第35話 愚民ども side:ルナ
刺さった剣は重要な臓器をいくつか傷つけていた。……これは致命傷と言っていい。小さな体からどくどくと血が流れ出し、地を赤く染める。
刺さった剣を引き抜かれ、体は力なく地に落ちた。
「……馬鹿が。お爺様に逆らうからそうなるんだ」
頭を蹴られる。唾まで吐かれた。
「ねえ昴さん、こいつら、やっちゃっていいんでしょう」
横で身を寄せ合って震えるアルカナとアリスに下種な視線を向ける子分ども。その服は安っぽい派手さがあるが、質は良い。
高ければ良いという、成金の思想が透けて見える。金に飽かせて買ったものだろう。おまけに銃がぶら下がっているのまで見える。
「こいつら、冒険者なんだって?」
「ああ、そうだぜ。前の女はすぐに壊れちまったからな。今度は長持ちするといいけどな」
「お、そっちのちびは置いとくとして。……こっちは偉いべっぴんじゃねえか。クスリ使ったらどんな具合かねえ。おお、楽しみ楽しみ」
「いや、俺はあっちのちびっこいのがいいな」
「よく言うな、このロリコン野郎がよ。また首絞めすぎて殺すなよ」
「へへ、手加減するって。あー、こんなカワイ子ちゃんの目ん玉に折れのマグナム突っ込んだらどんな具合かなー」
「おいおい、お前ら。まずは俺が味見してからだろ、お前らはこっちのガキで遊んでろよ」
げし、と蹴りつけた。
「おいおい、レディに対してずいぶんと非道じゃないか」
そして、”僕は後ろから声をかけた”。
「――ひ!」
まるで幽霊を見たかのような顔で剣を投げつけて来る。僕は飛んでくる剣を二本の指で挟んで止めてそのまま捨てる。
「おやおや、ずいぶんとびっくりした様子だね? それとも、冒険者を不意打ちしたくらいで殺せると思っていたのかな。それは浅はかだね。どうせ、君たちがいつも相手にしているのなんてお爺様とやらが金で買った女くらいのものだろうに」
ため息をついてやれやれと首をふる。
「うわ。わああああ!」
子分どもは脱兎のごとく逃げ出そうとして、足を取られて転ぶ。幽霊だ、などと騒いでいる。腰が抜けて、ひどくみっともない有様だ。
「あ……ひ! うひゃ。うひぃぃぃ」
そして、転んだ男の中でも一人、血が抜けて真っ青になっているもう一人のルナに足を掴まれているのがいる。半狂乱になって口の端から泡を吹きながら地面をひっかいている。
「ぎゃあああ!」
そして、他の男どもも悲鳴を上げる。倒れたルナの体から無数に伸びた鎖が取り囲んでいる――逃げられないと悟った絶望の声が上がった。
「いい出来だ、アルカナ」
そう、これらはすべてアルカナの仕業。血を操り、好きなように変形させる能力のちょっとした応用に過ぎない。もしかしたら吸血鬼よりもスライムに近いかもしれない。
「君は、僕にこんな風に剣を突き立ててくれたんだっけ?」
投げつけられた剣を蹴り上げ、柄を持つ。リーダー格の男の腹に突きつける。
「……ひ! やめてくれ。……あ、そうだ――金! 金なら払う! お爺様に言えばいくらだって用立ててくれるから!」
「はは、面白い冗談だ。だが、2日後には跡形もなくなっているものに興味はないね」
そう、魔物が来れば街は燃える。あれが長では乗り切れないと確信している。いくら銃があれば怖くない野生動物程度の魔物でも、持久戦はつらい。相手は1体ではなく、5000だ。
統率とか、失敗の連鎖とか。破滅へのきっかけはいくらでもあり、それをどうにかできるだけの能力などあれらにはないだろう。
そして、コイツはそれ以前の問題だ。女に乱暴することしかできないクズなど、戦力として不要だろう。
「え?」
少し剣をずらし急所を避けて、間抜けな顔をしているそいつの腹に刃を叩き込んでやった。何か引っかかる感じがするが、刃が欠けようと構わず力でねじ込んだ。
「うん――質の悪い剣使ってるね。できそこないでも使ってるの?」
「がは……あが――」
ぱくぱくと口を動かして、もはや言葉をしゃべれる状態にない。
本当に弱っちいという感想しかない。せっかく臓器を外してあげたんだよ? なら動けよ、痛みに耐えれば別に無茶でも無謀でもないだろうが。
【光明】ならそのまま戦うさ。新城君にしたって……この程度の傷は止血して普通に戦えるはずだ。
「そ、それは組合長様が作った最高傑作とかいう剣……なんて使い方を」
おや、下っ端の一人が頼みもしないのに教えてくれた。組合長、鍛冶組合の――だが、あの老人はこんなものしか作れないのか。
あの議論を潰す手腕だけは認めざるを得ない。しかし、それ以外についてはお察しというところか。……仕事しろよ。いや、政治をしてるのかな?
