第28話 路地裏の決闘(乙) side:ルナ
先の攻防は互角だった。当たった攻撃は僕には効いてないし、彼についてはもう治った。
両者が同時に踏み込む。
けど、僕の方が早く動ける。それでも十分間に合ったと思ったのだろう、彼は反撃のためバヨネットを握りしめた。
でも、残念――それはトリックだ。僕の振り上げた拳は、彼が防御のためにあげた腕のすぐ下を通って腹にめり込む。
「……が!」
かすかにうめき声を漏らす。殺気を出すタイミングを一拍早くしたのさ。そっちに反応したために僕の動きに対応できなかった。
防御をすり抜けたように感じたろう? これぞ――
「月読流……【残影の構え】」
もちろん僕が作ったエセ流派だけど、終末少女はいろいろなことができるんでね。
人間の流派などに負けはしないよ。なんせ、箱舟の超技術で作られたコンピュータでシミュレーションを繰り返して作った物理学上の最適。
この僕の――”ルナ”の肉体構成要素で再現可能な最速、かつ最大威力の必殺技だ。武ではなく、計算に依って創造された究極の流派である。
「――破!」
それでもこの男は倒れはしない。再生能力、そして根性で理不尽を体現する。
巨岩のような拳が降ってくる。すごい気迫――でも、当たらなければ意味はない。かわしてひざにけりを入れる。壊した。崩れ落ちる。
「遅いよ」
身体が沈み込んだ瞬間、それでも彼はバヨネットで反撃しようとするけど、それが届くより早くアッパーカットで脳を揺らした。巨木の様なでかい身体に据わった瞳の焦点がぼやける。
「……ジャア!」
なぎ倒すような蹴り。かわし切れなかった。壁まで吹っ飛ぶ。でも、重心のぶれた蹴りなんてただの扇風機、効きはしないよ。トン、と壁を蹴って近づいてまた接近戦を。
「シ――」
「っふ」
パシパシと小気味よく互いに拳をさばく音が響く。
僕の方が速いはずなのに、決まらない。これが技術の差というものか。なら……パチ、と片手で指を鳴らす。警戒して隙が出たところをキックしようとしたけど、僕の顔に拳が突き刺さった。その拳をつかむ。
「――ッ!」
彼が息を呑む音が聞こえる。
ここまでが策略だった。つたない策で隙を突こうとすれば、それが逆に僕の隙になる。歴戦の強者ならばこの隙に反応できないはずがない。
膠着した戦線を動かすには、こちらが不利になってやればいい。だいたい、有効打を受けたところでアーティファクトの防御性能なら効かんのだから。
「僕の方が策は――上!」
腕をつかんだ状態で思い切り体を振って、ドロップキックを叩き込んだ。
衝撃を全て伝える殺し技だ。ろっ骨をまとめて叩き折った感触があった。肺に刺さってるかもね。常人なら致命傷。そうでなくとも動けやしない。のに――がし、とそいつの手が僕の頭をつかんだ。
「諦めんぞ、貴様らヒトでなきものを駆除する。その時まで諦めてなどなるものか。なぜなら――」
な、内臓が破裂しているんだよ。その状態でなぜ動く!? 僕の頭を掴む手はぎりぎりと力が増して……
「諦めなければ、夢は必ず叶うと信じている!」
腕を外すのは間に合わない。心臓の前に両腕をクロスさせて防御しようとして、掴まれた頭を引っ張り込まれてその勢いのまま見開いた眼にバヨネットを叩きこまれた。
フェイントで防御させて、無防備なところに一撃を叩き込む……残影の構えでやったことを返された。
「あ……が」
痛い! 眼球に傷が入った。それでも――こんなもの、終末少女どころか人間の致命傷にすらならない。アーティファクトもたかが一回ごとき防御能力を超える攻撃を喰らって破れるなんてことはない。
このくらいなら継戦能力には何ら支障も出ていない。ちょっと目に針が刺さったのと変わらない。問題などなにもないはず。まばたきして、もう一度瞳を開ければ治っている……その程度の傷。
「あく……ッ!」
なのに、なんで身体が動かない? 刺された目どころかもう片方も開かない。冷たい汗が流れるのを感じる。
僕は終末少女だ。だから、体がちぎれようと何の問題もなく戦える。だって、本体は箱舟に安置されている本だもの。操り人形を壊されても本体には影響しない。
なのに、なのに、なのに――
「あぅ……うう……」
なのに、なんで僕は――こんな、人間みたいな。
痛がってるの? そんな馬鹿な――終末少女なら、腕が千切れようが胴体が泣き別れしようが戦える。そういう存在だ。
だって、この体なんて、操り人形に過ぎないなんて幾度も言った。
……奴が腕を振り上げるのが気配でわかった。
「わ……あ! やだ! やだ!」
僕の頭を掴む腕を殴り壊して、後退する。
逃げた? この僕が――終末少女が、人間ごときに……まさか。いいや、違う。そう、これは少し距離を取っただけだ。
そう、逃げたわけじゃない。
膝をついて、瞳から光が消える。”設定”を変えるには、一度電源を落とさないとね。
「……もろいな、化け物」
彼が距離を詰めようとして――
「……まずいな」
アルカナが動こうとしているのを感じる。僕を助けるために? ……僕を舐めるなよ。助けなんて要らない。必要ない。
「やめろ!」
怒鳴った。僕は一人で出来る。僕はルナ。箱舟の主。それが、か弱い人間を相手に仲間へ助けを求める? そんなバカなこと、あるはずがないだろう。
「……くす」
笑い始める。設定の書き換えは終了した。考えてみれば、こっちの方が不自然だった。
単なる設定のミスだ。能力を制限するときに人間の体をベースに【災厄】を再現した。その時に痛覚を強くしすぎた。
痛みなど、終末少女には不要なのに。
「くすくすくす。少しだけ、僕の機能を開陳してあげよう」
これが本来の姿。人間じゃない――終末少女。痛みなど必要としない。恐怖など抱かない。完全無欠の戦闘兵器。”神”だ。
「人間ごときでは越えられぬ壁を思い知るがいい。……『時は流れ、全ては滅ぶ。崩れ行く刻の中で不変たるものよ――虚無の衣を纏いて現れよ! C・W サイレント:デス』」
ここに、時を進める劣化の呪いを振りまく死神が舞い降りる。ただのRクラスモンスターだけど、能力はあの【災厄】をも上回るのだ!
