第34話 風見町の亀裂 side:ルナ
さて、僕がどこにいるかというと――街から約20kmの位置、『暴走』がまさに起ころうとしている現場だ。
岩がごつごつしている荒野の真ん中に立つ。黒いもやが立ち込めていた……が、それは瘴気。ふつうの人が足を踏み入れれば瞬く間に『蒸気病』を発症するほどの汚染の中心地。
「あまり、離れるな」
少し冷たいような感じの声の主はコロナだ。箱舟は街の上空に待機させてある。いつでも呼び出しは可能。呼べばすぐに来る……が、性格にもよるのだろうが彼女たちは意外と過保護だ。
きっと、すぐに助けに入れる場所でなければ僕は一人で外出させてもらえないだろう。
「べつにいいでしょ? 魔力貯まりとはいえ、総量が低い。これが全部まとめて魔物になったって僕らにとってはザコにしかならないよ」
昼食が終わって時間が余ったからこっちに来た。街ではまだ無駄な議論が続いている。
が、暴走がどのように始まるか見る方がよほど有意義だ。いや、面白いね。周囲に比べて魔力の濃度が非常に濃い。そして、特に濃くなって霧として可視化しているところ、それが魔物が生まれようとしているところというわけだ。
端的に言えば黒い霧が無限に湧き出しているような光景である。そして、その霧が魔物になる。
「先制攻撃で爆撃して吹き散らかしても意味はないと聞いたけど。なるほど、魔物は魔力の集まりから生まれるから、生まれる前に吹き散らかしても再度集合するだけというわけか」
なら、世界から魔物を一掃することは言うだけなら簡単だ。すべての魔物を倒し、その魔石をどこかに封印すればいい。もっとも――この世界は魔石による文明が築かれている。
魔石に相当するものを前の世界で言ったら電気、ならば文明を捨て去る覚悟がなければ実行できないけど。……それも、敵が襲い来る中で。そう、武器を使うにも魔力が必要とされるのに、魔力を使えば魔物が生まれる。これでは堂々巡りだ。
「……ルナ様は何が目的で?」
コロナは周囲に気を配っている。いくら護衛として呼んだからって、敵がいるわけでもないのに。
「見学。と言ったら怒る? 一人で行こうとしたんだけど、アリスにもアルカナにも止められちゃってね。街で何かあったらあの子たちに対応してほしいから、代わりに君たちを呼んだの」
「いいや。私はお前に従うさ。それ以外は何も求めない。見学したいというのなら、ご自由に」
少し拗ねているように見える。まあ、こんなのはお使いだしねえ。
「……ちゃんとした任務、ほしい?」
「あなたの命であれば、なんでも」
命令がほしい、か。
「プレイアデスはどう。僕にして欲しいことはない? それとも、したいこととか」
「おおいなる闇は安息のうちに。夜に生けるものはその力の下、心安らかに。あなたという闇の大樹の元、滅びの運び手たる小鳥はさえずる」
うーん、と。
「居るだけでいいの? アリスもアルカナも僕がそばにいないと寂しがるよ。プレイアデスはいっしょに旅行したいと思わないの」
「あの二人は、別」
「くすくす。……そう」
なんか可愛かったから抱き着いた。
「……やめて」
照れてる。かわいい。
「さ。こうしてるうちに面白いことをついた。弱すぎて区別しづらいけど――あの辺にボスがいるね。正しくは予定とつくだろうけど」
「どうする?」
「捕まえてきて、コロナ。丁寧に、卵を扱うようにね」
「了解した」
ふ、と消える。あの子もはしゃいでるのかな? あんなに急がなくてもいいのに。
「ふみゅぅぅぅ……」
プレイアデスは顔を真っ赤にさせたまま。いつもの中二病もなく、体を縮めてる。でも、突き放そうとだけはしない。
「プレイアデスは、これ」
魔石を渡す。
「……?」
僕の顔を見返す。これだけ近いと、唇が触れ合いそう――さすがにそんなことはしないけど。
「コロナが持ってきてくれる魔物にこれを突っ込んで。混ぜる感じで」
「混ぜる? ええと――」
手を掴んで教えてあげる。ぐちゃぐちゃとかき混ぜる。……粘土みたいで面白い。少しひんやりとしている。まあ、常人なら魔力に汚染されて死ぬのだけれど。
「わ。……わわ……ひゃ」
小さな手でコネコネして、最後は丸めておしまい。うん――いい感じに出来上がった。
「あとは……自然に完成するのを待つだけかな。で」
「「ルナ様! 持ってきたよ」」
ディラックとフェルミが一本ずつ剣を抱えて走ってきた。
「うん、ありがと。『双剣レパルギア』。いいできだね」
受け取る。まあ、この場合はちゃんと”悪くできた”という意味だが。さすがに良品質の品をこの世界に持ち込んでしまうとバランスブレイカーだ。だから、品質の悪いものを狙って作る必要がある。
品質はランダムだから、極端にいいものも、悪いものも作るのは難しかった。
「大変だった?」
「ぜんぜん。面白かったよね、ディーちゃん」
「面白かったね、ティタちゃん」
きゃらきゃらと楽しげに笑っている。不満とかはなさそう。
「さて、仕込みはこれでいいだろう。君に名前を上げよう、【雷黄のツヴァイシュヴェルト】。君は演者だ、僕の作った舞台のね――敵役というのは主人公を引き立てる花形なんだよ。きちんと、役目を果たしてね」
いまだ黒いもやのはずなのに、なぜだかうなづいた気がした。
