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第52話 ルナ・登場 side:ルート


 僕は5両のトラックから成るキャラバンで武器弾薬を輸送していた。そこに敵が来た。そして、一当たりを終えた後。

 そいつらは強敵であると、僕は認めた。だから、もう余力を残しておくという考えはやめだ。


「レン、操縦を代われ!」


 後ろの荷台にいた一人に声をかける。そしてドアを開け、荷台の上に飛び乗って通信機に叫ぶように指示を下す。


〈機関始動! A班、D班はコンテナ投棄! その後はB班、C班の車両を守ることに専念しろ。壊れたら乗り移れ。そして第三ステージは降下する敵を殺せ!〉


「……なるほど、確かにタイミングを待っていたみたいな顔をしてらっしゃる」


 同じく屋根に上がってきたルートが言う。

 敵が襲ってきたことを確認し、大事な荷物以外は放り出して逃走と、確かにマニュアル通りですとでも言わんばかりに手順はよどみなく進められた。

 僕が教えた生徒たちの優秀さもあるけどね。まあ、素直なのは良いことだ。素直じゃないならぼくの手が飛んで来るからね。


「だろう? 指揮官としての役割は”今”をどう攻略するかを考えることさ。街に戻れば大局的な未来を考えるけどね」

「では、僕は」


「ああ、奴らを殺せ。君は殺しに関してはバージンだったね。お前は甘いところがある。だが、ためらうなよ。『フェンリル』を使われてはかなわん」

「殺さなければ殺される――ですね。分からされたんで、大丈夫ですよ。行ってきます」


 ダン、と跳びあがり一直線に空から降下する敵と交戦する。


〈さあ、正念場だ。正真正銘の人間の悪意との決戦だ。魔物と戦うのとはチト違う。僕が命じるのは一つだ。――生き残れ!〉


 降り注ぐ敵兵器の8割が撃破された。1割はキャラバンが動いたため外れたが残りの1割が至近に着弾し、装甲にヒビを入れる。


〈陣形変更!〉


 端末を操作し、命令を伝える。矢じりの形を取る。もちろん端末は一人一つ持っているために指示は流々と伝わっていく。このようになる。


  B C

 A   D

   指


 指揮車を囮に、さらにA班、D班の車両を盾にする陣形だ。


〈先生、前方! 伏兵です〉


 予想した通り。


〈B班、C班が対応しろ。きっちりととどめはさせよ〉

〈――了解!〉


 地獄のような戦闘が開始される。まずは”人”対”魔人”――双方の血の流れる戦場が幕を開けた。



 ルートの相手は壮年の剣士、さぞ素晴らしい剣技を持っているのだろう。強化鳥から飛び降りてくる……だが地に足をつけていない剣士など、取るに足らない。


「はあああッ」


 跳びあがったルートは自由自在に身体に角を生やす己の能力を使い、空中の敵に斬りつける。


「……甘い!」


 刀で弾き飛ばされた。……強い! まさか、空中戦まで行けるとは思わなかった。


「貴様――”歪み者”か」


 だが、ルートは魔術を使ってもいないのに浮いたところは見逃さしていない。

 もはや大気中には1年前とは比べ物にならないほどの魔力に汚染されている。さらに局所的に魔力が集中するところ――魔力だまりさえある。

 その強すぎる魔力に侵されてなお生き残り、特殊な能力を手にした者、それが一部で呼ばれる”歪み者”という蔑称。夜明け団が製造した魔人は全てが人工的で、そこが違う。


「貴様らと一緒にするな、魔人。これは神が下さった奇跡。そう、貴様らが人の命を弄んだために神が裁きを下されたのだ。罪人どもめ――貴様らの存在など、だれ一人認めることはない」

「は。たいそうな寝言だ――貴様らの言う神とはよほどの愚か者だな。我らが【夜明け団】(ドゥーン)に魔障で死んだ者などいない。治療薬があるのさ。トンチンカンに適当な人間を殺して神気取りか? 愚か者め」


 魔障。強力な魔力にさらされ、適応できる人間は一握りだ。大抵は魔力に侵されて衰弱して死ぬ。……生き残ったのは体力のある者ばかり。生存淘汰により人類は強くなったのだ。

