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第51話 死の商人になった僕 side:ルナ


 要塞『グレートウォール』にてドラゴンが二人の少女が死闘を演じた一年後、僕は死の商人と呼ばれるようになっていた。

 滅びに瀕した街に現れては武器弾薬と引き換えに財産を奪い去っていく告死の悪魔。幼女の形をした夜明け団の『窮極兵器』――”それ”はもはや涙すら流さない、幼く冷血な鬼なのだろう、と。


 そして、今の僕はトラックの座席でアリスを抱きながらアルカナに膝枕をしてもらっている。

 結界を応用した空中を走るトラックを使っている。魔力の無駄遣いはなはだしいので、それを使っているのは僕のキャラバンと他にいくつかしかない。一般的でない代物で、高級品と呼ぶにふさわしい速さと快適さを持つ。ま、権力ってやつかな。


「やれやれ、こうしていると暇なのか忙しいのかわからなくなってくるね。ねえ、ルート」


 隣でハンドルを握る彼に話しかける。彼は言うなれば、僕の生徒だ。

 僕の仕事の第一に世界中に武器をばらまき、人類が魔物に対抗するための火力を渡すこと。そして第二、才能あるひよっこどもを一人前の戦士に育て上げること。

 おまけとしてプロジェクト『ヘヴンズゲート』のための資材回収も行っている。


「はは。僕たちの方は気が気ではないですけどね。ここは危険地帯です。今はキャラバンを走らせているだけですが、戦闘が起きる危険が高いと言っていたのはあなたじゃないですか」


 この子は優秀なほうだ。よく生き残った。

 改造人間にするための薬は限りがある。そして、さらにその先に進ませるための資源も。ならば、人間の方を選別する。

 論理的な結論で、そして僕はそうした。そして、残ったのが彼。生き残り、魔人になる資格を手に入れたが、命の危険はこれからだ。なぜなら、僕がそうする。


「まあね。けれど、いつもボスがピリピリしていたら君らも気が気ではないだろ? 気は常にピンと張らせているものじゃないって教えたろ」

「感謝はしていますよ。あなたの厳しい指導があったからこそ、僕は第三ステージまで行くことができました」


「ふふん、トゲのある言い方だね? 1か月の訓練の後、第三ステージに適合できたのは30人中5人。研究者に言わせると、1人か2人が限界だったらしいぜ」

「始めに集められたのは100人でした。そして、30人までに減る中であなたに理解させられました。生き残るには戦うしかないと」


「とはいえ、生き残ったのはたったの5人というわけでもない。運がいい20人くらいは再起不能になって後方任務に従事していたはずだよ。日常生活に支障があるほどの傷もなかったしね」

「……18人ですよ」


「そっか。そうだったねえ。とはいえ、感無量なものがある。あれだけ弱かった君たちがここまで成長するなんてね。それに、君の同期だけでなく僕が育てた者は100人以上だ」

「ルナ・チルドレン。僕も名誉あるその一員になれたというわけですか?」


「それ? 誰が言い出したんだろうね。僕が関わって育てたやつらをそんな風に呼称して」

「扱いにくいって有名らしいですよ」


「酷いね、上下関係はしっかり教え込んだはずだけど――能力者の子は除いて」

「【月光の戦斧姫】カレン・レヴェナンス、【月鏡の魔法姫】スペルヴィア・シュラフト、【月下の猟兵】クーゲル・イェーガー、【月灯の昼行燈】イディオティック・ラーフ、そして最後に【鉄拳】アハト。有名すぎますよ、あなたの言うことしか聞かないと」


「あれ? その子たちには僕の言うこと聞けって教えた覚えもないんだけどね」

「……(そっちかよ)。で、なんで教えなかったんで?」


「そもそも【夜明け団】は組織として完全じゃないんだよね。別に批判するわけでもないし、そういうやり方ってだけなんだけど」

「……はぁ!? そんなこと、全然教えてもらってませんよ!」


「教えることでもないしね。基本的に夜明け団はO5(オーファイブ)が頂点にいるわけだけど、実際は個人で好き勝手してることが多いんだよ。全体でやっていると思っていたことが実はO5の一人が出資した個人的な計画ってことも多い。というか、そもそも団全体で何かをやることはないんだよ。進んだプロジェクトがあれば他が協力する形でね。あくまで団は個人が集まった組織なのさ」

