第36話 破滅する王
王が真なる秘宝、機関刀を開陳した。その焔の一撃は強靭無比、新たなる戦士長を鎧袖一触に葬った鉄竜ですらあっけなくその首を斬り、二の太刀で心臓を破壊した。
「【翠鉄の夜明け団】の総帥、ルナ・アーカイブス。それが、奥に居る貴様か……見れば見るほど分不相応な。その服も、地位も――着られているようにしか見えんぞ。見栄ばかり、虚飾をいくら盛ったところで中身がなければ意味がない。そう、そこで転がっている鉄屑のようにな」
王が一歩を踏み出す。びりびりと覇気が伝わってくる。その力にたがわず、威厳と生気に満ち溢れている。
……その圧倒的な覇気は後に続く者すら居ないのだ。最初の4戦士長が生きていれば、ともかく。今寝転がっている戦士団の残りものでは立つ気力すらもない。
「その刀の力。空気が変わった」
「世界が魔力で満たされた。……『領域』と?」
凄まじい熱波が全てを包む。機関刀の能力だ、魔力をまき散らして領域を形成する。
それは確かにアーティファクト級であれど、完全に異なる方向性で作成された秘宝。ゆえに機関と名が付くのだから。
「なるほど。そういう考え方もあるのか」
ぽつりとルナが呟く。
「己が魔力で世界を満たし、そして染められた場所は余人が踏み入れられるものではなくなる。……それはある程度の力をもった魔がたどり着く階梯の一つ。全てはそれに対抗するため。翡翠の魔人は”それ”に耐えられる身体へと自己を改造した。鋼の戦士は”それ”から機械の鎧で身を守った。一方、『機関刀』は同じ”力”で立ち向かうことにしたわけだ」
興味深そうにしている。兵器と言うものには方向性と言うものがある。製作者、シリーズが同じであればなおさらに。
一番の例であればヘヴンズゲートで死んだ方のアダマント姉妹とモンスター・トループ。人からの逸脱を抑えることでより長く、アタッチメントを使用して柔軟な状況に対応できるようにした。魔人と機人、違いはあれど順当な進化だ。シリーズと呼んで差し支えない。
――とはいえ、この場合の『領域』には『領域』で対抗するというのは、ある種新鮮な発想ではあるのだけど。
「くだらない。あなたは『領域』をまったく支配できていない。出力を上げ、魔力をひねり出して散布することで無理やり『領域』に近いものを作り上げただけでは」
「似てはいるが、本質が違う。抑えても意味がないパワーを放出するのが『領域』です。全開でパワーを垂れ流して『領域』に近づけるのであれば、それは本末転倒です」
姉妹が看破する。折に触れてルナから錬金術や兵器開発の薫陶を受けているから、知識はある。
機関刀がコンセプトからして間違えているのは普通に分かる。あれは誰も考えつかない新機軸ではなく、思いついても誰も作らない失敗作だ。
「――たわけたことを。何を言っているのか分からんな。これを起動できるのは王の血統のみ。世界を支配する力だ」
だが、王は傲岸にその力を誇示する。魔物すら知らないのであれば当たり前だ。失敗作が流れ着いて、しかしそこは技術力の低かったからもてはやされる。
失敗作でも、戦士長たちと比較すれば赤子のようにひねりつぶせる最強の力だ。
「世界を支配する……ねえ。出力が低すぎて範囲が半径1kmほどに収まっていますね。自分から押しとどめたわけでもなく、これが限界点」
「そして、あなたが出す熱風のせいで、あなたの兵が死にかけている。この程度の『領域』では我々の負荷になることはありえませんがね」
「ふん、それこそやせ我慢だな。……やはり誰一人として儂には付いて来られない。だが、無為に失うこともできんな。全ての水分が蒸発し、焼かれて死ぬまでおよそ10分か。ならば、その前に貴様らを始末するだけのこと」
ぶん、と刀を振るう。そこから馬鹿げたまでの焔が噴き出した。開放しただけで兵を制圧し、そのまま10分も経てば皆殺しとなる凄まじいまでの威力である。
……まあ、その兵は自分のもので、死んだら困るのも自分だが。
「……コロナ様の領域とは比べるのもおこがましい」
