第41話 腕を失った魔法使い side:ルナ
僕は、虚炉と二人きりで料亭に来ている。誘ってきたのは彼女の方だ。なにやら皆に散々心配されて少しうっぷんが溜まっていたようで。
「へえ、なかなかよさそうなお店だ」
「そうでしょ? お気に入りなの。私、あまり甘いものとか派手なものとか苦手で」
「そうだね、エナはどこでも溶け込めるけど、君は奥手なタイプだね。おしゃれな喫茶店には入れないタイプだ」
くすくすと笑う。虚炉とはこんなふうに話したことはなかったな。結構長い付き合いな気がしたけど、実際は一週間ほどで移動中も話に花が咲く雰囲気はなかった。
「うん。ルナと少し、話をしたかったの。――ああ、お世話はいいから」
ついて来ようとする店の人をそう言って断る。
店員たちは虚炉の腕を見て、戸惑っている。冒険者はいても、あまり手足を欠損した人間はいない。それは、そんなことになったら普通は死ぬからだ。
小さい傷は無数にあっても、大きな傷跡というのは実は珍しかった。珍し気に見られるだけで、だからどうというのはないのだけれど。
「虚炉に手伝いなんか必要ないよ。それより案内してもらえる?」
あ、はいこちらです。と案内される。店員はやはりちらちらと虚炉をうかがっている。……袖のところがぺたんと無くなっている、失われた腕を。
「……で、わざわざ二人きりになった理由を聞かせてもらってもいいかな」
おいしそうな料理が並んでいる。懐石料理で、しかも個室だ。
【光明】は人気者で――しかも金持ち。魔石は文明の礎となる唯一のエネルギー資源。しかも人類の生存圏外で活動しているものだから稼げている。この程度の贅沢なんてなんでもない程度には。
「ふふ。ルナは――私のこと、同情しないよね」
「……されたいなら、してあげるけど」
「ううん、逆――ちょっと、九竺がうざったいのよ。お世話焼こうとして、うろちょろと。……責任感じちゃってるみたいで、ね」
「そう。でも、レーベだって同情しないんじゃない?」
「あいつには……腕の移植を断ったら異星人でも見るかのような目で見られたわ。まあ、異星人から見た地球人なら、異星人には違いないでしょうけど」
「キツい言い方だね。まあ、しょうがないと言えばしょうがないね、皆もそうだし。僕はどうなのかな?」
「だって、あなただって……いえ、あなたはアレらとは違うわ」
「そう? まあ、彼らとは違うけどね。ま、事情は分かった。僕だったら気を使われないから食事に誘ったというわけね」
アリスとアルカナに至れば、人間などもう虫けらと同列だろう。僕の機嫌が悪くなるから態度には出せないけど。
「まあ、そういうことなんだけど」
「あいつらだってそのうち慣れるさ」
パク、と山菜をあえたものを箸でとって食べる。うん、おいしい。
「実を言うと、うんざりしてるの。それで、ちょっと不安に思ってたり」
フォークを浮かして同じものを刺して口にする。表情に変化はそれほどないけど、口は小さく弧を描く。
……サイコキネシス。純粋魔力を衝突させて物を動かすこと自体は簡単だが、口の中に食べ物を放り込むよう調整するには気の遠くなるような精密制御が必要だ。ただの魔法詠唱者が見たら、その技術に腰を抜かすだろう。
「そう。けれど別に、能力的には以前と変わりがないんじゃない?」
「そういうわけでもないの。前も持ってなかったけど、杖がもう持てなくなったから。アーティファクト級の杖があれば魔法を強化できた――はずだったのよ」
「持ってなかったじゃない。ああ、義手ではどうかならないもんなの?」
「魔法を使う感覚がずれるから義手は無理よ。アーティファクトを着てもそれはただの鎧だけど、義手は体の一部だわ」
「へえ。理解はできずとも、そういうことがあるのはわかるよ。でも、それ以外に何かありそうだね? 戦闘なんて創意工夫で何とかなる。本当に悩んでるのはもっと別のことだろ」
「責任を取るって言われたの」
顔を伏せて、悲しんでるのか照れてるのかわからない顔をした。
「……せきにん? なんの。あと誰に」
「九竺に、よ。婿の取り手がいないなら、俺が……って、ね。そんなこと言われて、嬉しく思う女なんていないわ。なんて、ルナにはわからないかもしれないけど」
「いやいや、わかるさ。好きな男は自分の魅力で落としたいって話だろ?」
「……ッ!」
カタン、とフォークが落ちた。顔が見る見るうちに赤くなる。
「な……ななな――なんで」
「あれ、その反応。ホントに好きだったの?」
「……かまかけたの!?」
ずい、と顔を近づける。対面にいるわけだけど、腕があったらバンと机を叩いていたところだろう。
「アイツはいい男だしね。惚れる気持ちもわからなくはないさ」
「……え。まさか、ルナ。あなたも――」
「僕は違うよ? 僕の好みはかわいい女の子だから」
「……くす。そうね。ルナはまだそれでいいと思うわ」
友達感覚と思われたようだ。まあ、確かに自分が恋してるかどうかは僕にはまだわからないところだけど。それに、外見年齢で言っても恋とかはわからない年齢なのは確かである。
