第40話 夜明け団の試合
アームズフォート内にあるいくつかの訓練場の一つ、そのもっとも大きい場所にルナは来ていた。ルナ専用にあつらえた豪華な観覧席にちょこんと座る。本来は豪華なだけの飾りは好まないが、今回のはファンサービス――それも団員へ向けての、だ。
この世界には挑むだけの敵が居ない。機関刀をルナは直接相手にしたが、それはただ興味が湧いたからだ。別に倒すだけであれば、戦闘員であれば誰でも問題はなかった。つまり戦いになるとすれば、それは団員同士でしかありえない。
よって、訓練……練習試合に血道をあげる以外にない。戦い以外に生きる目的などないのだから。それ以外に楽しみなど見出せないのだから。
そこで作られたのが決闘システム。団員内のランクなどは作らないが、それでも団員は上位層と一般兵で層が別れている。幹部たちを相手に力を試せる場を与えたというわけだ。
ちなみにお給料を渡さない訳にも行かないが、さりとて使い道もないといった事情もついでに解決された。各団員のケアは福利厚生のうちだし、オーバードウェポンといった特別な武器は金では取引できない。
よって、上位団員に挑戦できるシステム、そして更に金をかければルナに見てもらえてお褒めの言葉ももらえるといったシステムも用意した。基本的にルナは終わったことに対しては褒めて終わりだ。金を使って叱られたくはないだろうからちょうど良いと、そんな感じになっている。
「……僕のことを気遣ってか、これを使う子は初めてだね。僕にはあまり人気がないのかと思ってしまうよ」
その貴賓席にて、ルナは相変わらずアルカナの膝の上で頬杖を立てている。
諧謔を好むが、さすがに団員にとっては自分が神のような存在であることは知っている。神であれと願われるなら、そうするだけだ。興味の赴くまま、戦士に福音を与える終滅の女神だ。
「私の方には既に何人か挑んできたぞ。まあ、試しでお前を呼び出せるほど度胸のある奴も居ないだろう」
その貴賓席の後ろの壁にアルトリアは背を預けている。その近くにファーファは居ない。彼女はなにやら運動会の保護者みたいな顔をしている。
こんなんでも鋼のトップなのだが、まあいつもの凛とした様子は見られない。というか、誰を相手にしても睨んでいるような怖い目線は、遊星主を倒してからの3年間で軟化している。
「そう考えれば、ルートはどうなのでしょうね。度胸と言うよりは、単なる恐れ知らずでしょう。星将の中でも、彼は忠誠よりも功名心を優先させる方ですから」
レーベはアルカナの座る席の横で背もたれに手をかけている。お手並み拝見、みたいな顔をしている。色々と重圧から開放されたのか好き放題やっている女だ。
ちなみに特に呼ばれてもいないのに、貴賓席に居る。
「ふふ。新たな力を得たルートとカレン、そしてファーファの戦い……ね。ここでモンスター・トループに挑まずファーファに挑む当たりがルートらしいね」
今回の戦いはルート&カレンVSアリスのサポート付きファーファだ。ルートがファーファに挑み、2対1は卑怯だと難癖を付けてカレンも参戦した。
オーバードウェポンの性能を考えたらルート一人では対応しきれないのも事実。練習試合という”根性で耐えて”も、攻撃を喰らったらそのまま退場になるルールではどんでん返しはないから。
「だが、ファーファもあれで決戦の時は本気を出していたわけではない。いや、違うか。あの子が考えるのは常に作戦の成功だ。そのように教えられたし、ファーファ自身あまり勝つことに興味はないからな」
「あの戦いではカレンの粘り勝ちのように思えて、実際にはファーファに与えられた任務は時間稼ぎ。アリス様も、別にファーファが無事であれば撃退までは考えておられなかった。……ただ、今回は模擬戦であれど勝つことが任務です。さて、今度こそ本気を見れますか?」
「アリスは今回も特に変わらない、勝たせようとまでは思わない。というか、本人を参加させる訳ではないからね。向こうには行ってもらっているけれど」
「だからこそ、今回がファーファの全力だ。出し惜しみしていたあの時とは違う。勝つために、与えられた様々な武装を開陳するぞ。というか、あいつはアリスを信じすぎているだけで接近戦は元々不得意だ。今度こそ付き合わんぞ」
「ですが、ルートとカレンにしてみれば近づかなければ始まらない。……とはいえ、与えられた力はそのための力と言っても過言ではない性質を持っている。いくらアリス様のサポートがあるとはいえ、近付けさせないなどは不可能ですね」
