第31話 |風見町《かざみまち》に迫る危機(下) side:ルナ
組合長の全責任を委任するという言葉に首をふる絵奈利。
交渉の際は彼女が表に立つことになっている。彼女がきっぱり首を横にふるということは、依頼を断るのは確定事項だということを示す。
まあ、責任だけ背負ってくださいなんて依頼に首を縦に振る奴は、たぶんそいつの部下だけだ。そして、【光明】はこの街のギルドの傘下というわけではない。
「な、なぜだ? 冒険者はその能力の限りにおいて人々を守るという理念があるはずだ。……君たちは冒険者の理念に歯向かう気かね。まったく嘆かわしい――強い人間と言うのはどれもこれも癖が強くて困る」
とはいえ、一つの街の責任者となれば責任を誰かに押し付けるのが仕事だろう。ほら、仕事を振り分けることが監督者の仕事と言うではないか。
だから、この男はつばを飛ばしながら言い立てる。まったく見苦しいことこの上ない姿だった。
「この町が直面しているのは暴走。私たちが壁になっても、間をすり抜けるだけよ。それで、どうして守り切れると思うのかしら? あなたに策があるというなら言ってみなさい」
対して絵奈利のほうは理路整然と相手の口撃を潰していく。
「……君たちは人知を超えたS級だ。未だ地位はA級であるものの、昇進は間違いない。君たちならどんな最悪な状況でもはねのけることができると信じている。君らがやらねば、誰が責任を引き受けると言うのだ」
さて、本音が出たな。この男は責任逃れに貴重な時間をこれでもかと費やしていたというわけだ。どこまで無意味に時間が浪費されたのやら。
「話にならない。あなたがそんな無責任なことを言うのなら、私たちはこの町を去る他ないわね。大規模暴走は戦力をそろえたとしても綱渡り。一歩踏み外したなら、王都は容赦なく町ごと焼くわ。そもそも、あなたがそれでは綱渡りにもならない自滅よ。暴走への防衛計画すらないのでしょう?」
「馬鹿な! 君たちが市民を見捨てて、誰が助けると思っているんだ。その力は今、活かせなくて何のためにあるという!?」
「責任を取るのはあなたでしょ? 風見町冒険者組合、ギルド長――橋梁 総会。この状況において、責任がどうのと考えるのはやめなさい。今は一刻も早く敵戦力を測り、市民に状況を通達すべき状況よ」
「そんなことをしたら騒ぎになる。最低限でも状況をどうにかする目途がついてからでなければ、暴動が起きたとしても不思議はない。君たちが状況をどうにかしてくれると言うならともかく――それは無理なのだろう?」
「無理だからこそ、動かなければならないのよ。できないからといって、やらなければ手遅れになるだけ。何もせずに状況が好転することなどありえない。そもそもの発端、冒険者組合に持ち込まれた情報は? 私たちはそれすら知らないのよ」
「あ、ああ。彼には口止めをしてある。監視はつけてあるから、情報を漏らしてはいない。遠目にだが、1000以上と思われる魔物を目にして冒険者組合まで逃げてきたそうだ」
「ああ、なるほど。まあ、妥当なところね。……ソナーを使ってないなら、偵察は出したの?」
ソナー、それは敵戦力を測る行為。魔力波を発信して、跳ね返った波から相手の位置と数を調べる。
の、だが――そんなことをすれば、調べられた方だって発信源がわかる。ゆえに緊急時以外は使用禁止と言うわけだ。際限なく魔物を呼ぶ事態に発展する。
「とんでもない! そんなことをすれば情報が広まってしまう。それは最終手段。いくつもの許可を取り、会議にかける必要がある。メンバーには我々に不信感を持つ者もいるのだぞ。……一筋縄にはいかない」
「……聞いておくけど、その不運にも幸運な彼は何日前にその情報を持ち帰ったのかしら」
「2日前だ」
「ええ……と、移動時間は考慮に入れてるのよね?」
「え? いや――彼が見たと言っているのはその2日前だが」
「それならそう言いなさい……すでに4日過ぎてる。小規模暴走ならもう襲われている頃合いね。それで、この町の戦力はいかほど?」
「冒険者50名ほど。それと、衛兵が300人ほどだ」
「ほど? 確定してないのかしら」
「冒険者の出入りを制限してしまえば情報が広がるではないか」
なんでちょっとだけどや顔なんだろう。
