第37話 侵攻
「……む」
ぽわぽわしているルナを眺めていたアルカナが眉をひそめる。アリスは、ルナの意識がないのをいいことにルナの膝を枕にしている。
アリスについては街の事情など完全に我関せずだ。感知できないわけでもないが、人間には興味もないらしい。
「どきなさい」
扉の前でたむろしていた男たちが一瞬で昏倒する。
できませんでした、などと言えば言い訳も聞いてもらえずに怒鳴られるような哀れな下っ端たちが、どうしようもないから未練がましく扉の前に居座っていたのだ。
「聞こえていますか? 聞こえているなら開けてもらえると嬉しいのですが」
聞こえるはずがない、がアルカナは外の情報を収集している。
彼女はふむ、と考え込む。キスから半日ほど経ってもいまだにトリップしているルナを起こすかどうか。別に怒られはしないだろうが――少し、気が引けてしまう。
とはいえ、そいつを無視したことになっては本人が気にするだろう。人間の人格に興味はないが、ラベル分けのように見分けることはできた。
「ルナちゃん、レーベが来ておるぞ」
アルカナが触れた肩がびくりと震える。戻ってきた。
「あ、アルカナ。うん、わかったよ、少し準備があるって言っておいて」
頬を染めて、ちらちらとアルカナの顔をうかがいながら、しわになってもいない服をちょんちょんとつまむ。恥ずかしそうに、けれどちょっぴり浮かれながら仕度をする。
「どうも。では今後のお話ですが」
ルナは集中できない様子で、ちらちらとアルカナを見ている。そして、時折目が合っては顔を赤らめて目を伏せる。……くちびる、柔らかかったな――などととりとめのないことを考える。
「うん、もう今日だよね……?」
どうにか、思考を桃色から通常に戻す。この身体ならばたやすいはずなのに、なかなか難しい。痛覚を消すのは一瞬でも、もやもやを振り払うことはできない。
「ええ、上層部では意見のまとまりが取れずに今もなお会議中です」
「ああ。そうだよね、あれで意見がまとまる方がおかしい」
くるくると、自分の透き通った淡い紫の髪を指にまいて手遊びしている。……レーベとしてはいまさらそんな少女のような真似をされても反応に困るのだが。まあ、気にせずともいいだろう、視線はアルカナに向いていると判断する。
「あなたに何とかしてもらうとか言うふざけた主張が通りそうでしたよ?」
「あは。そうできる状況を作れたならしてあげてもいいけどね。どうせ奴らは丸投げだろ?」
「ええ、この街には防衛計画などないも同然ですからね。兵の配備すら手配していないようで。ええ、頭の痛い問題ですね」
「……それはさすがに遅すぎやしないかな。始まってからで間に合うものだとも思えないけど」
「練度次第、とだけ申しあげておきましょう」
「それじゃ――」
出し抜けにサイレンの音が鳴る。不安を掻き立てるような――人の鳴き声のような。これは感傷に流されてるのかな。
「おや、これは」
「始まりましたか。【光明】の方々と合流する必要がありますね」
「いや、集まってから向かう時間はない。直接向かうよ」
準備は何も終わっていない。けれど、とりあえず動くことにした。
そして、風見町を覆う『壁』に到達するころには全員が揃う。魔力を隠さなければお互いに簡単に発見できるから合流は簡単だ。
「レーベ、状況を確認しよう。敵が来るまでの時間は?」
場を仕切るのはルナ。レーベとしては光明に仕切ってもらいたくはないし、光明は犯罪者集団の最右翼などに指示されたくないだろう。
「最前線が到達するまで、おおよそ1時間と言ったところですか。それから順次、中級が到達するまではさらに1時間と言ったところでしょうかね。……これはあくまで目安ですので」
「待て、早朝に強い魔力反応が確認された。そいつはどうなってやがる?」
「……そちらは完全に未知、ですかね。まあ、あれだけ馬鹿でかい魔力反応なら魔法を使うまでもなく感知は可能です」
「なら、突っ切ってボスを始末するよ」
言ったルナに視線が集まる。先の理由で、彼女が作戦を提示するのが最も軋轢が少ない。皆もそれを分かっていて、あえて作戦内容については言及しない。
「ボスは【光明】に任せる。僕ら三人で魔物を突っ切り、ボスのところまで届ける。そのあと僕らは邪魔者を排除して、中級魔物も片付けておこう。レーベとクロイツは適当に左右から魔物を狩ってくれるかな?」