「しょせんは人間の真似事。1秒も命が保つのであれば、それが『領域』とはとてもとても」
姉妹はため息を吐く。戦士長では相手にならない? 王と戦士長では戦力にそれだけの格差が存在する。だが、団員と王ではそれ以上の断崖が存在する。
「下らん問答に時間をかけてはいられん。ルナとやら、まずは貴様から刀の錆にしてくれる」
「……ルナ様を?」
「倒す、と?」
ぴくり、と眉を動かす。遊んでやるのはいいだろう。だが、ルナへの侮辱は見逃せない。それを口にされたら、鷹揚な顔などしていられない。
既に虎の尾は何度か踏まれている。
「全ての元凶はそのガキだ。幼さなど言い訳にすらならぬ。覚悟を決めるがいい…… 人々を苦しめた貴様らの所業は許されるはずがないと知れ! 今こそ、我が手で天誅を下さん! 【フレイムピラー】!」
立ち昇った焔が空中で収束、射出される――
「貴様! ルナ様を愚弄するばかりか、害そうとするか!? ルビィ、『領域』を開きます!」
「度重なる無礼、そしてルナ様に刃を向けたその罪を己が身に刻むがいい! サファイア、上塗りするよ!」
もはや鉄竜の操作など知らぬ。さすがに玩具では双子も相手をしきれないから。別に放置したところで溶かされやしないから放っておいていい。
ゆえに、この男には自らの格を思い知らせてやろう。所詮は踏みにじられる虫けらに過ぎないのだと。
「「『領域』展開!」」
「……な!?」
炎の領域が一瞬で吹き消された。その空間を魔力で己の魔力で満たすのが『領域』。ならば、領域を持つ者が二人いればせめぎ合いとなる。以前にアルトリアとウツロが綱引きをしたように。
「さあ……絶望なさい。何もできないまま、ただ死を待つがいい」
「ふふ、あなたごときでは呼吸すらできないでしょう? 私たちの領域は”支配”、許可しない限りは呼吸の一つもできはしない」
誇るように、嘲るように胸を張る姉妹。王の展開した領域は完全に沈黙し、今は姉妹の領域が世界を支配している。
1㎞など軽く超えて広がり続けるはずのそれを、きっちり1㎝だけ大きくして固定している。
「まあ、魔導人形の中にまで支配領域を広げられませんが。それに魔人側も別に数十分くらいなら酸素なんて無くても戦闘可能ですし」
「レーベ、そう言うものじゃないよ。そもそも『領域』については僕も研究していないからね。扱いが拙いのも、まあそういうものだろう」
神輿の場所に居るルナとレーベは和やかに会話を交わしている。この二人は他者の領域でどうにかなるレベルなどとっくに過ぎているのだ。
「……ごほっ。がはっ! 馬鹿な……!」
そして、王は苦々し気に双子を睨みつけている。攻撃も領域も全てが消し飛び、呼吸すら出来なくなった。
意味の分からない窮地。この機関刀を抜けば、逆らえる人間など居なかった。なのに、今――這いつくばっているのは自分だという理不尽。その理不尽はどういうことだと心に怒りをくべる。
「焔を出せ。起動しろ『炎天烈覇』! 奴らを……ごほほっ」
王は息も出来ずに苦しみもがいている。それは周りの兵と同じように。これこそ最悪の屈辱だった。どうにでもできるような部下ごときと、同じ? あのような雑魚と……
そして、頼みだった機関刀も停止している。焔どころか熱の一つも感じない。
「興味深いとは言えど、やはり失敗作だな。『領域』に『領域』で対抗するなど、翡翠の研究段階で既に諦めていた。それを大真面目に実現しようとしても、結局はこうなる。無理やり真似したところで中身はついてこないんだよ」
ルナが出てきた。
「……ルナ様?」
「どうかなされましたか? まさか……!」
びくりと震える。領域を開くなど、ルナに言われた範囲を超えている。もともと鉄竜を使ってとのことだった。
これは、さすがにやりすぎだったと今自覚した。
「いや、別にいいんだよ。あれは君たちの獲物で問題ないよ。領域まで開く必要もなかったけど、そうしたかったのであれば別にいい。けれど、思うところがあってね。僕に獲物を譲ってくれないかな?」
にこやかに言うルナ。双子は怒っていないことに安心する。
