表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/362

第48話 ドラゴンの脅威 side:白露白


 私の名前は(シロ)。意味は何もない白紙なのだと、姉であり母である人から教わった。ずっと、閉じ込められて育ってきた。上を見ても横を見ても岩ばかり。地下に作られた牢獄が私の住処。それは、きっと仕方のないことなんだと思う。

 ――私がお外に出たら、ぜんぶ壊してしまうから。


「へえ、なるほど。純粋に身体強化を強化するのか。テルと似通ってはいるね」


 声が聞こえてきた。音がしなくなったから、あの【災厄】は母様が倒したんだと思う。母様はそのために生きている人だった

 けれど、この人は誰だろう? いや、”ここ”は禁忌の地。来たのが母様でないとしたら。


「母様の……敵」

「やあ、テルのいも……。いや、娘と呼んだ方がいいか。君の母親の頼みでね、君のことをお願いされてしまったんだよ。それと――別に僕は敵だったつもりはないよ。もっとも、味方だったつもりはもっとないけどね」


 けらけらと笑っている。何が楽しいのか……少しカチンとくる。母様が死んだのに。あの強力な異能の波動が尽きるのを感じていた。


「……なんで」


 そいつを睨みつける。私と同じくらいの年齢をしているけれど、きっと違う。【夜明け団】の魔人、きっと長年を生きた老獪で人を人とも思わない奴に違いない。


「さっき言ったでしょ。お願いされたんだよ。まあ、その様子じゃまともに能力を扱えてなさそうだしねえ。そこは僕が教えておかないといけないかな。ま、その後は夜明け団のところに預けるさ」

「……私は、ここから出ちゃだめだから」


「飢え死にするだけだよ? 君みたいな幼い娘がそれは哀れに過ぎると思うね。それに――」


 近づいてくる。年の頃は、もしかしたら向こうの方が小さいかな? 近づかれて分かったが、背丈は私の方が少し上だと思う。そいつはなんの警戒もなく、歩いてくる。


「だめ。私のそばに来ちゃ……ッ!」


 手を振ろうとして、そばの壁に触れてしまった。滅茶苦茶にえぐれて、散弾と化す。

 これが、出歩けない理由だった。別に壁でなくとも地面でもやってしまう。『力が強くなる』異能。だから、人と関われない。制御もできないから、ここで朽ちるのが私の未来と諦めていた。


「まあ、こんなものでも一般人には危険が過ぎるか」


 刀の柄で叩き落とされた。背筋がすっと冷めた。速すぎる。……この人、強い。きっと、私よりも。あのまま首を刎ねることもできたに違いない。


「力が強いだけじゃ意味がないぜ。自分で制御できもしないものに戦力を期待しても無駄――ま、テルの見解も正しいけど、それもやり方次第だね」


 この人は何を考えているんだろう。期待するわけでもなく、路傍の石ころを見るかのような目をしている。興味本位、ですらない。


「さ、ついてきてね。ここで教えを付けてあげたいのは山々だけど、僕の方も予定が押してるんだ。だから、君にもついてきてもらうよ。どうせ、当てなどないだろう?」


 聞いていながら聞いていない。答えなんて期待していないのだ、この人は。全部自分で一人で納得してる。


「さて、理解してもらえたようだ。では、まず野暮用を済ませてしまおうか」


 大きい人、とはいってもここにいる人の中では、の話だが――その女の人に腕を掴まれる。思わず握り返してしまったがびくともしない。普通は潰れたトマトみたいになるのに。


「ま、大人しくしておれ。目につかなければ壊すこともせんよ」


 物を見るような目。物を運ぶかのように連れ出され。


「……う」


 悪寒がする。この先に待つもの。ひどく悼ましい魔力。人間の根源的な本能に刻み込まれた恐怖。


「あ……ああああ」

 

 考えてみれば当たり前の話。この街には、いや――街などなくなった跡、この更地には人類の安寧を守護してきた”灰”はない。隠すものはなく、そして大きな”かがり火”がある。