実のところ、このパーティが内部分裂していないのは目の前に迫った危険があるからである。でなければ、【光明】と【夜明け団】は即座に激突していた。
英雄の一角、そして人体実験を行う秘密組織の改造人間との相性は言うまでもなく最悪である。
「俺らは何も問題はねえよ」
「何かあれば動かせていただきます。構いませんね? ルナさん」
わずかな殺気をにじませる。交渉術で、異論は挟ませないという意思表示だ。もちろん、ルナも分かっている。ゆえに適当な指示をして独自の動きをする余地を残したのだ。
「もちろん。けれど、過剰な干渉をするくらいなら周りの雑魚に狩ってね?」
求める役割など、最低限中級を狩ってくれればいい。それ以上と言ったところで、馬鹿げた下級の数を減らすのは難しい。ならば、自分と夜明け団を使って下級以外のすべてを根こそぎにする。
ならば、街も生き残る目はあるだろう。
「いいでしょう。では――」
「「「作戦開始」」」
即座に二人は姿を消す。魔人と足並みをそろえることなど望めない。
「なら、光明の皆は僕たちの後ろについててね。……あまり、余計な消耗をしてほしくないからね」
そうして、僕らは走り出す。
「……ふ!」
目の前の黒い犬を切り飛ばす。両断された体躯は一瞬で塵と化し、魔石を落とす。
「けど、拾っている暇なんてないね」
高速の一閃で三匹をまとめて塵に変える。一振りにつき、3匹。これは、さすがに効率が悪い。あまり数が削れない。
「アルカナ、アリス……横を頼むね」
やはり、街を僕らの手で救うのは無理だ。豆腐を切るかのように魔物は切り裂けても、超広範囲魔法は使えない。いや、ルナ・アーカイブスにはできなくても、終末少女のルナならば5km四方を草木一本生えない削り滓に変えることは可能ではあるのだが。
けれど、それをやる気はないのだ。
「ま、生きるも死ぬも自己責任。助けてくれる神なんていないさ。……あの人たち、どうしてそんな簡単なこともわからないんだろうね」
下級は街の人に任せよう。僕らはもう動き始めてしまった。だから、考えるのは区切りがついてからでも遅くはないだろう。
「……ルナちゃん?」
「なんでもないさ、エナ。君たちは来るべき戦いに備えてもらわないと」
少し走って、三人合わせて数十は倒した。ここに来るまでに100は倒している。――が、焼け石に水か。重要なのは。
「見つけた」
中級魔物を壁に近づけさせない。上級魔物はまだ動いていない。そして、中級が数多く存在するここは中間地点と言ったところ。まあ、もっとも――
「」
中級、下級などは街の戦力で対処可能かどうかを分ける便宜的な名称であって、僕たちにとってはただの雑魚。一緒くたに始末できる存在でしかない。だから、ナイフを投げるだけで倒せてしまう。戦いになどならない。
「中級魔物はおよそ100近く。さすがにこいつらを通しては街の人たちがかわいそうかな」
飛ばしたナイフで三。とはいえ、銃で倒すのも難しいはずだ。壁も一発とはいかなくとも3発か4発でぶち破れる。魔力を感じるに、遠くではレーベ達が手早く中級を片付けている。この分では僕たちの担当は残りの三割くらいかと算段をはじき出す。
魔物で埋め尽くされた道を踏破し、しかし特に何事もなくボスのもとにたどり着いた。
〈来たか、人間。――我は滅び。――我は力。――我は人界に仇なす二振りの剣。勇気ある者よ、恐れずしてかかってこい〉
小さな体躯に二振りの刃を構えている。……シルエットがあの子だ。これは、僕が直接改造していたらまずかったかもしれない。いや、危ないところだった。セーフセーフ。
「……ッなんつぅ圧力だ。ルナ、手筈通りに」
「りょーかい、さ」
さあ、本番はこれから。……僕は鑑賞に回らせてもらうよ、中級は始末しておいてあげるから。
〈……名を聞こう、勇者〉
魔物は不動の構えをとき、一歩を踏み出す。
「俺たちは【光明】だ。覚える必要はねえ、お前はここで倒す」
こちらも構えた。今のアーティファクトの状態では一撃喰らっただけで死にかねない。装備は万全とは程遠いのだ。
〈勇ましいことだ。……我が名を魂に刻み、冥府へおもむけ。我こそは【雷黄のツヴァイシュヴェルト】。雷速で敵の命を刈り取る双剣使いなり。いざ、参る!〉