「は、承知いたしました」
「もとより世界はルナ様のもの。どうぞお気になさらず」
双子は身を引く。領域も閉じた。ルナに認められた【紫彩の双祭祀】であること、その地位だけあれば満足だから。
「さて、王よ。君には言いたいことがある。機関刀も、君も……下らない失敗作だ。見ていられない。――ほら」
ルナがパチンと指を鳴らす。
「む? 直った? いや、全ては夢幻のうちか。私をたばかったのか。……だが、くだらん幻惑が晴れた今や貴様に次の手をなど打たせんぞ」
「ん? 領域を打ち消された際に高負荷がかかって起動できなくなったのを、負荷を押し流して再起動してあげたんだけどね。……そうか、そういう勘違いをされるか」
「もはや問答無用! 貴様の妖術などには二度とかからん! 先のが最後の好機よ。小細工など――圧倒的な力で粉砕してくれるわ! 【フレイムホイール】!」
機関刀が焔を噴き出す。それは領域を前提とした兵器、またも味方の喉を焼きながら刻一刻と威力を上げて行く。噴き出した焔は輪となってルナを襲う。
「その子も情けないけどね。10分で片を付けるだって? 本領を出すには15分はかかるよ、その子は。無理やり領域を広げるために威力を犠牲にしているんだ。ほら、こんなもので簡単に撃ち落とせる」
ルナの隣に銃が出現する。王も、その配下も銃など知る由もない。
それはここに居る『鋼』の連中なら誰もが持っている正式のアサルトライフル。奇械を相手にするとしても、上級が相手ならいささか力不足の代物だが。
ただ一発の銃弾が、その焔を相殺した。
「……っぐ! だが、その威力――連発は効くまい!」
「いや、こいつは始めから弾をバラまく想定だから違うけど」
今度こそどうだと言わんばかりの三連撃は、三連射にあっさりと打ち消された。
「――がはっ! 馬鹿な……」
そして、数を増やせば威力も落ちる。焔の輪を消し飛ばした銃弾は王の腹に刺さった。王を呼ぶ声がちらほらと聞こえるが、すぐに咳に変わる。
兵たちの領域に晒されたダメージは何一つとして癒えず、今も王が開いた領域にやられている。戦闘どころか、一刻も治療すべき状態では加勢すらままならない。
「僕が気に食わないのはそれだ。僕には夜明け団の、君には王国の流儀があるのだと十分承知しているけどね。しかし、勝手ながら言わせてもらおうか。君の行いはあまりにも目に余る。さすがにそれはないんじゃないか?」
「何を……がはっ。勝手な……ことを」
王はとめどなく血を流すが、まだ立っている。剣はまだ焔を吹き上げている。降参する気などなかった。
「剣はまあいいさ、どうせ君たちが作ったものじゃない。君の話だ。――君の兵と来たら、この惨状はどうだい? この僕が戦場に出てきた以上、希望などどこにもありやしないのはそうだが……這いつくばって、ただ死を待つ。部下にこんな情けない有様を晒させているのは君だよ、王様」
「――はあ……ぐっ! 兵が情けない……返す言葉もないな。我が王国には相応しくない者どもだ。ここで死のうと惜しくはない。だが、それは本人の責任だろうが。儂のせいにして悦に浸るなど見下げ果てた精神よ」
「王がそれを口にすべきではない。王が部下を信じずして、何が報恩か? それが無限の泉だと思ったら大間違いだ。王が与え、配下が応える。僕はそうしてきたぞ。そして、この子たちは無窮の絶望――例え遊星主の前であろうと膝を屈したままでいることはない。必ず立ち上がり、僕の下で戦う。”そう”した者達は英霊となった。彼らも、またその時が来れば英霊になってくれると……僕は信じている」
「……自慢話か? 何も知らぬ小娘らしい言い草だ。その言、薄っぺらいぞ。真の絶望を見れば吹っ飛ぶお花畑だ」
もう一度、王は剣を振るう。だが、それは見当違いの方向に外れて行った。撃ち抜かれたダメージで膝が笑った。
「いいや、真実さ。無為と無力を噛み締めて死んで行け。配下を信じることすらできなかった弱い支配者よ。せめて、このオーバードウェポンにて送ってやろう」