「……それだと、僕らはどうなるんですか?」


「君らはこの先、どこかの要塞に配置されて戦闘任務に就くか、チームを組んで人類の生存可能領域外に出て魔石集めだね。上層部の階級はあってないようなものだけど、実際に働く君らには関係ないよ。配置されたところの上官に従っていればいい。だから言わなかったし」

「じゃ、なんで言ったんです? 僕、たぶんあなたの言ったこと1割もわかってないですよ」


「聞かれたからだね。聞きたいことがあれば聞くといいよ。割と何でも答えてあげる……敵がいつ来るかとかは教えてあげないけど――あ」


〈先生。魔力反応! 上空です〉


 唐突に通信が入った。ルナはそばにあった通信機を掴んで、叫ぶ。今はルナが乗る指揮車両を追いかけるように4両のトラックが2列に走っている。そこに襲撃が来た。


〈C班、上空の魔力弾を撃ち落とせ! 全員、戦闘配置!〉


 ぼ、と上空に赤い弾が浮かび上がり――瞬く間に増殖する。こちらに向かって落ちてくる。

 今の陣形は防御よりも単純に走りやすくするための隊列に過ぎない。ただ荷物を狙った賊ならば、このまま走らせて逃げられるが。さて。

 班はA,B,C,Dとあり、各5人ずつ配置されている。中でも第3ステージは一人ずつ配置した。戦力配置としては単に均等に分けただけだ。この車両にはルナたち3人と横でハンドルを握るルート、荷台にいるエインで5人。”敵”次第では車両の放棄もやぶさかではないが……


「先生、この弾はぶどう型ですね。背後には大きな組織が?」

「弾種は正解。こいつは高価(たか)いからそれを疑うのも悪くない。でもね、さて――今は人類救済軍とか言うのが物資を略奪しまくってる。うちのを略奪しただけというのも考えられるよ。でも、かなりのランクの魔術使いが参加していることは間違いないようだ」


 100にも膨れ上がった紅玉が落下する。あれに直撃されたら、間違いなく運んでいる弾薬に引火してトラックごと吹っ飛ぶ。絶体絶命の状況とも言えるが、まあ


〈先生、A班の配置を完了。迎撃を開始します〉


 魔力を込めたライフル弾がすべての紅玉を撃ち落とした。こちらにも精鋭を揃えてあるのだ。

 ここ一年ほどで銃火器は飛躍的な進化を遂げていた。人類の総体としての数が減った分、争いの種はそこかしこにあり、そのために発展したものの一つがそれ()だった。

 魔物相手には単純にばらまける重機関銃の方が適していたから、人間同士での争いでこそ開発は本格化する。夜明け団とて、研究しないわけにはいかない。


〈よし。機関を停止しろ。B班、C班は歩兵部隊の迎撃に当たれ。第三ステージは待機。他は警戒を怠るな〉


 端末を開き、戦況を確認する。

 僕の感覚は意図的に切ってある。もちろん僕の感覚の方がセンサーよりも優秀だ。けれど、これも訓練。指揮の手は緩めない、けれど他のことはしない。


「先生、止まったら攻撃が!」

「あれだけの兵器を持ち出されたんだ。もっと来るかもしれない。そしたら、どうなると思う?」


「…………ドラゴン!」

「もしかしたら【災厄】も登場するかもね。ま、そこらへんを考えるのは僕の仕事だ。……僕の仕事はそれだけだから、過剰な期待はしないでね」


「……」


 ルートは思い出していた。先任に言われたのだ。ルナが過剰にだらだらしているときは気を付けろと。……敵の襲撃が来るから。なるほど、確かにあった。


「さて、そろそろ敵歩兵が視認できる頃合いか。お決まりの文句は来るかな? あいつら自爆して色々変なものを呼び寄せてくれるけど」

「……ひ」


「そう怯えることはないさ。むしろ、実戦のいい機会ができたと思えばいい。最近、【災厄】はすぐ引き上げる。空気に含まれる魔力濃度が上がったとはいえ、保有魔力はまだまだカツカツなんだろうさ。第三ステージならば、しのぎ切ることも可能と僕は見ているよ」

