第58話 ルナ抜きの終末少女会談
ルナは帰ると自室に引きこもってしまった。そして、それを苦々しげな表情で見送るアルカナと、冷たい表情のアリス。
要塞に帰ってきたのだが、常と雰囲気が違いすぎる。失敗もいくらか経験していたが、その時も笑い飛ばしていたルナがふさぎ込んでいる。かつてない異常事態だ。
「先生、どうかしたんですか? いつもと様子が……そもそも、あの部屋にアリス様やアルカナ様を連れて行かなかったことなんて……」
「……」
アリスは視線を向けもしない。ルートのことなど完全に無視している。
放っておけばあの街を殲滅しに戻りそうだ。というか、やらない理由がないから、それはアルカナが止めているのだろう。今のルナはそんな指示を出せるような状況ではない。
「ああ、やれやれだ。厄介なものだな、あのお姫様は――」
アルカナが肩をすくめる。処置なし、といった風情。一人だけすべてが分かっているような顔をしていて、それがアリスの神経を逆なでする。
「まあ、待っていてもさほど状況は悪化しないだろうが」
ひとりごちたアルカナにアリスが殺気を向けた。
「アルカナ、あなたはルナ様をあのままにしておいても、いいとおもってるの? ……こわすよ」
「おお、怖い怖い。じゃがな、ここは動く方がまずいことになると言ったであろ? それは賛成してもらえたと思ったのじゃがな」
「……ふん」
「くっく。まあ、良いさ。ぬしも、そう気にするな。何も変わらんよ――今さら頂点が揺らんだところでどうにかなるほど脆い組織ではない。先人が築きあげ、ルナ様が育てた【翡翠の夜明け団】はな」
「――」
「それでも、先生を心配するのはいけないことですか? アルカナ様」
横からルートに突っ込まれたアルカナは、虚を突かれたように目をぱちくりとさせる。アリスは相変わらずアルカナを座った目で睨み続けている。
「いや。そうだな。きっと、ルナ様も喜ぶ――な。ふん」
そんなアルカナは機嫌悪そうにそっぽを向いた。
〈ルナの持つ力は底知れないが、その人物評の底は浅い〉それは事実。としても、”人間”にルナのことを分かったように言われるのは嫌いだった。あの人のことを本当にわかっているのは自分だけと思っている。
こいつのことも排除したいが……ルナがそれを嫌がる以上、アルカナもアリスもどうすることもできない。
「……アルカナ」
「ああ」
そう言うと、アルカナはアリスとともに消えた。
「……転移術式?」
馬鹿げているにもほどがあるが、あのルナの仲間なのだ。それくらいはやってのけるだろう。……もっとも、ルナはともかく二人が力を使用するところなど、ほとんどの人間が見たことすらないのだが。
そして、場面が箱舟の中の会議室の一つに移る。アリスとアルカナの転移先だ。
「……あつまった、ね。でも」
円卓。全員が平等などと言われる席ではあるが、それでもやはり序列というモノはある。アリスは当然のように空席となった上座の真横に座り、アルカナは何食わぬ顔でその反対側の席に座る。
二人、どちらもNo2を自称している。
「ああ。他の奴はどうした、ミラ」
席についているのはミラに加えてコロナとプレイアデス、他にはケテルのみ。実にルナを含めてメンバーの半分が欠席している。一日待って、これだ。アリスの人望がないのではなく、終末少女というのは基本こんなものだ。
部屋で遊んでいるのは待機ルーチンの一つでしかなく、ルナの指示に従う”だけ”の存在。基本的な終末少女は主人の命令に従う以外にない人形だ。人格はアクセントでしかない。
「ううん? いつも通りなんだよ。それに、ご主人様に呼ばれたわけじゃないから、来なくてもいいかなって」
応えるミラにしたところで、待たせて悪いと思っている様子はみじんもない。というか、そういう思考自体がない。
「……ルナ様がくるしんでいるのに」
アリスが殺気を放つ。殺しに行きかねない。もっとも、そんなことをしたところで終末少女は復活するのだが。
「アリス。確かにあなたは最も主の寵愛を受けている。あなたの命令であれば従うのもやぶさかではない。しかし、ここに呼びつけるのは違う。何をさせたいのかはっきりとさせなさい。で、なければ従うも何もない」
ケテルが言う。喧嘩腰、と見えるが本人にその気はない。
「……むぅ」
うなってアルカナを見る。
「まあ、そう熱くなりなさんな。ケテル、ぬしはちいと結論を急ぎ過ぎてはおらんか? そう急いては事を仕損じる」