「そりゃ」
掛け声とともに、剣を刺したまま切っ先を地面に引っ掛けて、てこの要領でへし折った。なんて脆い剣だ、使い方が間違っているとはいえこんなものを実戦で使いたくはない。
「……ッ!」
子分たちはドン引き――というか、まあアレだね。死刑執行を待つ顔かな。
「そういえば、君たち自慢げに話してたね。女の子をどうした、とか」
半狂乱になって鎖を何とかしようと暴れ出す。リーダーもずりずりと這いずって逃げようとしている。いや、走れば? 走っても鎖は抜けられないけどね。
「何を逃げようとしているのかな?」
がつ、と剣を蹴って杭のように地面に縫い付ける。折ったけれど、標本のピンくらいの役目なら果たせるさ。
「自分がしたことを、ちょっと経験させてあげようというだけじゃないか。紳士なら、何も問題ないよねぇ」
がくがくと蒼い顔で首を横に振る。実際にやったこと、自分がやられたくはないだろう。こんな暇と金を待て余した馬鹿どものやることは予想がつく。どうせ、苦しませて殺すだのに快感を感じていたに違いない。
「君たちは、ああそうだクスリ決めたとか言ってたんだっけ。なら、怪しいお薬を飲んでもらおうかな。だいじょうぶさ――適合すれば腹の傷も治るさ」
そいつは血を流し過ぎてもはや死に体である。急いで治療する必要があるだろう。逆に言えば、治療すれば命に別状はないくらい軽い傷。なら、問題ないよねえ。
”人を人外に変える”施術に支障はない。うまく行けばレーベ同様に魔人になれる。でも――
「僕としては、君がシチューになっても全然かまわないんだけどね」
「……ひ! うわ――やめ、やめろ……やめて……許して」
「君はそう言った子を許したかい?」
アンプルを差し込もうとしたとき。
「さすがにそこまでよ」
止められた。まだ会議に出ているはずだが、騒ぎを聞きつけたか。
「……エナ。なんで止めるの?」
「止めるに決まってるじゃない。あなたは何してるの?」
「ちょっと殺されたんでね。仕返しさ」
つい、と腹に大穴を開けて大量の血をばらまいて冷たくなっている僕の死体に目をやる。まあ、それはアルカナの作った偽物だが。
「それでもダメよ。あなたはもう冒険者なんだから」
その瞳には揺らぎがない。この子に限って自分は例外などということはない。自分がされても一般人を害しはしない、か。
「仕方ないね。ほら」
剣から引き抜き、彼の口にガラス瓶を放り投げて無理やり口を閉ざした。
「……ッ! ――ッ……ッ!」
声も出せないようだ。そして、口内にできた裂傷ごと傷が治される。
「これはオフレコで頼むよ。いろんなねつ造はできるだろうけど、それが僕の耳に入ったら今日のはほんの子供のいたずらだったと――その体に教えてあげよう」
必死にうなづいている。とはいえ、こういうやつは三歩歩けば忘れるのが定石。
「……ワ・ス・レ・ル・ナ」
唯一残る感情は――恐怖。一瞬だけ、これに向けて能力を開放する。この町程度、指先で破壊できるほどの。
「」
壊れたように立ち尽くす彼を放って、僕らは別の方向に歩き出す。
「で、なんでエナがここにいるの?」
「あなたが心配になったのよ。あまり余計なことはしないでほしいわ」
「それは向こうに言うんだね」
「……はぁ」
宿に行く。
「……むぅ」
僕は宿の一室で布団をかぶっていた。
「あいつら、助かる気あるのかな……?」
この町の対応は、危機に対するものとは思えない。本題を放っておいて別のことに全力投球しているように見える。いったい、何がしたいのやら。
「ルーナちゃん」
「わ……」
アルカナが僕を抱き上げて――くすぐり始める。
「ひゃん! ちょ――やめ。あは。にゃはははは」
変なところまで手が届いてる!
