第61話 反撃会議
そして、夜明け団は開けた場所を適当に切り開いて即席の会議場を作った。そこにアルデンティアとクリムノートを強制的に”ご招待”した。
なお、この場にアルトリアとレーベは居ない。もう興味を無くしていた、ということのほどはなくても。足を運ぶほどの価値は認めていない。
「お集まりいただき、感謝します」
「本日の議題は黄金帝国への反抗作戦となります」
議長となるのはやはり姉妹である。精緻な装飾を施された台の上に立っている。
まあ実際、他の人選はないだろう。まさかモンスター・トループがやるわけにもいかないし。威厳はありそうだが、威圧しすぎて誰もしゃべれないことになりかねない。それに、人の形を失って久しい彼らは、もはや人の言葉を忘れかけている。議長などは不可能だった。
生き残った二名は、ただルナの護衛兼椅子としてそこに居る。姉妹の立つ台よりもよほど豪奢なステージの上、誰よりも高い場所で佇んでいる。
「……翠鉄の夜明け団の大幹部、【紫彩の双司祭】とやらか」
クリムノートから来た初老の男は憮然としている。余裕のある様子で、しかし精気をぎらつかせている若い帝王の隣に居るが、彼だけは強そうには見えない。
それもそうだ。彼は戦略顧問、剣を握る人間ではない。口で戦う人間だ。
彼の有能さは証明するまでもない。先の戦い、アルデンティアを攻めたその手腕は、レーベさえ居なければ成功していたはずのものだった。
「神の気まぐれか? あれさえなければ……!」
――アルデンテイアへの襲撃を防いだことこそが青天の霹靂だった。噛みつくなら殺す、そうでなければ放置する。国から見放された哀れな放浪者に死と言う救いをくれてやるだけの神様だったはずなのだ。
古来より、神は崇め畏怖するもの。……別に、敵対する必要はない。虎の尾を踏まないように注意を払いつつ放置していれば良かったのに。
「しかも、ルナ・アーカイブス……来ているのか」
モンスター・トループの上でアルカナに抱えられているルナを睨みつける。居眠りでもしているかのような様子だが、来ているというだけで重大な意味がある。
彼女さえ居なければ、夜明け団にとってもどうでもいいことのはずだった。人間がうろちょろしようがドラゴンは気にしない。
アルデンティアの愚鈍な王などいくらでも騙せる。共同戦線を結んでおいて、敵前で後退――黄金帝国が疲弊したところで諸共潰せば良かったのだが、そうはいかなくなった。
それもこれも、ルナ・アーカイブスが来ているからだ。神の御前で誓ったことは、夜明け団が遵守させるだろう。
「帝王よ、ご注意ください。下手なことは言えません」
だからこそ、注意を促すことしかできない。そも、気まぐれ一つで首を堕とされるかもしれない。
宣戦布告したという前提があるとはいえ、テンペストと黒翼の王を夜明け団は殺している。
そして、一方でアルデンティアの方は。
「……翠鉄の夜明け団。そして、死の神――ルナ・アーカイブス様。今回のご機会を頂けたことを感謝します」
王は、ルナのことを崇拝すらしかねない勢いだ。いや、こけた頬とぎらついた目――この、殺意は。
「我々は黄金帝国に騙され、地獄を作る片棒を担がされた。確かに自らの責任になることを恐れ、私に報告できなかった者達にも責任があるだろう。私も、彼らも罪人であるのは違いない。けれど、黙ったままでいられようか……!」
静かに滾らせる殺意。許されざる者を倒すため、ひたすらに意思を研ぎ澄ませるその様は……まるで自分こそ正義の味方と言わんばかりだった。
食事が喉を通っていないのだろう。こけた頬と、そしてやせ衰えた身体を見れば分かる。地獄を思い出すたびに吐いて、そして瘴気と餓死で死んだ者達のことを想っては胸がいっぱいになってしまう。
「ゆえにこそ、私は誓う! 必ずや黄金帝国を倒し、奴らの身勝手な野望を挫いて見せると! ……己らのみが生き残るために、世界の全てを犠牲にしたことを後悔させてやる」
アルトリアが王として落第の〈優しい王様〉と評したその気質は変わらない。これを見れば、ため息をついてしまうだろう。無論、期待どころか絶望すらも下回るという意味で。
テンペストの民を殺し尽くして自らの国に繁栄をもたらしたのは、それは良い事ではなかったのか? なにより、それを否定してはテンペストに柱を打ち立てた者と、反乱軍を沈めた兵士たちに何を言うのか。罪人と詰るのか。
「――そのために、力を貸してほしい。積年の恨みを水に流せとは言わない。けれど、今だけは飲み込んでほしい」
クリムノートに向かって頭を下げた。
まあ、政治としては落第だろう。これで、アルデンティアが音頭を取ったことになった。戦果は山分け、しかし要請に従ったのだから戦費を要求されても仕方ない。
