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第78話 クリムノートの侵略


 世界の終わりまで、近い。

 唯一勝利者であるはずのアルデンティアすら内情はボロボロと言う有様だ。だが、勝利者と言うならもう一国あるはずだった。

 黄金帝国に勝利した国……クリムノート。


「世界を滅ぼした黄金帝国に天罰を!」

「全て殺し尽くせ! 人類の未来を阻む害獣どもだ!」


 多々の罵りの声とともに軍が進む。いや、クリムノートが送ったその軍はもはや軍などと呼べやしない惨状だ。

 国の内部はズタズタだ。若き帝王が決戦で死んだことによって歯車が狂った。民は政府への反逆を叫び、政府は当たり障りのないことしか言えない末期的症状。

 その中で醸成された憎しみを逸らすため、民に突き動かされる形で敗北した黄金帝国への再派兵が決まった。


 ……の、だが――クリムノートは既にアルデンティアに対しても宣戦を布告してしまっていた。若き帝王が死んだのはアルデンティアの計略であるのだと。

 まあ、クリムノートは実際に似たような策を建てていたのでお前が言うなとの状態で。逆に、だからこそ引けないのだが。

 その戦線を抱える中、まともな軍を余計なことに動かす余裕はない。


 つまり、送られた軍は野盗と紙一重どころか更に悪いという有様だ。

 志願し、軍人に任命されただけの素人たち。練兵の期間すら経ず、ただ黄金帝国に恨みを募らせただけの普通の人々だった。


「居たぞ、黄金帝国の男だ! 生き残りだ!」

「殺せ! 悪魔どもを倒すのだ!」


 そうして彼らは戦う力のない町々を襲い始めた。男を殺し、女は犯し、財産を奪う。

 その虐殺行為は政府から軍として認められているからこそ苛烈さを増す。まともな軍人が居たら止めるだって? そいつらは、今アルデンティアと戦っているからここに居ない。


「ひゃっはあ! あっちに女が居るぜェ!」

「おお、どこだ!? お楽しみは渡さねえ」


「はん! テメエは俺の後だよお!」

「早い者勝ちだろうが!」


 女を見つけて駆けていく男たち。軍人と任命されただけと言ったが、見た目も相応だ。今のクリムノートに志願者全てに軍服を配る余裕もないのだから。

 だから、彼らは山賊同然の姿でただただ略奪行為を繰り返す。


 鬱憤が溜まっていた。それに、滅びゆく世界で食い詰めていたから財産が必要なのだ。ここで奪わねば、明日の飯にも事欠くのが彼らの現状であるのだから。


 兵糧も全てアルデンティアとの戦いに送られているから、ここの兵は奪わなければ飢えるのみ。自分で食料を生産する力はない。

 彼らは悪であるわけでもなく、他人を害することにしか幸福を見出せないわけではない。時代が時代なら、友と語らい女を愛する普通の人だった。

 ……ただ、滅びの時代に当たってはまともに生きていけない類の――ただ”無能”なだけの人間だった。


「――これは虐殺である。己の所業を振り返ってみるがいい。今の姿を母に、友に、そして妻に誇れるかを考えてみよ」


 朗々と響き渡る声。はるか遠くから一瞬でここまで走ってきた。まさに人間技ではないそいつは……


「なんだと、クリムノートの軍に逆らおうってか!? 肝の太え奴だぜ」

「おい、全員集まれ! あの馬鹿を殺してやろうぜ!」


 ぞろぞろと集まってくる男ども。だが、その中には多少は頭がマシな者も居る。


「お、おい。あいつ……あいつは――」

「何だってんだよ、ぶっ殺してやろうぜ」


「あいつは、アルデンティア国王ジョン・ローズデーンだ……!」


 押し殺した悲鳴。だが、ざわめきが広がる。あれが……自国の帝王を嵌めたアルデンティアの国王かと。

 そして、この世界の常識も合わせれば。機関刀を持つ者が国を支配する。ならば――この男は、とんでもなく強いはずと戦慄した。


「その通り。我が名はジョン・ローズデーン。クリムノートの者よ、自らの誇りを思い出せ。お前たちはこんなことをするために己が身を鍛えたのか? 国を、何よりも己の近くの人達を守りたいと思ったからこそ剣を握ったのではなかろうか」


