ss5話 空中レース開催(下)
ルナはアルカナと共謀してカレンを倒した。が、前の方ではアルトリアが先行しそれをレーベその他が追いかけている。
「――」
ルナは加速して先頭集団の争いに参加しに行った。
カレンはその様子を見送り、そのまま着地した。ダメージと、無理やり静止させたせいで魔導人形の機能がほとんど喪失している。今の着地だって自力だった。
「……ふぅ。今日は運のない日ですね。行かないのです?」
「どうせ今からではアルトリアには追いつけん。それにあやつのことじゃから、どこに居ても妾のことを撃ってくるじゃろうからな――」
舞台となったサティスファクションタウンは狭い。町の一つや二つは収まるほどではあるのだが、魔導人形で直進したら10秒もかからない。ゆえに、レースの航路は複雑に入り組んでいる。
よって順位が遠く離れた者でもタイミングを狙って射撃が可能だった。
「――ッ!」
「……来たな」
鋭い視線に射貫かれたと同時、射撃が来るがひらりと回避して撃ち返す。が――
「チ、あやつらしく手抜かりはないな。さっさと消えよった」
入り組んだレース航路、撃ってきたアルトリアはもう射線から姿を消していた。ため息を吐いて、レースに復帰する。順位はかなり後ろになってしまったけれど。
〈さあて、レースは中盤くらいかな? お姉ちゃんが一番速いよ!〉
ファーファの放送の声が入る。バチバチにやり合っていたのは先の5人ほど。他は射撃戦をしながらレースできるほどの技量がない。モブはまだそれなりの損傷に収まっている。
〈カレンが落ちましたね。まあ、あの人は別のことを狙っていたようですが〉
〈しかし、ルナ様に手が届くことはありません。さらに巻き込まれて5人ほどは脱落済み。アルカナ様より後方に位置する8人は先着争いに割って入ることは望めません〉
〈レーベちゃんとお姉ちゃんはずっと戦ってるね! うんうん、最近着たばかりなのにすごいね、レーベちゃん〉
〈〈……ちゃん〉〉
〈どうしたのサファイアちゃん、ルビィちゃん〉
〈いえ、なんでもありません。ですが、レーベ様の方が苦しそうですね〉
〈アルトリア様の表情は当てにはなりませんが、それでも壊れかけの機体を扱わせたのなら一日の長の差が如実に発揮されることでしょう〉
〈うんうん、行けー♪ お姉ちゃん!〉
〈……アルトリア様。加速しましたね〉
〈レーベ様は毒づいていますが、しかしあの方にも最初の榴弾のダメージがあるはず。……どちらとも、持ちますか?〉
「……あはっ! 僕もそっちに行かせてもらおうかな?」
加速して6位まで追い上げたルナが、たった今追い抜いたばかりのモブ団員の目の前でターンする。
「ルナ様!? まさか……!」
「一度見れば、やり方を洗練することだってできる。自分で撃うならなおさらにね」
榴弾でそいつを爆破、叩き落としつつ――最初に二人が見せた爆風加速で一躍トップに躍り出る。タイミングを選んで、直線コースでやったから無駄なダメージもない。
「ルナ!? ここで勝負を賭けに来ましたか!」
「ふふっ。観客は波乱の連続こそを望んでいるだろうさ!」
ルナはレーベに攻撃をしかける。背後から撃ちまくる。
「チ――。ここで撃ち合いは分が悪いですね!」
「……ッルナか! ここでお姉ちゃんを抜かそうと言うのだな!」
そのレーベはアルトリアの方に近づいて射線を誘導する。アルトリアもルナへと撃ち返して三つ巴になっていく。
〈ルナ様が急加速、一気に先頭へと躍り出ました〉
〈争い続けていたレーベ様とアルトリア様との三つ巴……ですが、機体状況はお二人の方が悪いですね。ルナ様は急加速のダメージも低く、受けた弾丸の数も少ない〉
〈うーん、お姉ちゃんはルナちゃんに気を取られてるね。他の人ももっとがんばれー♪〉
ファーファの無責任な応援が功を奏したのか、団員達がトップ勢に近づいて行く。3つ巴になったことで3人の速度が落ちたのもあるけれど。
〈お三方の前に出る団員も出てきましたね〉
〈まあ、ターゲットになった途端に堕とされてますが……これで四人目。参加者は半分近くまで減りましたね〉
〈でも、だから速度を緩めるのもカッコ悪いもんねー♪ さあ行けー。お姉ちゃんを追い抜かしちゃえー♪〉
「ファーファッ!? お姉ちゃんへの応援は?」
〈お姉ちゃんも頑張れー♪〉
「ああ……!」
「――余計な真似を」