 莫大な魔力波動を発振する巨大魔石がここにある。それは【災厄】の遺産。人類にとっての宝となりえるが、それ以前にそいつはやはり災厄なのだ。


「ひぃ……うわ……わ……ああ!」


 ならば、あれらが来るのは必然。人類から空を奪ったもの。光を奪い、灰の内に未来を閉ざしたもの。人類の天敵。ヒトを狩る魔物。【災厄】とは異なる、もう一つの絶対的絶望。ヒトはそれをずっとずっと恐れてきた。それの名は――


「……ドラゴン!」


 ドラゴン。龍だ、空を飛び、地を這う虫けらをその強靭な足で踏み潰し、劫火でもって焼き尽くす。それがいる限り、決して人類に安息は訪れない。 

 恐怖でもって空を見上げるしかない。そう、人類はすでにして空を閉ざされていた。


「は――。はははっははっはっは! ああ、面白い。貴様らにこの我が殺せるものならやってみろ駄トカゲどもが!」


 血だらけになった小さい塊が見える。ルナと同じような年頃の少女だ。戦場には似つかわしくなく、血にまみれてなお凄惨に嗤う顔は悼ましいとしか言いようがない。元は可愛らしかったのであろう少女。だが、あれは。


「魔人? 夜明け団(ドゥーン)の――」


 そうだ。あれは人ではない。話に聞く錬金術によって生まれた体を操る人の道を外れた外道。人の身を捨てて力を求めた愚か者。


「ひひ――たかが4匹程度か! は。加勢するならしとけばいいものを。やはり頭は畜生にも劣るなぁ、トカゲどもォ!」


 とてつもない速度で振り下ろされた前足をよける。

 続いての尻尾の攻撃を跳んでよける。そこはドラゴンの羽の上。他の3匹は攻撃できない。そこから思い切り頭を殴りつけた。

 拳はすでに砕けていてボロボロなのに、その子は笑っている。


「魔物などと、物の数では――っぐ」


 一瞬、動きが止まった。ゆえ、空中に無防備に投げ出される。

 ドラゴンがハエを潰すかのように両前足で潰そうとして、それをすかさず他のドラゴンの背中に飛び乗って転がることで避けた。

 しかし服が、そして肌がずたずたになっていく。ドラゴンのうろこはそれだけで凶器だ。モミジオロシにならなかったのは一重に少女の並外れた身体強度のおかげだろう。だが、それも――死がわずかに遠のいたに過ぎない。


「はは。感覚がなくなってきたな――ッ!?」


 彼女は魔石を小脇に抱えている。ドラゴン達はあれを狙っているのだ。

 けれど、渡すことはできないから必死に逃げ回っている。ジャンプした。だが、なぜか……ジャンプしたその先にはドラゴンが。見ていたはずなのに。瞳はそれを追っていた。


「――ギ! ガ! ガ。アアアア!」


 ドラゴンがその剛腕でもって少女の肉体を叩いた。肉が潰れる音がここまで届いた気がした。それだけで、人は死ぬ。

 あれだけの改造人間であろうともドラゴンの前では獲物になり下がるのだ。かろうじて生きてはいるが、地面に叩きつけられればもはや助かるまい。


「……よ、と」


 いつのまにか移動していたルナがキャッチしていた。どういうわけか、衝撃は完全に殺された。彼女を優しく地面に横たえる。……ぼろぼろだが、生きている。


「……でも。なんで? なぜ――かわさなかった?」


 ルナはいい。あれがそもそも異常な存在であることはわかる。

 けれど、戦っていた少女――彼女はドラゴンの行動をその目に捉え続けていたはず。血が目に入った? まさか、そんな今更。なぜ喰らったのか。

 ……緊張の糸が切れた? そんな風にも見えなかったが。


「さて、トカゲ。君たちの演目は終了だ。さっさと巣へお帰り?」


 ルナはけらけらと笑っている。アレの性格は見てれば分かる。あの少女の綱渡りが見世物として面白かったとかそんなことだろう。見るべきはあれの力。


「……やれやれ。言葉を解さないか。早死にするよ? いや、もう遅いか」


 吠えて、とびかかろうとした一匹のドラゴン。首が落ちて死んだ。……見えなかった。速すぎる。何をした? 手には刀。刀を出した瞬間はわかった。けれど、いつ斬った?


