第79話 絶望のカウントダウンは止まらない
状況は絶望的だ。ジョンがどれだけの魔物を倒しても、どれほど国政に心をすり減らそうと、しかし何かが良くなった気配すらない。それどころか、山積みにされる書類のごとく悪い知らせだけが積み重なっていく。
ジョンは現場で様々な問題を一気呵成に解決しているが、しかし研究・政治活動の中心は王宮だ。現場に出ずっぱりの訳にはいかない、その悪い知らせを聞きたくなくても無視するわけには行かないから、王座に戻らざるをえない。
何かが出来たという感慨すらなく、ただ多忙に押しつぶされて、けれど自らの誇りと魔人の力が倒れることさえ許さない。
「だれぞ情報部の者……封印柱の様子はどうか?」
「問題なく稼働しております。……ただ、負荷が大きく――これ以上負荷が増えると壊れるかもと、その」
「――停止に向けての善後策は?」
「広報としてその方針を検討中と一部に流したところ、それだけで暴動が起きました。……これは、もはや可能性を検討していると知られるだけで国民の反発は強いものとなるでしょう」
あまりの状況の悪さにめまいがしてくる。封印柱、あれは悪の黄金帝国がもたらした技術。豊穣をもたらすはずのそれは、その実として瘴気を他に押し付けるだけの代物だった。
それが世界のバランスを崩し、沈めるはずの瘴気を逆に加速度的に増大させてしまった。目を覆いたくなる惨状を引き起こしたのがそれだとしても……もはやそれを捨てられない。
「予想は付いていたが……」
「しかし、封印柱の停止は不可能でしょう。いくら王であるとは言っても、国のすべてを自由にできる訳ではないのです」
「――」
自暴自棄な発言に、王は目を細める。気分を害したと言われればその通りで自らが情けなくなるが。しかし、その言い分は王に向けるものではなかろうに。と。
「私を殺しますか? しかし、事実です。封印柱の停止……そんなものは民への裏切りだ!」
だが、彼は逆に睨みつけてきた。
頬が痩せこけている。目はぎょろぎょろとして幽鬼のようだ。いや、それは誰も変わらない。
瘴気が蔓延してしまったこの世界で、病んでいる。体も、心も。天空に塔が突き刺さってから2年足らずで、すでに人が耐えられる世界ではなくなってしまった。封印柱が建てられてからは3ヵ月も経っていないのに。
「いや、良い。忌まわしき帝国がもたらしたものと言えど、あれがなければ国は立ち行かぬのだろう……お前は少し休め」
ジョンが手を振ると、彼は連れていかれる。皆が皆、限界を迎えているのだ。ジョンは最前線で走り回っているが、この王宮で仕事をしていても大きな精神的負荷がかかる。
この先の見えない状況で、未来のために考えなければならない。
しかも、いくら考えても民から返ってくるのは罵詈雑言だった。滅び行く世界で、民も限界を迎えている。誰も、もう耐えられない。
「王、もはや限界です。国庫にはもうほとんど備蓄が残っておりません。クリムノートととの戦争は限界です。もはや戦争を継続できる体力は、アルデンティアには……」
「だが、それでどうすると言うのだ? こちらが防衛を止めたなら、彼らは罪もない我が民を襲うのだぞ」
「……それは。それは、王が奴らを皆殺しにでもしてくだされば」
「虐殺など許されん!」
気弱げに訴えてくるが、しかしそれは最悪の選択肢。
クリムノートはそうでもしなければ止まらないとは弁えている。黄金帝国での所業を考えれば、ただの農民ですら参列して戦争を継続するだろう。
誰もが飢えているこの中で、アルデンティアに草木一本生えなくなるまで略奪を繰り返すのだ。生きるために、大切な誰かを守るために止まることなど考えられない。
「ですが、他の国から流民の侵入も止まっておりません。グリフィン王国、妖精教導国、紅蓮王国――封印柱を建てる技術がない国の人間が、食うに困ってこの国を頼っているのです」
「……仕方ないことだ。彼らには助けが必要だ」
ジョンはふい、と目を逸らす。
そうだ、彼らを救ってやれるのはアルデンティアをおいて他に居ない。国に残っても、食べ物もなく魔物に襲われて果てるだけだ。
「しかし、この国にも余裕がないのです! 彼らへ支援する余裕など、もう――」
