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第22話 初めての旅 side:ルナ


「で、そういうのってよくあるの?」


 追い出されてきたというのに、九竺はあっけらかんとしたものだ。怒ったりもせず、仕方のないことだと心に折り合いをつけている。

 村人たちの怒鳴り声は――人間の耳ではそうそう聞き取れないはずだからあえて言及することはない。笑ってはいないが、しかし苦笑しているような顔をされてはルナも本人を差し置いて怒れない。


「ああ、ああなってしまっては報酬は払えんさ。俺たちも、そう余裕があるわけじゃないから彼らを助けられることもない。というか、金がないのは俺らも同じさ」


 纏っている服を見てため息をつく。彼らの服は薄汚れている。

 ……僕たちのは新品同然にキレイだけれど。アーティファクト級の防護は敵の攻撃を魔法防御する。鉄の鎧とはわけが違うゆえ、砂埃など低級な攻撃を受け付けるはずがない。

 だからこそ。うん、これは。


「壊れかけてるの? 見たところ、まだ機能の完全喪失まではしていないようだけど」

「そんなとこだ。つか、二本で一本のはずのこいつも片方失われちまってるしな。……はぁぁ」


 ずずーん、と効果音がつきそうなほどの落ち込み具合である。

 ここで僕が同程度の品を上げるのは容易だ。というか、彼らの纏うそれは僕にとっては最低クラスのものでしかないから。

 今、僕が着ているものだって、最低クラスをわざわざ作り直した。それでもなお、この世界では最高級のはずだ。彼らは冒険者の中でもA級と言っていたからかなり上のはず。いや、もしかしてSS級とかSSS級とか、さらに上のUR級まで存在してたり?


「ねえ、九竺たちの階級って全体から見てどのあたり?」

「うん? まあ、最高クラスだぜ。S級とA級の違いは経験や名声の差だな。アスモデウスを撃退できたんなら、間違いなく昇級できるはずだ。……退(しりぞ)けはしたものの、撃退したかは微妙なトコだが」


「じゃあ、S級の上はないの?」

「ああ、ないぜ」


 ないらしい。まあ、ガチャではないのだからURはなくて当然な気もするが。


「じゃ、下」


 冒険者が終末少女と比べてどれほど下かなどわからない。天体と草木の大きさの違いなど測れたものではないのだ。

 とはいえ、人間だったころの身体能力と比較すると九竺たちはありえないほどの運動能力を会得している。そもそも人は火を出せないし、触れたら当然やけどもする。

 ――あんなバトルなど、現実の法則では不可能だ。化け物を撃退できるだけの(ファンタジー)はあるということだ。


「下ねえ。上から順にB、C、D、E、F級と続くぞ」

「けっこう分かれてるね。実力の違いはいかほど?」


「F級はガキのお使いレベル。E級で多少危険のある地域での労働ができる。D,Eになりゃ魔物の相手ができる。まあ、ここらへんが相手すんのは猛獣程度のもんだ。一般人でも銃がありゃ倒せないこともないんだぜ。囲んで撃ちまくりゃ安全だな。で、B級は俺たちに準じるレベル。……はっきり言っちまうと、DからCに上がれても、CからBに上がれることはまれだ。それも、どこかの肝いりだったりするしな」

「……ふぅん」


 才能ってやつか。まあ、才能って言ったら僕の体もかな? ゲームでめちゃくちゃ改造しまくったのを才能というのもどうかと思うけど。

 九竺はまれとは言ったが、おそらく彼らの実力は伝説になるレベルだね、この言い分だと。もちろん、特別の事情を持つ者以外の話だけど。


「ルナなら間違いなくB級だな」

「……ん? ちょっと待って。階級って最下級から順に上がるわけじゃないの?」


「強い奴に下働きさせてももったいないだろ。大体は実力の1クラスか2クラス下で慣れさせる。お前さんなら俺らが保証してやればA級も難しくない。こっからは性格審査も入るけどな」

「えー。僕、偉い人のご機嫌取りは嫌い」

 

 ルナは頬を膨らませる。

 そもそも上の階級に行って何をするんだって話がある。僕は人類を救う気はない。ヒーローを間近に眺められて、適当に観光できれば十分。

 おべっかなんて、そんな気分が悪くなるような真似をしてまで責任をしょい込む気はさらさらないのだ。


「そういうのはないさ。ま、おだてられて死地に突っ込まされることはあるけどな。そんときゃ大勢の人の命がかかってるから断れもしない。そんな時にちょっとした配慮の差で外れ(くじ)をつかませられることもある。けど、自分に嘘をつく必要まではないんだ。……難しいか?」

「言いたいことはわかるよ。でも、論理的ではないね。どっちつかずだよ。要するに、譲れない部分は譲らない。けれど、態度の一つや二つなら譲歩してやれと君は言いたいんだろうさ」


「ああ、そうなっちまうか。難しいな」

「そうだねえ。じゃ、話を変えちゃおうか。頭が痛くなってくる。……これからのご予定は? 九竺君」


 そんなに興味もないしね、冒険者組合。互いの都合が合う限りは取引を続けてもいいってだけ。客観的に見て強すぎる冒険者は破滅を呼ぶ羽目になる。

 それは、魔王を斃した勇者は次の魔王になるように。制御不能な極大戦力など殺すしかない。


「がらりと変わったな。今後の予定はそうだな――とにかく、大きい街に行く。まずは装備の応急処置をしてもらわにゃ本当に壊れちまう。どんだけ金が吹っ飛ぶか想像したくもねえが、これでもA級なんで金はある。……新しい武器を買いたかったんだがな」