「さ、僕はまたあっちへ戻るよ。そろそろ会議が始まる時間だからね」
町へ着く。他の四人は町の上空でたたずむ箱舟へと帰らせた。
「――少し早かったかな」
会議場の扉を開く。いまだ閑散とした様子で、椅子は4割方あいている。まだ始まってもいないなら、もっと遅刻すればよかった。
「いえ、時間はぴったりです」
「おや、君は――ああ、新しい組合長か」
「もしかして、私は忘れられてましたか? ……はぁ。怒るに怒れませんね。席についていてください。じきに始まると思います」
「向こうは?」
「まだ来ませんね」
「遅刻だね」
「まあ、何分急なことなので」
「ずいぶんとのんきなものだね。まあ、待ってようか」
アリス、アルカナと手遊びをしていると更に30分くらい遅れて会議が始まった。
「では、議題ですが――」
長々とした言葉で説明し始めた。その間に鍛冶組合の面々を見る。……明らかに年寄りが多い。当然と言えば当然か……鍛冶は危険が伴う仕事でもない。冒険者に比べればよほど年齢がものをいう職場である。老人たちが上に来るのは必然と言えよう。
そして、魔物と戦わなかった人間たちに魔物の襲来に備える術はない。ゆえに、僕は立ち上がって言い放つ。
「作戦は一つだ」
名前も忘れたAクラスの弱い奴その一と戦った時とは違う。完全な状態と同じように魔力を発散させる。むしろ、今までは弱った状態に見せるため意図的に魔力を遮断していた。
こういうのも演出と言うやつだ。
「【光明】と僕たちが中級以上の敵を撃破する。あとは、壁を盾にしのぎ銃撃戦にて敵を足止めする。これ以外の方法はありえない」
しん、と会場を静けさが支配する。そうなるように威圧したのだから当然。だが。
「それは浅慮というものじゃよ、お嬢ちゃん」
鍛冶組合、なんか偉そうにしているご老人が発言した。……威圧が効かなかった。生存本能が腐ってるのか?
「では――」
「君は一言で銃撃戦と言ったが、配置は? どう物資を運ぶか考えてみるといい。よほどの馬鹿でなければ、それがどんなに難しいことかわかるから」
「そうだね、難しい。だ――」
「そもそも、共同戦線を張るには誠意というものが必要なのだよ。どうやら君には社会というものが分かっていないようだ。聞けば、君は時間ぴったりにやってきたそうじゃないか。そんなようでは―ー」
意味のない説教は聞き流す。
――これは、議論を盤面に例えるなら場を支配しているのはあの老人だ。そして、この議論に勝利したのは彼だという印象を誰もが覚えていることだろう。……馬鹿げたことに。
だいたい、議論で勝って何の意味がある。勝ちたければ、それこそぶん殴って沈めればそれでいいじゃないか。暴力だ? 議論は勝ち負けで論じるようなものじゃないと? ぶち壊しという意味ではどちらも同じだろうが。
だから、こいつが何を考えているかわからない。彼がやったことの意味、それは貴重すぎる時間を浪費する以外に何か果たした役割があるか? いいや、否。何の役にも立っていない。……僕を苛つかせる、という役割くらいは果たしたようだが。
「で、対処は?」
さすがに何十分も説教されるのは時間の無駄だ。殺気を出して黙らせる。しかも、僕の発言はことごとく潰されていた。
何人か漏らしたが、そうでもしなければ彼の言葉は止まらなかった。
「なんだね、君は。人の話はきちんと聞けと親に教わらなかったのかね? だいたい――」
「うるさい、黙れ」
さすがにこの老人も息を呑む。直接殺気を叩きつけても、多少威勢をそがれるだけとは……どこまで鈍感なのだ? こいつは。
「気分よく26分34秒も時間を浪費してくれたのはいいけどね、具体的な対策を言えよ。僕の策を不完全というのなら、お前が案を出してみろ」
殺意。そこまでしなければ、この老人は止まらなかった。会議場は処刑場のように静まり返っている。こいつ以外はわずかでも動けば死ぬとでも思っていることだろう。息を呑むことすらできないに違いない。
「……失礼だな。そもそも、お前がなぜ会議に出ている? 子供は家で遊んでいるんだな。誰かこの子供をつまみだせ」
「化けの皮がはがれたな? 鍛冶組の主と言ってもこんなものかよ。九竺、君は壊れかけたアーティファクトの応急修理のためにこの町に寄ったんだろうがね。僕としては、こんな奴らにそんな高等な真似ができるとは思えないね」
ざわざわと会議場に活気が満ちる。僕の言葉に不満でもあるんだろう。少し耳を澄ましてみると……うん。人を貶めることに関しては一流なんだね。
「……」
九竺は苦笑い。まあ、答えられないというのはそういうこと。
「目の前に危機があっても気づかない。絶望がすぐそばにあるというのに、さっぱり解決の手段など探さない。そんなことでは何も守れやしない」
席を立つ。
「君たちはここで魔物が来るまで会議を続けているといい」
扉を閉めた。ざわめきが外まで聞こえる。
「――ん?」
昨日来たスイーツ店で適当にお茶の時間を過ごしていると、下手な尾行が見えた。
「お勘定。あと、アルカナ……いいかな」
ささやいて、適当に歩いて、そこらへんの裏路地に入る。――と
「――え」
どす、剣が腹に突き立てられた。血が噴き出す。景色が反転して、真っ赤に染まった。襲撃された。




