第54話 宴会 side:ルナ
危険地帯からの転移脱出――生徒たちにとっては正真正銘の死地から脱し、転移施設のある要塞まで跳んだ。
転移によって跳ぶ地点は魔術式に登録してある地点にしか飛べない。そして、登録してあるのは重要地点に限る。部下たちは目隠しのうえで別の拠点まで運ばれていくことだろう。
「お疲れ様です」
出迎えるのはルビィとサファイア。一年前の戦いで片腕を失い、魔力を操る術も失った彼女たちを、僕は秘書にしていた。
戦う力を失った魔人ということで、あの場で死ねていればよかったのにという同情も向けられる。針の筵のような環境だが、よくやってくれている。
「うん、予想外のことが起きて大変だったよ。いつも通り、ささやかなパーティを開く準備をお願いできるかな? 仕事を終えた軍人は労ってやらんとね」
「わかりました。用意しておきます。……ルナ様、それは」
僕のアーティファクトがほつれて、汚れていた。それを想像すらできていなかったようで、いつもは表情の薄い彼女たちの顔が驚愕に染まっている。
それもそうだ。人類の到達域の外側にあるアーティファクトが損傷すると言うような事態になれば。
「ああ、フレアドラゴン二匹とやりあってね。さすがに少し疲れた。僕は僕でお風呂に入りたいな」
「それは……よく無事でしたね。死者は?」
「その前に人間どもとやりあった時に一名。第一ステージだから、仕方ないと言えば仕方ないかな」
「では、彼らの分もねぎらいましょう」
「うん、任せたよ。僕はどうにもそこら辺のことがよくわからないみたいだから」
話は終わり。
近未来的な廊下を支配者のように堂々と歩く。ここは僕が所有する要塞だ。夜明け団では実力と成果のみが評価される。
……僕の実力は最上級で、さらにはプロジェクト『ヘヴンズゲート』の責任者ともなれば、これくらいのことは余裕でできるだけの権力を持つ。
まさか、この僕が億万長者になるなんて――前世では想像もしてなかった、な。
「ふふん、お風呂はわしが準備しておいたぞ。さあ、入ろう」
アルカナ。少し見ないと思ったら、やることが早い。そして、準備したというのも嘘ではなかろう。普通に考えて、軍事拠点で風呂をいつでも入れるようにする意味はない。
魔術で水を用意して熱湯に変えたのだろう。10秒もかけていない……盛大な魔法の無駄使いと言えるが。頬は赤く染まって、舌なめずり。なんというか――エロい。本人にとっては何よりも嬉しいご褒美に間違いない。
「……一緒に入る気?」
「当然じゃな。それとも、いやか?」
「…………いやじゃないけど」
やっぱり、押されてしまっては嫌とは言えない。アルカナと、そしてアリスの裸をできるだけ見ないようにしてお風呂に入る。
やはり、罪悪感がある。そして僕の体の大事なところにすごく視線を感じる。アルカナこそ、罪悪感を覚えるべきと思うのだが。
「ふぅ」
ため息をつく。疲れなんてものはただの化学物質の蓄積で、そんなものはいくらでも初期化できる。けれど、疲れが溶けていくような感覚は病みつきになる。
わざとそんなものを残そうと思うくらいには。そうして、ゆったりと湯に揺蕩う感覚を味わう。
「……ふふ」
アルカナが惜しげもなく豊満な身体を晒して大きな湯船の中に横たわっている。気恥ずかしくて、まともに見れたものじゃない。
「……?」
ちょこんと裸で座っているのはアリス。どうにも湯につかるという感覚が理解できないらしい。特に気持ちいいとも思わずにただ僕の真似をして湯につかっている。
「えへへ」
と、少し笑う。僕が視線を向けたのに気付いたらしい。こちらも、特に隠そうとはしない。まあ、僕たちしか入っていないからだが――見られても特に気にせず近づいてくるアリスは本当に――目の毒だ。