 じゃら、と黒い石がたくさん入った袋を見せる。……えらく低品質だが、魔核石だ。きっと。僕の知っているものは手乗りサイズの球で、九竺の持つこれが気泡の入った歪んだビーズみたいなものであっても。


「それ?」


 胡乱げな目で見ていることに気付かれたみたいで、九竺はわかってねえなあとでも言いたげに手を広げて見せる。


「魔石だよ、魔石。組合で換金できるんだよ、主にB級から上の資金源だぜ。人類の生存圏よりさらに外側、そこには強力な魔物がうじゃうじゃといやがる。ま、アスモデウスに比べりゃなんてこともないがな。俺たちはそこの魔物を狩ってこの魔石を手に入れる。街周辺の魔物は弱い分、小さすぎて金にならんから遠出するわけだ」


 どうやらお金にならなそうと思っているのを見抜かれたらしい。しかし、なんだ。それの名称……僕の知っているものではない。


「……魔石?」


 名前が違う。まあ、出世魚よろしく大きさによって名称が異なるだけかもしれないが。いぶかし気な僕の顔を見て、九竺がやれやれとそれをポケットにしまう。


「ああ、こういうもん――だ!」


 ひゅ、と武器を振った。雷撃が走る。


「ああ、うん……あれ?」


 蝙蝠のような魔物だった。弱すぎて気づかなかった。危機感が走りもしない。あれじゃほとんど野生動物。ことによるとルナになる前の僕でもバット一本で倒せそうな気がする。

 そんな動物もどきがイナヅマに焼かれて、消える。

 魔物というものは死んだら消えるのかと納得する。そういえば、映像で過去の戦闘データを見ていた時も消えていたっけ。そういう部分はゲームと同じらしい。


「ほれ、そいつが落としたやつだ」


 何もないところを指さした。いや。


「落としたやつ? ああ、これ」


 目を凝らしてやっと見つけた。魔力容量も大きさも小さすぎる。小指の先程度、いくら集めたって袋一杯にするのも難しそうなほどだ。

 塵も積もれば山になる――なんて言っても、一個一個塵を積み上げるのはたやすい話でもない。


「この辺の魔物は弱いからな。そんなの持ってっても値はつかない。というか、すぐに蒸発して消えるな、それは」

「え? ……え、ほんとう――に」


 もう無くなっている。こんな現象は知らない。なんだこれは。

 魔物の肉体が消えるのだ、不思議なことじゃない。――わけがない。魔核石は燃料だ。魔力を主な動力にしている以上、この世界でも変わることはない。

 何を作るにしてもそれを消費する。燃料が、何もせずに消えた。それが意味するところはと考えると背筋が寒くなる。


「いや、ある程度大きいものは目減りなんてしないぜ」


 九竺はのんきなもの。見慣れているなら、当たり前の話だろう。人は毎日見ているものに危機感なんて抱かない。


 でも、それは――そう見えるだけだろう。魔石自体はピラミッドを上下につなぎ合わせたような形をしている。

 蒸発しないのは単に表面積に対して体積の割合が大きくなっているためにそう見えるだけだ。そんなことを聞いているわけじゃない。もう大体忘れてしまった前の僕が理系人間だったことなんてのもさらに輪をかけてどうでもいい。


 ――”消えてなくなる”、それは物理法則に反する。エネルギーというものは消滅しない。拡散するか、他の形に変わるかの二択。これが熱だったら拡散して平均化する。魔物というものが凝縮した魔力ならば。……拡散して、二度と集まることがなければそれでいい。


 だが、マクスウェルの悪魔が存在するとしたら? 拡散した魔力がもう一度集まることがあったとしたら。だとしたら、すべては徒労だ。

 何度倒そうと、波に爆薬を投げ込むような意味のない繰り返し。根本的な解決になどならない。なんせ、倒したところで復活する。

 煙のように消えた魔力が、また集まり魔物となる。


 ま、僕の憶測でしかないのだけど。それで九竺たちを不安にさせるのは違うよね。言葉に詰まったのも知らなかっただけと誤解してくれるようだし。……違う話を振ろう。


「僕も売れるの? それ」

「まずは冒険者登録からだな。夜中まで強行軍すれば次の町まで、まあ1日でつくか。そいつらはお前と同じ速さで走れるか?」


「まあね」


 と、答えてから気づいた。それ、おかしくね? この子たちはサポートタイプということにしておこうと思ってたのに。サポートタイプが前衛設定の僕と同じ速度で走れちゃダメじゃん。


「そうか。じゃ、そんくらいでつくぞ」

「近いの? 遠いの?」


 うん、一々事情を考えるのもめんどくさくなった。体力的には問題ないから、もう気にしないようにしよう。


「近い街ならいくつかあるが、そこだと施設がな……」

「そういえば、身体は大丈夫なの? 一戦やったあとに強行軍なんて」


「一日なら何とかなる。それよか、装備のほうを何とかしきゃしなきゃ安心して眠れもしねえよ」

「そう。じゃあ、行く?」


 そんな緊張感のない感じで僕らは走り出した。……車レベルの速度が出てたよ。終末少女に比べれば弱すぎるけど、九竺たちも完全に人外の領域に踏みこんでる。

 ちなみに魔術詠唱者の虚炉も普通についてこれていました。基礎的な身体能力そのものは前衛系と変わらないらしい。つまり、僕の失言はなかったことになった!



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