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第64話 黄金帝国、帝王メランザ・ラースクライム


 雷の騎士団長を筆頭としたアルデンティアの騎士達が、かの黄金帝国の帝王メランザ・ラースクライムの城にたどり着いた。

 ため息をつきたくなるほどの芸術的な城ではあるのだが、何か――空恐ろしいものが伝わってくる。


「――不気味なほど静かだな。あの門番の後は、罠さえなしとは」

「残った騎士団長は水の私の他に、雷、闇、風……半分とは、よく生き残ったというべきか。それに騎士も10人も残った。健闘したと言うべきか、それとも」


 城の前に集まり、騎士団長が相談する。こんなことをしてても攻撃が来ないのが不気味で、どうにも入っていくにも躊躇われる。

 しかし、入らない選択肢はない。……が、作戦会議の暇は許されている。


「……それとも、奴らが真に警戒していたのはクリムノート帝国だったということか。凄まじい魔力波動を、向こうの担当地域から感じた。こちらの敵は木っ端とは、舐められたものだ」

「あのような壊れた女ではなく、本物の機関刀の使い手が相手であれば……全員揃っていても勝てなかったかもしれんな」


「気にすることではないな。クリムノート帝国がどうなろうと、我らの王がメランザ・ラースクライムを討伐する。ただそれだけだ」

「闇の……。ああ、そうだな。我らが王が来る前に、精々奴の顔を拝ませてもらおう。そして、力を削るのだ」


 4人の騎士団長が互いの健闘を称え合う。よくぞここまで来れたと。帝王の元まではあと少しだと。

 そして帝王の元までたどり着き、僅かでも機関刀を使わせたならば後に続く者の勝率は大幅に上がる。自国にある二振りの機関刀を考えれば、それは自明の理であった。そのような基本特性を持っているのだ、機関刀というのは。


「ふん。だが、それも帝王の元にまでたどり着ければの話だ。ここまで罠がないのに油断して、城内であっさりとくたばれば俺たちの甘い目論見などご破算だぞ」

「そうだな、風のの言う通りだ。まずは、この城を突破することに集中せねば」


 揃って城を見上げる。それは黄金帝国と言う名に相応しい絢爛具合。黄金の像が随所に飾られ、ため息の出そうなほど精緻なステンドグラスが散りばめられている。

 見るだけで緊張してきそうなほどに、それは素晴らしい景観だった。だが、だからこそ嫌な悪寒が止まらない。


 それを実現するためにはどれほどの金が必要な事か。二つの国を嵌めた手管を考えれば、まともな手段で手に入れられたものだとはとても思えない。

 その絢爛さが、まるで悪徳の証拠のように感じられて吐き気すら催してくる。そして、自分たちはそいつと戦いに来たのだ。


「――ここは我々が先に行きます」

「騎士団長たちは後から参られてください」


 騎士が進み出た。


「……お前たち。ああ、頼む」


 そして、団長が承認する。そう、これは特攻だ。罠が仕掛けられているとして、錬金術師でもない彼らには分からないだろう。

 光の騎士団が残っていれば罠ごと薙ぎ払って突入することができたのだが、彼らはもう居ない。

 ――ならば、人の死体を積み上げて突破するしかないと決意した。


「行くぞ!」


 そして、名もなき騎士の彼が扉を蹴破り、城内に侵入した。その瞬間、圧倒的な血臭と信じられないような悲惨な光景を前に――


「なんだ……これ。おえっ。げほっ!」


 吐いた。

 あまりにも凄惨過ぎる光景を前に、ここが敵地であることも忘れて嘔吐する。罠でも仕掛けてあればひとたまりもなかったが、それもない。

 ただただ……異常な情景を前に、戦いの前の覚悟すらも吹き飛んだ。


「……うっ。なんだ、死体……?」


 騎士団長、そして他の騎士達は彼に駆け寄ることも出来ずに、壊れた扉の隙間からそれを見つめる。

 そんなことしかできないのだ。誰も、指を動かすことさえできずにそれらを見る。人間”だった”ものを。


「嘘だろ……? なんだって、メランザ・ラースクライムはこんなことを……?」


 信じられないような目で見つめる先には、無数の死体が転がっている。”黄金帝国”の選ばれた人間、貴族達であったはずの人が殺されている。

 数えることすら叶わないほどの大量の人間の死体が、乱雑に撒き散らされている。血は天井にまでべったりと染みつき、ぽたりぽたりと雫を落とす。


 老若男女関係なく……五体満足で殺されている死体は一つもない。引き裂かれたような死体、トマトのように潰れた死体、圧倒的な力で引きちぎられたような死体、無数の動物にかみちぎられたような死体、無数の殴打痕が残る死体。