ルナが指を鳴らすと宙に浮かんだ銃が消える。代わりに長大な剣が出現した。3mを余裕で超える、ルナを縦に二人分重ねたよりも大きな剣。機関刀にも似たそれは……有体にいれば峰に無数のブースターを埋め込んだ異形の機械剣だった。
「それ……は?」
「『クラスタージェット・メガロブレイド』、見ての通りこいつも火を吹くぞ。だが……適当に噴き出すだけのそいつとは訳が違う」
ルナが宙に浮かぶそれを掴んだとたんにブースターから火が吹きあがる。向けている方向は上、ゆえにルナには下へ下への力がかかっている。負荷を分散させる特殊な歩法により地面がひび割れていく。
「その程度の炎で『炎天烈覇』を超えることなどできるものか! 良かろう、その不細工な剣ごと貴様を真っ二つに叩き切ってくれる!」
「斬り合い……剣士同士の力量比べか。だが、間抜けめ。これはそんな代物ではない。貴様に剣を合わせることなど不可能。死んだことにも気付かず、バラバラにしてやろう」
「ほざ……!」
「――GO!」
ルナが刃を水平にする。そのロケットの推進力を受け、ルナは宙に舞う。そう、これの本質は焔などではない。
自らをかっ飛ばす刃。ミサイルの一つも乗せない戦闘機だ。
「――」
水平にした瞬間に、刃は王に到達する。宣言通り、気付く暇すらも与えず胴を真っ二つにする。
さらにルナはブースターの角度を変更、宙を自在に飛んで文字通りに八つ裂きにしていく。
これこそがクラスタージェット・メガロブレイドの本領。まあ、ルナが相手をするなら棒切れでも変わらない結果だったけど。
「ふむ。うまい具合に出来ている。最終調整も完了かな……ふふ、カレンは喜んでくるかな?」
ブースターを止め、力技でスピードを殺したルナは深々と傷跡の残る大地の上でそれを弄っている。
「ルナ様のお作りになった作品です。喜ばぬ者は居りません」
「はい、素晴らしい完成度でございます。羨ましく感じるほどに。……しかし、カレン様の異能に合わせて作成された機能は私たちでは扱いきれませんので」
すぐに姉妹がルナの下へ駆け付けた。
「ふふ、まあそうだね。僕の基本設計は人間ごと兵器を組み上げること。異能に合わせて武装を調整するし、人の方も合うように改造することもある。攻撃力という点で見れば、少し翡翠の子たちが不公平だったからね」
言葉を返そうとする姉妹を手で止める。
「だが、あまり人前でやることではなかったね。先に君たちのことを済ませておこう。領域に晒され、もはや立てなくなった元戦士たちよ」
周囲の死屍累々の惨状に目を向ける。うめき、助けを求めて手を伸ばす有様。もはや戦士であった面影などどこにもない。
そこにあるのは化け物に蹂躙されて気力も何もかも失ってしまった犠牲者たちの姿だった。
「あの失敗作の領域、そしてこの子たちの領域の影響を受けてはもはや戦うどころではない。魂を引き裂くような拷問だっただろう。生きようなどというレベルではないさ」
慈悲の目を向ける。だが、これは――
「ゆえに、救いをやろう。心配するな、ただ眠るだけだ。優しい夢に包まれて逝くといい。ああ、まだやることが残っているのかね? 君たちは声を上げることもできないほどに弱り切っているが……まあ本当に目覚めたいと思っているなら覚醒できるさ。元々、そこまで強くかけていないんだ」
優し気な声とともに桃色の煙が宙を漂う。『フルードルヒの樹』と同じ作用。それはただ視覚効果を付け加えて実体を形作っただけの代物だ。樹が赤黒く明滅していたのは、そこは死ぬと分かりやすくするためのギミックだ。
「さあ、皆。旅を続けよう。人は何のために生きるかを自分で決めることができる。それこそが霊長の特権……であるならば、苦しむためだけに生きるほど悲しいこともないだろうから」
ルナはモンスター・トループに運ばれて神輿に戻る。……その刹那。
「ルナ様。鳥は始末しなくてよろしいので?」
「見逃してあげな、ルビィ。大したものでもない」
「……承知致しました」
「ですが、近づくようであれば敵意有とみなします」
上空の鳥、否。鳥人が飛び去った。