「いや、お姉ちゃんがやる気になって他を落とし始めた。なら!」
「ッ!? ルナッ!?」
出し抜けにルナが建物に接触する。翠鉄の夜明け団が設定したコースは、建物を避けたりなどしない。どうせシミュレーションだから壊してもいいというのもあるけれど。
とはいえ、その事故じみた接触にアルトリアが驚いた。他の団員もそちらを見てしまう。
「……あはっ。一抜けさせてもらうよ、四位クン!」
回転しながら墜落じみた軌道で向かった先は現在4位の彼。3発しかない榴弾、その2発目を使って先と同じように急加速。
リードを得た。
「な……ッ!? 置いて行かれた!」
「私たちを狙わなかったのは賭けを嫌ったからですか。その余裕、後で後悔なさい……!」
〈ルナちゃん、圧倒的な加速ー♪〉
〈さすがはルナ様、完璧な作戦です〉
〈こうなれば逆転は難しい。お二人は最大加速するだけで空中分解しかねない状況。ルナ様は反撃を嫌って四位の方を脱落させていますしね〉
〈もうすぐ最後の直線……かな〉
〈いえ、その前にもう一波乱〉
〈アルカナ様が追いついてきました〉
「――貴様が居たな、アルカナァ!」
「はっ! 要所要所で妾を撃ってこなんだらレーベくらいは落とせてだだろうに!」
機体がかなりボロボロになっているアルカナがアルトリアに逆襲する。ルナと同じように榴弾加速で無理やり追いついてきた。
だがもう榴弾は使い切っているし、機体にガタが出てスピードを出すのも難しい状況。それこそ時間稼ぎすらも怪しい惨状だが。
「堕ちろ、カトンボ!」
「簡単にさせてなどやるものか! おい、ぬしら! あやつを落とせたら妾のルナちゃん秘蔵写真をやろう!」
とんでもない裏取引を大声で言い出した。アルカナはネットワークどころか各種機器まで把握している。ルナのふとももなどが映っている写真があれば端末ごと初期化される恐怖政治を敷いていた。
アルトリアなど、ガチ泣きしてルナにデータを復旧してもらったこともあるほどだ。
アルカナだから裏取引に出す写真など、それほどきわどいものではないけれど。それでも、信仰対象ですらあるルナの写真など喉から手が出ても欲しいものだった。
〈うわあ。なんかやる気になってる?〉
〈何が良いのでしょうね〉
〈それに、アルトリア様を相手に数を頼んでも――〉
「……ふむ。負ける訳には、いかんな。あの子のあられのない写真をバラまかせる訳にはいくまい」
「んな写真を人にやるものかッ!」
数にして12人がアルトリアに狙いを定めた。だが、やはり相手はアルトリア。アルカナも鋼を使うのではあまり能力を発揮できない。ならば――
「それこそ判断ミスだな、アルカナ。常識では”英雄”を測れんといい加減に知るがいい……!」
「さて。理解などできんさ。結果から統計を出すのみなら、まず事例を積み上げる必要があるだろうさ」
「――ならば、見せてやろう」
「やれいっ!」
「「「はっ!」」」
集中射撃が来る。絶対にかわせない射撃の牢獄、ゆえにこそ英雄は不可能を実現する。
「皇月流……【穿騎】」
「がはっ! 馬鹿な、鋼などで皇月流を繰り出せば魔導人形が耐えられるはずがっ!?」
高速の正拳突きがアルカナのみぞおちを抉る。ダメージが伝播しアルカナの着ている魔導人形が砕け散る。アルカナが落ちる、その瞬間に。
「全員堕ちるがいい。皇月流……【驟雨】」
中心を突破されアルカナを落とされ、攻撃のために振り向いた他のメンバーを連続攻撃が叩き落とした。
「ひっ!」
そして、一人残されたメンバーが恐怖に息を飲む。
「安心しろ、お前も忘れていない。ちょうどいい位置に居たからな。……皇月流【天啓】」
気付いた瞬間にはかかとを引っかけるように接触していた。アルトリアは彼を踏み台に急加速を行った。反動を受けた彼はコースを外れてビルに叩きつけられる。
そして、レーベは。
「――狙うならブースターしかありませんね」
「できるかな? カレンはそっちに狙いを付けなかったからね」
「やってみせますよ!」
「やれるものなら!」
ルナを追いかけつつも、そのスピードを落とすためにブースターを狙う。だが、まだそちらにダメージはない。榴弾では前を飛ぶルナに当てられない。
「……ッ!? まさか、当ててくるとは――ね!」
「当然! ――くぅ!」
ブースターに当てられ火を噴いた。お返しとばかりに最後の榴弾を放つ。さすがにレーベも当たらないが、しかし爆炎でスピードが殺される。