 しかし、それにより狂う者もいる。


「黙れ! 人を人とも思わぬ犯罪組織め。神の裁きを恐れぬ狂人どもめ。神に変わって裁きを下してくれる」


 お前が神気取りかよ。なんて思う間もなく――


「っぐ!」


 抜刀。ぞわり、と悪寒を感じて首を引いた。痛み、わずかに首筋を切られた。斬撃を飛ばした? 否、”射撃”ではなかった。それなら、見れたはず。


「神より賜った能力『空握』は、貴様ごときには理解すらできまい」


 抜刀した刀はすでに鞘に収められている。


「で? 現象さえ理解すればいい。何の力か知らずとも、抜刀しなくてはその能力を発動できまい……!」


 踏み込む。


「馬鹿が……ッ!」


 神速の抜刀。……3連。


「ッちィィ!」


 各所に|角≪つの≫をはやす。喉元、右足の腱、心臓――すべて防いだ。角の半分ほどで刃が止まる。このまま接近戦で潰す! そう決めて攻め込んだ。


「それが――甘いと言うのだ!」


 向こうも歩を進める。死にに来たか! 体中から角を生やし、抱きしめるようにして串刺しにする。


「否! 魔力に侵された廃人などなにするものぞ! 潰れて死ぬがいい、【鋼鉄の処女《アイアンメイデン》!】」

「……『空握』」


 角の一本を止められた。それにつられて全身が中途半端な位置で止まってしまう。これでは隙だらけ、死の気配に背筋が泡立つ。


「……まずい!」

「抜刀!」


 近づかれる。高速の抜刀術が来る。先生のそれに比べれば止まっているようなものだが、今の俺はそれこそ本当の意味で停止している。動けない。

 角の鎧の隙間を縫って致命を与えるは容易だ。


「っおおおお! 嵐よ、敵を打ち砕け――【ストームテンペスト】ォ!」


 魔術――真空の刃で己の周囲を切り刻む。能力があれば魔術など不要と笑った俺を先生は叩きのめして動けなくしてから、淡々と講義してくれた。……感謝しかないな。


「魔術まで使うか――」

「使える物ならなんだって使うさ!」


 出鼻をくじかれ、隙だらけになったのは敵の方だった。

 その隙を逃さず即死の一撃を与えようとして、首を狙って腕に生えた牙を喉元に叩き込もうとする。


「『空握』よ! そして、【切羽】!」


 また、謎の能力に止められる。そして、間髪入れずの抜刀、必殺技――切羽とは首を刎ねる抜き打ちの一閃。角の一つなら切り裂き、喉元を抉る。だが。


「その技は一度見たぞ!」


 見て、そして体勢も崩れていない今ならば容易に防げる。今までと同じならばすぐに能力が解ける。踏み込もうとして――まだ!


「油断したな――喰らえ、【大切断】!」


 能力が解けるタイミングが一瞬だけ遅い。これは、能力を隠していたな。我が隙を作ることを目論んで!


「っく! あああああ!」


 能力が消えた瞬間に後ろに跳ぶ。

 そして角を生やして防御を――袈裟懸けに真っ二つ、何層にも重ねた防御が1枚、2枚と割られる。さらに後ろへ跳んだが、額が割られた。

 が、動くのに支障はない。間髪入れず、であれば死んでいたな。


「しのいだぞ!」


 能力の再使用が可能になるまでの一瞬でカタを付ける!


「そら、すぐに油断する」

「……ッ!」


 反射神経でなりふり構わず右に跳んだ。……首に裂傷が走る。能力を使わない普通の攻撃だった。だが、殺気に反応して反射的に跳んでいなければ死んでいた。訓練が生きたな、と思う。


「これも避けるか。存外しぶといな、人から外れた魔人よ」

「神様には頼らない主義でね。幸運でなく、鬼教官から教えてもらった経験を信じることにしてる」


 とはいえ、もう能力は再使用可能になった。もう一度、あの『空握』をしのがなければ、奴に牙を叩き込めない……!