 真摯に語りかけてくるジョンだが、聞かされる方としては首をひねる。

 そもそも、雑多な剣や棒で武装している。鍛えてもいないのだ。それに、軍の門戸を叩いたのも食うに困ったからで、しかも最近のことだった。

 こういう戦力にすらならない兵を、自国の民の不満の吐け口を求めて派兵したのが彼らであるのだから。


「投降せよ、そして虐殺を止めるのだ。軍人として己の誇りに反する真似をしてはならない!」


 ジョンは勘違いの説教を放ちながら一喝した。


「……っひ! 王様なんかに勝てる訳ねえだろうが!」

「ば、化け物……! 人間じゃねえ」


 バラバラになって逃げ惑う兵士たち。ジョンは彼らを追うでもなく、残った者を見つめる。


「テメエが俺らの王様を殺さなけりゃ!」

「そうだ! 全部テメエのせいだろうが!」


 彼らも何を言っているのか分からないだろう。だが、それは本心だ。心の底から、都合の悪いことは目の前のコイツのせいなのだと信じ切っていた。

 ゆえに、実力の差を測る考えすらもなく粗末な武器を振り上げて駆けてくる。


「悲しいな。そのような有様で何ができるのか。真実は苦しいものであることは知っている。だが、苦悩と向き合わぬ者に未来は掴めんと言うに……!」


 ちらりと確認する。37名の敵……適当に振り分けただけで、その数に意味はないのだろう。

 そのうちの25名ほどが逃げ、残りの12名が立ち向かってきた。


「ほざけ!」

「その首を持って行きゃ億万長者だ!」


 一人が近い場所まで寄ってきた。あくびがするほどの鈍さ、かわいそうになってくるほどの弱さである。

 だが、その弱さが人を苦しめる。今このように、黄金帝国の民を私利私欲で傷つけていたのだから。


「悪いが、私の首はやれん。まだやることが残っているのだ」


 一閃。向かってきた12名の胴体が泣きわかれた。彼らは死んだという自覚すらなく冥府に送られた。


「さて、クリムノートより派遣された軍は残り7つ。全て倒さねば、罪なき民が犠牲になっていくのだな」


 また駆けだした。魔人となった身体は無茶が利く。殆ど睡眠も取らず、そして移動速度も段違いになった。

 この世界を救うのだと、この魔人は疾走する。



 そして、7つの野放図な軍から無辜の人々を救った後、すぐにアルデンティアとクリムノートの国境地帯に赴く。一度叩き潰して新兵器はあらかた壊したはずだ。だが……クリムノートの戦力は限りない。

 まあ、それも上位陣が一掃されても下位から地位だけ充当するというのは自分の国でも行っていることだけど。

 どちらも量があっても質は悪いから、ジョンさえ居なければ拮抗する泥沼だ。


「どうだ?」


 ジョンは自ら戦場に足を運んだ。王としてはありえないフットワークの軽さだが仕方ない。それだけの事態で、かつ自分が一人で動いた方がやりやすいのだ。

 この世界に、今の自分と伍する戦力など残っていないから。


「は! クリムノートは軍を再編しています。……我らは王に命ぜられた通りに敵の再侵攻に備えております」

「よろしい。……向こうはまだやる気のようだな」


「――王? どこへ?」

「もう一度話してくる。……本当は、こんなことをしている暇はないはずなのに」


 もう誰も王を止められない。再侵攻の準備をする彼ら、本当に軍と呼べる者達の下まで赴いた。


「――クリムノートよ。我はアルデンティア国王ジョン・ローズデーンである!」

「「「……!」」」


 ざわめく音がする。一度自分たちを叩きのめした相手がまたやってきた。どこかへ行っていたはずなのに。

 普通は移動に何日という単位をかけるものだ。機関刀の馬鹿げた力、1両日で簡単に戻ってくるなど常識外れである。


「お前たちの献身は素晴らしい。クリムノートは良い兵達を持った。……だが、アルデンティアにはお前たちを侵攻する意図はないのだ。ともに巨悪、黄金帝国を倒した者として手を取り会うことはできないだろうか?」


