第29話 路地裏の決闘(丙) side:ルナ
彼は死神の攻撃に身体を文字通りに削られ、地に膝をついた。普通であれば、それは降伏の証。でもね、僕は彼がそれで諦めた……なんて思わないよ。
「僕が近づいた瞬間にそのアンプルを使って魔力を回復する気でしょ? 隠す腕に肉がないんだから、丸見えだよ」
注意しないと見えないけどね。
「……くす。それなら近づかなければいいだけの話」
かつん、と足を鳴らして死神を消す。
いや、実際には制限時間が来て消えただけ。モンスタースキルの本来の使い方は一瞬だけ出て必殺技を放つというもの。
威力を最大限まで絞って、追加魔力まで注ぎ込んだけど維持はこれで限界だった。……持久戦には向かないね。もっとも、僕は他にもあと3つ召喚モンスターのスロットがあるわけだけど。
「このまま切り殺してあげる」
バヨネットを腹に叩き込まれた時にどこかに飛んでった刀を再度召喚する。
アーティファクトは体の中に収納可能だ――強力な魔力を持つ者なら誰でも持っている基本技能。そして、再度召喚すればどこかに行ったのを手元に持ってこれる。
「さて、一打目……かな」
投げた。彼の腹を貫いて、地面に突き立つ。
「……っが! ――は。化け物が……ッ!」
さすがに悪態をつく。……まだ、あきらめた様子はないけど。突き刺さった刀を消す。そして再召喚で手元に。――こういうことができる。
「二打目。いつまで耐えられる? 切り札をさっさと切っちゃいなよ。耐えたところで無駄だからさ」
ざく、と次は肩。
「さん――え?」
何かが飛んできた。投げた? 誰が――敵だ。あれは試験管か? 液体が入っている。栓はない。解析……爆発物!
「……ちぃぃ!」
切り払う。爆炎だろうが切り裂く斬撃だ。威力は潰した。が、視界が悪くなった。さっきちらりと確認したけど、彼を助けに来たのは女だった。
言うならば爆弾使いといったところか。
「……逃がさない!」
仲間がいたとは驚き。彼を助けに来たわけだ。
僕の注意を引き付けておいて撤退。それは正しい判断だけど、正しいからって可能とは限らない。逃げてるなら刀を投げても当たらないかなと目算を建てた。
ならば、近づいて斬るまで。
「……え?」
煙の中に突入しようとして、刃物の輝きが見えた。それはバヨネット、あの恐ろしい彼の使う武器だ。……なんで。逃げたはずじゃ、と心が凍り付く。
「……っきゃ!」
輝きが……光って――視界いっぱいに広がって。がつ、と目の中に突っ込まれた。
「あぐ――くぅっ!」
追撃のために跳んだから踏ん張りがきかない。ただでさえ小さい子供の身体だから。小さくて、軽いから――よく飛ぶ。
瞳に攻撃を受けた僕は空中を飛んで、地面に叩きつけられてバウンドする。
「え……あれ?」
目を押さえる。血が出ていた。なんで? 片目が見えない。
「化け物が――去れ!」
彼が追撃する。
切り札――そうだ。彼の持っていたアンプル。やはり魔力を回復させるものだった。魔力が回復したから再生能力も使えるようになって。
身体が動くようになったから攻撃してきた。それは単純な策で。わからないようなことなんて何もない。なのに、なぜ僕は動揺しているのか。
「この――調子に乗るな!」
向かってくる彼が怖くて、掴んだ刀を思い切り振った。さっきから失敗ばかりしている気がする。いや、血だって瞼が切れただけ。眼球は傷ついてない。片目な分距離感は狂うけど、少し大振りに振れば問題ない。
それどころか、1秒もつような傷でもない。涙で洗い流せば済むだけの話、なのに……なぜ僕はこんなに動揺する!?
「往生際が悪いにもほどがある!」
あいつらの努力は全てが無駄なのだ。報われるはずがない。
もう僕のアーティファクトを貫けないことなんて十分わかったろう? 僕は宙を舞う爆薬なんて無視する。これを砕きたければ、それこそ町ごと焼き尽くすことだ。
僕にもう油断はない。地に足を付けて戦えば飛ばされることもない。
「遊びはもう……終わりだよ!」
彼の首を切断した。そして、そいつの仲間へ向かう。彼のすぐ後ろにいた。ここまで近づいていたなんて、と驚愕する。
でも、これは好都合だ。このまま心臓を突いて終わり、こんなバトル、もう終わらせてしまいたい。――後ろ!? 飛来物を感じて刀を振る。弾き飛ばしたのはバヨネットだった。
「首なしで動く……君は亡霊か何か?」
魔力が尽きない限り動き続ける殺戮者。弱いながらも僕を二度も傷つけてくれたのは伊達じゃない。
「ッそして君か!」
後ろに気を取られた瞬間に爆薬を! 距離を離された……まさか自爆までするなんてね。そうでもしなければ気を取り直す時間すらなかったとはいえよくやる。
ローブからのぞく腕は多少焦げていた。しかも、変なふくらみが服のいたるところに見える。爆薬を至る所に仕込んでる。
「でも、死ぬまでの時間が2、3秒伸びただけ」
まずは弱い方から潰す。刀を投げた。そのあと、彼の相手くらいなら素手でもできる。片方さえ潰せばどうにでも――
「人間をなめるなァッ!」
「しィッ!」
かわして――二人、二方向から殴りかかってくる。……あの女、速い! 速くなった。明らかにさっきと身体能力の桁が違ってる。……魔術じゃない。薬物強化!