「ふふん。月読流【鎌鼬(カマイタチ)】さ。ま、なかなかの斬れ味に仕上がったろう?」


 ば、とドラゴンが翼を翻す。

 あれらも理解したのだろう。近づけば死ぬ、と。ゆえに、空からの攻撃を選んだ。それは脅威だ。空から攻撃を仕掛けてくるものに対して有効な手段など、ほとんど皆無である。


「……大人しく巣に帰るなら見逃してあげたのに。月読流……【(シャ)】」


 構えを取った。そう思った瞬間、ドラゴンの首が吹き飛んだ。……刀を投げやがった。てか、どんな威力だ――あれは。刺さるどころか、首ごともぎ取っていった。

 そしてルナは、ぐ、と全身をバネにして力を貯めて飛ぶ。


「ほ」


 飛んだ先、ドラゴンに捕まっている。

 ……普通じゃない。あの身体能力ならばドラゴン相手だろうが飛び移れるだろう。――しかし、奴はジャンプした先で勢いを殺すため、頬を手刀で貫いて口に手を突っ込んで歯を握って止まりやがった。

 どれだけ痛いのか、吠えて、叫んで、暴れようとして。だがその前にルナに拳で頭蓋骨ごと脳髄をカチ割られた。


「はい、終わり」


 再出現させた刀に柄。それぞれを投げ、残り二匹の頭蓋を貫いた。血まみれのまま、軽やかに着地する。


「……ふぅ」


 ルナはぶるぶると犬みたいに身体を振って、全身についた血が落とした。もう死闘の影すら残っていない綺麗な服が残るのみ。

 血を吸い込みなどしない、あれはアーティファクトだ。


「がんばったね、レン。おやすみ、君のお役目はひとまず満了だ」


 ぼろぼろの少女の頭をなでる。


「……で、君だ」


 そう言って、こちらに向かってくる。びくり、と体が震えた。……化け物過ぎる。


「あなた、一体……?」


 バサ、と音が聞こえた。バサバサ、と羽音が連続する。


「あ……え……?」


 たくさんいる――ああ、そうだ。

 こいつらの脅威は強さじゃない。強さ単体であれば、地に足を付けていればという条件付きであるが……A級の冒険者であれば倒せないことはない。

 同士討ちでも、倒せたということにはなるさ。一頭、なら。


 バサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサ……


「ドラ……ゴン……」


 音が連続する。何十頭いるのだろうか。空で無数のドラゴンたちが待機していた。ああ、あの少女がトカゲと言ったのも納得。あれだけいるのなら、数に任せてただ圧し潰してしまえば犠牲は出なかった。

 4頭も殺されることなく、そもそもあの血だらけの少女一人に何分もかけることはなかった。知能がないとか言うのも納得できる。


「……ルナ・アーカイブス――あなたは、これをどうしようと?」


 まあ、もっともこの化け物には……そう、笑い飛ばせるようなたやすい状況なのだろうか。ああ、今もにやにやと笑っている。


「アルカナ、そのまま頼むよ。アリス、これを持っててくれるかな」


 魔石を投げ渡す。近づいた人間いともたやすく呪い殺すそれを。純粋な高濃度魔力はそれだけで毒なのだから。

 もっとも、化け物の仲間が人間であるはずもない。ただの玩具かのように無造作に持っているし、毒に侵される様子もない。


「さて、今日の戦いは終わりにしよう」


 ジャンプした。……中途半端。ドラゴンたちに届くまでもなく、地上は遠い。


「な――なんで!? 自殺、そんな」


 わざわざ身動きが取れない空中に身を晒すなんて信じられない。

 しかも、私は大きい女につかまれて身動きができない。一緒に空中に放り出された。ドラゴンがブレスを吐けば焼け死ぬことは確実だ。

 死は覚悟していたが、そんな死に方はごめんこうむりたい。


「少し遅かったが、まあ許容範囲内と言ったところか。お仕事ご苦労」


 風にさらわれた。

 そう思ったら、とてつもない速度で飛んでいる。……高速巡行鳥。人一人を乗せて余りあるほどに大きく、速力を魔導で強化した鳥――こんな軍事兵器まで用意していたのか。


「……嫌味な奴」


 全部計算通り、というわけらしい。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