第41話 ファーファレル・オーガスト
夜明け団は数限りなく模擬戦を繰り返す。それは、何かの目的があるためではない。戦うために生み出された夜明け団が”戦わない”というのができないという習性のためだった。戦いという手段が目的になる逆転現象である。
ルナの見ている前で翡翠の幹部であるルートとカレンが、鋼の大幹部であるファーファに挑んだ形だ。合図にと、ルナがコインを放る。
「……ッシィ」
硬貨が落ちる、その一瞬前にルートが動く。ファーファが硬貨へ注意を向けた、その一瞬を狙って。
そして硬貨が落ちる音の後に牙がファーファを守る装甲へ到達する……と思いきや。
「わわっ! 行くよ、【ツインスパイラルブラスターキャノン】! ……騙し討ちは卑怯なんだからね!」
動揺したようなことを言っておいて、その長大な砲身の扱いによどみはない。硬貨が落ちる瞬間にぶちかまそうと思っていて、不意を突かれてもそのまま実行した。
仮にルートが硬貨が落ちる前を突いたとしても何も変わらなかった。反応速度を超えられない以上、ファーファの遠距離攻撃が先を取る。
「……ぐ。チィ、だが大したダメージなど……!」
ルートは攻撃に使おうとしていたその黒い角で身を守る。直撃ではない、直前に身をひるがえした。そして、その角が白から黒に変色したのも飾りなどではない。ルートの心臓に埋め込まれた星印を強化することで出力を上げた証だ。
白い角であれば蒸発して腕も消されていたが、この黒角ならば角が溶け崩れただけだ。新しく生やせば何も問題ない。
「そして、私の方に牽制を撃てませんでしたね? 開始後の一瞬、その隙さえあれば……!」
カレンに与えられた『クラスターメガロジェット・ブレイド』に火を入れる。それはファーファとは正反対の、この練習試合には致命的になりえる特性がある。
加速に乗るために時間が必要なのだ。ロケットを吹かさなければただの重くてデカいだけの剣だ。一番やられたくないのは試合開始直後の高威力攻撃……ここを乗り切った。焔がたなびく。
「今からでも遅くないもん! もう1個あるんだよ! ……ロード!」
躊躇なくその砲身を捨てて後ろに下がり、次の瞬間にはもう一つの同じものが手にある。それはありあまるエネルギーを利用した早撃ち。
そして、”それ”は一般の団員が持っている最強装備であるが、ファーファは20は持っている。
「……チャージが済んでいる!? そんな状態で仕舞っておけるなんて」
「ファーファだって強いんだよ! さあ、もう一度撃つよ、【ツインスパイラルブラスターキャノン】ッ!」
二条のエネルギー光線が空間を焼くが、カレンはすでに離脱している。メガロジェットの本領は人が戦闘機のように飛ぶことなのだから。
そして、ゆえに旋回には多少の時間が要る。回避行動は、次の攻撃には繋げない。
「じゃあ、ルートの方を片づける!」
「そう簡単に行くものかよ!」
新しい角を生やしたルートは勢いよく踏み込んだ。ファーファが下がった分以上を一息に詰めようとする。
「ロード……アサルトライフル! 二個!」
ファーファが二丁のアサルトライフルを装備、撃ちまくる……が。秒間10発は下らない乱射は、しかしルートの足を止められない。
「そんなもので俺を止められるものかよ!」
ルートは角を盾にしつつ更に突っ込む。そのライフルはルナが王様に使ったものと同じ型式だ。
ブラスターの方とは違って、指揮官専用兵器ではない。ゆえの力不足。だが、そんなことはファーファも分かり切っている。
「あは、勢いが鈍れば十分だよ。『幻傘槍ヴァルゲート・サイクル』! この距離じゃ逃げられない!」
ライフルを捨てて機械傘を取り出し、開いて視界を塞いだ。それは8つの爪に分かれた砲身、その砲身はそれぞれ傘とは逆の方向に開いて――光を灯す。
「チ――だが、その攻撃すらも叩き落とせば!」
「無理だもん! フルファイア、【オーバーアサルトキャノン】!」
ブラスターを遥かに超える出力を、使い捨てにすることで実現した超兵器。その8つの砲の全てが当たる訳ではないとはいえ。
「……がはっ!」
黒い角がぼろぼろに焼けて折れた。ルートもまた白目を剥いて飛び、逆側の結界にまでぶつかった。
一発限りの兵装にして消費は数十倍、ゆえに威力も範囲も段違い。避けることも受けることもできはしない。
「ですが、背後ががら空きです!」
旋回して戻ってきたカレンが、後背を突いて大剣を振りかざす。もはや突進とでも言うべき攻撃、ファーファに振り向く時間は残っていない。
「ううん……あなたたちに、最初から勝ち目なんてないんだよ。『シールド・オブ・アルテミス』!」
「これは……!」