「もど……」
まずい。刀を消して、また召喚するだけの時間はない。のに、消してしまったものだからタイムラグができる。……僕も身体能力のリミッターを解除するか? それともモンスターでも召喚するか。
いや、エナの存在を忘れてはならない。記憶をどうにかする術もない。それは少し――さすがに僕の予定に支障をきたす。
「……ああ! もう――純粋な身体能力なら僕が上なんだ。攻撃力に欠ける君たちに負けるはずがあるかよ」
多少攻撃を喰らっても、飛ばされないように踏ん張ればいい。僕に傷をつけた攻撃だって、かなりの勢いをプラスしてもわずかに血が出る程度だ。問題ない。
どうせ、女の方が持っている爆弾なんて、威力が強すぎるものばかり。市街地では使えないから警戒の必要もない。
「さっさと……消えろォ!」
敵からの攻撃を無視して彼の腹を拳で粉砕した。四肢を変な方向に投げ出した状態で飛んでいく。ほら、攻撃を受けても僕には傷一つついてない。最初からこうすればよかった。
「次はお前だ!」
こっちは一撃で終わる。どうせあいつは死んでいないのだから、あとでゆっくりとどめを刺そうと思ってよそ見した。……拳が受け流された。”何”に?
あの焦げた腕で防ぎ切れるものではない。むしろ腕ごと砕いてやるくらいのつもりでやったのに。
「……っぐ!?」
喉を掴まれた。これは……
「三本目の……うで?」
女の背中から生えた三本目が僕を拘束している。……驚きに一瞬固まった。まさか女の子の体にそんなものが、と。しかも使いこなしている。フードから除く顔は結構綺麗なのに。
「……あ!」
地面に叩きつけられた。一瞬、呼吸が止まる。
アーティファクトの弱点だ……衝撃は消せない。頭を揺らされると人間は気絶する。終末少女なら本体側からリセットかければ済むが、それを見せるのは少々まずいか。
そして、ダメ押しの爆薬が視界の端に見える。爆薬の衝撃で頭を地面に叩き付けられるくらいなら、自分から頭を地面に叩きつける。その後の爆発の衝撃は耐えれば済む。
「なんか黒くてうろこが生えてるけど、別にもぎ取ってやれば何も変わらないよねえ」
気絶はしない。次は僕の番だとばかりに三本目の腕をねじり切ってやろうとして……腕が動かない。
「……お前か!」
再生を終えた彼がバヨネットを僕の周りに突き立てていた。こちらの動きを止める魔術……それも結界型! でも、いくら強化しようがこんなもの、すぐに壊してあげるよ。
「……っきゃ!」
また――目を狙われた。バヨネットの一撃。息をつく暇もない。思わず目をつむってしまって、開けたときには誰も居ない。
「――逃がした?」
改めて結界を壊す。立ち上がって、彼らが逃げていった方向を見る。制限した視力では何も見えない。
「……ルナちゃん」
すぐにアルカナが駆けよって来た。心配そうに僕の体を見ている。……僕が心配? そんなこと――あんな弱い奴に僕が負けると思ったのかと苛ついた。
「アルカナ。何も問題ないよ、逃がしたのだってわざとだし」
うん、そうに決まっている。本気でやって出し抜かれた――なんてあるわけがないじゃないか。それに、終末少女の感知能力なら街中に潜伏したところで無意味。
なぜなら、そのすべてが感知範囲。追いかけて殺そうと思えば簡単だ。そうしないのは、単に遊びだったからに過ぎない。そう、さっきのはただの遊びだったのだ。
追いかけるなんてことはしないよ。だって――うん、逃がしたのはわざとだし。わざとだから、彼らの頑張りをそんな無駄にするようなことはしない。
「うん、すごい人だったね。僕相手にあそこまで戦えるなんて。素の身体能力からして改造済みなのは分かったけれど。さらには薬物強化までしてるね。単純な強化能力があそこまで高いレベルで統合されているなんて驚きだ」
当たり前と言えば当たり前だけど、ここは人が戦うのが主となっている世界。機械で戦う前の世界と違って個人の戦闘能力に重きが置かれている。
その中で発展する技術があれば、それは人を強化する技術だろう。想像もつかないレベルで高次元に発展した技術がある。そこでは薬物など、おまけ程度に過ぎない。
超高度な人体改造技術は興味が尽きない。
「ねえ、ルナ様」
アリスが近寄ってきて僕の手を取る。震えている。
「――あいつら、ころす」
眼には燃え上がる黒い炎が噴き上がっていた。でも……それはだめ。そっと耳元に口を寄せてささやく。
「だめだよ――あいつらは、僕の獲物だから」
そのまま抱きしめる。うん、やわらかい。いいにおいがする。とても落ち着く。頬を摺り寄せて、髪をなでる。心地よい感触を堪能して離した。
「そうだ、アルカナ。あそこで飛び出さなかったからご褒美を上げる。……だっこしていいよ」
くい、と首を傾けて腕を上げる。アルカナは嬉しそうに僕を抱き上げる。……お姫様抱っこ。
まあ、男だったら恥ずかしかったかもしれないけど、今の僕は幼女だし。それに、あれだけの戦闘をしておいて疲れ知らずはいくらなんでもおかしい。
僕は疲れ知らずの万能戦力を人類に提供してやるつもりなんてない。ここは、疲れたふりをしておかないと、ね――




