第27話 路地裏の決闘(甲) side:ルナ
ちなみに、スイーツのお会計はすべてエナが払った。いや、僕たちが食べたの1割どころかその半分もないと思うし。身体能力だけじゃなくて食欲も桁外れだ。……燃費悪いね。
「これだけ時間かかったから、九竺ももう話が終わって待ちぼうけしてるかな?」
「そうね、2時間で済ますつもりが2倍以上経ってるもの。まあ、あいつらはあいつらで何か食べてるわよ。虚炉も連れてきてあげた方がよかったかしら」
そしたら厄介ごとを半分押し付けられたかも、とつぶやいていた。
「若いうちの苦労は買ってもするものだよ? そういうことわざがある。ま、仕事を押し付ける言い訳に過ぎないけどね」
能力を伸ばしたかったら効率的にやらないと高度に細分化された技術にはついていけない。まあ、無駄な仕事でも拒否すれば上司に睨まれるというのは往々にしてあることだけれど。
ここで重要なのは逆はないと言うこと。別にそれでおべっかになったりはしない。
「どこの言葉? 聞いたことないわね」
「さあ、どこで聞いたのやら。本で見たのかもね」
「……本、ね。魔術の理論の本でも読むのかしら? それとも――神話系だったりして」
「前者が多いかな。娯楽系の本はここで売ってる?」
……探りを入れられた?
まあ、どんな信仰を持っているかは気になるかと自己解決する。しかし、僕としてはそういうものがあることの方が驚きだ。
清貧を旨としようが宗教施設というものには金をかけるのが世の常である。でも、この町はそういったものが見られない。だから、あまり宗教というものは主流ではないのかと思っていた。舞う灰のせいで視界が悪いというのもあるだろうが。
「ここくらい大きな町ならどこかで売ってるわよ。でも、小さい町だったりするとあまりそういったものはないけど」
「へぇ。少し読んでみたいかな」
娯楽のための本がある。それは、僕にとっては少し驚きだ。
まあ、魔術式を本に刻みつけて兵器として運用している時点で高い製本技術があるのはわかってはいたのだ。とはいえ、そういう遊び的な部分も発展しているとは嬉しいサプライズだ。
思えば、食だってかなりレベルが高い。雑魚とはいえ魔物が襲い来る中、よくそこまで文明を発展できたものと感心してしまう。
「本ってのは中々一期一会的な部分もあるんだけどね、特に私たちみたいな風来坊には。古本は町から町へ流れていくけれど、一度手放した本を見つけるのは手間なのよ。荷物になるから読んだら処分しちゃうしね」
「エナはどんな物語が好き? 英雄が民衆を救うお話。それとも、女の子らしく恋の物語を読んだりするのかな」
「あー、私が読むのは冒険譚ばかりね。恋にあこがれるってのもわかるけど、やっぱり冒険はわくわくするでしょ? 誰も踏破したことのない場所を魔物をなぎ倒し制覇する。あこがれてしまうのよ、どうにも。だから、こんな職業やってるの」
苦笑い。エナも普通の女の子がかっこいい男の子に出会う物語に胸をときめかせたりするのかな。まあ、今は冒険の世界にどっぷりのようだけど。
「誰もしたことのない発見か。……僕は冒険よりも研究が好きかな――」
けど、僕は外に出るよりも内にこもるのが好みなわけだけど。アリスとアルカナを横に侍らせられるのなら最高だ。
ずっとベッドで横になっていたい。
「……そう。じゃ、こういうのは好きかしら――悪い組織の人から命を懸けて人々を守る話」
「好きだよ。でもね、”守られる”……それは嫌いかな」
そう。そうされるのも、それを当然と受け止める人間もだ。死ねばいい、迫りくる脅威に十字を切ってお祈りしてもなんともならないのだ。
僕なら、敵の喉元に食らいつく方法を考える。だって、憎いでしょう? できれば殺してやりたいでしょう? 好き勝手に自分に危害を加える敵というのは。何をしてでも一矢を報いてやりたいと思うさ。
「だから、エナは下がっていて。アリスとアルカナも手は出さないで。一対一……僕が片を付ける」
僕らは組合への道から少しそれて人気のない裏路地に入った。
それは、つけてくる人間を察したから。……人間、か? と疑問に思う。人気がなくなるごとに鬼気が巨大化している。もはやヒトとも思えない気配だ。
だが、それが意味することは。互いに遠慮は必要ない、そういうことだろう。鬼か何かと見間違えるほどの殺気が満ちている。
「大物、というわけか。九竺と比べても勝るとも劣らない。あのお笑いA級とは違う本物の戦闘機械がお相手か。さあ、来い! この僕が相手してあげよう」
手招きしつつ刀を出現させる。すでに人気はない、誰も巻き込む心配はない。ここなら存分に力をふるえる。
