第15話 厄日 side:チーム【光明】のリーダー
なんて厄日だ、と思う。俺たち冒険者チーム【光明】は遠征で魔石をたんまりと稼いで帰る途中だった。ことによると武装を新調できるかもしれないほどの大儲けだ。このクラスになってくると値段も馬鹿げたものになるから。
帰り道の途中にある村で雑魚魔物を倒して宿を借りた……それだけだった。開拓村の食事ははっきり言ってマズイが、しかし旅中では水を潤沢に使えるだけでも贅沢でそこは期待していた。
仕事の終わり際のちょっとした贅沢。大体この辺りまでくれば俺達には危険はない、はずだった。不意打ちを受けたところで、ちいとばかし痛い思いをしても対処は可能なはずだった。
「で、どうする? リーダー」
聞いてくるのはうちの参謀役、九嵐霊。後ろ向きなところはあるが、突っ走り気味の俺にとってはありがたい存在だ。もっとも、今回の件に限っては――
「迎え撃つ以外にねえだろう」
それが悪手であろうとも、気の利いた策などない。なあ、と絵奈利と水を向ける。
ちなみにこいつは女。まあ、うちのとこでは戦力的には一歩引いたところがあるが、情報戦と罠のスペシャリストだ。実は一番怒らせたくないやつだったりする。
「うん。これはちょっと無理っぽいね。逃げらんないよ、戦うっきゃない。正直、逃げたいっちゃあ逃げたいけど……相手は【災厄】だ。特にあたしらなんかは絶対に逃がさない。あいつらは冒険者を狙ってる。皆まとめて皆殺しだ。通りすがりの人も、村人も、あたしたちも」
いつも明るいこいつがここまで言うってことは相当だ。
以前の事件、事前情報があってさえ全員まとめて命がけで、死者がいなかったのが不思議なくらいの大一番の時だって明るくチームの雰囲気を上向きにしてくれたってのに。
「だよなあ、全部で10体いるっていう災厄級。上でこっちを見てんのはどれかわかるか?」
とはいえ、仕方ない。それに出会えば滅びを覆す道理はない。人間である限り、自分のところには来ないでくれと祈り、頭を下げて通り過ぎるのを待つだけ――そういう存在で、災害だ。
たとえ英雄でも、あれから逃れる術はない。そもそも打倒しようという心構え自体が間違っている。
「わかんない。そういうの、王都でまとめてるはずだけど――」
「そんじゃ見れるはずもねえな。ま、動けば国が亡ぶとかいう10体目じゃないことを祈るばかりか」
「いや、そうでもない」
「なんだよ、輪廻。お前が話に加わるなんて珍しいな。何か知ってるのか?」
こいつは優男風味で一見なよっちそうに見えるが、中身は一本の刀だ。ただ斬ることだけを考えて、頂点に至ろうとしている無双の剣士。
ま、そうは言っても俺たちに心を開いてくれている。ほとんどしゃべらないが、いざ口を開くときは本質に切り込むようなたのもしい奴だ。
「まさか。俺は剣以外のことなど知らん。だが、見ればわかることもある。上にある雲――どうやら炎熱を伴っている」
「……そうか?」
確かにちょっと暑い気はするが。
「あ、ホントだ。あれが落ちてきたらあたしらでもヤバイね。死にはしないだろうけど、何分もしないうちに脱水で動けなくなる。悪くすれば数十秒で気をやっちゃうかな」
「……虚炉、行けるか?」
我がチームの女性陣の双璧にして魔術詠唱者に声をかける。魔術版の輪廻だが、結構心を開いてくれてるようでうれしく思っている。……その毒舌が玉に瑕だが。
「できはする。一度かけて3分。でも」
「3分ごとに魔法をかける必要がある、か。しかし、魔力も温存してもらわなきゃならねえ。いや……いつもの火力、出るか?」
「出せるよ。今度はこっちが焼け死ぬけどね」
「それも考慮に入れなきゃな。相打ち気味でも、それなら生き残れる目も出てくる」
「村人は全滅するがな。しかし、そちらの方が後顧の憂いがなくなるというもの」
「おいおい、輪廻。お前、冒険者が村人見捨ててどうすんだよ」
「刀を奪われるよりはマシだ」
……また身も蓋もねえことを。そういう話は確かにあるし、ここの村だってただの通りがかりでしかない。気心が知れてるわけでもないのだ。ならば、弱った隙をつかれて何をされるかわからない。
「そうだろうがなあ。いや、そっちよりはまず命の心配だな。つか、相打ちだろうが撃退できれば大金星だぜ。勝算なんざありゃしねえ」
「でも、やるっきゃねえ。でしょ、リーダー」
少し無理のある笑顔。端が少々ひくついている。けれど、こいつなりに場を明るくしようとしてくれてんだよな。