 ジョンは腕を広げて彼らを説得しようと再三試みる。機関刀は横に突き刺しておく。


「――ふざけるな! 我らが帝王グラムグリム・メギンギョルドを弑したのは貴様だろうが!」


 だが、返答はにべもない。憎しみに凝り固まっている。敵の言葉など聞かぬと、剣を振り上げて応答する。

 脆弱な魔術も放たれたが、ジョンを傷つけることなどできない。当たって、ただ魔術の方が砕け散る。


「否! 彼は勇敢に戦った。偶然、生き残ったのが私だけだったのだ。どちらが死んでいても不思議ではない戦いだった」

「ほざけ! 貴様の適当な言葉など信用できるものか! 貴様さえ居なければ!」


 軍を率いていた者が走る。前回はジョンも交渉に必要と考えて殺すことはしなかった。だが、二回目となれば話は別。

 殺してでも、話をしなければならない。それが国と国で協議するということ。


「どうしても私と戦おうと言うのか? 和解することはできないのだろうか」

「――できるものか! 貴様に何が分かると言う!? 我らの憎しみを思い知れ!」


 彼は速い。ジョンを除けばこの場に居る誰よりも。もっとも強い騎士であった。ただし、残り物で一番強かったところで王の前では蟻と変わらない。


「強いな。かつての我が騎士、雷の騎士団長とも鎬を削れるほどに。……だが、今の私には――」

「シィィィ!」


 この敵は、無防備な額に向けて斬撃を放つ。名ばかりではなく真に騎士団長クラスだ、そんな人材を残していたとはさすがクリムノート。

 だが、しかし……今のジョンは魔人と化している。


「君では余を倒すことはできん」


 額に当たった剣が折れた。

 元の世界でも上位に入るだけの人間と、機関刀を使う魔人――武器の有無など関係なく、両者の戦力には酷い隔たりがある。


「……馬鹿な!」


 彼は、折れた剣を見て戦慄する。だが、それで終わりはしない。


「まだだ! 特攻隊、前へ! こうなれば、命に代えても国敵を倒すまで!」


 だが、諦めはしない。折れた剣で嵐のように斬りかかる。そして、歩を進める負傷兵。いや、それは拷問の痕だった。

 原始的な、本人の悪感情を引き金にするタイプの『フェンリル』だ。


「この気配……済まない、そうなれば私には救えん」


 剣戟の嵐の中、機関刀を手にする。そして、たった一振りで特攻隊の全員の命を断った。


「おのれ……おのれェェ!」

「なにっ!? 貴様、なぜ!」


 剣劇の嵐を放っていた彼から禍々しい気配が放たれた。フェンリルは拷問の痕が特徴、そう思っていたからこその油断。

 それ(拷問)は確実な呼び水というだけで、悪感情を増幅させて破裂させるのがフェンリル。つまり、今の彼はそういったもの。


「……王!」

「来るな!」


「――『フェンリル』、起動!」


 黒色が、王を呑み込んだ。


「……ッチィ!」


 そして、次の瞬間には黒色から王が飛び出した。威力は僅かに喰らったのみ、衣服は焦げたが。


「あれが『フェンリル』か。なるほど、聞きしに勝るが――実際に喰らってみると威力は大したほどでもないな」


 そう言って、初めて機関刀を構えた。


「……王? どうしたのです? 敵主力は倒したのでは」

「お前たちも油断するな。この世にあってはならんモノが姿を表すぞ」


 クレーターの底で、何かが蠢く。瘴気が淀む、寄り集まってカタチを成す。


「「「GURRRUuuOOO!」」」


 黒犬が蠢く。明らかに、それはテンペストから来たのより強い。


「が、倒せんほどでもない」


 斬、と切り捨てられた3匹。魔石と変わる。強いのは本当だ、あれらは百匹まとめて倒せるほど弱いのだから。けれど、強くなったといえどジョン・ローズデーンを倒せない。


「貴様らはこの世に居てはならぬと、神も言っている」


 クレーターに飛び込み、機関刀を振るう。反撃を許す暇すらなく、残り17匹の黒犬を斬殺した。そして、クレーターから飛び出す。


「さあ、クリムノートの者達よ。これ以上やると言うのであれば、私とこの『影』の機関刀が相手をしよう」


 リーダーを倒されたクリムノートの者達は三々四五逃げていく――


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― 新着の感想 ―
[一言] 統治する王が居なくなったら只の集まりでしかないので最早内部は国とはいえない状態でしようね
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