第36話 不意打ちのキス side:ルナ
「むぅぅ……」
僕はアリスを抱えて布団の中に居る。……やる気がしない。街が亡ぶまであとわずか、その貴重な瞬間にやることが街内での政治活動とは。
「あー。ルナちゃん? 九竺とかの手伝いはしなくていいんかの」
んー。めずらしいね、アルカナが他の人を気に掛けるなんて。この子たちは僕ら以外のことを虫か何かくらいにしか思ってないようだったから。でもね……
「僕がやることなんてないよ。あいつらがやってるのは無駄な会議とお偉方のご機嫌取りくらいだ。終わった後のことしか考えてないのさ。まともな頭があったら、レーベの方にでも武器をねだりに行くよ。今必要なのは兵と火器を充実させることだから。でも――彼らはこの事態を解決しようだなんて考えていない。解決されたあとの利権にご執心なのさ。けれどね、僕がやるのはあくまでお手伝いていどなのさ。彼らが期待を寄せる〈問題を解決してくれる誰か〉に、僕はなってやらない」
ぐで、と体を伸ばす。ううん、布団の中が気持ちいい。しかも、アリスと一緒で、アルカナの膝枕。こんな幸せは他にないのではなかろうか。
「そうだ、僕が英雄譚の主人公を張るなんてありえない。自分を助けるのはいつだって、自分だけなんだ。それができないなら、死に絶えてしまえ――」
つぶやいた。
「……ルナちゃんがそれでいいなら。でも、ううん――少し、アレかもしれんの」
アルカナは思案顔。何をそんな心配しているのやら。心配しなくても、 【光明】は僕が改造した魔物なんかに負けたりしないし、この街が亡ぼうとそれは僕の知ったこっちゃない。自己責任だ、僕はママなんかじゃないからね。
「そう、もうどうでもいいんだよ。扉の前にいる人なんて、放っとけばいいのさ」
ガンガンとうるさい音と叫び声がする。それは、扉の前に来た男たちが叩きまくっているからだ。ドシンドシンという音はもうやんだ。体当たりで扉を破壊するのはもう諦めたらしい。
「不快なら消してしまうが?」
「だから、放っておけばいいんだよ。でも、そうだね――うるさいから音を遮断できる?」
「うむ」
音がやむ。結界はこんな使い方もできるようだ。もっとも、現在の人類では到達できない領域の魔法ではあるけど。
「……ふみゅ」
本当にやる気が起きない。別に眠気があるわけではないけれど、べッドから起き上がる気がしない。手持ち無沙汰にアリスの手をいじくる。
「……ひゃわ。あ、ルナ様」
ちょっと手がアリスのきわどいところに当たってしまったみたい。顔を赤らめて、なんだかかわいい。
「……えい。えいえい」
わきばらをつんつんとつっつく。アリスはさらに顔を真っ赤にして身をよじる。けれど、離れようとしないし――僕の手を掴む力は弱々しい。ただそえているだけ。
「ひゃん……きゃ! あぅ……ひゃああ」
弱々しい抵抗。楽しくなってきた。
「るーなーちゃん」
「うん、なぁに? アルカナ――」
頭を両手でつかまれて上を向かされる。
「……ちゅ」
キスされた。
「……え?」
やわらかい。女の子の身体の柔らかさはよく抱きしめてるから知ってる。けど、これは別次元の柔らかさ。顔が――熱くなる。
「ふみゃ……ああ……」
ぺろりと前歯をなめ上げられた。驚いて口を開けると、舌を差し込まれる。くちゅくちゅという音が響く。
「んく……ちゅ……ん……」
世界が甘く溶ける。溶かされる。頭が真っ白になって、感じるのは舌先の体温だけ。身体が金縛りになったように動かない。
「は……ん……んあ――」
キスは何秒? もう、何もわからない。
ルナはキスされた衝撃でぽけっとして、何もわからない。その目は風景を移していても焦点が合っていない。声が聞こえていても理解できない。
「……アルカナ。なにを、やったの?」
だから、底冷えするようなアリスの声も耳に入っていても認識することができない。
「何を? まあ、一般的に言ってキスというものではないかな」
アルカナの方は、からかうような笑みを浮かべている。そして、それ以上に幸せそうにゆるんだ顔をしている。
「ルナ様がしろって、いった?」
「お願いされてはおらぬなぁ。やるなとも言われておらんが」
「ふざけないで。ルナ様がおこらないのをいいことに、かってばかり。……あまり、すきかってにしてると――けす、よ」
「くっく。こわいこわい。じゃがなぁ、アリスよ――当のルナちゃんは〈皆、仲良く〉がお気に入りじゃ。殺し合いなんぞすれば、嫌われてしまうかもしれんのぅ」
「……ッ!」
アリスはギリリ、と歯ぎしりをする。
その視線は絶対零度とでも表現できるもので、この世界の人間程度なら今の彼女を見たらそれだけで精神が壊れてしまうほどだ。この町が死の町になっていないのは、アルカナの張った結界のおかげに他ならない。
その結界にしても、ルナの願いを叶えるためのこの世界では存在しえないレベルの高位結界だ。それほどでなければ、無関係の他人を巻き込んで呪い殺してしまうほどの殺意を込めた視線だった。
「まあ、言い訳としては色々あるんじゃがの。ルナちゃんの機嫌が悪いから他の連中がこの町を滅ぼそうとしておったり、の。だが――まあ、の。キスをする必要なんて、別にないしの」
韜晦するようにつぶやいた。殺気を受けるアルカナはひょうひょうとしたものだ。当然だ、同格の存在であるのだからそれくらいは受け流せるし、できる。
「……なにか、いった?」
「いやいや、独り言じゃ。別にいいじゃろ? ルナちゃんの機嫌も、よくなったどころか――ほれ、とても嬉しそうにしておるぞ」
「……ッアルカナぁ」
「そう恨めしい顔をするでないよ。キスをしたければ、すればいい。ルナちゃんも拒みはせんよ。ただ、まあ――おぬしが望まれているのは”純真”じゃからなあ。純白でいなければならぬとは、難儀なことよなあ」
「それいじょう、いうなら……」
「安心せいよ、別にわしは独り占めしようとは思わん。その方がルナちゃんも幸せじゃろ?」
「……」
「じゃが、な。ルナちゃんはよくわしらの望みを聞いてくれるじゃろ? だから、な――わがままを言ってもいいと思うのじゃよ」
「そんな、かって……」
「勝手でも、一番になりたくなったのだよ。なあ、アリス。わしはお前のライバルになることを決めた。……お前はどうじゃ?」
「……」
アリスはアルカナを静かに睨み付けている。
そして、ルナは放心して指で自分の唇をなぞったりしている。