〈ルート、手間取ってるね〉

「……先生」


〈教えただろ? 誰にも恥じない戦いなんてものをする必要はない。必要なのは勝つことだ〉

「わかってますよ」


〈互いに全力を尽くすほど馬鹿馬鹿しいことはない。勝つべくして勝て〉

「……ッ」


〈ちなみにそいつの能力は空間干渉だ。ありていに言ってしまえば抜刀による斬撃、鞘を握ることをキーに物体を停止するサイコキネシス。能力を使うには一瞬のためとトリガーが必要、三流だね〉


 それを聞いて、奴の『空握』の能力を理解した。そして、勝ち方も。そうだ、今までは相手を屈服させる勝ち方をしようとしていた。

 ――そんな必要もないのに。自嘲の笑みを浮かべて。


「ッおお!」


 無理やり突進する。


「繰り返すか? 愚かな……『空握』」


 力づくで振りほどく。できないことはなかった、今までも。だが、知らず知らず奴の空気に飲まれていた。おきれいな決闘に甘んじていた。


「……斬!」


 間髪入れずに来る攻撃を前に出て受け止める。防御の角を断たれ、腹に喰らって出血する。……が、筋肉を締めて止血する。斬撃ははらわたにまでは届いていない、それは骨ではない。


「さあ、もはや斬撃を飛ばしても無意味だぞ。【散華八連】!」


 縦横無尽。腕、腹、足――それこそ無数に生やした角による多”角”攻撃。ただただ手数と威力で圧殺するだけの技だが……。


「く……おお!」


 速攻。トリガーを必要とする能力など使わせない。腹の傷、全力攻撃による体力消耗により気力が尽きる前に連続攻撃で潰す!


「【鶴翼六連】!」


 多角攻撃からの空間を埋め尽くす飽和攻撃。敵の防御を一つ一つ打ち崩し傷を刻んでいく。


「【紫電四連】!」


 そして、敵防御を完全に打ち崩した。


「【哮臥二連】!」


 相手を無防備にしたところでの神速の斬撃を繰り出す。


「……が。ああ――」


 喉と心臓を貫かれた敵は、抗う間もなく絶命する。息もつかせぬ連続攻撃、最初から攻略方法など考えずに力押しでやればよかった。


「みんなは……!」


 同じように戦っていた仲間たちを見渡す。あれだけの能力者――もしかしたら死者が出ていてもおかしくはない。そこをどうにかしてくれるほど先生は優しくない。


「……死んでない」


 魔力を感じる、ということはみんな生き残ったということ。丁度同じようなタイミングで終わったよう……


「敵が!」


 逃げ出した。いや、先生たちがいる方向に向かっている。同時にぞわりと身体の真ん中を氷の手で握りしめられたような悪寒が走る。


「このおぞましい魔力……『フェンリル』を使うか!」


 どうやら仲間の誰かがとどめを刺すのを失敗したらしい。もう”発動してしまった”。途中で止めても溢れ出した魔力によって空間ごとねじ切られる。

 それは使用者の魔力を汚染、増幅して地形ごと吹っ飛ばす最悪の兵器だ。


〈みんな、そのままでいいよ〉


 通信からルナの声。命令を聞くことは徹底的に教えられた。走り出そうとした足が勝手に止まる。ルナが車両の外に出ている。刀の柄に手を触れている。


「月読流抜刀術――【風迅閃(ふうじんせん)】」


 斬撃が閃いた。

 抜刀術、あの敵とはレベルが違う。だが、あれは接近技――発動したフェンリルは止まらない。ルナは黒い魔力に襲われる。


「……先生!」


 あの暴力的な魔力波動の前には、たとえ完全暴走前で止めて最大威力の1割ほどに抑えたとしても――


「さて、クルテ。君にはあとでちょっと話がある。でも、その前にキャラバンに戻るよ」


 ルナは何もなかったような平気な顔をして、さっさとトラックに戻ってしまった。クルテの肩を叩いて言う。


「気を落とすなよ。あの先生のことだ、罰とか説教ならそう言う。そんなに怒っていないさ」


 まあ、取り逃がしたのはクルテだと言うことは知れ渡ってしまったのだが。

 前方ではB班、C班が待ち伏せていた敵を殲滅し終わっていた。A班、D班のトラックの残骸が転がっている。ひとまずは潜り抜けたらしい――が、死者が出ていないか心配だな。


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