結界がカレンの攻撃を止めた。それこそがファーファを守る絶対の障壁、アリスが外側から制御している結界だ。
自ら接近戦さえしなければ、あらゆるダメージは通らない。障壁に止められる。コントロールする者が別にいる以上、不意打ちはさして意味がない。
「これで……終わり! 【クアトロ・ツインスパイラルブラスターキャノン】!」
「嘘でしょ……!? そんな、数に任せて……!」
結界で固定した4つのそれを撃ち放つ。アルテミスで攻撃を受け止められたカレンでは、その空間制圧の一撃を避けることも防ぐことも能わない。
カレンもまた力なく床へ墜落する。
「うん。これで、ファーファの勝……ち……?」
上空で佇み、敗者を見下ろしていたファーファは魔力の高まりを感じて瞠目する。
「勝利だと……? この程度で勝利など、随分と甘ったれたことを言うのだな」
「ふふ……もう少し付き合って頂きましょうか。ちょうど楽しくなって来たところですよ」
身体の一部が消し炭になっている二人が立ち上がってきた。ニヤリと笑う二人は見る見るうちに損傷を回復させていく。
強化された星印による回復機能の上昇、ルナの手によって魔人は階梯を一つ上がった。ポーションに頼る必要は、もうない。
「それで勝ったつもり!? ファーファの『アルテミス』は破れない! それに、ブラスターだってもうリチャージは完了しているんだよ」
傘は使い捨てだけれど、砲はエネルギーチャージさえ済めば何度でも使える。普通の団員では事前チャージ込みで一発が精々だが……ファーファに限りはない。少なくとも、ブラスター程度の消費で膝を折らない。
「ならば……突破するのみ」
「ええ、アルテミスを突破するのも楽しそうです」
揃って狂笑を浮かべた二人はそれぞれ別方向に飛び出した。
「分散して的を減らすのは教本通りだね! なら、ファーファは足の遅い方から処理するよ! もう一度、【クアトロ・ツインスパイラルブラスターキャノン】!」
「……ぐぅ。ぬうおおおお!」
「耐えた!? うそ!」
「は――大したことは……ないな!」
どろりと角が溶け、腕が焼け崩れるが何のそのとばかりに前進する。
だが、アルテミス以前に距離が遠すぎた。ファーファとしてもルートに意識を引っ張られると、カレンからの強襲があるのだが。
「あは! やはりアルテミスを操作するのはアリス様ね! 流石、隙が無い……!」
上からの突進を強行したカレンはやはり結界に阻まれる。いくら大剣の峰についたブースターを吹かしても微動だにしないのは分かっている。
やはり、攻撃の隙を突くしかない。いくらファーファの魔力が潤沢でも、ブラスターを持ち変える瞬間が隙だ。そして、アルテミスはブラスターすら遮断してしまうために撃つ方向のそれは解除する必要がある。
「く――上か!」
ファーファはブラスターを放つ。だが……
「それは悪手ですよ。ほら――隙が出来た」
「え……? な――ッ! これは!?」
ブラスターを放つために解除した結界の隙間を縫って金属球を投げ込んでいた。それを見たルナはくすくす笑って横にいるレーベに語りかける。
「……オリハルコン。魔法人形『鋼』の製造に使われる超金属だけど、翡翠にはない素材だ。あれに火砲術式を刻んだのは君だろう? レーベ」
「ええ、面白い素材があったので拝借しました。まあ、威力と引き換えに星将しか使えないものが出来上がってしまいましたが」
「使える奴なら問題ないわけだ。ただし『鋼』のオーバードウェポンに対抗するなら、あれでは不足だね?」
「ええ。あれだけではありませんよ。……まあ、どちらにせよブラスターほどの威力は出ませんでしたがね」
少し語って、目の前の攻防に視線を戻す。
アルテミスを超えたと言えど、ただの兵器ではファーファを倒すまでには至らない。少々のダメージ、鎧の奥でファーファは涙をこらえてまだ生き残っているルートに狙いを定める。
まずはあちらから仕留めるのは確定路線、アルテミスを貼りなおした今はカレンが再び攻撃を通すことは不可能。
「……くぅっ! いい加減に、沈めェッ! 【クアトロ――」
「とうとう痺れを切らしたな! 喰らえ、火葬式典を籠めた一撃を!」
だが、その狙いがルートに読まれていた。これこそが唯一の勝機とばかりに賭けた一撃。ファーファの射線が通る一瞬だけはそこに結界はない。
魔術の文様が浮かんでは消える多層構造、魔術の深奥。ある種、『フルードルヒの樹』を思い起こせる光芒。秘密兵器と呼ぶに足る”それ”が、砲丸のようにファーファに叩き込まれた。
「あぐっ!」
叩きつけられた瞬間に先の爆破とは桁が違う破壊の嵐が吹き荒れる。アリスがアルテミスを解除したおかげで、衝撃を閉じ込めるような追加攻撃のようにはならなかったけど。