「武器は。弾薬はどれくらいあるの」
「それは冒険者組合の管轄ではない。武器弾薬を管理するのは鍛冶組合だ。その領分を侵すことは認められていない」
「……つまり把握してないと。この分では衛兵のほうもどれだけ使えるのやら怪しいわね。魔物を見て逃げ出しても驚かないわよ……九竺、どうする?」
うん、僕もだいたい状況は把握できた。
つまり、この町の防衛力は最低でも二つの勢力に分かれてるというわけだ。冒険者組合と鍛冶組合の私兵――衛兵という名目だったか。そして両者の連携はぼろぼろだ。
対して、敵は最低で1000はいると考えた方がいい……実際の数は全く不明なわけさ。実のところは現時点で3000を超えているけど、僕は言わない。
そして、強力な冒険者を壁にしてもそれは無意味なのは言った通り。暴走になると魔物は僕らが盾になっても無視して町に突撃してくるらしいからね。これは――本当に厳しい勝利条件。
僕ら自身の保身を考えるなら、アーティファクトの服=鎧持ちなら問題にならない。それを破壊できる奴を、僕は感知していない。
僕たちだけなら、ただ一日二日戦い続ければ問題ない。ここで問題になっているのは、この町が滅ぶかどうか。襲い来る魔物を後ろに通さないことだから。
僕は会議に参加するため口を開く。
「つまるところ、この町の防衛をなんとかしなきゃ僕たちが出張って全滅させることもできやしないというわけかな」
組合長は発言した僕を睨む。おっと、面白がっているように聞こえたかな。けれど、しょせん僕は気楽な外野でしかない。
縁もゆかりもない町だ、焼かれようがどうとも思わない。とはいえ、この危機的状況だ。愚民ならばともかく、力ある者の言うことはきちんと聞くべきだ。おべっかの一つや二つで協力が得られるのなら安いものだろう? もっとも、この男はプライドを捨てることができないようだが。
「ルナちゃん、さっきの話わかったの?」
「失礼な。まあ、寝てるように見えたかもだけどね。うん、面倒くさいから説明は省くよ。そっちのおじさんは僕たちで暴走をなんとかしてもらいたいらしいけどそんなの無理、という話だね。現実的な対策として、こいつに町の防衛をなんとかしてもらわなきゃならないわけだ。解決策とも言えないけど、現実的な案としては――誰か知らないけど衛兵まとめてる人と話して戦力を壁のあちこちに配置すれば? 耐えている間に、僕らが魔物をせん滅すればいい」
簡単に言ってしまえば、それしかないだろう。
つまりは一致団結。冒険者と町の法を守る人間では仲が悪いのかもしれないし、長年の確執だってあるかもしれない。けれど、この際それは飲み込んでお互い協力し合う他にない。時間さえあれば、【光明】だけでも魔物のせん滅はたやすいのだから。要は壁さえ持てばいいのだ。
「……そんなことができるわけがあるか!」
役立たずが叫んだ。おおう、耳に響く。
「あのようなハイエナども――あんな奴らに任せてみろ。冒険者は疲弊し、全ての手柄は奴らがかっさらっていく。そんなことをやれば、この冒険者組合は本当に終わりだ!」
……やれやれ。状況が見えてないらしい。いや、新参の僕に何が分かるという話だけど――この町は内部から完全に分裂してる。団結なんてカケラもない。
ただいがみあって、お互いを憎んでさえいる。終わり、ねえ――
「今は風見町が終わるかどうかを話していると思ったのだけど、それは違ったのかな。ねえ、九竺?」
「……そこで俺に振るか。合ってるよ、ただ……なあ――まあ、組織っつうもんには色々あるんだよ。しがらみとか、そういうもんがあるから正しいからそれやりますとは言えんわな」
「面倒なものだね。でも、選択のための時間は残り少ない……どれくらいか君は知ってるかい。ねえ、【爆炎の錬金術師】さん?」
「「……ッ!」」
息を呑む声が重なる。
反応を返さなかったのは、話に興味なさげに垂れ下げられたルナの手をいじってるアリスと満足げにルナの髪をいじっているアルカナだけだった。
組合長はともかく、九竺たちまで騙すのは至難の業と言える。分かっていたことだが、こやつらの実力はとてつもない次元にあることは確からしい。
「そうですね。あと3日はかかると思いますよ? 正確な時間はわかりかねますが」