「あは。ね、ルナちゃん。わしの働きはどうだった? なあ、ちゃんとやれたじゃろう」
褒めて褒めて、と言わんばかりに無邪気に近づいてくる。抱き着きはしない。
恥ずかしくて本気で怒ったら、さしものアルカナもそれ以降は控えるようになった。でも、四つん這いでお尻をフリフリさせてこっちに来るあたりわざと見せてるんじゃなかろうかと思う。
「うん。とてもよかったよ。えらいえらい」
頭を撫でてあげる。桜色が目に入りそうで目の毒でしかないが。まあ、何度も一緒に入ってれば、いい加減にあきらめもつく。……どうせ、間違いが起きるような”もの”がぶら下がっているわけでもないのだ。
「……むぅ~」
アリスが頬を膨らませる。自分にもやれ、ということだろう。
「アリス、こっちにおいで」
「うん」
花のような笑顔を浮かべる。その頭をなでてやると本当に幸せそうな顔をする。
「はぁ。やっぱりこうなっちゃうんだね」
二人の裸がすごく近い。理性が焦げそうになる。でも、これもいつも通り。そして、実を言うと僕に間違いを起こすだけの度胸もない。
ゆっくりお風呂に入って、そしてルビィの声がかかって出る。たぶん、この身体は性欲がすごく薄い。終末少女としての特性なのか、そもそも女の子はこういうものなのかわからないけど――おかげで、僕の理性はかろうじて持っている。
豪勢な食事がたくさん並んだ小さな会場。一人失って24名がここにいる。置いてあるのはだいたいは肉と酒。そしてケーキだ。女性も結構いるし、僕は甘いものが好きだから。
「さて、みんな。今日は大変だったねえ。けれど、いつも通り勝てたね。実を言うと、これを持って帰ってたんだ」
手のひらサイズの魔石を見せた。ドラゴンのものだ。実はあの時、糸でこっそり回収していた。まあ、糸なんて自分で使ってみて難しすぎたから暗殺術としてすら使えるような代物でもないんだけど。
それでも、放棄した車両5台と積荷よりも価値としては上回る。転んでもただでは起きないと言うことだ。
「予定とは外れてしまったけど、成果は出した。ならば、僕たちは勝ったのだよ。祝賀会と行こうじゃないか。長くしゃべり続けると場が白けてしまう……以上」
適当にワインをもらって壁際に行く。そして、歓声が聞こえてきた。いや、すぐ近くなんだけど壁の花になっていると別世界のような感覚がある。
まあ、教官に混ざられては生徒もたまらないだろう。
「……やれやれ、みんな大騒ぎだね」
全治二週間の奴も構わずはしゃいでいる。魔術とポーションを併用した治療だ。外側はパパッと直して内側はしっかり時間をかけて治す形式とはいえ、元気なことだ。
「で、なければあなたの教導についていくこともできないでしょう。それに、また一人仲間を失ったのですからね」
サファイアが話しかけてきた。お金を出すのが僕で、準備するのが彼女たち。ここにいるのは不自然でもない。
「その悲しみを騒いで忘れようということね。うん、そう言えばいつもそうだった」
「それに、彼らとて自分が死んでふさぎ込んでほしいとは思わないでしょう」
「それもあるか。それで死んでもらっては、仲間としてあの世で浮かばれないわけだ。まあ、あの世なんてものは信じていないけど」
「……死体は回収しました。いつも通り葬儀を?」
「うん、お願いね。死体はただの”もの”でしかない。でもね、きちんと弔うことには生きている人間に対して意味がある」
「ありがとうございます。ルナ様も人間の気持ちをだいぶん分かってきてくれたようで」
「それは嫌味? それともお世辞?」
「それは――」
そこに割り込みが来る。
「先生、今日の俺はどうでしたか!?」
酒、そして料理を山盛りに積んだ皿――なぜか二枚それぞれに盛り付けてある。別に誰も盗らないから落ち着いて食えよ、と思う。
