第30話 |風見町《かざみまち》に迫る危機(上) side:ルナ
僕は彼ら――翡翠の夜明けの改造人間とやりあった。彼らはとても強かった。絶望的なほどの性能差、物理的に爪すら立たないはずの僕を相手に翻弄して見せた。
物理法則すら覆した勝負をして見せた彼らには、惜しみない称賛を送るに値する。なにせ、ヒトで言えばその柔らかい爪で特殊合金を引き裂くほどの快挙だから。
「エナ。彼らは普段何をやる組織?」
組織の名はエナから聞いた。彼らの口から己に関することは何一つ聞けなかったから。どうやら秘密の管理がしっかりしている。
どうも聞かれなくても名乗るようなファッション悪役とは違うらしい。
「……人類救済を謳う、狂った人体実験を繰り返す秘密結社よ。国との関与も噂されてるわ。あの人体への再生能力の付与は人体実験の産物と見るべきね。そして三本目の腕は外科手術でくっつけたものだと思う」
「よくやるものだね。女の方には二つ名はあるの?」
「【爆炎の錬金術師】よ。なぜか今回は威力が高い爆薬を使わなかったみたいだけど、いくつかの町は彼女によって丸ごと焼き払われているわ。それに【殺戮者】のほうも、多くの寺院や自衛組織を皆殺しにしてるの。……あの二人は組織の中でも最右翼の二人なのよ。魔物よりも人を多く殺す、闇の中でも暗部に位置する人間」
「なるほど。だから攻撃力は要らなかったのか。女の方はただ使わなかった、街中では使えなかっただけだけど。そう――あの人たち、そんなことをやってたんだ」
笑みを浮かべる。本当にすごい人たち。あんな人たちを、僕の繰り糸で躍らせられたらどんなに気持ちがいいだろう。……面白い。
「……ルナちゃん、大丈夫?」
「問題ないよ、疲れただけ。寝れば治るさ」
まあ、実際今の僕を見れば大丈夫とは思わないだろう。能力にかけるリミッターをほぼ100%にしている。これでは歩くのもままならない状態だ。
見る人間が見れば、死にかけにしか見えないはずだ。なにせ、血流を制限して顔も青白く見せている。
「あの人たち、ルナちゃんを……」
「ご覧の通り、僕は無事さ。何も心配はいらない」
「でも……」
「僕のことなら気にしないでよ、それより――何か起きたみたいだよ」
「え?」
走り寄る虚炉が見える。その顔からはただならぬ様子が伺える。それは緊急事態の証だ。それも、夜明け団の襲来などではない別のこと。
僕は感知能力でそれを知っている訳だけど。
「さて、何が起きたやら」
とぼける僕をしり目に、彼女は走り寄って深刻な顔で口を開く。
「……絵奈利、ここにいたんだね。何をやっていたのかわからないけど、こっちも大変なんだ。――『暴走』が起きた」
ほら、暴走が何かは知らないけど、とんでもない事態であるのは事実なようだ。まあ、数えきれないほどの魔物がここに向かっているのだから仕方ないねとほくそ笑む。
「暴走――そんな。町の様子なんて、何も変わらな……あ、冒険者組合の空気がいつもよりピリピリしてたのはそれが原因なの?」
「うん。知らされてはいなくても、雰囲気は察してたみたい」
「でも、あなたが慌ててるってことは小規模じゃあないのよね?」
「最低でも1000……2000以上かもしれない」
「そんな……そんな数の魔物の襲来を防ぐ設備なんて、この町にはない。いえ……待って、数の確認が取れてないの?」
「うん。私が聞いた話だと取ってないみたい。今、九竺が組合長と話してるけど――」
「王都との連絡は?」
「ついてないみたいなの。それで組合自体が混乱してるみたいで……」
「何やってるのよ、有事の際に率先して行動できないんじゃ責任者の意味がないじゃない。王都との連絡役なんて誰でもできる」
「だから、今すぐ来て。九竺じゃ細かいことまで対応できないから」
「そうね。私が話すわ。その前に、ルナちゃんたちを――」
おっと、それはストップ。
「僕のことなら気にしないで。話を聞くよ、どうやらのんきに寝てていい状況ではなさそうだ」
聞いた話から判断するに、どうやら暴走とは魔物が大挙して押し寄せてくる襲来現象のことを指すらしい。そして、小規模なら町を覆う壁でしのげるが――大規模だと無理みたいだね。
ここまでなら冒険者チーム【光明】がいれば問題なさそうに思える。魔物が何匹いたところで、【災厄】を撃退した彼らが危うくなるなど考えられない。
そう、囮作戦が通用するようならエナが慌てる必要はない。それなら自分たちでなんとかできる。
