第49話 プロジェクト『ヘヴンズゲート』 side:白露白
酔いそうになる中、30分ほど鳥に乗って飛び続けてどこかの基地へ到着した。
そもそも白露街で幽閉されて育った私は街の外など知らないし、知っていてもあれだけ早くぶっ飛ばされたら現在地などわかるはずがない。
その見覚えのない基地の屋上におろされた。
そこは見るからに厳重な警備をしていた。おそらく要塞としては最高レベルのものだろう。すぐそばにある扉は、私の力でも開けにくそうだ。
……ちなみに鳥達は死んだように横たわっている。疲労の限界まで飛ばしたせいだろう。
「ルナ・アーカイブス。あなたは何をしようとしているのですか!?」
ここまでが計画通りだとしたら”次”のことも考えているはず。……そう、追ってくるドラゴンたちをどうするのか。
姿は見えなくなったけれど、アリス・アーカイブスが持っている魔石がある限りどこまでも追い続けてくる。あの巨大魔石は持っているだけで人を殺し、ドラゴンを呼び寄せる呪物だ。
「O5会議で決定したのさ。まあ、僕らを入れたら8になるんだけど、あの時は賭けをした手前、投票は辞退させてもらったんだよね。ほら、僕なら結果なんてどうとでもできたから、不正防止というやつだよ」
「……何を、言っているんです?」
ルナはにやりと笑う。ば、と大げさに手を広げ宣言する。
「プロジェクト『ヘヴンズゲート』が動き出した。今まではあのトカゲどもが空を支配していた。そう、昔から空は奴らの領土だった。人間は奴らの目をかいくぐって空をかろうじて飛びまわっているに過ぎない。……ゆえ、人間は空をその手に取り戻す。そして証明するのだよ、ヒトは地を這う虫けらなどではないとね。ヒトこそ霊長の長であり、万物の王なのだ」
「うそ。そんなこと、できるはずが……」
そんなことができるわけがない。
ドラゴンが空を支配している。――それは”当たり前”のこと。常識だ。生まれたときからそうで、死ぬまで変わりはしないだろうと思っていた事実。
”常識的”な人間ならそれを考えることもしないはずだ。……自由に空を飛べたら、なんて。
「やるのさ。『軌道掃射砲エーレンベルグ』。莫大な魔力消費がネックとなって開発が途中で頓挫したが、この魔石があれば奴らの城すら堕とせる。天空の城さえ焼き尽くして見せよう。【夜明け団】は3ヶ年計画でもって、このプロジェクトを遂行する」
「……」
なんだそれは。と、思う。
ドラゴン殺し、それは冒険者の憧れだろう。だが、誰が考える? 何百匹もいる、しかも空に住まうそれらを”虐殺”してやろうなど。
なのに、その常識に向かって当たり前のようにつばを吐きかける。【夜明け団】というのは、これだから。……狂ってる。
「もっとも、計画の第一フェーズは君の御母上が成し遂げたわけだが。魔石を確保した功績はテルにある。そして、次は第二フェーズに移行する。ただ確保した魔石を守る必要もあるわけだ。しかし、さすがにドラゴンどもの襲撃を防ぎきれる要塞など存在しない。ゆえ、魔石は隠さなくてはならないわけだが」
扉が開いて、一人の男が歩き出た。白いスーツ。白いシルクハット。……雰囲気が違う。こいつも改造人間か。でも、思ったよりも弱そうだと思ってしまうのは、横にいる化け物に少しでも慣れてしまったということだろうか。
「はい。そのための人間は奥で待っております。どうぞ、お入りくださいルナ・アーカイブス様」
慇懃無礼に頭を下げた。
「ああ、悪いね。別に君が出てくるまでも無かったろうに。……この要塞『グレートウォール』を指揮下に収める指揮官どの」
ルナは当然とばかりに鷹揚に頷き、偉そうに足を進める。まるで自分はもっと偉いとでも言わんばかりの我が物顔だ。……まあ、間違っていないだろうが。
「この段階まで進めば私の出る幕などありませんよ。優秀な人間を揃えましたからね」
そんな態度を幼女に取られても、こちらの男は薄笑いを浮かべている。まあ大体の夜明け団の人間なら、こいつが人間じゃないことくらいわかっている。姿形が意味をなさないことも。
しかし、薄ら笑いを浮かべたこの男――その笑みの裏側、腹の奥ではいったい何を考えているのやら。
「なるほど。では、君の手腕を見せてもらおうか。もっとも、目で見れるのは封印作業になるか。外壁は全て封鎖するんだろ? この子は退屈しそうではあるけれど」
「……別に、私を気にする必要はありませんよ」
「いや、気にしてないよ。支障があるなら言ってほしかっただけだし。そもそも君の異能は強力だが、君自身は別に強くない。その様では何もできないけど――あまり秘密兵器というものは他人様に見せる物じゃないと思うんでね。そこらへんはどうだい、指揮官どの」
「問題ありませんよ。子供が一人見学する程度ならかわいいものです」
「そう。じゃあ、この子も連れて行こうか。……ッ! ドラゴンが来たね」
「そのようです。ですが、ご安心を。すでに我々の切り札――ルビィ・アダマント並びにサファイア・アダマントが出撃しています」
「……ああ、なるほど。かわす気だね」
何か勝手に納得した。私がハテナを浮かべているのを見て取ったのか。
「ああ、わかりやすく説明しようか。この要塞にはもちろん迎撃装備がある。大砲とか、爆撃装備を搭載した強化鳥とかね。壁には見た通りに魔術防壁が張ってある鉄壁だ。ま、悲しいかな。防御なんてものは土台、そこまで信頼できるものでもないけど――そもそも、こいつらは今は使わない。あのトカゲどもは魔力に反応して襲い掛かってくるからね、ここで魔力を使いまくって何匹か倒そうとも後続が来るわけだ。だからこそ、少数精鋭で先発隊を相手にして足止めする」