「私を忘れてもらっては困るな!」
そして、後方集団を全滅させたアルトリアが追いついてきた。
「お姉ちゃん!? あの状況で全員を倒した!?」
「しかも、どうやってこの加速を……! 化け物め!」
〈さあ、そろそろレースも終わりだよー!〉
〈最後は上空の直線コース。街中を駆け抜けた迷路も終わりですが……〉
〈しかし、どこからでも射線が通るようになります。生き残りは数少ないですが〉
〈お姉ちゃん、ルナちゃん。あとはレーベちゃん! 最後を駆け抜けるのは誰かなー?〉
〈〈……〉〉
〈サファイアちゃん、ルビィちゃん?〉
〈いえ、申し訳ありません〉
〈この直線、機体と順位はルナ様が有利ですね〉
ルナは一つブースターを撃ち抜かれたとはいえ健在、対する二人はギィギィと音が聞こえてきそうなほどの損傷が目に見える。
「さあ、真っ向勝負で勝者を決めようか!」
「望むところ!」
「……勝つのは、私だ!」
もはや小細工は意味をなさない。銃撃などすれば、狙った方と狙われた方が揃って順位を落として優勝が決まる。ゆえにこの段に至っては全力飛行、それ以外にない。
「……ッ! 勝つのは、このお姉ちゃんだ……!」
「あは。手加減ほど冷めるものもないよねえ」
「――」
ルナに追いつき、抜きかけるアルトリア。レーベは後方から必死に追いかける。直線の半分ほどの行程が一瞬で過ぎ去る。
「――ぬぅ!?」
「あは! やはりその機体では無理だね!」
バキンゴキンとアルトリアの魔導人形が崩壊していく。それに伴い、減速が起きる。その瞬間に、レーベがルナに追いつく。
「やはりあなたは”見”に回る!」
「レーベッ! だが――まだ!」
凄まじいデッドヒート。触れあえそうになるほど近くで、両者ともに全力で飛行する。――ゴールテープを切った。
〈わあ! どっち!? どっち!?〉
〈これは……ええと。そうですね、私たちでも分かりませんね〉
〈ええ、分かりませんね。ルビィ〉
〈サファイアちゃん、何言ってるの? レーベちゃんが勝ったじゃない。こういうの、勝敗は始めは隠すものってルナちゃんが言ってたよ〉
〈〈……〉〉
二人は内心言い出したのはお前だろうとイラついたが、つとめてポーカーフェイスを保った。
観客の方は、大盛り上がりだった。大成功と言っても良いだろう。まあ夜明け団にしらけさせるような愚か者は残っていないということだろうけど。
「あは。負けちゃったねえ」
「ええ。それで、下ろしてくれます?」
ルナはゴールテープの先でピタリと静止していた。レースが終わったのなら、異能は解禁だ。速度を殺してしまっただけ。レーベも魔導人形が壊れた先で壁を蹴るために足を伸ばしかけた姿勢で空中に止まらされていた。
パチリと指を鳴らすと、レーベだけが垂直に堕ちて着地する。
「すごいね。初参加で優勝だなんて」
「……少しは悔しそうにしたらどうです?」
「ううん……悔しがるにしても、もう少しくだらないゲームでやらないと可愛くないだろう?」
「――まあ、それでも勝ちは勝ちです」
レーベは曰く言い難い表情をしている。ルナは奔放に過ごしているように見えて、団員達の望むように動いている。この一件も信者に見せるサーカスの一環だから、勝とうが負けようが本当はどうでもよかったのだろうと見当が付いている。
「うん。皆も盛り上がったようで何より。また遊ぼう、どうせこんなものは英雄譚のエピローグでしかないのだから」
「……それでも私は進むことを諦めていませんよ」
「そう。それは良かった。このアームズフォートはエインヘリアルの揺り籠だ、好きに過ごすといい。――退屈に殺されるなど詰まらないことにはならないよう、色々イベントはやってあげるから」
「本当にお優しいことで。……ルナ」
「そうでしょう? でも、今日はイベントを考えるので疲れちゃったな。――アルカナ」
「ああ、ここに居るぞ。ルナちゃん」
いつの間にか近づいていたアルカナがひょいとルナを抱える。そのままアリスを回収するために実況席に向かう。
「ヒトは滅亡の危機に陥る度に壁を超えてきた。魔人化もそうであれば、魔導人形も。けれど、滅んだ世界に現れるあなたは超えるべきではない壁なのでしょうがね……」
レーベはルナが去って行った方向を睨みつけている。それがただの八つ当たりでしかないとしても、立てる爪すらも無くなってなお生きる方法など知らないのだから。




