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第17話 くろまくロールプレイ side:新城鋼


 時は少し巻き戻る。新城たちはルナに村の近くまで連れてきてもらった。しかし、到着する直前に村に火の手が上がってしまった。

 間に合わなかった、か。そう思うが、しかし心の冷静な部分が到着していたとしたら焼き殺されていただけだと判断していた。とはいえ、気分は複雑だ。助けられたかもしれない、とどうしても思ってしまう。無理に決まっているのに。


「……へえ。戦うんだ」


 ルナが言った。すべてが焼かれているようにしか見えないのだが、彼女には何か見えているのだろうか。


「さて、何分もつのかな? ああ、そういえば」


 わざとらしくポンと手をたたいた。何をやらかす気だ。どう考えても言い出すタイミングを計っていたようにしか思えない。


「うん、君たちはあれに耐えられないと思ったから、エンチャントポーションを持ってきてたんだよね。どうせあげるつもりだったから、せっかくだしあげるよ」


 そう言って、人数分の精巧な装飾が施された瓶を新城に渡す。

 ――どう考えても、忘れていたなどとは思えない。おそらくはあの災厄と対峙するのに必要なものだろう。


 そのポーションを渡したルナだが、実はその【災厄】の魔物はよく知らない。当然である。この世界に来たばかりで、あれだってゲームの雑魚キャラで登場していたというわけでもない。初級クエの雑魚程度なら張れるだけの魔力を持っているくらいしかわかることはない。

 それでもこれを渡したのは解析したからだ。魔物だけではなく、環境も。

 そしてあの雲は高熱を発していることが分かった。だからこれを渡した。……炎の中でも戦えるように、と。さすがに使ってくる技が分かるとかいううまい話はない。


「さて、君たちも僕が居ては落ち着かないだろう。別のところで観戦させてもらうよ、じゃーね」


 何を考えているのか。機嫌がよさそうにしていたルナは新城に笑いかけると別の場所へ去ってしまった。


 正直言ってルナの狙いが何なのかはわからない。

 いや、僕たちが簡単に死んではつまらないということなのかもしれない。子供がゲームを見る感覚でやっていることだとしてもおかしくはない。

 もしそうなら特に狙いも何もなくて、ただの物見遊山ということもあり得る。


 しかし、あの少女――幼女は幼さ特有の残酷さも併せ持つ。実験と称して元上司に行った凄惨な仕打ちは今思い返しても背筋が凍る。この焼かれているかわいそうな村人を助けようなどという殊勝な気は起こさないだろう。……おそらく。

 こう考えてみると、ルナという幼女はけっこうわかりやすいのかもしれない。ただ自分の興味に従って動くだけのわがままで残酷な子供でしかないのだから。

 いや、残酷なのとは少し違うか。村を助けるにしても、この場合に正気を疑われるのはむしろ僕たちのほうである。殺されるとわかっていて、なぜ来たか。

 それは僕にも分からない。もしかしたらただの遠回しな自殺なのかもしれない。


 で、あればあそこで自殺した者たちのほうが勇気があったのかな。などと益体のないことも考える。それでも、ただの自殺衝動でも。

 ――この世が嫌になっただけだとしても。


「なってみたいな、ヒーローに」


 呟いた。少し大きくしゃべり過ぎたようで肩を叩かれた。


「……ふ。このバカ野郎どもが。なぜついてきたなどとは言わん。死にに行くぞ」

「死ぬのは嫌っすね。でも、なれるもんならなってみたいっすよ。ヒーロー」

「そうそう。思い残すことなんて、それくらいしかないさ」


 口々に馬鹿なことを言う。どうせ、帰ったところで処刑されるのみだ。無為に散るくらいなら、ここでヒーローの真似事をして派手に無駄にするのも良い。


「お前ら。ああ、いいさ。わかってるとも。俺たちは全員頭がイカれてる。……やるぞ、ヒーロー」


 手元のポーションを飲み下す。

 何が起こるかは魔術に詳しくないために予想すらできない。そもそも毒物か、それか副作用があることまで考慮に入れるが、それでも使うことを決心した。

 命が惜しいのなら見て見ぬふりをすればよかったのだ。もう死ぬと決めてしまった。


 ああ、命が惜しいならそもそもここに来ていない。だから飲んでやった。

 副作用で体がおかしくなろうが――飲まなければここで惨劇を傍観するしかない。スーパーマンになれることをごくわずかでも期待したが、まあそんなことはなかった。


 体の内から湧き上がってくる力はない。頼れるのは己の力のみ。神の慈悲を期待しててもしょうがない。

 あのほとんど表情を見せない幼女の助けを期待してもしょうがない。人はいつだって、自分の手札で勝負するしかないのだから。




 炎を踏みつけて進む。通常であれば靴が焼け、皮膚が焼け、肺すら焦げる。だが、そうはならない。暑さすら感じない。これなら炎の中に踏み込んでも平気だ。


「戦える……それだけで十二分……!」


 もともとこの戦場に立つ資格を持たなかった僕たちだ。何らかのアーティファクトの保護、かつ魔術詠唱者の炎熱耐性付与がなければ即座に死ぬ炎熱地獄の戦場は人を選ぶ。

 それをたかがポーション一つで防いでのけるルナに戦慄するが、それは今更だろう。


 ずん、と家屋が崩れる音がした。魔物に冒険者たちが一撃入れたのだろう。

 まずいな、と思う。相対する冒険者たちは気が抜けている。おそらくは必殺技とでも呼ぶべき一撃だったのだろう。災厄の発する炎を超えて衝撃がここまで伝わってきた。

 おそらく、これでも倒せていない。この程度で傷をつけられるのならばわざわざ【災厄】などとは呼ばれない。迫る炎の大津波に対して人間が一体何を為そうというのか。


 それでも……僕は戦場に立った。自分で選んで立ったのだ。

 だからこそ、何も為せずに死ぬことだけは許せない。その結末だけは許せない。死ねば何も関係ないと思う一方で、せめて死の間際は満足して逝きたいものだと思う。


 やれることをやる。


 やれないことなんてやれないのだからしょうがない。

 それでも何もやれないまま死ぬのだけは嫌だ。銃を連射する。あれにダメージなんて入るのを期待するのは無駄だ。中級の魔物ですら銃弾は歯が立たないのだ――あれは疑いようもなく最上級。痣にもならない。

 それでもやったのは気付けだ。あいつが生きていることに気づけよ馬鹿者と言ってやる代わりに銃声を。なにやら冒険者の一人がのけぞったと思ったら。


「来んな! 逃げろ!!」


 などと声が聞こえた。逃げるならとっくに逃げているさ。悪いな、僕らはそろいもそろって頭がイカれてるんだよ。


「残念ながら聞けないな――全員、散開!」


 一人が声も出せずに燃え尽きる。炎の球を飛ばしてくるのか、コイツは!? わずかに黙とうを捧げる。悲しむ贅沢を味わうのは後だ。


 かくして、僕たちは絶望的な戦いの中に踏み込んだ。



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