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第47話 黒い雨(後) side:ルナ


 人類では撃退不能なはずの【災厄】を、あまつさえ優位にさえ見えるほどに軽やかに葬っていくテル。たとえベルゼブブの僅かな一片でしかなくても、それは人類未踏の偉業だった。けれど――


「おや? あちらさんの動きが変わってきたね。やはり、知能があるか」


 その戦法ももう通じない。パターンに嵌めたら勝てる、などというような簡単な相手ではない。通じないとわかれば、対応する。それが【災厄】の怖さ。

 旧来の魔物には無かった知恵。NPCじゃない、そいつは人間と同じく学習する。


「これ……は……」


 テルは唖然としている。当然だ、散っていたベルゼブブが集まって人型になってしまった。しかも、黒い靄状……おそらくは群体としての性質も失っていない。


「……なんにせよ、やるだけです」


 真正面から突っ込む。何度も繰り返した光景。

 そう、見せかけてスピードを上げて背後に回り込む。知恵があるなら、逆にそれを利用するだけだ。こちらを見ているなら、視線誘導の業が効く。


「白露流舞踏術、【(かんぬき)】」


 この戦いで初めて技を使う。鎧抜きの一種……というか上級互換だ。鎧と中身両方に衝撃を与えて砕く”殺し技”。必殺の一撃のはずが。


「……」


 ”そいつ”が嗤った気がした。


「……っな!?」


 手で受け止められていた。振り向く時間は与えてなかった。

 奴の体の”前後”が入れ替わったということだ。考えてみれば当たり前。ハエの一匹一匹が黒い人型を作り出しているのだから、そもそも前後という概念が通用しない。


 ぶんぶんと耳障りな音が鳴る。【災厄】が手を手刀の形に作る。人類最高峰の結界をあっけなく破った攻撃が、文字通り”束”となってテルを狙う。

 そして、彼女の腕は数匹のハエに掴まれていた。……逃げられない。


「そんな――そんなことは、生者にでもしていろ!」

 

 叫んだ。テルの人生はここで終わり。すでにして取り返しのつかないダメージを負っている。

 だからこそ、自分が作られた目的は果たす。でなければ、生まれた意味がない。そんなことになるくらいなら。


「腕の一本位など!」


 手刀で自らの腕を切り落としてこの状況を脱する。すでに死を覚悟した身。もとよりこの戦いから生きて帰る気などないのだから。


「っが! あああああああ!」


 能力の使用を加速させて、相手の攻撃が届く前に懐に潜り込む。速く、速く、速く――


「ぎ! が! ぐぎ――」


 歯が砕けるほどに噛みしめる。ぎりぎり。


 腕の筋肉が負荷に耐えかねて潰れる。ぷちぷち。


 内臓が悲鳴を上げて震えてちぎれる。ぐちゃぐちゃ。


「は――白露流……舞踏、術。……ッ【(こう)】!」


 決死の反撃、照の抜き手により【災厄】の腹に大穴が開く。とてつもない攻撃力だ。

 それと引き換えにその抜き手自体も見るも無残に潰された。異能に体がついていけない。一切構わん、と特攻じみた一撃を放つから自らの身体をも破壊してしまう。


「ま……だァァァァ!」


 ガリリ、と何か薬物を噛み砕いた。見る間に手が再生していく。……が、あれは格好だけだ。手のようなカタチの肉塊ができただけ。

 しかし、それで十分ということだろう。今のテルなら、末端がどうなろうと体幹のみで業を十全に振るえる。


「……! ……! ……!」


 さすがの【災厄】も戸惑っている。あんな人間(化け物)がいるなんて、驚きだろう?

 今の彼女はただ一人で【光明】どころかレーベとクロイツのコンビですらも超える人外だ。人外の息もつかせぬ連撃で【災厄】の体にいくつもの大穴が開いていく。


「 」


 ぶわん、と【災厄】ベルゼブブが散っていく。勝った? そんなわけがない。”これではダメだ”と、そう学んだ。……ならば、次が来る。


「球……そう来ますか!」


 いくつかの球体に分かれた。大小さまざま――効率のいい直径を考慮するには知能が足りないようだ。けれど、これは厄介。目に頼っていないからと言って、人間の脳は数十の塊を同時に知覚できるわけもない。


「……【咆】ッ!」


 一つの球体に狙いを定めて抜き手で撃ち貫く。それしかない。

 けれど、今度は高速で動く球の一つ一つが別々の意識をもって襲い掛かる。今度はテルのほうが”穴あき”になってしまう。


「それが――どうしたと!」


 さらに速度を上げた。……なんで生きているのかわからない。テルの身体はとっくに限界を迎えている。意識を保つ脳の部分でさえ超スピードにやられてスープになっている。潰れた筋肉を無理やり動かすのとは違う。あれでどうして――まだ戦える?