人としては正しいのかもしれないが、それがもたらした結果は……自国の損を招くだけだった。
ゆえに、クリムノートの戦略顧問は笑みでもって迎える。
「ええ、もちろんです。あのような地獄を作った黄金帝国を許すことなどできませんからな」
その様を見て、ルナは嘆息する。姉妹はどうでも良さそうに議事を開始する。
「さて、今の様子を見る限り必要なさそうですが」
「まずは黄金帝国を討つことに異論はあるかを問いましょうか」
「アルデンティアとしては、それを望む」
「クリムノートに異議はない」
二人の王が鷹揚に頷いた。
「さて、後は好きに攻めれば良かろうと思いますが」
「いえ。議事を執る以上、不備はできないと言うことですね。承知いたしました、ルナ様。では、どのように攻めるか意見はありますか?」
やる気のなさそうな姉妹。だが、ルナの意思には従う。嫌々だったのが、ルナの指示が出たと思しき瞬間にやる気を出した。
「無論、相手に準備させる暇も与えず乾坤一擲の一撃を――」
気色ばむアルデンティアの王。黄金帝国を許せないという気持ちが先走っている。準備がいつ終わるか、ではなくただの精神論を口にした。
「――そこまでのお気遣いをさせるほどのことではありませんよ」
戦略顧問が、彼の言葉を断つ。
「ふむ? どういうことでしょう」
「あなた方では、黄金帝国に勝つことはできませんよ。個別に戦って勝てる相手ではありませんから」
姉妹が気分を害した様子もなく、ただ不思議そうに聞き返す。
それは、戦略顧問が思った通りだった。
こんなことを言えば、俺の意見を聞く必要はないってかと怒り出す人間も居る。虎の尾を踏むかも知れない言葉は普通であったら控えていた。だが、この姉妹はそうではないと看破していた。この姉妹にとって重要なのは、神に仕えることのみ。神を無下にされなければ、手を出すことはない。
「両国が轡を並べて戦うことは難しいでしょう。元から、帝国の兵でさえ一つ所に集めて運用などすれば、その運用に問題が頻発します。一つの国の軍隊でさえ、そうなのです。ここで策を詰める、ということ自体に課題があるかと考えます」
ルナに向けて、誠実に話す。姉妹が話を遮らないのを確認して続ける。そう、不可能なことなどない。考え、敵の思考を読み、利用する。この戦略顧問がずっとしてきたことだ。
「ゆえに、今は決行日と、どの方角から攻め上がるかだけ決めてしまえばよろしいかと。なにより、機関刀が相手ではまとめて焼き尽くされます。臨機応変に、状況を見つつ部隊を分けて運用すべきかと愚考します。そのために通信兵も居りますので」
「通信兵? あんな仰々しい装備が必要な兵科が役に立つものですか?」
「我々ならば標準装備ですが、ね」
はん、と嘲笑うようなルビィとサファイア。
「それにしても、やり様というものはあるのですよ」
そして、戦略顧問はそれを受け流す。
「そうですか。それならば良いです」
「では、決行日を決めましょう。明日で良いですか?」
「あ……明日?」
血気早ったアルデンティアの王でさえ、驚いた。夜明け団のやり方ではそうなっている。が……まあ、国と言う組織で動けばそんなことはできない。
即断即決、動ける奴はついてこい……と。そんなことを期待できる組織構造ではない。
「申し訳ありません。我らの方では準備が必要で……そうですな。資材を含めて2ヵ月もあれば用意して見せましょう」
明らかに「え、遅い……」という顔をした姉妹だが、口に出すことはしない。
「え、ええ。アルデンティアも、2か月後には間に合わせます」
横で、偉そうな男が「王宮の修理も後回しにしてな」と嫌味を呟いたが誰も取り合わなかった。
「異論がないようなので、2か月後ということで良いでしょう」
「しかし、相手が大人しく待つ筋合いはないとだけ。黄金帝国は前から準備を進めてきました。その差は、時を置く毎に開くということをお忘れなきよう」
姉妹が嫌味とも注意ともつかない言葉を吐く。
「では、本日の議題を終了しましょう」
「ご心配なく、皆さんは私たちの方でご無事にお届けしますので――」
そして、世紀末の決戦はこんなに簡単に決まってしまった。
そう、これは世界の未来をかけた決戦……などではない。夜明け団が来る前、世界に柱が突き立ったあの時から既に滅びは決定していた。
地獄を築き、自分たちだけ楽園に逃げ込もうとする大罪人への反抗である。これはただそれだけ。勝ったところで未来は得られない。
むしろ、それは生き残れるはずだった”誰か”を殺すだけの戦争。黄金帝国の滅亡により、人類絶滅へのカウントはまた一つ進むだろう。憎しみと言うマイナスを0にして。