「だが、それをやめれば彼らは生きていけないのだ」
「国内で略奪が起きています。実際に彼らに届いているのは僅か、しかも混乱の最中に失われる物資も多い。これではいくらあっても足りません」
「では、どうせよと?」
「軍を下がらせ、王都を守護させるのです。このような物資の浪費を戒めれば、この王都のみでなんとか生き延びられるはずです」
ふう、とため息を吐く。この者は自分のことしか考えていないと思うが、しかし皆には賛同されているようだ。
情けない、と思うがしょうがないことなのかもしれない。今の状況で、他人を思いやれる余裕などない。他の国の奴らに分けてやるものなど何もない。貴様らにやるものなど剣の一撃くらいであると。
「……ヴェート」
信頼する文官の一人に訊ねる。
「はい。申し訳ありませんが、その選択を採るには遅すぎたかと。王都に残る物資では最前線の兵を支えきれません。逆に兵すらも暴徒になる可能性が大きいと愚考します」
「そうか」
ただ、その考えも駄目らしい。
それはそうだ。黄金帝国との戦争に引き続き、さらにクリムノートと戦争中。さらに避難民への支援物資も響いている。
もう逆さにしても何も出ない、そんな状況であった。
王都だけを守る。にしても、もう軍人が食べる分すらも残っていない。
「王よ、市場経済は崩壊しています。今や金銀財宝など石くれと同じ。生けとし生ける者全てが飢えておるのです。誰かを助けることができるような時代では……」
「……状況は理解している。だが、原因を辿れば疑いや無関心。他人などどうでもよいという心根が戦火を広げ、全てを焼き尽くしたのだ。私は諦めたくはない」
「そのような甘いことを言っていられる状況ではないのが何故分からないのか!? もはや他国など全て攻め滅ぼして、我が国のみで安全圏を築かなくては生きていけないと言うのに!」
「それは黄金帝国と同じ思想だ!」
認められない、それだけは。一喝すると、彼らは小動物の身を縮こまらせた。反抗することなど考えつきもできまい。
ジョンはただ一人の王だ。彼だけが王である。ゆえに ただの一人で全てを滅ぼせる絶対者だ。機関刀を持つ者に意見するなど、命をかけなければできやしない。
そこに急の報せが入ってくる。
「王! またもやテンペスト方面から魔物の群れが!」
そして、その報せが良いもののはずがない。もはや終わりかけているこの世界で、良い事など起こらないのだから。
「分かった。私が攻め滅ぼしてこよう……その前に宝物殿を改造した封印施設に魔石を納めてこなければならないかな」
王は、玉座を後にして現場に向かう。
そして、1か月が経った。
避難民への支援はもうない。届けるものがなければ、王が何を言おうとどうしようもないのだ。
クリムノートに対してはねばり強く説得を続けていたが、効果を奏する前に魔物によって食い潰されたも同然だ。もはや国体は崩壊し、最前線だったはずの場所も魔物が彷徨う魔境と化した。
まだ残っていた3国に関しても、確認していないがもっと酷いことになっている。クリムノートに酷く劣る戦力では、魔物への対抗などできはしない。
まさに蹂躙と言った有様で、アルデンティアへの避難が間に合った者以外は皆殺しの憂き目にあった。
隠れる、程度で災害を避けることなどできはしない。奴らは人間を滅ぼすことだけを使命に生きる”魔物”。こんな原始人程度の知恵では敵わない。
それでも、ジョンはまだ生き残っている人が居ないかと探し回った。もっとも見つけられたのは辛うじて息をする廃人だけ、彼らにはアガスティアの葉を飲ませる以外に何もできなかった。
ジョンが葉を持ち帰ると、それは消えなかったから持ち歩いている。何も言われていないが、それはジョンに扱うことを許したと言うことである。
そして二日三日と大陸を横断して探し続けていると、ただ一か所だけ人が生きる場所があった。そこは夜明け団すらも関与していない村。
その村を守護していた彼女と、会話をする。
「――あなたも、機関刀を持つ者か」
「いいえ、あなたと同じではありません。私ごときでは、あなたに傷一つ付けることはできないのだから」
女が機関刀を差し出して跪いた。全面降伏だ、何を言われたとしても従うだろう。この世紀末の世の弱者として。