人を食ったような表情。ほとんど感情を動かさない終末少女とはいえ、ここに集まった面々はその中でもマシなほうだ。ゆえに気分を害す。
「仕損じる? そんなことはありえない。アルカナ、あなたも終末少女の一人、主に仕える者として失敗などするようなつもりなら、消します」
本気である。そもそもこの子はまだ偽りというモノを理解していない。語られる言葉はすべてが事実。そして、ルナ以外のものであれば力を振るうのに躊躇などしない。
「命令にただ従うばかりが脳ではないのでな。従うだけなら失敗も何もないが、自分の頭で考えるとそうはいかんぞ?」
「……考える? その必要はない。その”考える”とやらをさせるためにあなたはアリスを使って皆を集めたのか」
「ま、それもあるがの。今の状況で動かんなら、それは説明の一つも必要であろうからな。いない者もおるようじゃが」
「ボクも行かなくてもいいかと思ったんだけどね。でも、ルナ様が人間どもに何かさせてるのを見てると、変な気分になっちゃうから。今日も、何か居ても立っても居られなくなって」
もじもじと指をいじるミラ。アリスと同じ、もしくは少し下くらいの外見の彼女がそういうことをすると、とてもかわいらしい。
「くく。ご主人もそういうのを望んでおったからな。それを聞けば喜ぶのではないかな。今は、その余裕がなかろうともな」
「……そんな命令は受けていない。何か、主の命令があったと言うなら、吐きなさいアルカナ。アリス、あなたもそれを言う義務があります」
「めいれいは、ないよ。ルナ様はただ、のぞんでるだけ。あと、そうなるようにこうどうしてる。できないのは、ケテルがわるい」
「いやいや、悪いという問題でもなかろうよ。アリス」
「ルナ様ののぞみ、それをわかろうともしない。そんなやつ、ここにはひつようない」
「いいや、それは違うぞ。ご主人はそれで苦しませることを一番に苦慮しておった。それができるようになって幸せになれるならそれでいい。けれど、苦しむくらいなら今のままで――ご主人はお優しいからな」
「……ふん」
そっぽを向く。やはり、アルカナは気に食わないと再確認するアリスだった。
「ま、できるならよし。できぬのなら気にするな。気にする方がご主人が心を痛める。そんな愚図はわしも必要ないと思うのでな」
「私にはあなた方の言っていることが分からない。分かるように説明なさい」
「言って分かるような類でもない。分からぬなら、気にするな。命令が好きならわしが命令してやろう。……実のところ、ご主人は命令を出させるならアリスよりもわしを信用しておるぞ。資格も十二分にあると思うがな」
アリスの殺気が膨れ上がった。
「はは。ほらな。で、話を戻すとするかの。あの姫君の脅しは簡単。ご主人をどこかに飛ばすというモノだ。――おそらくは、この世界樹の外側に」
「……外側? ようやく理解しました。アルカナ、あなたは私たちに理解させる気がないのですね」
世界の外には世界樹が広がっている。幾多の平衡世界を内包する世界樹――その外側というモノは、終末少女にすら理解できるものではない。むしろ、知識のみに偏重するコンピュータのような彼女たちだからこそ、定義されていないその言葉は全く訳が分からないものとなる。
「いや。これはこうとしか言えんのだがな――」
「外。世界樹は世界を作りたもうた。世界は世界樹であり、世界樹は世界。けれど、世界樹が育ったのなら、それはどこ? 世界樹は一つ? ここにある世界系統が一つと誰が決めたか。無限の可能性から枝分かれした世界は、袂が違えばそこにたどり着くことはない」
「プレイアデスの言うことは相変わらず分からん。アルカナ、簡潔に示せ。我らはどこを破壊すればいい?」
プレイアデスは多少なりとも想像できはした。知識なんてものに興味がないコロナは敵を求めるのみ。
「破壊。破壊、ハカイ――終末。けれど、真に終末をもたらすのは我らが主のみ。露払いでは、成し遂げぬこともある」
そっぽを向いた。どうせ、ルナ以外には理解してもらえないとあきらめた。
「問題となっておるのは街の地下にある用途不明の術式じゃよ。姫君はあれを使ってご主人を我らから引き離すという脅しをかけた。ああ、それであんなふうになってしまわれるとは――まったく、従者冥利に尽きるというものじゃな。それだけであそこまで弱気になってしまうなど、ああ、かわいらしいな。ああまで悩んでしまわれるとは。……まったく、愛されておると感じるな?」