尊大な口調。しかし、その背景には強大な身体能力、そして魔力がある。それは強引で大振り、おおざっぱな一撃。しかし、それは大地すら割る脅威の一撃に他ならない。
「っさけろ!」
それは今の傷ついたアーティファクトで受け止めきれるようなものではない。5人、散り散りになってかろうじてかわした。
「……あの【災厄】ほどじゃねえとはいえ、きついか」
「だが、あの嬢ちゃんに頼るのは男が廃る。合わせろ、九竺! 【昇天撃】!」
「おうよ、【雷牙】!」
ガントレットと剣が奔る。
〈――それで、我が体に傷をつけられると?〉
二本の剣、それぞれで両名の攻撃を受け止められた。しかし。
「受け止めるってことは、受けるとまずいってことでしょ?」
絵奈利が糸で敵を縛り上げる。わずかではあるが、動きを止められる。あの時、鉄すら溶かす炎の中では使えなかった術。
「虚心流――【首飛ばしの太刀】」
そして、必殺の一撃が飛んでくる。
「っちィ!」
その魔物は力技で無理やり二人を押し返し、刀を回避する。
「……っやれ!」
「言われなくても――【封印結界】、そして【炎熱伝道場】!」
結界にとらわれ、その中に火炎柱が上がり爆裂する。5対1、数の差を存分に生かしたチームワークが生み出す怒涛の連続攻撃はしのぎ切れない。
〈……なるほど〉
炎が切り裂かれる。ゆらりと姿を現すその所作にはダメージは見受けられない。だが、それも……
「……効いてるな。災厄とは違う」
見れば、焦げはないがわずかに輪郭が崩れている。これだけでは何十発と当てる必要があるだろうが、攻撃が通用するというだけで【災厄】戦とは大違いだ。そう……
「これなら倒せる」
安堵した。ルナの”槍”がなくても撃退は可能だと。が、しかし。
〈あの結界、魔法の威力を上昇させるのか〉
雷黄が虚炉のほうをギロリと睨み付けた。実際は閉鎖空間での爆発による威力の向上だが、現象そのものの解釈としては間違っていない。結界が張られ、爆発が起こる前に斬ればいいのだから。
〈そして、連携。貴様が鍵か。ならば――お前から殺す〉
全員に緊張が走る。安堵は一瞬で打ち砕かれた。確かに災厄とは違って攻撃は通用する。だが、こいつはこちらの動きに対応する。
……こんな魔物など知らない。知能があり、しかも”学ぶ”魔物など。
「っこいつは――ッ!」
ここで殺す。殺さなければならないと理解した。いまだ、学び始めたばかりのところで殺すべきだ。これだけの力を持ち、人間と同等の知能まで手に入れたら……それは手の付けようがない。ならば――
〈――ッ!〉
「くぅ。っらァ!」
雷黄が放つ超絶の斬撃を九竺は辛くも対処する。鉄の壁ていどなら粉々に砕いてしまうほどの暴力を――壊れかけ、そして片方だけの双剣で受け止める。
「……ぎ! ぐがあああああ!」
全身の筋肉が断裂する。血が沸騰して弾け飛ぶ。土台、大地を砕く一撃を人の身で受け止めるなど不可能な話。しかし、成し遂げてこその英雄であればこそ。
「……やって、やれないことなど――あるものかァ!」
受け止め切った。目の前が真っ赤になり、全身から異音が聞こえてくる。しかも受け止めた剣が砕けかけている。全霊で強化したとはいえ、よくぞ持ちこたえた。
〈受け止めたとして――それでどうにかなるというのか、人間〉
しかし、現実は非常だ。この魔物は双剣使い。片方防げても、もう片方がある。九竺は剣一本を受け止めるのに精いっぱいで動けないのに、もう片方の剣が持ち上げられた。
「教えてあげる。戦場の一瞬は命取りよ?」
動きが止まる。影縫い、本当に一瞬だけ動きを止める絵奈利の魔法。
「その瞬間を待っていた。馳走、虚心流――【首飛ばしの太刀】」
狙いすました刀の一撃が、魔物の双剣その片方が腕ごと落ちる。
「くたばれェ!」
そして、霊の拳が頭を砕こうとして――からぶる。腕を切り落とされたのに動揺が浅い、回避された。
〈受け止め、急所を狙う。学んだぞ〉
そう、それは――”肉を切らせて骨を断つ”というもの。実は回避も十分可能なタイミングだった。それでもあえてかわさず、九竺の命を狙いに行ったのだ。
魔力の消耗と引き換えに身体を再生できる魔物とはいえ、よくも。更に言えば気にしないのとも違う。受け止めたうえで急所を狙いに行った。止まった剣に雷光が走る、九竺の剣に刀身が埋まる。斬られる。