おそらく、【光明】の戦力をもって魔物軍団を壊滅させるころにはこの風見町に生き残りはいなくなるはずだ。そりゃいくら強くても、足止めが通じないなら後ろを駆け抜けて虐殺できるから。街を守る5人を後目に人間の食べ放題だ。魔物は仲間を守ろうなど思わない。
「今夜にでも攻めてくるならともかく、そうでないなら僕も戦力として加わるよ」
「え? そんな状態で……」
「不足してるのは魔力だからね。まあ、”槍”を使ったダメージも残ってるけど、そちらは動くのに支障はないんだよ。体調を回復させたいなら1週間は欲しいところだけど、明日には戦う力くらいは溜まってるさ」
ひらひらと手を振る。これだけの動作でも結構疲れる――ということにしておく。
「……ごめんなさい。協力してもらわなくちゃいけなくなるかも」
「気にしなくてもいいよ。それに、エナたちだって逃げないでしょ?」
「それは――そうだけど」
「なら、さっさと行くよ。こんなところで話すことじゃない」
アルカナに抱えられたまま、一直線に組合に向かい数秒ほどで到着する。今は人間の速力に合わせている場合じゃない。どうせ一般人が見ても風が走ったようにしか見えなかったろう。
「さあ――状況を確認しようか」
組合に入った僕らはそのまま組合長の部屋に入り、席に座る。まあ、僕がアルカナの膝の上なのはご愛敬。
「……ルナ、お前。いきなり入ってきて――つか、大丈夫かよ」
「ちょっと不審者と一戦やらかしてね。疲れただけさ、頭は問題なく回る」
僕の身体はとても”だるい”状態だ。リミッターを100%近くまでかけていればそうもなる。口を動かすにも億劫だ。けれど、それもしょせんは擬態。すべてが”ふり”、物真似に過ぎない。
舞台を整えるための仕込みだ。
「そうか。じゃ、あとは絵奈利。頼むわ」
「……ちょっと、それは流石に投げやりじゃない? 何か分かったことはあるでしょうに」
「いや、それがねーんだな。これが。一応はギルド長を落ち着かせたが、保有戦力はこれから確認せにゃならんし。しかも、敵戦力を確認するについてもごたごた言い出してな――」
やれやれ、と肩をすくめた。なるほど、この組合長は頼りないか。確かに今にも錯乱して叫びそうなほど落ち着かずに周囲をきょろきょろ見ている小太りの初老だ。
威厳なんてものがあるはずない。これでは、誰も従いたくなどないだろう。
「と――ととと当然ではないか。そんなことをしたら、どこから文句を言われるか。あの鍛冶師どもは我らの無能とそしるだろうし、勘のいい一般人が感づいて組合を非難する。魔力を発振すれば、魔物の標的になるのは赤ん坊だって知っていることだ。この”灰”とてそんなことをしたら無意味になってしまう。そんなことはできん」
まくしたてる。ああ、なるほど。こいつは自分の責任になるのが嫌なだけか。自分に責任が及びそうなことは強硬に反対する。それだけの人間。
実のところ、何事にも賛否両論はある。つまり、反対するだけなら一見もっともな理由を作るのは難しいことじゃないのだ。そして、声が大きければそれは通るのが人間社会というもの。
「それこそ無意味です。暴走が発生すれば近くの町が襲われる。それとも、他に襲われる場所があると?」
けれど、今はそんなことを言っている状況じゃない。組織どころか、この街そのものが危機に陥っている。決断できなければ、もろともに呑み込まれるのみ。
「い、いや。そんなことを言われても……あまり騒ぎを大きくするわけにもいかんし」
「それは不可能では? 私が見るに――この事態を速やかに収拾できる有効な手段はないようですが」
「今、王都と連絡を取っている! 連絡さえつけば、何とかしてこの事態を収拾できる手段を見つけられる。市民への通達はそれからでも遅くないはずで……」
「……遅いわ。今、暴走はどの段階かしら。群れの規模に応じて、なぜか彼らは攻めるまでに時間を取る。けれど、その準備期間が終われば一直線に町に向かい、全てを破壊するわ。軍勢が見えたときにはもう手遅れよ。暴走の兆候を発見してから何日経ったの?」
「それは――いや、今はそんなことは重要ではない。君たちSランクに最も近いAランク、そして、君たちが連れてきた者もAランクの実力を持っていると聞いた。アーティファクトをそろえたAランクが8人も居れば魔物殲滅も可能だろう。組合長として、君たちに」
そこで言葉をさえぎってぴしりと言う。
「守れ、なんて依頼は受けない」
毅然とした態度。絶対に意思を変えない、という。まあ、それもそうだけどね。僕も賛成だ。全部任せれば大丈夫とか思ってそうだし、この組合長は。