「……全力で事に当たります!」


 言われたルートはわかっていた。ルナの言う可能とは、死力を出し尽くしたうえで判断を間違わなければ達成は可能ということだ。一歩間違えば死ぬ、そういうレベル。

 ならば、戦いを早めに終わらせて奴らが来る前にこの場を去った方がいい。


「ま、今は気張るな気張るな。今は他の子たちの出番だから」

「……」


 戦況はこちらの有利で推移している。無策で突っ込んできた歩兵を最初の一撃で蹴散らした。今は壊滅して逃げている。


「……ううん」


 だが、ルナは少し首をかしげている。


「どうしました」

「君は別に指揮官じゃないから知る必要もないんだけど。いくらなんでもこれは統率がとれてなさすぎると疑問に思うんだよね。そこら辺の雑兵を集めただけだよ、これじゃ」


「……違うんですか?」

「人類軍……規模がでかくて、しかしその目的はわかっていない。統率も何もない軍があそこまででかくなれるものか」


「色々なこと考えてるんですね」

「ま、僕も上の人間だからね。……さて」


 通信機に向かって言う。


〈A班、そしてD班は上空を警戒。でかいのが来るよ〉


「……何が?」

「これだけの準備。遊びや物乞いじゃない――これは”人”対”魔人”の戦争だ。雑兵をけしかけておいて、しかし雑兵どもはてんでバラバラに逃げ散った。ならば次は気が抜けた瞬間を狙って大規模な攻撃を仕掛けてくるさ。あんな兵器を使ったくらいだ。一発じゃない。なら、叩きこんだ後に能力者で奇襲をかけてくる。それが魔人を狩るには最も効率的」


「やっぱり先生には全部わかってるんですね。魔法でも使ってるんですか?」

「まさか。分かることと分からないことを分けて、その上で確実なことだけ言っているのさ。後はさっさと間違いを正してしまえば、それこそはじめから正解だったと誤解する。指揮官の仕事は自分がやることは間違っていないって顔をすることだしね」


「……なんか、ずるくないですか」

「何を言ってるの? 人間を相手にするとき用にずるい手段はいくつか教えただろ」


「なるほど」

「ま、君も優秀な生徒さ。人間相手に殺し合いやってる中で、こうして雑談に興じられるのだからね。……ッこれは!?」


 ルナは眺めていた端末を放り出して通信機に叫ぶ。


〈A班とD班、弾幕を張れ! B班とC班は投入される敵戦力に対応せよ!〉


「……先生?」

「あいつら、兵器と人員を同時に投入しやがった! 自爆覚悟での奇襲……まさか、そこまでやってくるとはね――」


「え……この反応、巡行鳥!? 奴ら、どこからそんなものを」

「反応は5。おそらく、これ以上の投入はない――か? 巡行鳥なんてもの、そうそう用意できるはずもない。が、それを言うなら始めから5羽も用意するなど……」


 ぶつぶつ呟いて考えをまとめる。とりあえず、基本方針を出さなければ。

 敵の迎撃。……このまま二手に分かれて迎撃するか? いや、遠距離攻撃に優れたA,D班。近距離攻撃に優れたB,C班。このままなし崩しに戦闘になだれ込むのはまずい。


〈魔力反応――大規模爆撃が来ます!〉


 さらなる火力の投下が来た。投入された敵はこれにも耐えられるとみて間違いない。こちらも僕が育てた少数精鋭だ。ただの爆撃でやられはしない――が、これだけの火力を前に、全ての積み荷を守り切ることなど不可能だ。

 ……敵はよほどの準備をしていた。そして、強敵だ。認めよう、君たちは前座でもドラゴンを呼びつけるための囮でもないとね。

 ゆえ、僕が育てた部隊の全力をお見せしよう。


更新チェックに引っかからないらしいので、後ろに置きます。

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