第25話 マチアソビ side:絵奈利
何を考えているのだろう、あの子たちは。
「ぜーぜー。はー……」
息が切れているのは肉体的な疲れではなく、精神的な焦りに疲れによるものだ。
ってか、あそこにいるのは荒くれ者も多いのに、と頭を抱える。確かにこの子たちの力をもってすれば、危ないのは襲ってきた方なのは……それはそうだ。
けれど、実際にまずいのは逆にそいつらを殺しかねないこと。
それは――本当にまずい。
冒険者というのは信用が第一だ。それを失うというのは――首を失うのに等しい。同じ冒険者を街中で殺した人間なんて誰にも信用されない。
生活そのものが危うくなってしまう。買い物もまともにできなくなるのだから。そして、襲ってくる馬鹿はそういう奴らだ。後ろ暗いもの同士が喰らい合って消えていく。運よく生き残ろうが、ずるずると危ない裏仕事を続けざるをえない。そうすれば、運だけでは何日と持たない。
三人まとめて横に抱いて人目につかないところまで走ってきて、降ろした。なおもアルカナはルナを抱きかかえているままだ。
……少し、呆れる。
「……アルカナ、離してよ」
「え? いやじゃ」
アルカナがルナを抱えたままくすぐり始めた。まだやってる、と思う。
「え。ちょ……やめ……あははは。あうっ……ひゃあっ」
ルナちゃんは赤面してもがいている。……犯罪的な光景。小さな女の子を少女と呼べるような、けれど体は十分に女の魅力を持っている女が夢中になって体をまさぐっている。目をそむけたくなってしまう。
「ほんとに……そういうことは誰も居ないとこでやりなさいよ」
目の毒だ――これでは彼女たちを狙って、返り討ちに会う愚か者のほうに同情してしまう。人間への敵意を持っていない、と思ったのは早とちりだったのだろうか。
あの時の戦い、この二人は補助魔法をかけてルナを送り出したのだと聞いている。それをしなければあの槍は扱いきれるようなものではないのだと。
もっとも、あれだけの力。そんなことで扱いきれるわけがないと思う。あれを扱えるようにするだけの人体改造、そしてそれに耐えうるだけの適正――聞きはしないけれど、人類そのものを恨んでもおかしくないことをされていてもおかしくはない。
むしろ、それだけの背景があった方が納得が行くというものだ。あの”槍”は明らかにそれだけのものだった。
「にゃあっ。あふっ……ひゃあん! ね、ねえアルカナ。やめて」
「や~だよぅ。くくっ……ほんに、かわいらしいのう、我が主様は。けけっ」
「……アルカナ、ルナ様がいやがってる」
「いやよいやよも好きのうちじゃ。口では嫌がっておっても、体は正直じゃ。嫌なら、抱き着かんぞ? わしが拘束してるから離れられないのではなく、ルナちゃんからも抱き着いておるじゃろ」
「……むぅ」
「そう怒った顔をするでないよ、ほれ」
アルカナがルナを抱きしめたまま、さらにサンドイッチするようにアリスまで抱き上げる。まあ、幼女二人をまとめて抱き上げることなんて訳ないだろう。
「え? え? ……アリス、なんで」
ルナは疑問符を大量に浮かべながらも前に来たアリスを落ちないように抱きとめる。アルカナに色々されて、何が起こっているかもわかっていない様子。
「ルナ……様……」
「あう……アリス……」
見つめ合い始めた。
「むぅ~。わしのことを無視せんでくれんかの?」
そこにアルカナまでもが参戦してきて、というか初めからルナを抱きしめていたのは彼女なのだが。
「ああ、もう! そういうのは部屋の中でやりなさい!」
引きはがした。
さすがに看過できるようなものじゃない。ここは三人きりの部屋じゃない。私だってこんなイチャイチャなど見ていられない。何の関係もない人間がこれを見ればどうなるかは想像したくない。
まあ、どうせこの子たちはすぐA級に上がるだろうから、”またか”みたいな目で見られるようになるのかもしれない。……それはそれでなんだけど。
というか、A級の他の連中も癖が強すぎて――もう少しどうにかならなかったのかと声を大にして言いたい。才能のある連中というのはどこかタガが外れている。
それも、この子たち三人はよくある武術や魔術の際じゃない……ヒトをやめる才能。人体改造への適正だ。ヒトを人間扱いしていない。なぜなら、同じ人間というのは彼女たちにとっては当てはまらないのだから。
そういう観点で見れば、ルナこそが一番他人に優しい。