「殺す! 殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」


 動き続ける。ぐちゃぐちゃになった手を、潰れて使えなくなれば薬物でめちゃくちゃに再生させて、それを繰り返す。


「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」


 うわごとのように繰り返す。そして、あるとき足が食われた。理性を失って獣のように動いていたから、こうなるのは不思議ではない。痛み? 意識が戻ったのか目に光が戻る。だが。


「ふざけるな! 私はまだ戦える。戦えるんだ。動けぇ!」


 ぶつりぶつりとテープが切れるみたいに断続的な動きだ。神経でも切れたのか。 

 腕が食いつぶされた。

 腹の右半分が食いつぶされた。

 足が食いつぶされた。

 反撃に振った最後の手も喰われた。


 これは――だめか、と僕は見切りをつけようとする。

 もはや逆転の手段などない。これで終わり。でも、まあ――【災厄】の弱体化には成功した、か。もっとも、僕が見た限りこの街に志を受け継いだ人間はいなかった。13代目が最後だった。

 【災厄】の傷が癒えれば、テルの健闘には何の意味もなくなる。


「……」


 テルがむくり、と起き上がった。身体の7割を虚無に喰われたゾンビじみた状態で。


「――え? まさか」


 ばん、と地を蹴って走り出す。血みどろで、そもそも筋肉の存在しない穴あきの骨で走る。どこかに落とした腕を振るう。


「異能。特殊な魔法が使用者の意思を上回った? 極大化した魔法に人の意識が取り込まれて、無理やり寄生して身体を駆動させている……そんな、そんなことが」


 信じられない。だが、現にこうして起きている。”魔法”とは、それは僕が考えていたよりもずっと奥が深い。いや、”闇”が深い。……闇? 


「ああ、面白いね。人の意志とは! 奇跡とは! 僕は君たちを寿ごう。なあ、【白露街】――その化身よ。かつて国を堕とされ復讐を誓った怨嗟の集積にして後継よ。さあ、今こそ僕に長きに渡る嘆きの結末を見せてくれ」


 ああ、ならば納得だ。13代分の怨嗟の果てが生み出した異能。そんなもの、闇を凝集させた、それ以上のナニカに決まっているじゃないか。


「GIIIIIGAAAAAAA!」


 人なるざる咆哮で、全てを轢き殺す疾走を敢行する。

 建物を砕いて粉砕しながら、その速すぎる動きから発生するソニックウェーブが破片すらも砕く。……こんなもの、こんなもの――どちらが【災厄】なのか。


「汝が深淵を覗くとき、深淵もまた汝を覗いているのだ。テル、君たちは復讐のために自らもまた”そう”なることを望んだんだね」


「RUBIIIIIIAAAAAA!」


 最後の一匹まで絶滅させた後には、白露街と呼ばれたモノの痕跡は何一つ地上に遺っていない。すべて砕かれ、破片まで粉砕された。

 だが、まだ終わらない。まだ怨嗟はこの世に残っている。対象を殺したからと言って止まれるものじゃない。……暴走する。


「復讐の終わりは、新たな復讐の始まりとはよく聞く言葉だけれど。チガウね、これは魔王を殺した勇者は魔王となる絶望の連鎖か」


 そうだ、あの”異能”はまだ死んでいない。今はここを更地にしたことで落ち着いているが、このままでは、すぐそばを通った人間から発する魔力を感知して襲い掛かるだろう。

 それは、新たな【災厄】の誕生だ。


「それはうまくない。全然物語としてなっちゃいない。終わりがあってこその”物語”だろう。終わりのないループなど、そんなものは邪道だぜ」


 アルカナの結界を壊して外に出る。

 動くものを見つけて、テルだった成れの果てが襲い来る。


「月読流抜刀術――【風迅閃(ふうじんせん)】」


 こいつは人間の使う武術とはそもそもにして異質のものだ。

 究極にして絶対、概念でしかありえない”完全”の具現。歴史ではなく、演算の果てに最適化された最速にして最迅、最強の一閃。

 理論値の一撃は『加速』すらも超え、テルだったものを切り伏せた。


「こうなりましたか」


 首だけで転がったテルが僕の方を向く。血は出ていない。もはや人間とは呼べないものになり果てていた。ここに居るのはこびりついた残留思念に過ぎない。


「意識が戻ったの? びっくりだね」


 その状態で生きてるのも、ね。


「……ベルゼブブは倒せたようですね」


 更地と化した街を横目で見て、言う。少し先には目立つ黒い塊が圧倒的な存在感を放っていた。……人間大の魔石。

 こいつはこいつで新たな災厄をもたらすのだろう。古今東西、大きな力とはそういうものだ。


「そうだよ。君たちの願いは成就した。おめでとう」


 ぱちぱち、と拍手する。


「ありがとうございます。あなたに祝われても、まったくもって嬉しくありませんが」

「……勘違いしないでね。君は生きれるわけじゃない」


「そんなことは知っています。今の私は能力にこびりついた残留思念のようなものです。……本来なら、打ち捨てられ消えていくはずの残骸」

「君はよくやったよ。今だから言うけど、まさか本当に倒してしまうなんて思ってなかったんだ」


「でしょうね。あなたはそういう人だ」

「ううん、あまり分かったようなことを言われるとその――なんだ、少しむかつくね?」


「気にしないでください。それと、最後に頼みがあります。賭けに勝ったのですから、それくらいは聞いてくれるでしょう? あなたの性格上」

「うん、何かな? 生き返らせて、なんて言われてもそんなことする気はないけど」


 今のテルを生き返らせるのは、実のところ可能だ。所詮は魔人の系譜、【夜明け団】で採取された生体データと【箱舟】の技術があれば、”新しい肉体を作って脳を入れ替える”のは十分可能だから。


「妹をお願いします」


 真剣な顔で言った。冗談など欠片も含まれていない。……心からそれを真摯に頼んでいる。この僕のことなんて、大嫌いなのだろうにね。


「……妹、ねえ。ああ、地下にある弱い生命反応のことか。いいよ。しかし、まあペットか何かかと思ってたよ。封印するなんて、ひどいことをするもんだ」

「……」


 くすり、とほほ笑んで――そのまま動かなくなった。


「さて、レンちゃん。僕は地下に向かうから、それ見張っといてね」


 魔石を指さしてレンに任せ、僕はまだ形が残ってる地下へと足を踏み出した。テルの最期の願いを叶えるために。



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