「……ルート。テンション高いね。酒の入った君の相手をするのは僕もちょっと骨が折れるんだけど」
サファイア頼めない? と小声で聞くと無言で首を振られた。
「祝賀会ですよ!? 飲めや食えやの大騒ぎですよ! 先生、楽しんでますか!」
「ルート。前の質問は?」
「え? なんか、聞きましたっけ。ほら、先生。そんなところでちびちびやってないで、食べましょうよ! ただ飯ですよ!」
「いや、これ全部僕が出してくれるんだけど――」
「そう言えば、ルナ様は厳密に団の予算とご自分の給料を分けてますね。何か理由でも?」
「不正に使い込むようで気分が悪いだけだよ。それに、この要塞は団で使うんで予算の方から回したしね。僕から言えば、他の奴らがだらしないだけ――」
「ほらほら、先生! 肉ですよ。貴重ですよ!」
「いや、君たちも研修終わったらこのくらい普通に食べれるだけのお給金はもらえるけど――」
「小童が。ルナちゃんが食べたいのはこっちのスイーツじゃろ? ほら、あーん」
「アルカナは酔ってないでしょ!?」
「そう細かいことは言わずに。ほら、あーん」
「いや、生徒の前でそんなことできないよ。威厳が保てない」
「あなたがアリス様やアルカナ様に駄々甘なのは団内でも周知の事実ですが」
「待ってサファイア。君までボケ始めたら収拾つかない。というか、酔ってないよね君?」
「酔っていません。事後処理は私の仕事ですので。とはいえ、酔って仕事するな、とは酷いとの声が以前は上がっていましたが」
「そんな堕落は僕が許さな――」
「ルナちゃん、あーん」
「っむぐ!?」
「ルナ様、あーん」
「っふむぐ!?」
二人に突っ込まれたケーキで口の中がいっぱいになる。ってか、味が混ざる。これは、ショートケーキとチーズケーキかな?
「あっはっは! 見て下さい、先生。エピスとクインスが飲み比べしてますよ」
ルートは僕に持ってきたと言う肉を食べている。明らかに酔っていた。
「何やってるの、女性陣ども。つか、エピスは明日から絶対安静なんだから――」
止めないと、と思って。
「ハチャメチャですね。ええ、少し――不愉快です」
まったくだね!
「ああ、サファイアさん。青筋立ててどうしました?」
「クインスはいいのです。あいつは私、そんなに教えていませんから。ですが、エピスは別です」
「魔物を操る方法はけっこうサファイアに聞いてたもんね。僕の説明が分かりづらいと言うけど、理論的に簡潔に話をしたんだけどなあ」
「あれには感覚的な話の方が分かりやすかったようで。というか、何回目ですか、この話。弟子を取られて嫉妬するなんて子供みたいですよ、ルナ様」
「外見は子供と認めるけど、中身は大人だよ。それに、嫉妬もしてない。君が教えられることがあってそれを教えてくれるなら万歳だ。それもちょっと期待してたしね。でも、話をしててハテナを浮かべられるのはちょっと、そう。本当に少しだけ――面白くないんだよ」
「先生の話って感情抜きで大切な話ばっかするんで、最初の方の話わすれるんですよね! 特に僕なんて、チンプンカンプンな話されると寝ますね!」
とりあえず頭をはたいておく。
「人間の記憶力は、言葉を全て覚えてられないというのは、前提にして教えているつもりなんだけどねえ」
「ルナ様はぐるぐるーとか、さらさらとか言われてもわからないタイプでしょう」
「まあね。ぐるぐるなら回転方向の指示と回転速度、半径を示してくれないと」
「先生、変なところでめちゃくちゃ細かいっすね!」
「ルート、もう口調まで変になってるよ。君もそろそろ飲むのやめたら?」
「まだまだ飲めますって!」
一気飲みをし始める。
「ホント、みんな元気だねえ」
じゃんけんで勝ったらしいアルカナの差し出すケーキを食べて、ため息をついて――そんなこんなで夜は更けていく。




