海に沈め、嘲笑え【破滅羽竜リヴァイアサン・ラグナロク】」


「世界に終わりを告げた(ほむら)。その炎熱のツルギもて、天地を(くく)れ【破滅炎剣レーヴァテイン・ラグナロク】」


「世界の破滅を予見する(ノストラダムス)。今こそ、その(ガングニル)もて予言を真実と変えよ【破滅智王オーディン・ラグナロク】」


「終焉の笛、開戦の号砲(ごうほう)を鳴らす(うた)。吹き鳴らし、世界に終わりを告げるがいい。【破滅告笛ギャラルホルン・ラグナロク】」


 四方に強力すぎるモンスターを召喚する。いまだ死んではいないこの世界では、ただの一体ですら負担が大きすぎる。

 世界が今にも引き裂かれようとしている。世界の悲鳴が響く。その傷跡すらも破壊して、ルナは強引に力を使う。


『其は漆黒をもたらす闇。暗黒の力もて全ての桎梏(しっこく)を無意味と化すもの。森羅万象(しんらばんしょう)天上天下(てんじょうてんが)は暗き闇にて永劫(えいごう)の眠りにつくがいい。我は世界樹のもたらす影。かつて美しかった世界よ、今こそ母なる大樹に別れを告げ虚無へと還るがいい』


 出現する。発現する。ルナの力。世界を破壊する力、その一端。


 真に恐るるべきは、これをいつでも使えるというその事実。今、解放しようとしている力は全力だ。そう、一個人でいくらでも出せるただの全力に過ぎない。それを考えれば箱舟、そして他の終末少女のサポートがあった場合の”それ”は想像を絶する。


 ――叫ぶ。


「……きえちゃえぇ! 異能『ワールドブレイカー』、最大展開――」


 眼下、世界の一部が消えた。


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