「は、セリフを取られちまったな絵奈利。ああ、あのお強い魔物様に吠え面かかせてやろうぜ。でだ、霊。どうやりゃいい?」
なら、リーダーがいつまでも愚痴ってるわけにはいかねえ。きっちりリーダーシップ取んねえとな。
「俺に投げんな。いつもいつも」
「悪いな。頭脳労働は得意じゃねえんだよ。その分は肉体労働で返してやるよ」
霊はやれやれ、とため息をついて。
「まずは虚炉。お前がいなくちゃどうにもならん。炎熱耐性を全員に。きっちり時間を管理して途切れることなくだ。今回、お前はサポートだ。他の強化に回ってくれ」
「了解。魔術詠唱者として、時間管理はきちっとやってみせるよ」
「九竺、輪廻、そして俺は火力だ。全力でぶつかる。5人中3人を火力に向けるのはバクチだが、あれは間違いなく俺たちより上級の存在だ。ダメージを与えないことにはどうしようもない。死ぬ気でぶっ殺すぞ」
「りょーかいりょーかい」
「了解だ、サブリーダー」
「絵奈利、お前は虚炉のサポートだ。炎熱耐性が切れれば俺たちは終わりだ。だが、おそらくは虚炉には武器の強化もしてもらわなきゃならん。生命線を任せる」
「ええ。それに生命線を任されるのはいつものことだしね」
いつもの調子が戻って来たのか、明るい笑みを浮かべる。
「鉄火を交える戦場と、腹を探る戦場は別だぞ」
「知ってる。でも、死ぬ気はないよ。ね、リーダー」
ぽん、と肩をたたかれた。
「ああ、生きて帰ってやろうじゃねえか。行くぞォ!」
号令。天に向かって拳を突き上げた。
「「「おう!」」」
皆も合わせて気迫ととも拳を掲げる。とはいえ、陣取っているのは村はずれの倉庫。そこに住民を押し込んでいる。すこし格好がつかない光景である。そして。
「……本当に、大丈夫なんでしょうな?」
村長だ。若い、といっていいのか。40代くらいに見える。禿げた頭は心労を表しているかのようだ。そして、これで最年長だというのだからたまらない。まあ、開拓村にはよくある話の一つだが――欲を言えばもう少し落ち着いてもらいたい。
「そうなるよう努力しています。あなたも不安そうな様子をなさらないでください。村人が不安になります」
「少なくない金を払っているんじゃぞ。村の財産を守ってもらわねば困る」
「依頼は村に被害を与える魔物の狩り出しです。”あれ”のような強力な魔物は契約の範囲外です。普通の金銭感覚ならば、十倍の代金で逃げられるならそうしない理由などありませんよ」
にべもない言い方だが仕方がない。あとで弁償しろと言われても困るのだ。
「くそ。なんだって、こんな羽目に――」
村長はガシガシと頭をかいている。まったくもって、頼りにならない。
今、この瞬間も若い男衆が村の財産をこの倉庫に運び入れている。主となるのは食糧だが、これも正直言ってまともな行動とは思えない。
彼らに言わせれば食うものがなければ生きていけない、ということらしいが。しかし、今死ねば意味がないだろうに。
「上空の敵はいつ牙を剥くかわからない。どうかお覚悟を」
「……ッ! 貴様らがもっと、しっかりしていてくれさえすれば――」
ゆら、と空気が揺らいだ。
「来るぞ! 虚炉ォ」
魔法詠唱者たる彼女の名を呼ぶ。それで、全員が動く。
「守って見せる。『7重守護結界』」
結界が倉庫ごとメンバーを覆う。いつでも結界を張れるように準備していた。敵が攻撃の準備をしている横でのうのうと能天気にしていられるわけもなし。こいつは虚炉の最強級の結界。これで防げない攻撃など存在するはずがない。皆がこの結界には最大の信を置いている。
次の瞬間、”それ”が来た。
上空の魔物が何か吠えた。それは正気を揺さぶるような怨霊めいた大音声。それだけでも脳髄を揺さぶられる。
だが、その魔的な叫びすら本質ではない。
ただの一瞬で村が焼き尽くされた。その馬鹿げた火力こそがそれの本質。どれだけの魔力があればそんなことができるのか。
それはもう人間が相手できる次元ではありえない。あれこそは人類がただ頭を下げて体を丸めて早く過ぎ去ってくれと願うしかないもの――【災厄】。
そいつは火球となって村の中心に突っ込む。
ただそれだけに見えたが、着弾したその瞬間に爆裂。瞬く間に拡大した炎が全てを飲み込んだ。膨れ上がった炎が家を、財産を焼き尽くしていく。
残るのは炭と化した残骸、そして残骸をも焼き続ける炎……