 ……死因は千差万別なのに、一つの例外もなく目も舌も飛び出してこの上なく苦しみぬいたデスマスクを晒している。


「自分の国の人間だろう? なんでこんなことが出来るんだ……!?」

「メランザ・ラースクライム。黄金帝国の、狂王か……! 誰よりも錬金術に優れた男と聞いたが、その真実がこれか!」


 だが、かの帝王は倒すと決めていた。テンペストと黒翼を地獄に叩き落したのは奴の企み、それが自国民まで及んだことはなるほど悼ましいが――やることは変わらない。

 ただ、許せない理由が一つ増えただけ。


「……進むぞ」


 歩けば、死者を凌辱する。死体の飛び散っていない床などどこにもないのだ。

 しかし、避けもせずにただ歩く。罠を考えてのことだったが、しかし王の間に着くまでも何もない。ただ、人の死体を踏み荒らすことに良心の呵責を感じながら踏破した。


「ここか」

「騎士団長、やはりここは我々が先に」

「……頼む」


 そして、城内に踏み込む時と同じく、騎士が先に進む。


「……貴様が、メランザ・ラースクライムか! テンペストと黒翼に住まう民を殺し尽くし、挙句の果てには自らの民すらも殺し尽くした! その所業、許し難し! 必ずやこの剣で貴様を地獄に送ってくれよう!」


 やはり罠はない。扉を蹴破って、メランザに向かって走り抜ける。そこは不気味なほどに何もない。城内を彩っていた死体も、装飾品も。


「愚かな、あの光景を見て何も思わぬか。貴様らは何も理解しておらぬのだな。なぜここに何もないのか分かるか? 所詮は風船と同じこと。貯めるには、空洞が丁度良いだけの話だった。あの悲嘆と悲痛を集積するためにはな」


 メランザは玉座に座って軽蔑の眼を騎士へ向けている。そう、どこまでも愚かな人間を見る――憤怒の目だ。

 人間どもがこれほどまでに愚かだからと、メランザは憎悪を撒き散らしている。


「何を訳の分からぬことを。封印柱が貴様の差し金であることはルナ・アーカイブスによって看破された! そして、城内に満たす死体も貴様の仕業であろうが!」

「必要であった、ただそれだけのこと……! 貴様らはいつも、目の前すらも見えていない……!」


 騎士が剣を構える。憎い帝王を斬ろうと足を踏み出して……王の間の中途で崩れ落ちた。


「な……なんだ……? 動けん……!」

「ぐぐぐ……!」


 ともに踏み込んだもう一名ともども倒れこんで動けはしない。指先が冷たい、這いずろうとしてもその元気すらもない。

 ただ、かの帝王を睨みつけるしか……


「我が機関刀は”闇”の機関刀……『闇潜踊影』。闇の領域に入って無事で済むと思うな」


 メランザは玉座に座ったまま、肘をついてそいつらを睨みつける。下らん馬鹿どもめ、と見下す。

 それは『領域』の作用。例えば炎であれば10分もあれば人が生きていけないほどの熱量に達した。

 ……既に、王の間は闇の魔力に満たされていたという訳だ。機関刀はスロースタート、なのに稼働にも莫大な魔力を消費する――が、その魔力を賄うことができれば”こう”なる。


「何故だ……!? 機関刀の使用は消耗が大きい。既に起動済で、それで我らの他にクリムノート、そして何よりも我らの王までも相手にする気か? 舐めているのか!」


 雷の騎士団長が、領域……王の間の外から問いかける。


「下らんな。そう思うならば、足を踏み入れてみるがいい」

「……ならば、その挑発に乗ってやろう」


 その魔力消費を補うため、ただそれだけのために大量の死体を生み出した。その痛苦を積み上げて出来た領域に足を踏み入れる。寸前に。


「無駄だ。お前たちでは相手にならない。……機関刀の完全支配領域に足を踏み入れられるのは、機関刀を持つ者のみだ」


 そこに、第三者が声をかける。


「お前は……誰だ?」


 問いかける。心当たりがあるとすれば、オーロラの結界を突破したとき。自爆で結界を破壊した者が居たこと。

 それが、この男の差し金だとすれば。……そう、あの背筋が寒くなるような悪寒をこの男からも感じるのだから。


「ネメシス帝国【シャドウ・アーツ】所属、バルティエ・レミレフ……貴様は殺したはずだがな」

「ああ、シャドウ・アーツは壊滅した。用済みとばかりに貴様に処分されたのだ! だがな、俺は仲間のおかげで処刑人の目を誤魔化せたのだ」


「なるほど、仲間を生贄として逃げたか。それで、何の用だ?」

「何の用だ、だと!? 貴様はネメシス帝国を私利私欲に扱い、好き勝手に凌辱した。この惨状とて、ネメシスでの貴様の実験結果を応用したもの! この光景は、我が祖国にて貴様が無数に作り上げたその情景に他ならん! 手慣れた手段であれば、まさか失敗もないであろうよ」


「その通りだな。恐怖と苦痛を錬成変換し、魔力と変える手段はネメシス帝国で実験していた。ああ、ネメシス帝国は実験場以外にも担ってもらったものがあったな。私が行った他国への内政干渉も罪を被ってもらっていた。まあ、なんだ。――恨み言か?」