「アルカナ、やめなさい」
ガツン、と音がする。アリスが殴った、割と本気で。
「ん~」
そのアリスにくすぐり攻撃を敢行する。こちょこちょ。
「え? ルナさ――ひゃん! にゃ、うすぐった……」
顔を赤くして必死にその攻撃から逃れようとするアリス。本当にただの幼女ていどの力ではねのけようともがいている。
「かわいい。僕のアリス」
ぎゅう、と体全体を抱きしめると抵抗がやんだ。相変わらず顔は真っ赤で、目をそらしてる。
「む~。また、アリスばかり」
ぽす、と後ろからアルカナが抱き着いてきた。
こんこん、と音がした。足音からして、戦闘手段を持たない素人。緊張している。……襲撃ではない、と。要件は話をすることかとあたりを付ける。詳細についてはわからないけど、まあいいだろう。
「入っていいよ」
今、僕はアルカナのおなかの上に乗ってアリスを抱きしめている。間違っても客人を出迎えるような恰好ではない。
「……は」
その男は正気か、このガキ。遊んでる場合じゃないだろ、みたいな顔をした。何も言わずとも、表情は雄弁に物語っている。
「で?」
「え。いや――ええ、と」
「何しに来たのって聞いてる」
ちょっとした意趣返し。どうせ、こいつのボスは鍛冶組合長だろう。あの馬鹿を回したのもそうに違いない。
「ああ――先の会議について、です」
話しにくそうにしている。当然、僕はそうなるように話している。あの爺さんがやったことの基礎の基礎だけどね。
「会議、ねえ――あれは会議だったのかな」
「冒険者組合の方が開かれた、魔物襲来の対策についての会議だったはずですが」
「そういう名目で開かれたんだったね」
「は、いえ――」
「そういうのはいいから。なに? 依頼?」
視線を気にすることなくアリスを抱きしめ続ける。
「いや。あのような席の立たれ方をしたので、何かご不満な点があれば聞いておかせてもらいたいと――」
「……くすっ」
笑う。ああ、なんだ――そういうこと。
「ずいぶんとわかりやすい手を使う。いや、これでもからめ手なのかな。こんな田舎町では、これが精一杯か」
「は? いや――えと」
彼は戸惑っている。
「狙いなんてあけすけで、引っかかるとしたら人を疑うことを知らない間抜けくらいのものだ。ガキと思って油断した? もう少し演出をうまくやらないと、ね。そういうのをやりたかったら、相手をびっくりさせて細かい粗を目につかなくさせなきゃ駄目だぜ。粗なんて出るのが当たり前なんだから、出さないんじゃなくて注目を外してやるんだよ。君はそっちは専門外だろうけどね」
「え? え? ――え」
「まず始めに議論で相手を叩き潰す。こいつは簡単だ。威圧して〈は?〉とでも言えばいい。君のボスは高等なテクを使ってたけどね。そして、仕上げは君だ。優しい顔をして、色々と付け込むつもりだったんだろう? 僕はAクラスだ。君たちに僕の実力を見抜けるだけの能があるかは知らないけれど、調べればわかることだろうし。そもそも僕は威圧して実力を示していた」
「いや、そんなことは――」