もちろん、その力をそのままに振るいはしないけれど……人間が僕に勝てるわけがない。
「あは。あははははははははははは! 勝てると思った!? 一撃入れて、このまま僕に勝てると思っちゃった!? でも、ざんねェんでした。お前じゃこいつには勝てない! 確かに再生能力はすごいね。もう腕が治っちゃってるよ。もしかしたら頭を砕いても生えてくるのかもね。でも、攻撃能力が低すぎるんだよ。ただのバヨネット……アーティファクトでもないそれじゃ、せいぜいひっかくのが精いっぱい。ほら、見てみてよ、僕の目にはもう傷跡すら残っちゃいない。僕だって再生能力なんてもちろんもっているけれど、君のように特化しているわけじゃない。1ミリも刺さってなかっただけさ。そして、千載一遇のこのチャンスにこの程度の攻撃しかできなかったってことは、それ以外の手段を持っていない、またはまともに実戦で使えたような代物じゃないってこと。そんな君ではこの死神に手も足も出ず嬲り殺しにされるのさ!」
目をごしごしこすって涙をふき取る。そしてまくし立てる。必要以上に威嚇している。これは、そう――”びびって”しまったからだ。けして、ルナは認めようとはしないだろうが。
「やれ! 『バッドオーラ』」
死を孕んだ風が吹き抜ける。びしびしと地面が劣化する。そして劣化して砕ける。その腐敗を含んだ猛毒が殺戮者の体を蝕むのだ。
腕はひび割れ、足は崩れる。この世界の存在に耐えられるような攻撃ではない。
「それで、行動を封じたつもりかよ!」
彼はなおも動く。一歩ごとに血を吹き出し、腕が崩壊して腐り落ちてもなお――そいつは止まらない。驚異的な再生能力でもって一歩一歩と踏み出す。
「牛歩。そんなのろい歩みではどこでさえたどり着けんよ、再生人間。諦めて塵となってしまえ! この僕に一太刀入れたことを地獄で誇るがいい!」
僕と彼の距離はただ10歩ほど。その距離は酷く――遠い。余裕ぶって笑うルナの後ろには死神が感情のない瞳で彼を見ている。
「地獄ぅ? 地獄というならば、ここがそれだ。人が魔物に殺される世界が地獄でなくて何なのか! 貴様を倒し、新たな世界の礎としてくれる。我が前の幾多の犠牲。そして、我らが犠牲となることで人類真化をなし、救済を遂げるのだ」
……へぇぇ。諦めないんだ。
でも、まだ2歩しか進めてないよ。再生能力で足はかろうじてつながり、片腕は動けるくらい筋肉が残っているけど、それでどうなる?
ほとんど骨だけになったその足で僕のところまでたどり着けるかな。声帯さえも腐ったその声で何を言う。
しょせん、人間が僕に勝てるはずがないんだよ。その時は僕がそう演出するだけ。すべては僕の掌の上だ。
「人体改造の果てに真化を促す。けど、無理だね。確かに君の想いは尊いさ。ヒトの中には人類の行く末のために命を投げ出すことのできる勇者がいることも認めよう。けれど、総体としての人類の本質はあくまで愚者。すべてを黄金に変えるなどできやしない。たとえ、錬金の秘奥の先に夜明けがあろうとも!」
結局はすべてが無為だよ。君の再生能力も無限じゃない。魔力が尽きていくのを――まさか、この僕が見逃すとは思っていまい?
死神のバッドオーラはあと一分ほどなら続けられる。けど、君の残り時間はあと何秒かな? 10秒、20秒……30秒まではない。
「否! いなイナ否――否! そんなことは認めない。諦めが人を殺す。無限の行程の果てに救いはある。ヒトが人を救わずして……誰が救おうか!?」
30秒。足が止まった。半分骸骨になっている。もう抵抗もできやしないだろう。
「なら、救いなどないのさ。――ほら、もう回復能力が切れてきたんじゃないかな? ……おっと」
飛んできたバヨネットを掴む。
「へえ……さすが諦めないというだけあって、最後に残った力をこの瞬間のために溜めてたか。けれど、通じなかったね」
彼は膝だった場所を突いて、一歩を進むこともできなくなった。