アルカナは円卓の真ん中にスクリーンを投射して、街、そして街の下にアリの巣のように広がる魔術式を示す。
「ルナ様のくるしみのもと、すべてこわして、ちりにかえす。あれもころす。あのまちのにんげんも、ひとりのこらず」
「それができるならば、な。ああ、わしはこう言ってアリスを止めた。〈もし、あれの発動条件が破壊であったら?〉とな」
息を呑む音が聞こえる。その場合、悲劇の引き金を引くのは自らの手だ。ありえない、と言ってしまうのは容易いが万が一を考えると手が出せない。
「考えすぎ? いや、元々これはご主人の考えすぎじゃ。実のところ、姫君がそれを実行しようとして、成功する可能性は1%もあるか? 馬鹿な、そんな高すぎるわけがない。そもそも我らにさえ分析不可能な、古に作成された地下100mにわたる魔術式。この時代まで動く保証などあるわけがない上、ただのいたずらや自然現象に人間が少々いたずらを加えただけということもありうる。ほぼ、間違いなく――あれはガラクタであろ」
ルナの恐れるそれをただの残骸と片付けた後で続ける。あれが用をなさないのは”ほぼ”確定していると言ったうえで、問題ないで済ますわけにはいかないと。
「ああ、起動する確率としては正味としては一億分の一にも満たぬであろうな。それが、異世界への転移などというモノである可能性は、正直言ってただの妄想に近い。我らが妨害しないという条件付きでも、達成できる確率としてはかなり上に見積もっておるよ。そも、ざっくり言えば転移術式に当たるのであろうがよ、そんなものは上位者ならば抵抗できる。破壊することで条件が満たされる確率など、もはや絶無である」
そう、それは”ほぼ”だ。99.9999999%であろうとも、100%ではないのだから。
「だがな、それをご主人は気にされておるのだよ。ああ、お優しい方だ。我らを放り出していくことをそれほどまでに良しとしないとは」
実際は、そこまで確率が低ければルナは無視できた。その確率をありうると思うのはオカルト主義者だろう。だが、あの姫君ならもしやと思ってしまった時点で敗北は決定した。恐怖に縛られた。負けた、のだ。
――あとはもう、すべての条件を呑むしかない。一か八か、なんてものを考えさせるような命令など、あの人心掌握の術ももちろん全て見通す彼女ならばするはずがない。うまく手の平の上で転がすだけだ。やぶれかぶれの自殺など許すような優しい性格はしていない。
「……みてろ、と。あなたはそういうの? アルカナ」
「ああ、それが最善であると思うよ。完全にその可能性を潰す術は、実のところは存在する。じゃがな、これは――」
初めてアルカナの顔から余裕が消えた。それは、言いにくいことだと言うことだ。彼女ですら、口にするのがはばかれること。
「なに」
「うむ。ま、これでとぼけると殺されそうじゃな。……ご主人の【ワールドブレイカー】の異能ならばその条件とやらを、それごと破壊できる。世界を破壊する力の前に、この世のものは無力である」
つまり、100%だ。どんな微少な確率も逃さない。姫君の言うそれでルナが還されてしまうことはない。もろともに完全破壊してしまえば、条件など関係ない。
「……ッ!」
しかし――それをすることは、ルナにとっては忌避することだ。アリスとアルカナは、ルナが無関係のものを傷つけようとしないことを知っている。勝手に死ぬのはいいのだ、しかし自ら手を下すのは己に刃を向けられたときだけだった。
だから、それを頼むこともできない。ルナの心痛を思えば。この世は全て玩具箱、ならばそれに心を痛めさせるなど認められない。
「――く」
不意に笑った。
「なにがおかしいの、アルカナ」
速攻召喚。アルカナの首におもちゃの蛇が巻き付く。もちろん、それに込められている魔力は、この世界の人々が恐れる【災厄】を全員分足したよりはるかに強い。カラカラと音を出す蛇はプラスチックじみた舌をちろちろと動かし彼女の首を舐める。
「おや、首のこれは引っ込めてくれんか。どうやら、ご主人は決断したようじゃからの」
不敵に笑うアルカナは指をすっと動かす。その先のスクリーンには図書館に入っていくルナが映っていた。
ルナが動き出した。自らの信念すら捨て去って。