「人間は、譲歩されればこちらも譲歩しなければならないと思う傾向がある。それは――実際のところ、そう思わせることができれば実際が伴う必要はない。1万円を要求しておいて、なら100円でいいよ、とかね。君たちもそれだろう? 自由に動かせる戦力はぜひとも欲しいはずだ。僕を抱き込めば【光明】もついてくるというのは、分の悪い賭けじゃないしね」
「え? いえ、そんなことはまったく……」
実のところ――そこまで考えていなかったというのが真実だ。彼は横暴な組合長の下、単に目立たなかったから首を切られずにそこそこの地位まで来ただけの人間にすぎない。そんな陰謀めいたことができるはずがない。
もっとも、そんな人間であるから反論もできない。だいたい、ルナの推理は悪意に満ちた曲解でしかない。一方通行な上におおざっぱすぎて粗を見つけられるようなものでなく、矛盾もない。よって、彼は今までやってきたのと同じ方法を取る以外にない。すなわち。
「落ち着いてください。よく考えてください。そこまでしてあなたたちを嵌める理由がありませんよ」
それは〈人当たりのいい態度でなあなあで済ませる〉ことだ。なぜなら、目の前にいる彼はやり方などそれしか知らない無能なのだから。
「目的はお金の節約だよ。十分でしょ?」
一瞬で論破した。疑いようならいくらでもあるのだ。
「いやいや。さすがにそんなこと……」
「ほら、まず会議に遅刻して大物感を演出するのさ。そこから手練手管を駆使して相手の上に立って見せる。実際に上に立たれたわけでもないけどね。損したのは一方的に君たちだ、僕は土下座して君たちを助けさせてくださいと言いに来たわけじゃない。一度勝てば、上から命令――なんて真似ができる。もちろん、あんな勝ち方じゃ誰も従いやしない。金を詰まれたら別かもしれないけど、それだと懐が痛むでしょ。だから、気弱な顔をした、ちょっと不細工寄りのどこにでもいる顔を連れてきて謝罪する。こうなると、相手は〈ああ、ちょっと嫌な奴らかと思ったけど、実はちゃんと優しい人がいたんだ〉なんて思ったりして、やっぱり協力してあげようかななんて気になる。そこでこの街はあまり裕福じゃない、なんて言ったりして、特別に協力してもらったりとかね。ほら、子供の金銭感覚なんて知れたものだしね。そもそも子供だから甘い顔の一つや二つでもしてやれば、なんでも言うことを聞くとか思ってたり?」
「ま、まさか。あなたは聡明な方と伺っておりますし――」
「……誰に? ああ、ふむ。そういうことか」
疑問が解決した。こいつらは何をしてるのだろうと会議の時から、ルナはずっと思っていた。やっとわかった。こいつらは危険というものは誰かが解決してくれるものだと本気で思っているのだ。
だから、その”あと”にどうやって得するかばかり考えている。……〈事件は誰かが解決してくれる〉と、疑っていないのだ。
「わかっていただけましたか」
彼は安心したような顔をする。なにがわかっただか。まあ、僕は君たちが大した考えなんてないことくらいはわかっていただけたけどね。
「ああ、わかった。わかったから帰って」
「……へ? あの――」
「アルカナ」
ガン、と扉が彼を部屋の外に叩きだし、そのまま鍵が閉まる。液体の操作は便利だね。
「よしよし」
腹に座ったまま、アルカナの頭を撫でてやった。なんか……もう――どうでもいいや。