その言葉を使うと語弊があるかもしれないが、関心があって助ける気があるのは彼女だけしかいない。冒険者組合で男の手に風穴を開けかけたが、2人は制止するそぶりを一切見せなかった。
そもそもアリスに至っては男が反撃しようものなら即座に消すような殺気を感じた。毒虫か何かとしか思っていないのだ。
「ええと、甘いものとか好き? おいしい店があるの。連れて行ってあげる」
我ながらめちゃくちゃな話の転換である。だが、もう限界だ。この甘い雰囲気にも。そして、正反対のダークな背景の推察も。
どうせ、この二人はルナちゃんには従うのだ。この子を抱き込めば二人も右ならえ。今はそれでいい。きっと……この子たちも悪い子ではないから。
「さあ、行きますか!」
無理やり声を張り上げた。うん、あの店は私もお気に入り。自分の心を癒すのにもちょうどいいだろう。目立たない席なら、イチャイチャし始めたって痛い視線を感じることは、たぶんそれほどない。
もともとそこは馴染み深く、静かに食事できるところだから。
「……あ」
と、声を上げたルナちゃんの目線の先を見てみると。
「……おにく?」
うん、どう見てもお菓子屋ではない。ビールにとてもよく合いそうな肉の塊に串を指してタレをぶっかけて焼いたものだ。よくある屋台料理の一つだった。
「えと……あれ、欲しい?」
「……別に」
ふい、とそっぽを向いた。これは……照れてる?
「あ、そういえば僕お金持ってなかった。魔石なら持ってきてるんだけどね。九竺に渡して換金してもらうべきだったかな」
「それなら、あとで換えればいいんじゃない? ここのお金くらい私が払うわよ」
「……むむ」
難しい顔をしている。
「そんなのいいから――早く行きましょ!」
でないと、周りの目が痛い。
なんでこんなに目立つの? 人通りが少ないところだったのに、もう人だかりができている。有名っていうのはこういうところが嫌になる。
もしかして、見た目麗しい美少女を絡ませるのが私の趣味だと思われているのだろうか? いや、私は普通にノーマルだからね! A級とかS級の人間で常識人はむしろ希少な気がするけど、私はノーマル! 声を大にして主張したい。でも、そんなことを公然と言い放ったら、別の誤解を生んでしまう。
「……っは! いい趣味だな、【影なし】」
そう、こんな風に……って、お前は――
「なんでこんなところにいるの、【烈風】。同じA級でも、アンタは私と楽しくお茶会なんて柄でもないでしょう」
実のところ、その二つ名は気に入ってない。影すら見せずに魔物を殺戮していく殺し屋、ということでその名がつけられたが――格下ならば存在すら知らせることなく倒すことができるのは当たり前と言えよう。
その程度しかできない奴、という意味では嫌味にすら聞こえる。だから、そいつの異名も嫌味たっぷりに呼んでやった。その速さから名付けられた異名ではあれど。しかし、速さにおいては私にすら追いつけない。A級内でも実力の格差はある。そして、こいつははっきりと下のほうである。
「っち! テメェなんぞを見て気分が悪くなったぜ。それも、そんなガキを侍らせて喜ぶとはな、変態め」
「勘違いしないでくれる? この子たちは……えと」
え? 保護、してる? 実力は完全にこの子たちのほうが上よね? まあ、色々と教えてあげようとは思っているけれど。
もちろん、こいつが思うようなこととは別のちゃんと役に立つことを。でも、これってどういう関係なのかしらね。実力が劣る師匠というのは少し気乗りがしないし、自称したくもない。
「は! これはお笑いだ。答えられないようなことをしようとしていたわけか。あの品行方正で通ってる【光明】の、それも女だてらに実力あるからって人気のあるお前さんが――まさか公衆の面前であんなことさせて喜ぶたァな!」
「待ちなさい! あれはこの子たちが勝手にしただけで、私がさせたわけじゃないわよ!」
「犯罪者はな、皆そう言うもんだぜ?」
「善良な一般人だって、あらぬ疑いかけられたら言うに決まってるじゃないの!」
「くっくっく。こいつはどうしようかな? あんたみたいな外面のいいお嬢さんはこういうことがバレたら困るんじゃねえか。なあ――」
「はぁ。……どうしろと?」
馬鹿だな、こいつと呆れた目を向ける。いや、ばれるも何もこんな普通の道で隠し事なんてできるはずもない。脅迫なんてもの、公然の秘密でできると思う方が阿呆だ。