わざわざ解説する。……私は聞いてなどいないのだが。
「……そう、うまく行きますか?」
つまりは時間稼ぎ、と。ずいぶん消極的だ。しかも、増援は無限にくる。相手の数を絞る代わりに、討伐数は稼げないのだから。
「あいつらはトカゲだよ? 人間なら対策そのものにさらに対処するなんてことができるけどね、トカゲには足止めされていることに気付く知能すらないさ。それに、うまく行かなかったら行かないで、それなら普通に防壁と大砲、そして爆撃で対処すればいいだけの話だ。だろう、指揮官さん?」
「ええ。まあ、いきなりそのような最終手段には踏み切りませんが」
「それなら、そうならないように祈っておこうか。で、この中だと様子は見れる?」
……いつの間にか、物々しい扉の前に来ていた。それは要塞の奥深く、隠されるように、封印されるように作られた神殿だ。
神々しさよりも、まるで化け物の顎の中にいるかのような禍々しさを四方から感じる。
「……これ、は――」
「我々の誇る魔導強化術式です。術者を”繋ぎ”強化する秘密兵器。あれだけの魔石に封印処置を施すには、ただの一流では不足なのですよ」
中心地には一つの空のポッドがある。
そして、その周りには人間が文字通りケーブルに”つながれて”配置されていた。ケーブルは衣服の下に消えている。けれど、その生々しさは布の下を連想させるには十分すぎるほどに痛々しい。
「確かにね。【災厄】の魔石……それは人間が扱うには少々厄介に過ぎる。ちょっとくらい強化した? そんな程度でどうにかできるわけがない。なぜなら、【災厄】は人が何千、何万人集まろうと、ただ虐殺されるのみの文字通り厄災なのだから。古来より自分の身の上には降りかからないでくれと願うしかなかったもの。ただの魔石となってすらも人の身を侵し殺す劇物。”こう”までしなければ封印などできやしない」
ルナは笑みを浮かべている。計画は順調に進んでいると、余裕の表情をしていた。
「……そんな。じゃ、この人たちは」
「さてさて。無事で済みましたら外科手術の後に、後方任務に従事といったところですかな」
「え? ……それなら、無事に済まなかったら――」
「廃人になるか、魔力に体を食い荒らされて死ぬだけだ。無事に済んだとしても、外部からケーブルで無理やり魔力供給なんて無茶をするんだ。二度と魔力を扱うこともできないだろうね」
「……ルナ・アーカイブス! あなたは、それを正しいことだとでも!? そんな――そんな、仲間を犠牲にするようなことを。この人たちは……!」
「それしかないのなら、やるしかないでしょ?」
「ふむ、ルナ様。彼女には辛いようでしたら別室を用意させますが」
「ん? そうだね、その方がいいかもしれないね」
淡々とした様子で話を進める彼女たちが異世界の人間に思える。……そう、こいつらは魔人、改造人間。……人間じゃない。
そして、アーカイブスの二人は哀れな犠牲者に一瞥すらくれずに主を見ている。他人に興味を持つどころか、認識してすらいない。ただただルナについているだけだ。
「居ます! 私はここで見届けます。あなたたちのやり方が正しいのかを」
誰か、ちゃんと人の心を持った者が見守ってあげないと。でなければ、この人たちが――かわいそうだ。
「だってさ。指揮官さん」
「そうですか。私といたしましてはどちらでもよいのですが。しかし――正しいのかはわからないと思いますよ。成功するか失敗するか、結果は常に二択です」
「ゆえ、成功させるためには非道でも行う、と。中々に合理的だね。僕は合理的な人間は好きだよ。それが手段のためのいいわけでない限りね。ああ、僕は常々疑問に思っていたんだ。”手段を選ばない”とは何なのだろうかと」
「一般的には、正しくない手段を使うことを言いますね。ええ、その意味では我々は手段を選ばない。……犯罪組織ですしね」
「しかし、それは成功のためにならば好まざる手段さえも使うということだ。非道を好んで行う場合――いや、その場合ですら非道な手段を好みで選んでいる。”かわいそう”などといった理由で対策を行うことができない従来の意味とは対極とは思わないかな。……だって、選んでいるだろう? 我々も、唾棄すべき犯罪者も手段は選んでいる。合理か趣味か、理由は違ってもね。なぜそれが手段を選ばないなんか言われるのか、僕には全くもってわからない」
「……ただの慣用句でしょう。変なことを気にしますね、ルナ・アーカイブス」
やはりこいつは変人で奇人だ。通常の人間性とは一線を画す。
「いやいや。ここには悪意が籠められていると思うんだよ。選ぶことのできる人間を貶めてやろうという悪意がね。選べる、選べない――印象が悪いのは”選べない”だろう」
淡々と話をしている。理性的で、くだらない話。
「なるほど、ではルナ・アーカイブス様。我々は”手段を選ぶ”と。非道でも、目的の達成のためには仕方なく」
「そう。けど、仕方なくというのは忘れてはいけない。犠牲がない道を模索し続けなくては、ただの外道に堕ちるからね」
「なるほど。心に刻んでおきましょう。……始めろ!」
魔力が満たされ、ケーブルを通して術者に注がれていく。びくびくと、陸にあげられた魚みたいに震え始める。もしかしたら、防衛設備を使わないのはこれに魔力を使うからかもしれない。
「よろしければこちらを。戦況の把握ができます」
映像が空中に投射される。人間が二人。……魔物を召喚して戦っている! だが、ルナ・アーカイブスに驚いた様子はない。……何かしらの手段で最初から見ていた?