「互いに機関刀を持つと言っても、経験の差か。私は黄金帝国、クリムノートで戦い力を付けた」
「それ以前の問題です。私には、これを本当の意味で扱うだけの意思はない」
抵抗の意思が何もない。ジョンに対抗することなど完全に諦めてしまっている。まあ、それだけの力の差があることは事実だ。
魔人であるか否かを除いても、この女はハーピィの女王にも劣る程度の力量でしかない。
「……意思? そういえば、あの神が重視しているものも」
「あなたには覚悟があるのでしょう。この暗闇の先に何が待っていても諦めない覚悟が。だからこそ強くなれた。けれど弱者であることに理由はない、私はもう強く在れない」
「だが、君は戦っていたではないか。魔物どもと、この村を守るために。……それはおそらく、この封印の術式が無いままに永遠にでも」
「村と、あの壁画を守るのが私の使命でした。けれど、もう良いのです。役目は果たされました」
「役目だと? どういうことだ」
「いつか来ると思っていました。窮極の機関刀を手にするために。誰をも従える力を携えて、魔王がその足を踏み入れる日が来ると」
「魔王? 私が?」
「最強にして窮極の王、それを魔王と呼ばずに何とお呼びすれば良いのでしょうか? そもそも、すでにあなたは全てを手にしている。あなたの力で出来ないことなど何もない」
「出来ないことなど何もない? そんなことがあるものか! どれだけ多くのものが私の手から零れ落ちていったことか! 力など、それでは何も救えない!」
「それでも、あなたが最強です。あなたはこれを取りに来たのでしょう? 機関刀を完成させるために」
「完成……? かの帝王の言葉――全ての機関刀を集めるのだとは、そういう意味か!」
「はい。全ての機関刀を集めた者には、その力が与えられる」
「……その力、とは?」
「ただの人間には窺い知れぬ、絶対の力。神となる力」
「神、だと?」
「私は何も知りません。この村も、もう役目は終わりました。……私は、もう疲れた」
それだけ言って、女は黙りこくって首を差し出す。刎ねるなり何なりしろと。やせ衰えたその体を見れば、何もしなくても死にそうだが。
彼女が守ってきた先を見れば、村人はほとんど生き残っていない。
魔物は退けることができても、魔そのものは防げない。瘴気が覆い、病が広まった。彼女も、もう限界だっただろう。食べ物だって、残っていないはずだ。こんな場所で。
「勤め、大儀であった」
そう労った。実際意味の分からないことだらけだが。王として、一人で頑張ってきた女は最後くらい報われてもいいだろうと。
言葉の一つで何かが変わることもないだろうが、頑張って役目を果たしてきたのは分かるから。
「――神の力か。だが、この終わりかけた世界を再生するものではないのだろうな」
差し出された機関刀を拾い上げ、壁画に向かう。
黄金帝国のメランザ・ラースクライムの遺言。全ての機関刀を集めよと言っていた。それが神、ルナ・アーカイブスへ反逆する力だと。
とはいえ、分かっていることがある。ルナには僅かに声をかけられたことがあるだけ、話してもいない。だが……あの神は世界をどうする気もない。
あの神を倒したところで世界は救われないのは分かり切っている。彼女は、何も関係などないのだから――傍観者者だ、あれは。
「私はどうするべきであるのか。民を、世界を救いたい……だが、あの神は何も答えてくれない。いや、もしかしたらあの神ですらも、そんな方法を持っていないのかもしれない」
独り言ちる。こんなこと、滅び切ったこの場所でしか言えやしない。
それは最前線の兵も王宮の文官たちも耐えられない真実。それを認めてしまえば、全てが崩れ落ちるのだ。
張り詰めた精神の糸を切る、絶望に至る概念。
「13の機関刀のコアを直結……それで神の力が手に入る。だが、それに意味はあるのか。神にすら救えないこの世界で――」
壁画に書いてあることは単純だった。すでに条件は揃っている、実行するにも難しいことはない。神に等しき力を手に入れたということになるだろう。
その力を前にすれば、ルナとて目の色を変えるはずだ。とはいえ、しかし――