ああ、冒険者なんて大体はアホか。と納得する。
「俺はA級最下位といってもいいレベルだと思われている。このまま功績を上げ続け、S級になろうとしているお前らとは大違いだ。だがな、そんなもんは真の実力じゃねえ。いいか? 速いってのは――強いんだ。俺はお前より強いんだよ。そんな俺がA級でいるのはおかしいとは思わないか」
正直、まったく思わない。
A級やB級にはソロでやっている人間が多くいる。その方がいいというわけでなく、そもそもそいつらは協調性というものを持ち合わせていないのだ。
その場合、どうしても魔物相手の戦力と見れば劣る。冒険者は魔物を倒すことが存在意義と言っていいから、ソロは軽く見られるのも道理である。
「お前、私たちに勝てるつもり?」
「徒党を組んでりゃ難しいかもな。だが、一対一なら負けるわけがねえんだよ」
やはり――こいつはダメだ。一対一なんて、剣闘士か闇討ちでもあるまいし考えること自体が無駄。とん、と一度ステップしてからトップスピードに移行。
一気に加速して回り込む。
「このありさまで?」
後ろからナイフを首筋にあてた。恥ずかしながら【影なし】という異名までもらっているのだ。この程度は余裕である。
「な!? な、なななな……なァっ!」
動揺している。滑稽で笑える。ルナちゃんなんて膝をついて道路をたたきながら、指さして大笑いしている。
いくら土が付かないからとはいえ、はしたない。注意しなければならないと思った。
「て、てめ。卑怯だぞ! 不意打ちなんて、冒険者がやることか!」
「やることよ。徒党を組もうが、不意を討とうが魔物を殺せればそれでいい。それが人々の平和を守るということだし、冒険者はそれ以外を求められていない。人類の守護者たる冒険者にあなたみたいなのは向いていない」
こいつは【烈風】……風だ。”それ”は速くて軽い、風などでは魔物に致命傷を与えるなど難しい。A級の中でも下級とみられるのは当然なのよ。人間相手に強くたって意味がないから。
「……この!」
苦し紛れに腰に差したレイピアを抜いて攻撃してくる。服こそ魔法強化を施されただけの鎧を着ているが、こっちはかなりの業物――アーティファクト。とはいえ。
「軽すぎるわ」
ナイフで弾いて落とした。
折れていない、この強度はさすがね。レイピアは細くて脆いものと相場が決まっているのに。もっとも、魔法的な効果まではない。付加効果はただの強化魔術か。全体的に高価なものではあるけれど、その中では安い部類に入る。
「馬鹿な……俺が、負けるなんて」
彼はがくりと膝をついた。……さっさと逃げるなりなんなりすればいいのに。とは思っても、こんなんだから誰も注目しないのだろう。
「ありえない、とでも? そう思ってるうちは一生強くなんてなれないわ」
腹に蹴りを入れて気絶させた。
「あはは。お疲れ、面白かったよ」
「ルナちゃん、見世物じゃないんだけど?」
「……拍手されてるよ。手を振ってあげたら」
「それ、完全にこいつを馬鹿にしてるじゃない。さすがにそこまではしないわよ」
ため息をつく。人がやり込められて面白おかしく笑いものにするというのは好きじゃない。されるのはもちろんだけど、誰かがそうされることも見ていていい気分はしない。
「ここは酒の一杯でも奢ってやろうかとでも言うような場面なんだけどねえ」
ルナちゃんはケラケラと笑っている。
「言っとくけど、私の目の黒いうちはお酒なんて認めないわよルナちゃん。まあ、アルカナなら飲んでもいいくらいの年だろうけど」
「あれ? 飲んでいいのって何歳からなの」
「14よ。まあ、その前からも結構飲んじゃってるんだけどね。質が悪いのを飲み物代わりにしてるところもあるけれど、そういうのって身体に悪いの。もちろん、ちゃんとしたのも飲んじゃ駄目よ」
「はいはい。僕は甘いスイーツでもむさぼることにするよ」
言葉に反して握っているのは肉だった。小さな口で頑張って噛み切ろうとしている。
「ルナちゃん、それどこでもらったの?」
「そこの人」
ぴっと、食べ終わった串で指し示した。その人はなぜかいい笑顔ともにグッと親指を立てた。……頭が痛い。
よし、甘いもの食べて気分転換しようと決めた。初めからあそこに行くって言ったし。でも、どうしてこうなるかな!
ルナちゃんと会ってから面倒ごとが向こうから激突してくるよ。……疲れた。