「くそが!」
そのまま刀身が両断される。もう耐えてはくれない、元から破損していたアーティファクトでは。
「……九竺!」
命を奪われる瞬間、誰かにどんと突き飛ばされた。
「な――虚炉!」
ざん、と虚炉の両腕が切り飛ばされた。それは、九竺の命を奪うはずだった一撃。
「……あ。ああああああああああああ!」
悲鳴が響く。二本の腕が切られた。こう書くとそれだけの話だが、この斬撃は技術のかけらもない振り下ろし。力技でぐちゃぐちゃに押し潰すそれだ。
端的に言えば錆びたのこぎりで引きつぶすようなものだ。その激痛は想像を絶する。
〈逃したか。一部の損傷と引き換えに生命線を守る、と。覚えたぞ〉
「――覚えんでいい!」
霊の一撃が今度こそ魔物をとらえ、飛ばしたすきに輪廻が高速の斬撃で足止めする。
「虚炉、なんでこんな真似を――」
九竺が虚炉を抱えた。
「ばか。私は魔法使いなんだから、腕を失ったって……ギィィ!」
自分で傷口を焼く。ルナが使ったようなポーションなら傷も回復できる。しかし、そんなものはおとぎ話にのみ存在するアイテムだ。……頼りたくない、という思いもある。あんな、小さな女の子に。だから、こうする。二目とみられない傷口を遺しても、戦場に立ち続けるために。
「……九竺、さぼっちゃダメ。アレは、ここで殺すよ」
立ち上がる。顔色は最悪。当然だ、傷口を焼きつぶして止血した。麻酔もなしに、拷問じみた強引な治療を敢行した。自らの手で己を焼くという狂気に一歩踏み込んだとしても。
「私もやる。できるよ、だから」
霊、そして輪廻の動きを学び終わった【雷黄】は二人をやりすごして九竺を狙う。……あくまで狙いは九竺。そういったところが、幼稚。臨機応変にはできないという隙がある。
「あなたは下がってて」
あれを殺すと虚炉は決意した。そうしなければ先へは進めない。撃退ではだめだ、ここで殺し切る。英雄のサガ――自分の弱みを許せない。それは一つの精神の病なのかもしれない。
九竺が目の前の現実にショックを受けて足を止めたとしても。……自分が先に行けば後から追い越してくる奴だと信じている。
「……おい、ま――」
「撃ち貫け……【炎熱徹甲弾】」
〈このような小細工を!〉
雷黄は集束した火球を無視して突っ込む。当然直撃して胸に大穴が開くのだが、回復能力で即座に損傷を埋めて九竺に向かってとびかかる。
「私も、忘れないでよね。【ナイトエッジ】」
エナの必殺の一撃が敵の身体を9つに切り裂く。攻撃の劣る彼女の攻撃がそれだけの効果を発揮したのはすでに敵が弱っているから。それでも――死には至らない。
ヒトへの恨みを糧とし、殺すことのみを目的としたモノ。それが魔物であるのだから――退きはしない。ただ殺すのみ。
〈これで、終わりだ――人間〉
敵が九竺のもとに到達する。双剣を振り上げる。……剣を失った九竺に対抗手段はない。それでも諦めることはない。
「っぐ! が!」
渾身の力で飛びのいた。それでも胸を切り裂かれた。けれど――かろうじて、死ぬことは免れた。が、もはや九竺は死に体。自力では動くこともできない。
敵が繰り出す次の攻撃はかわせない。
〈ち、とどめはさせなかったか。しぶといな、だが――〉
「殺させないよ、もう一度【炎熱徹甲弾】」
虚炉の放った炎弾によって黄雷の頭がはじけ飛ぶ。しかし、即座に回復した。魔物に脳はない、身体を削られようと繕うことはできる。けしてダメージがないわけではないけれど。
〈終わりだ。……貴様もな〉
必殺を期して振り下ろした双剣。
「させない……!」
けれど、絵奈利に受け止められた。不可能だったはずだった。敵はかばう彼女ごと殺すつもりで剣を振るっていた。それだけの斬撃を繰り出したはずだった。
〈ばか……な〉
理解できない。計算には入れていた。あれの力では、受け止めきれずにターゲットごと切り裂けたはずなのに。
「俺たちの仲間を甘く見るな。虚心流――【首飛ばしの太刀】」
戻ってきた輪廻の一撃が首を刎ねる。その首はそのまま煙のように消滅する。今度こそ、復活できない。残った体はだんだんと風化して、消えていく意識の中でその魔物は最後に理解する。
(そうか。傷を受けるということとはこういうこと、か。ダメージを負った分、にぶった。まなん、だ……ぞ――)