それを見たアルトリアが立ち上がる。
「……ファーファ!」
「落ち着いて、お姉ちゃん。まだ試合の最中だよ」
「だが!」
「ほら――まだだ」
ルナが指差す先、アルテミスが解除されたのをいいことに爆風など構わずにファーファに追撃を仕掛ける二人。
「――【紫電一閃】!」
「【穿月】!」
全力の一撃を一瞬でも早く到達させるための一撃は――
「あは。ファーファ、言ったよ。あなたたちに最初から勝ち目なんてないって。……『アルテミス』は無敵の結界なんだよ!」
爆発の衝撃を逃がした後には即座に貼りなおされていた。結界があっても壊してやろうと、一点収束で全力の突きを放った二人の動きは止まっている。
これでは恰好の的だ。当然だ、賭けに負けたらこうなることは承知していた。ここに賭けた、そして負けたのだ。
「おのれ……! だが、俺は諦めん。次の改造を、その次の改造を経て、更なる高みへと登るため……!」
「うふ、今回はこれまでですか。まあ、面白かったですし。今回は負けておいてあげましょう」
「さあ、これで本当におしまい! 両手で、【ダブル・ツインスパイラルブラスターキャノン】!」
ぼろぼろになった装甲がみるみるうちに回復していく。火葬式典の一撃は魔導人形『鋼』を撃破するに足るものだったけれど、ファーファが防護の魔力を籠めたそれは突破できなかった。
相手の攻撃を受け止めることでわずかな時間相手を拘束したファーファは4つのブラスターのうち、二つずつを向けて撃ち放った。直撃ではいくら星将といえ耐えきれない。
「ふふ。ファーファの勝ちだね。よくやったね、ファーファ」
「うん! ファーファ勝ったよ! すごいでしょ」
喜ぶファーファ、そしてアルトリアはファーファの頭を撫でに行った。
「さて、まあ向こうはいいか。カレンとルートは健闘できたかな? それとも悔いの残る結果?」
くすくす笑うルナが、黒焦げの身体を修復している二人の下に足を運んだ。ルナ・チルドレンやルートはけっこう自分に辛辣なので、遠慮なくからかったりする。
これが普通の団員であったら「よくやったね」なんて言葉をかけて終わりだけど。
「まあ、私としてはあの実験作にそこまで期待を持ってもらっても困るという感想ですがね。まあ、ファーファの持つアルテミスには比べることもできませんでしたね」
レーベは、まあやはり上に立つ者としてより錬金術師としてのあり方を大事にしている。興味があるのはやはり錬金術で生み出した己の作品のことばかりだ。
翡翠が鋼に負けても、特に感じるところはないらしい。
「ふん。次は勝つまでです。ルナ様、星印の更なる強化をお願いします! どんな仕事もこなしてみせましょう。この世界の人間を皆殺しにすることでも」
「いや……その予定はないのだけど」
ルートの過激な発言にルナは頬をかく。まあ、こういう奴とは知っているけども。ただ、まあ――あまり強化しても寿命を縮めるだけだ。それは彼も知ってるけど、止まらない。
「さて、まあ私はルートほど強化を望んでいるわけではありませんよ。ルナ様もそのおつもりではないでしょう?」
「ああ、うん。そうだね、敵が居るならともかく。……今回みたいに模擬戦のために、というのもね」
カレンの方は穏やかな笑みを浮かべている。戦場に心を残しているが、ルートと違ってそればかりで余裕がないわけではない。
人生なんて一回分は走り切ったといわんばかりの余裕のある老獪な笑みだ。
「ふふ。私もレーベ様も中々に楽しく過ごさせていただいています。まあ、ルートはあの通りですが悪気があるわけでもないでしょう。世界を救うために走った充実感、あの日々を忘れられずとも……あなたとともにある日々にはそれなりに満足しております。レーベ様も、そうでしょう」
「ええ、そうですね。私はもう一つ別の楽しみも見つけましたし」
カレンは一つため息を吐く。実際、サーラは団員には中々に気の毒に思われているのだ。そして、それだけの価値を認められている。話ができる”人”として。
「……あの村娘のことですか、悪趣味ですね。ルナ様はどう思っているので?」
「類例のない考え方で興味深いね。現実を知らないお花畑の言……ではあったけれど、もはや彼女は現実を知らない村娘じゃない。知った上で言うのならば、考慮に足るだろう」
「ルートはもう一度ファーファに挑むみたいだね。カレンはどうする?」
「そうですね。今回はルートと同席させていただきましたが、次はアルトリア様とでも仕合いたいと思いますよ」
「彼女は強いよ?」
「強いからこそ挑み甲斐があると言うものでしょう?」
くすりと笑い合った。