「貴様だけは許さん……!」


 姿を表したこの男。影の部隊として暗躍を繰り広げていたネメシス帝国の特殊部隊。黒翼帝国の女王を攫ったのもこの男だった。

 その全てはネメシスへ罪を被せるメランザの策略だった。テンペストと黒翼を殺した罪をアルデンティアとクリムノートに押し付けた手腕は、前にもやっていたということだ。ネメシスは、ずっと前から被害者だった。

 その憎しみと恨みの到達点が、彼。復讐の機会を虎視眈々と狙っていた。


「しかし、貴様の機関刀は私が与えたもの。『振動』の機関刀で私に勝てると思うな。……それも、既に我が魔力に満ちたこの空間ではな」

「知っているとも。だからこそ、この『炎』の機関刀を隠していたのだ……!」


 両手に持つのは二振りの刃、二つの機関刀。人間には起動不可能であるはずのその所業。だが、バルティエは破れかぶれなどではない。

 その瞳に確信がある。奴の支配を脱け出し、必ずや誅罰をくれてやるのだと。


「ふん。貴様ごときでは、機関刀に魔力を吸い尽くされるのが落ちだな」

「……ならば、我が同胞たちの怨嗟の声を聞くがいい。この『ブラックコンタミ・タブレット』に秘められし苦悶が私を動かすのだ。この声がある限り、私は決して倒れない!」


 ガリリ、とタブレットを噛み砕く。それは自爆した男から感じたものと同じ不吉な波動を放っている。真横で感じてようやく確信に至った。

 メランザからも、それを感じるのだ。土地の生命力を錬成変換した清純な魔力と、汚れた魔力の二つ。

 ……ここまでやっても、魔力はメランザの方が上だった。


「ふん。そんなものまで持っていたとはな。ネメシス帝国、私に反抗する者は全て処理したはずだったのだが、私もよくよく甘いな。……まあ、良い。貴様を殺せば済む話だ。どうせ、それで打ち止めだろう?」

「甘く見てくれるなよ。貴様の『闇』の力は知っている。影の人形を作る異能……炎には、弱い」


「なるほど。……貴様には、見せたことはないはずだが。メルカノート・セルルシカか。まあ、今となってはどうでもよいな。奴も、この城で死体となって転がっているよ」

「何でもお見通しと言う訳か。だが、それも今日でおしまいだ。貴様の罪を、地獄であがなえ! 起動せよ、我が二振りの機関刀よ!」


 二つの機関刀が猛烈にバルティエの魔力を吸い上げていく。そして、起動。……闇の領域が彼を害することはない。 

 彼もまた機関刀を使う。自らの領域を展開して相殺する。……もっとも、時間のアドバンテージでこの王の間は彼が支配するままだけど。領域の奪い合いにおいては、対抗できない。


「来るがいい」

「その余裕を崩してやろう! 炎よ、奴を焼き尽くせ!」


 そして、バルティエは炎の機関刀を振るう。人類最強の兵器、究極の炎が憎き敵を滅ぼそうと燃え上がり、敵を襲う。


「……おのれ。この私を玉座から立たせるとはな」


 メランザは、玉座から飛びのいて炎をかわす。機関刀同士の戦い、それも不得手とする相手では簡単に相殺もできない。


「取ったぞ! 逃げ道を誘導されるとは、やはり戦闘経験が浅いな! 【震曵絶刀】!」


 そして、その着地先を分かっていたとばかりに振動の機関刀の一撃を叩き込む。慣れ親しんだのはそちらの機関刀。ゆえに、この絶殺の一撃を放つ。振動により際限なく威力を上げる一撃を受けては生き残れるはずがないと確信した。


「愚かな。だから貴様らは狗のように縊られるのだよ。……【くわがた】」


 狙いすましたカウンターが、振動の機関刀を両断した。それは、影で出来たクワガタ。しかし、その刃の切れ味は……機関刀さえも両断する。


「馬鹿な……! 機関刀を破壊する……など! チ、炎よ!」

「遅い、【はち】」


 そして、その影は更に姿を変える。人の腕ほどもある光を反射しないハチが、砲弾のように炎の機関刀すらも破壊した。


「……ぐあっ! なぜ、機関刀がこうも容易く破壊され……!?」

「機関刀の領域は互いを喰い合う。敵味方だけではなく、貴様が二振りも持てばそれらもな。貴様のミスだ」


 メランザは彼を無視して玉座があった方へ戻っていく。自ら手を下すまでもない。……否、すぐに闇の領域に殺されるのだから同じことと。

 背中を向けた先で、バルティエは倒れ伏した。


「まあ、扱いきれない炎の機関刀に絞っても同じことだったがな」


 そして、椅子が吹き飛んだ玉座にて挑戦者を待つのだ。


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[一言] 絆の力()で戦う国王草 バトル漫画の主人公かな?
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