彼女の格好は先ほどと同じ――いや、汚れが取れている。新しい同じローブに着替えたらしい。あいかわらず全身に怪しい膨らみがある。
爆薬をおさめた箱、そして、腹回りは第三の腕を隠しているのだろう。犯罪組織の人間のくせに捕まえる側の施設に完全武装で入ってくるとはいい度胸をしている。
「へえ……暴走には規模に応じて準備時間があるとか聞いたけどね」
僕らは何事もなかったように話していく。
「ええ。つまり、最低でも敵の魔物軍の総数は5千を超えると言うわけです。このような中規模都市が経験するような数ではありませんね」
「ふぅん。先の騒ぎを考えるに、何やら世界がどうのという事態になってるようだね。もっとも、まずはここをどうにかしなきゃいけないわけか。……君はそのために来たのかな?」
「いえ、元々は先の騒ぎとやらの真実を確かめに来ました。少し化け物が居たので始末しようかと思ったのですが、それは不可能なようなのでね」
対【災厄】戦――これは、九竺が冒険者組合に公開した情報は全部知られているかな。それでも、全てを知っているわけではないだろうけど。
「いやに口が軽いね? 僕の口は封じれないし、組合長の首をどうにかするのも問題があるんじゃないかな」
「問題ありません。……私が組合に来たのは”あなた”と協定を結ぶためですから」
「へぇ。あれだけ殺り合っておいて、1時間も経っていないのに水に流せと? 君だって、そう簡単に物事を水を流せる人間には見えないね」
「いいえ、そんなつまらないことは申しません。目的の前には些細なこだわりなど捨てるべき――果たすべき使命があるのなら、他のすべては些事である。違いますか?」
「人それぞれじゃないかな? けど、僕はそういう人間は好きだよ。いいよ、協定を組もうじゃないか」
「よろしいので?」
あっさりと頷いた僕に驚いたようだ。少しは意趣返しできたかな。
「もちろん。君たちの目的は人類の救済だろう? ためらうことなんて何もない。協力して人類の危機を乗り越えようじゃないか。……ただ、お互い気を付けておくべきことはあるけどね」
ふ、と目線をそらす。
「ふむ。それは何でしょうか?」
「あくまで、一般論だけど――協定を結んだ瞬間に裏切るなんてのはよくある話だろう?」
とても悲しいことだけどね、と付け足す。
「なるほど。確かに――気を付けなくてはなりませんね。では、そうならないためにも後で話を詰めさせていただきます。今はこの町の方針を決めておくべきでしょうから」
「ま、待て。お前は……危険だと噂の【翡翠の夜明け団】。それも指名手配されているグリューエン・レーベではないか。なぜ――この町に。いや、その前になぜ貴様が侵入できた?」
あっけにとられてぽかんと口を開けていた馬鹿がまくしたてる。
「なぜ? そんなものは簡単ですよ。ここのことは内部構造も含めてすべて知っていますから。むしろ、あなたが知らないことも知っていますよ。そもそも、冒険者組合がどのようにできたかご存じで?」
「知らないわけがないだろう。馬鹿かね、君は。ほかならぬこの風見町の組合長である私が、組合ができた経緯を知らぬなど、そのようなわけがあるまい。魔物の脅威が増す中、衛兵や市民から募った義勇兵では対処できなくなったのが事の起こり。ゆえに国が予算を出し組合が作られたのだ。優秀な人間が集まり――その力でもって魔物を討伐し、魔石でもってアーティファクトを製造するに至った。これが組合の歴史だ。そんなことも知らんのか」
「それはおかしいでしょう?」
さらりと言い放った。まるで、ちょっとした計算間違いでも正すかのように。
「――は」
組合長はと、ポカンとした顔をする。
うん、確かにレーベの言う通り。優秀な人間? 組織を運営するのに優れた人間というものは、優れた教育を受けた者に他ならない。そんなものがただ集まってくるなら、組織経営の破たんなんて起こらない。教育を受けた人間は、畑から生えてこないんだよ。そして。
「国がそんなものに予算を出すわけがないでしょう。王都にとっては地方で何人死のうと知ったことではありません。そもそも、そんなことに金を出すなら自軍の装備を強化します」
だよね。確信はしてなかったけど、この国は人情味のある優しさにあふれた国ではない。多くのお金と人員を使って、赤の他人に自立を促し自信をつけさせる――とてもではないが、そんな地道なことをする温情があるとは思えない。