「……くふ。読めない展開だからこそ面白い。ただ、ルートとカレンは試運転に近いからどうかな?」
「それはどうかな? カレンは私の方に何度か挑んで来ていた。あいつはクラスタージェットの特性は掴んでいるぞ」
「そしてルートも私に挑んできました。あなたがいつも言っているでしょう、奇跡とは演出するものであると。強力な武器を手に入れたとはいえ、相手は神の寵愛を受けている――勝つために奇跡を起こす必要がある」
「あはは! ああ、考察するほどに面白くなってきた。皆も楽しんでいるようだ」
貴賓席の近く、観覧席には団員が集合している。何人かの上位陣の姿こそ見えないが、アームズフォートに居る団員の9割は集合していた。
なお、サーラは居ない。彼女は戦いは嫌いだ、訓練場には寄り付きもしない。
そして、盛り上がるその声をよく聞くと……賭けをしているようだった。
「あいつら……つまらん真似を」
「そう目くじらを立てるものではありませんよ、アルトリア。鷹揚に構えるのも上位者の勤めです。というか、あなたはファーファが賭けの対象になるのが嫌なだけでしょう」
「そうだな。だが……」
「おや、ルナ様どうしました」
ぴょん、とアルカナの膝の上から飛び降りてそちらの方にまで行く。アルカナは悲しそうな顔をした。
「では、僕はファーファとルート・カレンチームに1万クレジットづつ賭けるよ」
「……ル、ルナ様!?」
「あはは。お前らどうせその金使って酒盛りでもするんだろ? 足しにしておきな。まあ、僕がどちらかを支持するのもかわいそうだしね……」
それだけ言ってアルカナの膝の上に戻ると、アルカナは嬉しそうな顔をする。とりあえずルナを膝の上にのせておけば幸せらしい。
「よろしかったので?」
「賭けくらい構わんさ。今回のは殺し合いではないから、別に不謹慎でもあるまい。だから、そうすねた顔をしないでよ。お姉ちゃん?」
「分かった分かった。私はファーファの雄姿をこの目にしっかり焼き付けておくことにする」
「あなたの、そのファーファレルとルナ様に対する執着は意味が分かりませんね」
「安心しな、レーベ。僕もよくわからない」
「――向かい合った。始まりますね」
舞台は闘技場。
片側にはファーファ、既に『鋼』の魔導人形を纏っている……どころかツインブラスターライフルを持っている。臨戦態勢だ。アリスは後ろの方でふてくされて、ときおりアルカナを睨みつけている。
相対するは、無数のロケットがついた大剣を構えるカレン、そして黒い角を生やしたルートだ。それらが授けられし新しい力だった。
「さて、二人とも。ルールの確認をしようか」
ルナが話しかける。皆、ルールなど分かり切ったものだがルナの言葉である。しんと静まり返って、貪るようにその声を耳に入れる。
「観覧席があるから形は歪だけど、アルカナが結界を貼っている。強度は問題ない、君たちはこの中で存分に戦いたまえ。ある程度以上のダメージを受けたら敗北、それだけがルールだ」
アルカナの上に居るルナが手のひらを上に向けると、アルカナがその小さな手のひらに硬貨を乗せる。
「さて、合図が必要か。せっかくだ、僕がくれてやろう」
ピン、と弾いた。コインはくるくる回って、競技場の方に落ちていく。
「ファーファレル・オーガスト。覚悟しろ、貴様は確かに特別な存在であり、レーベ様とアルトリア様にもっとも近い存在かもしれんが……勝利はもらっていく」
「再戦となりますが、あの戦いではあなたの全力は見れなかった。試合なのです、見せてもらいますよ――ルナ様が与えた力をのすべてを!」
高みに挑む者としてルートとカレンは気合十分。モチベーションは違うところにあるが、そんなことは関係ない。
複数の強力な兵装を入れ替わり立ち替わり用いて敵を撃退するファーファの”性能”はエグいほどにこのルールと噛み合っている。
「ふん! あなたたち二人とも、叩き潰してあげるからね! ルナちゃんが居るから黒焦げにしても治してくれるし!」
ファーファはイーと歯をむき出しにして、子供らしく威嚇している。とはいえ、感じる魔力はレーベを超えて、災厄を取り込んだウツロに伍する。
やはり総体として戦力を見れば翡翠は鋼に劣る。そして、もっとも顕著なのが今向かい合っている彼女たちと言っていいだろう。
今、まさに夜明け団にて真のトップ陣営による本気の戦いが始まろうとしていた。