「じゃあ、虚炉はあいつのどんなところを好きになったの。うん、こういう話をするのはお茶じゃあれだね。料亭らしく、ここは日本酒でも――」
手を叩こうとして。
「それはダメ」
下ろした。
「あれま残念。別に僕はお酒を飲んだところでどうこうはないよ? その気になれば毒の無効化もできるしね」
「それでもダメ」
「取り付く島がないね。諦めようか」
とりあえず、鍋の中身をつつく。何の肉かは知らないけど、お肉もある。つゆにつけて食べる。うん、おいしいね。
「――何の話だっけ?」
「虚炉が九竺を好き、という話だよ」
さりげなく突っ込んでみた。
「……っふあ! え――」
恥ずかしさがぶり返したらしい。少しは赤みが抜けてきてたのに、また真っ赤。うん、他人の恋路ほど面白いものはないというのが少しはわかる。
「で、どこが好きかを虚炉は答えなきゃいけないんだ」
断言する。そんな理由はどこにもないけれど、ね。
「ええ!? えと、あいつの強さにあこがれて、仲間にしてもらえて。始めはただの憧れだったけど、才能があったみたいで魔法の腕がどんどん上がってくうちに隣に立てるようにもなって。あいつの隣で戦ってるうちに、なんか通じ合ってる気が、してきてね」
もじもじしながら、消え入りそうな声で呟く。その顔は照れてて、そして幸せそう。
「通じ合う? ふふ、仲いいんだね」
「そ、そんなことないよ。あいつ、戦い以外のことはてんでだめだから。戦うときにしたって、私が合わせてあげてるだけだし――」
「傷ついてほしくない。違うか。好きな人のやりたいことなら、全力で応援してあげたいってことかな。やけるね、お熱いことだ」
「……っな! ち、違うわ。有名になってきたから、今更やめるわけにもいかなくってずるずるとここまで来ちゃっただけだし」
「そうだとしたら、【災厄】との戦いで生き残れるわけないし、あの【雷黄】に斬られたときに死んでいたはずだよ。絶対に負けられない理由があったから戦えたんだ。でなければ、こんなに危ないことになる前に逃げてるよ」
「そ、そんなこと……九竺のそばで戦いたいだなんて――そんなこと……思って……」
「そんなことを思ってるんだ。へぇ、乙女だね虚炉」
「……ひゃん! そういうこと言うのやめて。恥かしくなってくる」
顔を真っ赤にしていやいやと首を振っている。
「そういうところ、九竺に見せたらイチコロじゃない? かわいいよ、虚炉」
「そんなこと、恥ずかしくてできるわけないでしょ!?」
「だめだよ、九竺みたいな奴は心に決めたら馬鹿正直に生きるんだ。他の女に告白されて、OK出しちゃったらもう曲げないぜ」
「……それなら、諦めるわよ」
「そんな声出しても説得力ないよ。虚炉はかわいいしね。ちょっと甘えてやるだけで男なんてすぐになびいちゃうよ。負けるのを考えるのはまだ早いさ」
「……そんなの、私のキャラじゃないよ」
「わかってないね。普段そういうことをしない女の子がそういうことをするからヤバイ威力になるんだよ。ちょっと上目遣いにかわいく”お願い”なんて言えば、九竺なんてすぐに引っかかる。断言しよう」
「で、できるわけ……ない」
「ま、有名になっても冒険者稼業を抜けてない九竺ならぽっと出の女に一朝一夕にどうにかされることはないと思うけどね。じゃあ、アレだ。課題を出そう――なに、一晩いっしょに寝ろとかそういうのじゃない」
「当り前よ! というか、ルナ――女の子がそういうこと言っちゃダメ」
「ま、気にしないでくれ。僕も自分の身体は大切にする。……二人でデートくらいは進めておいてね」
「デ。ででで……デー。デート?」
「そう、デート。九竺の奴は鈍感だからね、荷物持ちと言えばついてくるさ。食料品とか旅の準備じゃ駄目だよ。そうだね、服を見繕ってもらうのがいいと思うよ。旅装じゃなくて、ちゃんとしたお洒落なのを、ね」
「……なんで、ルナにそんなこと決められないといけないのよぉ」
もう泣きそうだ。もうちょっといじめていたい。
「ふふん、僕は虚炉の恋を応援してるんだよ? アドバイスには従いたまえよ」
「ルナ、子供じゃない。男の人とデートしたことあるの?」
「あるわけないじゃないか」
男の人なんて死んでもごめんだ。そして、前世では悲しいことに女の子ともなかった。まあ、今日アルカナとアリスで町を回ったこともデートと言えばそうなのかもしれないけど。
「じゃあ、ルナにだってわからないじゃない」
「男のロマンならわかるよ?」
「……それで、どうしようと言うのよぉ」
「甘いね、こういうのは言ってしまったもの勝ちだよ。それに、振られたら振られたで押し倒して既成事実でも作ってしまえばいいのさ。恋は戦争と誰かが言っていたしね」
「恋なんかに、そんな振り回されたくないわ」
「一時の熱に振り回されてしまうのが人間というものさ。食事も終わってしまったし、そろそろ終わりかな」
「そう――ね。あなたと話せて、落ち着いたわ。……それ以上に動揺させられたけど、ね」
「どういたしまして。朗報を期待しているよ」
けらけらと笑って見せた。