「……っへ?」
あっけにとられた顔は見事なものだった。かくんと口を開けて、眼を見開き――つまりはお手本のような驚いた顔でとても笑える。
「では、誰がその予算を出したか。……我々ですよ。国を通じて出させていただきました。まあ、もちろん私はそのころ生まれてなかったわけですが。錬金の人体強化技術が発展し、多くの活動を表だって行うようになる、はるか以前から【翡翠の夜明け団】は活動を続けてきたのですから」
「昔はわざわざ強化するまでもなく魔物を殺戮することのできる才能ある人間を探し求めていた……そんな歴史があったのですよ。今もなお、人類は窮地に陥っているのですがね。だが、ゆえに自然淘汰の下、その状況を打破する強い人間が生まれると信じた。そう、ここに居る【光明】のように」
「実際、成功しました。多くのA級、そしてS級。彼らは私たちの思い通り、いえ……それ以上に魔物を殺戮してくれた。投資した以上の見返りがあったということですよ」
誇るでもなく、むしろ淡々とした口調で語り終えた。
「ば、馬鹿な。……どこにそんな証拠がある!?」
「で、なければどうして此処のことを我々が知っていると? 出資したのです、施設建設にも団は関わっていますよ。ちゃんと仕掛けもしかけましたし――そもそも組合の創設期、立役者のいくらかは元から我々が派遣した人間で、今もなお団は組合に強い影響力を持っています」
これは、他の人間に聞かせられた話ではないね。過激派の犯罪結社が親会社だなんて――しかも、国も認めているらしいなど。
ふざけた話だ。国そのものが闇の部分を孕んでいる。そんなもの、信じられたものではないだろう。
「そんなことはありえない! いい加減に黙らんと誰か呼んで捕まえさせるぞ。いや、呼ぶまでもないな。冒険者チーム【光明】、こやつをひっとらえろ!」
激高してわめき始めた。いるよね、自分に都合の悪いことは絶対に認めないやつ。無駄に年を食ったことで考え方が凝り固まっている。
「……どうした!? 早くしろ。貴様らは己らの責務を忘れたか!?」
「むりに決まってるじゃん。その前に君が死ぬよ」
僕が口を出す。こういう傲慢な奴には説得は効かない。この類の輩に言うことを聞かせたとすれば、それは洗脳の類だ。
「……ッ! ガキが――こどもが大人のやることに口を出すんじゃない! 最近のガキは生意気で困る。誰がこの町を守ってきたと……」
守ってきたのは翡翠の夜明け団と君の部下だよね。……君じゃない。まあ、それを言うと暴れそうだから言わないけど。
「レーベ、君は組合を支配下における?」
そもそもこいつと話すと言う行為が無駄。責任を取らないのが唯一の取り柄の老人にはさっさと退場してもらおうか。
「可能とは言いづらいですが――そろそろ彼の更迭の指示が届く頃ではありますね」
「……ッ馬鹿な!? 貴様に何の権限があって私を嵌める!? だいたい、なんの大義名分があって更迭など――私は何もしていない! 私は悪くなどないのだぞ!」
だん、と力いっぱい机を殴りつける。机の上の花瓶の水面が揺れた。ただそれだけ――非力に過ぎる。何の力もない老人。いや、権力を失うのはもう少しだけ先かな。
「ええ。従来とは異なる暴走の前兆を知り、しかし特に何もしていませんでしたね。いえ、情報隠蔽くらいはしていたようですが。更迭の理由には十分です」
「……な」
口を開けて呆然としている。たぶん、こいつは権力闘争で成り上がったクチだ。だから非常事態においては能無しにすぎない。そして、能無しの末路など一つ。
「で、次は誰かな? 名前を言われても僕はわからないわけだけど」
「さすがに有能な人間を用意することはできません。しょせんは繰り上がりです。しかし、【光明】の命令を聞くようにはできますよ。私やあなたでは難しいところがありますが、ね。しかし、これで組合の人間は動かせるようになりました」
「なら、それで行こう。九竺、次の人に指示して状況を確認してくれ。今度はソナーを使って敵を確認できる。話はそれからだ。レーベは僕と他の部屋で協定の内容を取りまとめようか……それでいいね?」
全員がうなづいた。さあ、状況が動き出した。