「……シンカ。進化。真価。深化。――神化。人はここにいる、魔物という脅威にさらされるこの世界に。なれば、大人しく滅亡するか? ……否! そのようなことはありえない。しかして人の身では力が足らず。……否! ゆえにこそ魔物を滅すことのできる真なる人間を我々は追い求めよう。黄金は神から与えられるか? ……否! 神の慈悲にはすがらない。ヒトの手でこそ黄金をつかみ取るのだ。【翡翠の夜明け】の暁に、人は完全たる人間になる」
祈りの言葉か。
キリスト教とも仏教とも違う信仰だ。彼は錬金と言ったか。ならば、これは真に錬金術が至る秘奥に他ならない。卑金属を真なる黄金に錬金する業をもって、真の人間に至る魔道。そして、その果ての救済だ。錬金術と宗教、その目指す先と本質は同じである。
「……お前は、翡翠の夜明け団の【殺戮者】。なぜ、ここに……?」
へぇ、知っているんだエナ。まあ、あれだけの気構え――あれで名が通っていないのなら嘘だ。とはいえ、危険人物としての有名さであるのは間違いない。子供が見たら、間違いなく泣くね。
「僕はルナ・アーカイブス。君の名を聞いておこうか?」
「貴様に名乗る名はない、人たる道に背を向けしもの――魔人よ」
「魔人……ねえ」
僕はそいつを上から下まで見る。うん、これは。どう見ても――
「そう毛嫌いしないでよ、ご同類。見たところ刻んだ術式は回復能力の強化。そして運動能力の向上と見える。中々にシンプルで……そして強い。君を改造した人間はいい腕をしている」
体の”内側”に術式がある。
そう、これはアーティファクトの応用と言っていい。アーティファクトは魔術のみで鎧を編んだ動く結界とも言える、そしてこの人体強化技術は魔術を体の中に彫り込んで強化改造する。
……魔核石を素材に進化の秘薬と調合し投与され果てしない強化の道を歩んだ終末少女と変わらない。しかし、素材が悪いね。弱い魔物、そして人間が元であるなら終末少女にかなう道理はない。
「そうだね。一対一なら丁度いいかな。遊んであげるよ、骨董品」
あの【災厄】のおおよそ4分の1の戦闘能力を基準として現在の僕の戦闘能力を調整した。普通の人間には30%のリミッターがかけられているというけど、【終末少女】はそれをいじることができる。100%でも――1%でもね。
「同類などと言われる謂れはない。ヒトに負けて人界より去れ」
消えた。……いや、一歩で距離を詰められるまでのろく歩いて僕の目を慣らさせて、そこから高速移動で目をくらます歩法だ。
ならば、左右そして後ろはない。上か下のどちらか。
「……下!」
銃剣……バヨネットが突き出される。短い柄にナイフをくくりつけたような獲物が僕の下からあごから脳天まで貫かんと迫っている。
手で払いのけた。アーティファクトの防御能力は露出している箇所まで及ぶために、逆に剣の方が刃こぼれするという異常が現出する。
「――ッシャア!」
……はや。払いのけた瞬間に足払いが来た。
膝で受け止める。彼、僕の身長の二倍ほどもある。僕は小さく、そして彼は巨体だ。……ビキリと彼の骨にひびが入る感触が伝わる。
コイツはアーティファクトを着ていない。そいつの戦力を過小訂正しようとした瞬間、きらりと刃物が光るのを目の端で捉えた。
「おっと! 油断も隙もないね」
使っていなかった右手で新しいバヨネットを取り出して僕の目をめがけて突っ込んできたのだ。だが、手でつかんで止めた。ステータスの暴力だ、彼は僕より遅く、脆く、力弱い。
それでもやはり侮れたものじゃないね、この男は強い。かよわい人間と侮ったが、この男ならば木刀で真剣を砕くような理不尽をまかり通せるのだろう。
「……ぐ」
気付けば僕の腹に、彼の膝が入っていた。……よく膝にひびが入った状態でこれだけの威力を、と驚いた。いや――すでに治っていたか。ふむ、回復効果のほどを見誤っていた。
「やれやれ、くるくるとよく動くね」
とん、と後ろに下がって肩をすくめて見せる。ダメージはない。ただの膝蹴りでは僕のアーティファクトは突破できない。けれど、防御の薄いところ――露出した個所をバヨネットで貫かれれば刺さる、かもな。
「しゃべるな、化け物。言葉は人間のものだ。つまらん挑発など犬も食わんぞ」
彼は両手に構えたバヨネットを十字に構える。……すさまじい鬼気は衰えるどころか勢いを増している。確かにこれは人間じゃない。
でもね、人外度で僕が負けるなんてありえないんだよ。君がどれだけの想いの果てにその力を得たのかは知らないが、この僕には敵わない。
「そうかい、なら次は面白いトリックを見せてあげようじゃないか」
今度は僕から動かせてもらうよ。風車の前に生身でどこまで耐えられるかな、蛮勇。




